言葉にできない -4-


「な・・・んだてめ」
いきなり乱入したゾロに、サンジは弾かれたように顔を上げた。
白くさえ見えた頬が茹で上がるように一気に紅潮し、寄せられた眉がそのまま憤怒の表情に変わる。

だがゾロはお構いなし二ズカズカ大股で歩み寄ると、サンジの前に手を着いて身体を屈めた。
「なんだてめえ、何ベソ掻いてやがる」
「ベっ、ベソなんかかいてねえ!」
サンジは座ったまま足を踏み鳴らした。
いきり立たないのは、酔いが回っている自覚があるせいか。
「てめえ、今日は誕生日だろうが。なんでそんなシケた面してんだ」
興奮で箍が外れただけかもしれないが、サンジの目尻から透明な雫がほろりと落ちた。
それを拭おうとして乱暴に袖で擦り、益々目元が赤くなる。

「誕生日って・・・てめえは、どうでもいいっつったくせに・・・」
ここに来てゾロも漸く、サンジの言葉がまともに聞こえていることに気付いた。
泣きそうなサンジの顔を見ただけで頭に血が上って、そんなことはすっかり忘れていたのだ。
そのことに気付いて絶句したゾロの態度をサンジはどう取ったのか、ああ、と小さく溜息のような声を出した。

「・・・そうか、てめえまだ俺の言葉がわからねえんだな・・・」
その声には、絶望に似た響きがあった。
それが意外で、ゾロはいぶかしげにサンジを見やる。
「一体どんな風に曲がって聞こえるってんだ。俺が何言ったって憎まれ口にしかならねえのは、いつものことじゃねえか」
これもまた吃驚だ。
自分が憎まれ口を叩いていると、自覚はあったのか。
ゾロが難しい顔をして諮るように押し黙っているから、サンジは薄く笑って頬杖をついた。
「それとも、熱烈な愛の告白にでも聞こえるってのか?ああ、そうでもなきゃ、てめえが戸惑ったりしねえよなあ」

頼りなく揺れる頭はくるんとして、よく見れば実に丸い。
酔っているのだとサンジのために理由付けて、ゾロは仏頂面を崩さぬまま薄闇でも仄かに浮かび上がる丸いフォルムを眺めた。
この小さくて軽そうな頭の中で、こいつは何を考えていたのだろう。

「どうせ変なことに聞こえるなら、本音言ったってわかんねえよな」
ここでウンと頷いてはいけない。
ゾロはテーブルに着いた拳を軽く握り締めて、意味がわからないと言う風に首を振ってみた。
「俺の誕生日っつったって、てめえがいてくれなきゃ嬉しくもねえのによ」
ゾロはぎょっとしたが、辛うじて顔に出さなかった。
瞳も揺らがせないで、ただ剣呑に眇めてみせる。
サンジの口は笑いの形に歪んで、嘲っているかのようだ。
だが彼が笑っているのは自分自身。
今の呟きは自虐以外のナニモノでもない。

「てめえが俺のこと嫌ってんのはよくわかってるよ。女にだらしねえ、ニヤついた野郎だとか思ってんだろ。だってお前最初から、俺には冷たかったし・・・」
サンジはゾロの顔を見るのが辛そうに俯いて、グラスを手に取ると額に当てた。
「気に入るわけねえよな。俺、お前に憎たらしいことばかり言ってるもんよ。だってどうしようもねえんだ、口が勝手に喋っちまう。ほんとは・・・てめえともっと普通に話がしてえのに、喧嘩吹っかける方がお前ノリがいいし―――」
コップの外側を伝った雫がポトンと落ちた。

「悪態でもいいから、てめえと話したかっただけなんだ。構ってくれりゃ、それだけで俺は・・・」
静かにテーブルにグラスを置く。
濡れた輪の上を、どこかに手繰り寄せられるかのようにすっと滑った。
「俺は、てめえが好きなだけだ。気色悪いかこん畜生」

ゾロは耳を疑った。
妄想変換茸はまだ効いているのかと、目を瞬かせる。
俯いたサンジの、丸い頭の旋毛がさざ波のように揺れて流れた。
その髪に触れたいと、自覚するより先に手が伸びて、そっと頭皮を抱えるように指を差し入れた。
ビクンと震えてサンジが顔を上げた拍子に、手櫛がするりと通ってしまう。
想像していた以上に柔らかく、手触りがいい。

「な、なんだよ」
逃げようとする頭を、今度は両手でガッチリ掴んだ。
少し汗ばんで暖かい。
目の前で茹蛸のように真っ赤に染まっているのは顔だけじゃないのかもしれないと、思いついたら試してみたくて仕方なくなった。

「今、届いた」
ゾロは有無を言わさぬような強い目線で見下ろして、低く囁いた。

「お前の言葉は、真っ直ぐ届いた」





反射的に飛び上がろうとした身体を押さえつけ、両手で掴んだまま噛み付くように唇を合わせる。
突然のことに何か喚こうとした叫びはすべて口の中に吸収されて、蒼い硝子球みたいな瞳が零れそうなほど見開かれているのを、ゾロは至近距離でじっと睨み付けていた。
次第にその瞳に薄く膜が張り、じわりと滲み出た泪が目尻に新たな筋をつける。
蹴り付けようともがいていたはずの足も酔いのせいかろくに動かず、膝が抜けて椅子に中途半端な形で寄り掛かっている。
サンジの息が上がって、忙しなく肩が上下した。
構わず乱暴に舌を絡め口腔内をじゅうりんして、ゾロは漸く唇を離した。
「ふ・う―――」
しゃくり上げるようにして、息継ぎをする。
ゾロを押しやるはずの手はいつの間にか縋るようにシャツを握り締めていて、そのことに気付いたサンジは俄かに赤面した。

「て、めえ・・・」
「今更誤魔化そうったって無駄だぞ。全部聞いた」
「ずりい、てめえ・・・騙しやがったな」
「知るか、タイミングだ」
そう言って、ゾロはころんとサンジをテーブルの上に転がした。
いきなり視界が反転して、状況を掴めないうちに見えていた天井をゾロの身体を隠してしまった。
「え、待て。いきなりっ、いきなりかよ?」
「いきなりじゃねえよ」
サンジの上に圧し掛かってシャツを手繰り上げながら、ゾロは息を荒くしていた。
まるっきり強姦者の様相だが、構ってなどいられない。

「これでもずっと我慢してきたんだ。いい加減、限界だ」
「え、だって、ちょっと待て。つか、俺が、俺の・・・」
「なんだ」
小さく抗いながら闇雲に手を振るサンジが面倒で、一瞬本気で張り倒そうかと思った。
「俺の話聞いて、そいで都合いいとか思ったのか?あの、手間省けるとか・・・」
「どんだけ手間かかると思ってんだ、てめえが!」
湧きあがった怒りは殆ど八つ当たりに近い。
「その足らねえオツムでちったあ考えろ!妄想変換茸とやらで変換されたのがてめえの言葉だけだったってんなら、わかんだろうが。このボケ!」
「ボケとはなんだ。ボケと・・・」
叫び返す口をもう一度強引に塞いで、ゾロは桜色に染まった肌を本格的に剥き始めた。




「ふ、あ・・・や―――」
薄暗いラウンジに、切ない喘ぎが響き渡る。
自分の声に驚いて手の甲で口を覆うサンジの拙い仕種を、ゾロはやんわりと腕を伸ばして止めさせた。
「我慢、しなくていい」
「だって、だっ・・・あ・・・」
夜目にもわかるほど全身を興奮で染め上げたサンジは、まるで別人のように従順な反応でゾロに応えた。
ゾロの手が触れるすべての箇所が歓喜に震え、色付いて花開き蜜を滴らせる。
口よりも身体の方がよほど素直だと、ゾロはサンジを丁寧に観察しながら低く唸った。
自分とて、口は上手くない。
寧ろ下手で、いらぬ誤解や不快感を与えてきたことだろう。
サンジが素直にゾロに言葉を伝えられないように、いやきっとそれ以上に自分の方が不得手だ。
だからこそ、せめて言葉で足らない部分は態度で補うべきだとゾロは思った。
だからその通り、実行している。

「ふは・・・ゾロ、もう―――もう・・・」
「まだだ」
ほろほろと目尻から涙を零しながら、腰を揺らして懇願するサンジに、ゾロは優しく口付ける。
まだだ、もっと。
身体から快楽を仕込んで、自分がどれほど必要とされているかサンジの骨の髄にまで思い知らせなければならない。
「ゾロっ・・・」
感極まった声で、サンジが小さく叫んだ。
それに促されるように、ゾロはゆっくりとサンジの中に己を沈みこませる。
ゆっくりと、決して急がず。
柔らかく優しく思いのたけを込めて、その奥の奥まで、すべてを満たす為に。

「ゾロ―――」
サンジの耳朶を噛みながら、ゾロは彼にだけ届くようにそっとその名を呼んだ。








「ったく、信じられねー」
テーブルの上にぐったりと横たわる姿は、なかなかにしどけなく艶かしい。
散々解き放たれたはずの欲望がまた頭を擡げる気がして、ゾロは全裸に胡坐を掻いたまま新しい酒に手を伸ばした。
「みっともねえカッコしてねえで、早く服着ろ」
途端、サンジがムキーっと顔を上げて形相を変える。
「誰のせいだ誰の!この変態強姦魔!」
乱れた髪があちこちに跳ねて、真っ赤に染まった頬には擦り傷さえついている。
テーブルに押し付けて散々揺らしたせいだろう。

「いくら夜中っつっても、そんな面してっと物騒だぞ」
「誰のせいだ、っつかだからなんだってんだ」
ゾロはキュポンとコルクを口で外すと、美味そうに喉を立てて一口飲み、口端を上げた。
「ついさっきまで、たっぷり可愛がられました〜って面してる」
「誰がだ!つかてめえだ!」
「おう、たっぷり可愛がったな」
「言うなセクハラ腹巻!エロ親父!絶倫ハゲ!」
頭から湯気でも噴射しそうな勢いのサンジに、シャツを羽織らせてボタンを留めてやる。
以前は何か言うたびに一々腹を立てていたが、今は何を言っても可愛く見える。
恋は盲目とは、よく言ったものだ。

ゾロの手がはたと止まった。
―――恋だと?

ゾロは正面からじっとサンジの顔を見た。
サンジも、まじまじと見詰められて居心地が悪そうに目を泳がせている。
潤んだ瞳も上気した頬も、濡れて充血した唇も、何もかもが愛しく麗しい。

「そうか・・・」
一人得心して、ゾロは破顔した。
「なにがそうか、だ。何納得してるんだ」
サンジは憤然と怒った。
怒らないとやってられないのだ。
気恥ずかし過ぎて、死んでしまうかもしれない。

「大体てめえは、俺の言葉をどう聞いてたんだよ。なんで俺の言葉だけ変換したんだよ」
「てめえの言葉だけってのの答えは、もうわかってっだろ」
さらっと切り替えされて、サンジは口篭った。
誤解してしまうほど、自分に都合のよい妄想に変換する茸。
都合のよい妄想を抱くのは、好意を持つ相手だけだ。

「ん、んじゃ・・・その、俺の言葉は?」
先ほどまでの凶暴ぶりは翳を潜め、一転してもじもじと俯きながら聞いてきた。
ほうっとくと、指でのの字でも書きそうな恥じらいっぷりだ。
「てめえの言葉か?」
ゾロは一瞬考えたが、結果的にサンジといい仲になったので悪いことではないと思い返した。
何より本心がわかったことが、一番嬉しい。

なので、包み隠さず全部話した。
勿論、サンジは正直に話したゾロを責めたりへそを曲げたりなんかしなかった―――



・・・わけが無い。







めでたしめでたし




END




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