此処より彼方へ 1



我らが小さくとも世界最強の海賊船…の船長には悪い癖があった。
ともかく底なしに腹が減って何でも食べる。
木に成ってようが畑に植わってようが、道に落ちてようが食い物はすべて口にする。
なので、常々口がすっぱくなるほど言い聞かせてきた。
拾い食いはいけません。
無断で冷蔵庫の中も漁っちゃいけません。
懇々と言い聞かせて、蹴りついでに身体にも叩き込んでやったお蔭で、最近はかなり悪食も直りつつあった。
なのに・・・



「ルフィ、なんだそれは。」
「拾った。」

食い物以外の拾い癖はまだ完治していないらしい。
「・・・みだりに何でも拾っちゃいけませんっつっただろ。」
俺はにこやかーに笑顔さえ湛えて床に沈んだルフィを踏みつけて諭す。
口で言っても通じないから、最初から蹴りと共に優しく言い聞かせると、結構効き目があるのだ。
「だってよお、こいつ腹減ってんだぜ。」
「う・・・」
アホはアホなりに智恵をつけやがる。
俺にとってウィークポイントでもある腹が減った奴ってのを全面に押し出しやがった。
「腹空かせて道端に落っこちてたんだよ。な〜、食わせてやってもいいだろう。」
船長にあるまじき猫なで声で俺に擦り寄ってくる。
情けないことに、俺は「お願い」ってやつにとことん弱い。
「な〜、腹減ってんだぜ。かわいそうじゃねえか。」
「なら、自分でちゃんと面倒見るか?」
「大丈夫。自分の面倒は自分で見れるって、なvいいだろ。」
全開の笑顔でにかっと笑われて、俺は渋々頷くしかなかった。

それでも精一杯の牽制を込めて落し物を睨みつけた。
薄汚れたナリで、でかい図体でふんぞり返ったまま、珍しい緑頭をぼりぼり掻いている。
「・・・てめえ、名前なんてんだ。」
「ゾロ。」
落し物は尊大な口を利いた。









「ったく、こんな怪しい男みだりに拾ってくんなよなあ。」
「でもめちゃくちゃ強いぞこいつ。なんせ剣士だからな。」
「へえ・・・」
思いっきり疑わしい目で睨みつけるのに、自称剣士は知らん顔でルフィと対を張る勢いで飯を食らっている。
「まあしょうがねえじゃねえか。剣士は俺らの船にいなかったし、どうせ俺たちもルフィに拾われた口だろう。」
ウソップが大食漢二人の食事を面白そうに眺めて言う。
チョッパーも単純に仲間が増えて嬉しそうだ。
「冗談じゃねえや。うちには麗しいレディが二人もいらっしゃるんだぞ。こんな野獣みたいなむさ苦しい男、危険極まりない。」
「あらご心配ありがとう。」
「でもあたし達のガードの固さは、サンジ君自身がよく知ってるわよね。」
ナミさんのキュートな笑顔で片目を瞑られると、それだけでもうめろりんだv
可愛すぎるぜ、ナミさ〜んv

「なら決まりだな。今日からゾロはGM号の剣士だ。俺たちの、仲間だぞ。」
ルフィがそう宣言したその時から、ゾロは俺たちの仲間になった。








古びた麦藁帽子を被った少年が、「俺は海賊王になる!」と宣言し、旅をしながら拾い集めた仲間はこれで7人。
航海士に狙撃手、コックに医者、考古学者と剣士・・・か。
悪かねえ。
悪かねえけど、どうにも胡散臭い男だ。
ゾロは初対面の俺たちに自己紹介するでなし、実にすんなりと居座ってしまった。
元々感情に乏しいのか無口なのか、何事に対してもリアクションがない。
トナカイであるチョッパーが人化してトコトコ歩いてたって、別に驚いた風でないし、ナミさんにバイキン呼ばわりされて風呂に押し込まれても、怒った様子もない。
ただ大事そうに三本の刀を携えているから、あれは大切なものなんだろうと判断して皆勝手にさせている。

こんなご時世にてんでバラバラなところから集まった俺達だ。
それぞれ人に聞かせられるような過去がある訳じゃない。
仲間になった時点で、余計な詮索はしないことが暗黙のルールになっている。
それにしても――――

「よく寝る男だな、こいつは。」
ゾロは暇さえあれば、甲板で寝ている。
飯だぞ、と声を掛けるとむくりと起きるが、食べ終わるとまたどこかに行って昼寝三昧の日々だ。
「こんなんで役に立つのかよ、こいつ。」
眠りこける緑頭を足で指して、俺は煙草を噛んだ。
「大喰らいの穀潰しじゃねえだろうなあ。」
「ししし、すんげー強いんだこいつ。」

なんでも前の島で、山賊を蹴散らしてるのを見たらしい。
蹴散らすというより、皆殺しだったらしいが。

「だってよ、こいつ全部殺しちまうんだもん。やべーよなあ。だから連れて来た。」
なんでそこで、だからなんだ。
「そりゃあすげえもんだった。鬼みてえだった。」
「そんな物騒なもん、船に乗せんな!」
当然の突っ込みにも、ルフィはしれっと答えた。
「馬鹿だなー。あんな物騒なもん陸においとく方が危ねえじゃねえか。」
俺はがくんと肩を落とした。
こいつは本能と感だけで行動する奴だ。
一般常識を振り翳したって通用しねえ。
「まあいいさ。せいぜいその戦闘能力ってやらを駆使して、非常時には役に立って貰おうじゃねえか。まあ俺とてめえがいりゃあ、必要ねえだろうがよ。」
そう俺が嘯くと、ルフィはなんにも言わないで、ただにやりと笑った。






その夜、月のない闇に乗じて奇襲を掛けてきた通りすがりの海賊共がゾロの能力って奴を証明してくれた。


「・・・なんだ、ありゃあ。」
幼くして海に出て15年・・・けっして経験が少ないとは言えない俺にも、あんな闘い方は初めて見るもんだ。
刀を三本同時に使うってのが、もはや曲芸の域に入っていて見応えがあるが、剣の腕云々よりもその容赦の無さに驚いた。
決して少なくなかった敵が面白いように次々と倒れて、俺とルフィの出番なんざありゃしない。
最初は頼もしいと歓声を上げていたウソップも途中から鬼神のごとき戦い振りに恐れをなして後方に下がってしまった。
普通の神経を少しでも持ち合わせている人間なら、奴を怖いと思うだろうよ。

「一撃、必殺ね。」
血に塗れた敵船の甲板を眺めて呟くロビンちゃんに、俺は頷くしかできなかった。
なんてコメントしていいかもわからねえ。
仲間として頼もしいというより、身内に爆弾を抱えた気がする。

何より胡散臭いのは、奴の徹底した冷徹さだ。
表情を変えず、眉一つ動かさずまるで機械みたいに正確に斬っていく。
はっきり言って、気持ち悪い。




ナミさんの言いつけで敵船のお宝を粗方奪い終えると、とっととその場を立ち去った。
無人の船に残されて揺れる明かりは、逝っちまった奴らの送り火みたいに見える。
海賊ともあろう俺がこんなセンチな気分になるのは、今まで出会ったこともねえ理解できないモノを見たからだろう。
少なくとも、ゾロって奴は戦いの中にいるとき「心」ってものがない。

「・・・俺は、こいうのは――――好かねえな。」
誰にともなく呟いた俺の台詞は、思いもかけず近くにいた奴に届いたようだ。
ゾロは俺の顔をじっと見ている。
その目には怒りや憎しみや侮蔑・・・とまでは行かなくても戸惑いや苛立ちやら、そんなものですら浮かんでいない。
まるで空虚な硝子球みたいに鈍く光っていて、俺はつい目を逸らせてしまった。

人を見て、こんな風に怖いと思ったのは初めてだ。




片付けを任せてキッチンで朝食の支度を始める。
どれだけハードな戦いの後でも食欲が落ちないのはうちのクルーの強みだ。
特に船長は運動したからとか理由をつけて普段の倍は食べるから始末に悪い。

朝ご飯をきちんと取ったら、みんな今日はゆったり過ごすだろう。





鼻歌混じりで味見をしていると、意外な奴が真っ先に入ってきた。
「随分早いじゃねえか、緑アタマ。」
てっきりもうひと眠りに入ると思ってたんだが・・・
俺の声に何か返すでなく、ゾロはぼうっと戸口に立っている。
そう、文字通りぼうっと。
このリアクションの無さがまたなんとも気まずくて、俺の動きまでぎこちなくなってしまう。
つい苛々と声を荒げた。

「ったく、でくの棒みてえに突っ立ってんじゃねえ。せっかく早く来たなら手伝いでもしろ。」
「・・・手伝い?」
お、ちょっと反応したな。
「おう、その汚いねえ手をもっかいよーく洗って、戸棚から茶碗出せ。」
「茶碗・・・」
喋らせても所詮オウム返しか。
でも反応があるだけましだな。
仕方ないから俺は逐一指示することにした。
「ともかく、ご飯茶碗とお椀、取り皿と箸を人数分出せ。人数分だぞ。7人分だぞ。わかってっか?それからそっちの大皿を2枚こっちに寄越せ。大皿だ左の。そっちは右だろーがっ」
ゾロは俺が言ったとおりに動く。
左と右を間違えたりもするが、行動は素直だ。
かなり横暴な口を利いてるのに、気分を害した風でもない。
調子に乗ってあーだこーだと指図しているうちに他のクルー達もキッチンに入ってきた。

「おはよう。まあ、ゾロが手伝ってる。」
「わあ、ゾロえらいなあ。」
さっきまで怯えていたウソップやチョッパーもちまちま動いているゾロを見て安心したのか、表情が柔らかくなった。

「おはよう。いい匂いね、味噌汁かしら。」
「・・・匂い・・・」
またゾロの動きが止まった。まあ準備は出来たから構わないけど、止まったまま突っ立ってられると非常に邪魔だ。
「おいゾロ、もういいから座れ。立ってっと邪魔だ。」
俺のあんまりな言い種にも耳を貸さない。
またしてもぼうっとモードに入っている。

「剣士さん。席に着かないとせっかくのお味噌汁が冷めてしまうわよ。」
ロビンちゃんの言葉にもう一度「味噌汁」と呟いて、ゾロは手近なイスに腰掛けた。
どうにも、挙動不審な奴だな。

「はい、じゃあ揃ったわね。いただきます。」
「いただきまーす。」





わいわいとお互いあれこれ話しながらのいつもの朝食。
なのにゾロは味噌汁椀を両手で抱えてじっとしている、と思ったら、唐突に持ち上げて一口啜った。
眉間に皺を寄せて妙な顔をしている。
・・・不味かったか?
俺の隣でロビンちゃんが微笑んだ。
「剣士さんは、イーストブルーの、北の方の生まれかしら。」
お互いの出身地について、言及するのははじめてのことだ。
驚いて思わずロビンちゃんを見てしまった。

「ああ、カムンチュだ。」
「そう。」
美しい瞳を少し眇めて、ロビンちゃんもお椀を手に取る。
「カムンチュは大豆を使った食品の発祥の地ですものね。お味噌汁なんか、懐かしいでしょう。」
「・・・懐かしい・・・」
ゾロはいちいち言葉反復する。
けど、その言葉一つ一つにゾロ自身が引き摺られている気がする。
・・・なんだってんだ?
「ああ、ほんとに美味しいわ。お出汁がよくきいていて。」
それっきり、ロビンちゃんはゾロとの話は打ち切ってしまった。

相変わらずルフィはよく食い、ウソップは喋り捲る。
けれど俺は、味噌汁を抱えてまたぼうっとしているゾロから目が離せなかった。










「・・・あの、ゾロってのは一本足りねえのか。」
「おいおいおい、滅多なこというもんじゃねえぞ。」
ウソップは小心者らしくキョロキョロと辺りを見回して、また手にした部品をそっと置いた。
天気のいい昼下がり。
甲板で日向ぼっこを兼ねて何か改良しているウソップの隣で一服する。
波も穏やかで昼寝日和だ。
ゾロを筆頭に珍しく女性陣までお休みタイムらしい。

「だってよー、何言ったってぼうっとしてるし、厭味言ってもむっとした面一つしねえしよ。
 言葉通じてねえのか、足りねえのかどっちかだろ、あれ。」
「馬鹿だな、ああいうのを武士っつうんじゃねえか。」
「は?」
ウソップはそうでなくても長い鼻を一段と高く上げた。
「なんでもイーストブルーの北の方の国ってのは剣術が盛んで、特に城の警護を任される家柄のモンは武士って呼ばれたらしい。礼儀と格式を重んじ、無駄口を叩かぬ勤勉な一族らしいぞ。」
「礼儀を重んじて皆殺しかよ。」
俺の言葉に今朝まで惨劇を思い出したらしく、ウソップはぶるりと身体を震わせた。
「う〜ん、ちょっと違うっぽいな。まあ、どっちにしても昔の話だ。カムンチュはずっと内戦が続いていて、今じゃ壊滅状態らしいからな。」
ウソップの言葉を耳の端で聞きながら、俺は青い空に向かって煙を吐いた。
海賊なんてやってても、随分平和じゃねえか、ここは。







昼間仮眠を取ったお陰で、皆が寝静まった夜中でもついついキッチンでごそごそしてしまう。
ウソップに言わせれば通常人より睡眠時間が短くても大丈夫なタイプらしい俺は、大体1日の大半を此処で過ごす。
いつもどおりすべて片付けて、仕込みも終えてさあ眠ろうかとエプロンを外したら、戸口にゾロが立っていてビックリした。
心底驚いた。
いつからいたんだ、お前。

「な、ななななんだよてめえ!」
つい夜中なのに怒鳴ってしまった。
驚いたのが気恥ずかしいのもあるが、ちょっとビビってる。
こいつ全然気配感じさせねえし。

ゾロは相変わらず表情のない顔で俺の方にゆっくり歩み寄ると、なんでもない風にこう言った。
「ちょっとケツ貸してくれ。」

「・・・?」
ちょっと火かしてくれ、とかちょっとそれ取って、とか・・・そんな感じ?
あんまり軽い台詞だから、つい聞き直してしまった。

「・・・あ?」
「ケツ貸してくれ。そうだな、5分で済ませる。」
「・・・は、」

まだ話が見えない。
ゾロのぼーっが移ったんだろうか。
さすがに苛ついたのか、ゾロは俺の肘を掴んだ。

「突っ込むだけだ。そう手間は取らせねえ。」
そう言ってぐいと引っ張ったから漸く俺の思考も動き出した。
ケツ、ケツを貸せって・・・突っ込むって・・・

「んだあああああああっ!」

殆ど条件反射で俺はゾロの後ろ頭にムートンショットを決めていた。



next