恋という名の翼 -1-



今年の春は晴天続きのせいか、桜の開花時期が長いと、ニュースで言ってたっけか。
すかんと抜けるような青空に目を細め、サンジは淡いピンクの花びらが舞う校庭に佇んだ。

今日からここが、俺の通う学校か―――
憧れの都内の高校に入学できて、感無量だ。
サンジの進学に合わせて祖父も仕事場を都内に移してくれたから、念願叶った形になる。

人口より猿の数のが多いんじゃないかと疑われるようなど田舎で、サンジは育って来た。
大らかでのんびりとした田舎気質の中で逞しく育ちはしたが、祖父譲りの金髪碧眼は過疎の町ではやたらと目立ち、煩わしいことも多かった。
だがここは違う。
都会らしく人種も多々入り混じって、サンジくらいの金髪なら全然目立たない。
まさにインターナショナル!
そしてイカシタ美少女わんさか!

高齢者比率が8割を超した田舎にあって、サンジの目の保養機会さえ少なかった。
だがここは違う!
どこを向いても、モデルかと疑うような美少女ばかり。
新しい制服に身を包んだ女子高生ばかりに目が行って、入学式どころじゃなかったのもまた事実。
新生活おめでとう、俺。
そして春にふさわしい心躍る出会いの予感に大感謝!
なんてことを夢想しながら、やや潤んだ瞳で満開の桜を見上げれば、ふとそれが目に入った。

紺と臙脂のストライプ。
間違いなく、今サンジも締めているグランドライン学園のネクタイだ。
それが、高い木の梢に引っ掛かって揺れている。
サンジは一瞬、周囲を見回した。
短い休み時間とは言え、皆新しいクラスの中でそわそわと落ち着かない時間を過ごしているだろう。
サンジはちょっと一服のために出てきたから、辺りに人影はない。

手早く靴と靴下を脱ぐと、サンジは裸足になってするすると桜の木に登った。
幼い頃から木登りは得意だ。
黄色い山猿と称された過去は消したいが、ここなら誰もそんなこと知らないし、身軽なのはモテる要素になるだろう。
なんてことを計算しながら、体重を上手く分散させてギリギリのところまで登り、枝の先に手を伸ばした。
ネクタイを難なく回収して素早く降り、何事もなかったように靴を履く。
所要時間、僅か2分。

改めてネクタイを見れば、自分のつけているものと斜めストライプの方向が同じなことに気付いて愕然とした。
これって、男用じゃねえか。
女性用は逆のストライプ。
ちっ、完全な無駄骨だったぜ。
イニシャルが刺繍してあるから、あわよくばこのネクタイの持ち主とお近付きに慣れるチャンスかもと思ったのだ。
これが男用なら、サンジにとってまったく無用のものとなる。
それでも仕方なくネクタイを裏返して刺繍を確認すると「Z.R」とあった。
Zだと?しかもR?
完璧に日本人名じゃない。
外見だけは日本人離れしているが名前と中身は立派な日本人のサンジは、ちょっと珍しいものでも見たような気分になった。
竜崎象之助とか?
令丈存太とか?
それ以上思いつきもしなくて、かと言ってその場に捨ててしまう訳にも行かず、サンジは取りあえず上着のポケットに捩じ込んだ。





田舎から引っ越して来て、一人ぽつんと新学期を始めたサンジだったが、持ち前の社交性と愛敬ですぐに友達ができた。
女子生徒のハートがっちり鷲掴みは当たり前だが、結構男子とも打ち解けるのが早い。
サンジの派手な外見と素朴な中身とのギャップが面白いらしく、天然キャラで愛されている気がする。

「サンジは部活、どこ入るか決めたのか」
顔はファンキーだが気のいいウソップが、一番の友人だ。
手先が器用で絵心のある彼は美術部志望らしい。
「そりゃあやっぱ、サッカー部だろ。スポーツ部の花形だしよう」
運動神経だけは優れているサンジにとって、選定基準はまずそこにある。
可愛いマネージャーとのラブロマンスは必須事項だ。
「それがな、ここはそうでもねえらしいぞ。どっちかっつうと体育館のがギャラリーが多いらしい」
「え?ってことはバスケ?」
「・・・ほんとに単純だな。俺、お前のそういうとこ大好きだぜ」
ウソップの話によれば、剣道部の3年に花形がいるのだという。
「中学ン時からずっと連覇続けてて、べらぼうに強いらしい。成績も良くてルックスもいいもんだから、先輩が活動してる時はいつもギャラリーが鈴なりだってよ」
サンジは無条件でむっとした。
そのキャラは、自分こそが狙っている位置だ。
「どうせデキのいいのを鼻にかけて、ツンと澄ました嫌味野郎だろ」
「どっちかっつうと無口で物凄い硬派らしいぞ。だから男女関係なく後輩にも慕われてんだとよ。ロロノア先輩は」
「あ?」
聞き慣れない発音に、思わず聞き返す。
「ロロノア・ゾロ先輩。俺もちらっと見たことあるけど、中々男前だったぜ」
「・・・ロロ?」
日本名じゃねえ。
しかも、R・・・でZ?
「あ―――」
思わず間の抜けた声を出した。
男用だと気付いた途端興味を失って、上着のポケットに入れっぱなしだったネクタイのことを思い出す。

「なんだよ、いきなり変な声出して」
「あーいやー・・・その、ロロなんとか先輩って、どっかにいるかな」
「そらどっかにいるだろ。つか、放課後一緒に体育館行くか?」
「おう」
モテる先輩なんて存在自体が気に食わないが、少し興味をそそられてサンジは頷いた。









元々剣道なんて、サンジにとっては被り物の粋だ。
只でさえ野郎なんて汗臭いのに、あんな通気性の悪そうなモノを被って余計汗を流すなんて、マニアかフェチか、マゾでしかないと偏見も持っている。
が、今回熱気溢れる体育館の隅で、一人黙々と素振りをする男の姿に、ちょっと目を奪われてしまった。

まず立ち姿がいい。
すっと、天に向かって一本筋が通っているかのように気負わず佇む姿勢が綺麗で、吸い寄せられるように見てしまう。
ただの素振りなのに、動きはしなやかで無駄がない。
他の人間ならこせこせして見える足の動きも、その男のそれは野生動物のような敏捷さを思わせた。
体育館の壁の花になっている女生徒達も、被り物をして「きえー」とか「たー」とか叫んでいる輩には目もくれず、その男の一挙一動に小さく叫んだり身体を揺すったりしている。
―――ふん、ちっとはカッコいいかもな
程なく休憩時間になったが、だからといって見守る女生徒達は我先に駆け寄ったりしないで、ただじっと熱い視線を送るばかりだ。
その中を、サンジは臆することなくつかつかと突っ切って男に歩み寄った。

「あのー、ロロロア先輩?」
「ロロノアだ」
まるで条件反射のように間髪入れずそう返し、振り向いた顔は近くで見ても中々に精悍で男前だ。
「これ」
サンジは不機嫌を隠そうともしないで、つっけんどんにポケットから取り出したネクタイを目の前に突き出した。
「先輩のじゃないですか?」

ざわ・・・
誰かが声を出した訳でも暴れた訳でもないのに、何故か体育館の中が一瞬どよめいた気がする。
―――気のせいか?
先輩はサンジの手からネクタイを受け取ると、引っくり返してイニシャルを確認し、頷いた。
「俺のだ、ありがとう」
またしても周囲がざわめく。
サンジは訳がわからぬまま、一応ぺこりと頭だけ下げて立ち去ろうとしたら、他の部員と思われるいかつい顔した男にちょいちょいと手招きされた。

「お前、あのネクタイどこかで拾ったのか?」
野郎に「お前」呼ばわりされるなど不愉快極まりないが、ここは素直に首を振る。
「いいえ、木に引っ掛かってました」
「木って、枝の先だろ」
「登って取りましたけど・・・」
ぶぶっと吹き出す音がして、振り向いたらロロノア先輩が笑っていた。
まるで取り囲むように立つ他の先輩達は、一様に苦い表情をしている。
「お前なあ・・・」
「いや、いいんだ。ありがとう」
もう一度礼を言われ、サンジは再度頭を下げて足早に立ち去った。


「なんだ、今のなんか、雰囲気違うくね?」
ウソップの不安そうな声にも肩を竦めて見せるしかない。
ともかく拾った物を渡しただけだ。
これで縁は切れたと、サンジは勝手に思っていた。




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