恋の天使は調教中 -3-



「俺はチクりゃしねーが、油断すんなよ?てめェ、無駄に色っぽいからな。おかしなオヤジ辺りに知られたら、代償になに要求してくっか分かったもんじゃねェ」
「そっかな?」
「おう。そういうのは俺の前だけにしとけ」

 ナチュラルに願望を口にしてしまった。自然に清楚ならそれはそれで良いが、無理をしているのならそのままぞんざいな口の利き方をしてくれた方が良いし、《ゾロの前でだけ》というのが特別感があって良い。そもそも、こんな風に喋る機会がこれっきりなのは淋しい。

 普段は酷薄そうにも見える琥珀色の瞳をやわらかく細めて笑うと、サンジも安心したように息をつき、急にかぱりと大股を広げてしまった。

「や〜助かったぜ!育成期間中マジで気が抜けねーしよっ!どうしようかって思ってたんだよ〜。おー、そうだ。あんたまた残業があるときにゃ言えよ。今度はちっと腹に溜まるメシ作ってやっから!」
「てめェ、どこまで本性全開にするつもりだ!?」

 肩の力を抜いて《にゃはは》と笑うサンジに、美人秘書の面影はない。一気にその辺のお姉ちゃん…というより、お兄ちゃん並の領域に入ってしまう。

「まあまあ、あんた信用出来そうだしよ。ちっと気ィ抜かしてくれよォ〜」

 悪戯っぽく微笑むと実にチャーミングで、困ってしまうくらいに可愛い。ゾロはそれなりに学生時代からモテて、色んな女性と付き合ったりはしていたのだが、こういうタイプに興味を持ったのは初めてだ。

 背はゾロと同じくらいで、パンプスを履くと幾分負けてしまうくらいだが、柳腰のほっそりとした体型はモデルのように流線が美しい。おっぱいがぺたんとしているのは残念だが、尻は引き締まって良い形をしている。何より、愛嬌のある顔立ちと放たれる愉快なキャラクター性がゾロを魅了してしまった。

「そりゃ良いがよ。気ィつけろよ?なんかあったら電話かメールしろ」
「おう、そーだな。残業情報とかいるし。アドレス交換すっか」

 すぐに携帯を取りだして赤外線送信すると、互いの情報がやりとりされる。《サンジ》と入れかけて、悪戯心で《あひる》と入れたら、覗き込んでいたサンジが怒って、ゾロの登録名は《まりも》にしていた。どっこいどっこいのセンスである。

「しかしよ、てめェ。なんだってそんなんで育成秘書なんかやらされてんだ?」
「ん。ジジィ…って、うちのレストランのオーナーがよ…」

 サンジは少し迷った風だったが、ぽつらぽつらと話し始めた。言いにくいが、それでも誰かに聞いて欲しかった話なのかも知れない。

「あのよ…。俺、元々オーナーの孫とかじゃねんだ。親はちっさい時に死じまって、他に身よりもなかったから施設に預けられただけど、そこがまたクソみてーなとこでよ。よく脱走してたんだ。ある日施設外に逃げた時にバラティエの裏口に来てよ、腹減らして蹲ってたらジジィが出てきた。すんげェ怖そうな顔したオッサンだったから、きっと薄汚れたガキなんか蹴り飛ばされると思って身体を縮こまらせてたんだけど…ジジィは、俺にメシを喰わしてくれた」

 その味とぬくもりを思い出すように、サンジはそっと瞼を閉じる。

「旨かったよ。すんげェ旨かったから、ガツガツ食うのが勿体なくてしっかり味わってよ、味付けとか材料とか、俺が思いつく限りで聞いてみたら、《てめェ、どこかで習ったのか》とかいうんだ。まあ、死んだ親は大借金作って逃げるまでは腕の良い料理人だったから、そのせいで俺の舌も肥えてたしね。そのせいかと思うんだ。そんで、何回か施設を逃げ出す度にバラティエに行ってたら、一度チャーハン作ってみろって言われて、卵と塩胡椒と葱だけのを作ったら、ジジィが《俺んとこで修行してみろ》って、言ってくれたんだ…」

 嬉しくて堪らないという風にぶるるっと身震いしたサンジだったが、急にへにゃんと眉が下がってしまう。よくよく感情の起伏の激しい奴だ。

「まあ…それからすったもんだあってよ、本当に養子にして貰ったんだけど、俺ァ施設上がりで口も態度も悪くてよ。幾らコックって言っても一流のレストランで勤めるにゃあ問題があったんだろうな。実際、たまに給仕やるとつい女尊男卑で対応しちまうから、客との揉め事も何回かあった。手を焼いたジジィはこの育成秘書ってシステムに乗っかったんだよ。俺ァ、カリファさんに《真っ当なマナーの身に付いた社会人です》って確約を貰わねェと、バラティエには戻れねんだ。今もここに泊まり込みしてるくらいだからな、徹底してんだ。だから…内緒にしてて、な?」

 最後は口元に指を寄せて、こてんと小首を傾げるという強力な技を使ってきた。破壊力は抜群で、危うく勃ちそうになってしまったくらいだ。

『いやいやいや…段階追わねーと!』

 気に入ったのは事実だが、こういう蓮っ葉なタイプは意外と純な部分を持っているものだ。今付き合いたいとか、ましてや抱きたいなんて言いだした日には、口止め料としていやらしいことをしたいのだと誤解されてしまうだろう。

 こうしてゾロは、噂の美人秘書との間に秘密を持つ関係となった。



*  *  * 


  
「何これ、すっごく美味しい!」

歓声を上げる内藤につられて、他の社員も我先にと手を伸ばしてくる。約束通り翌日から昼食を共にする事にしたサンジは、朝から張り切っておかずを作ってきた。ゾロは今夜も残業すると言っていたから、彼の分も考慮して、折り詰めいっぱいに色んなオリジナルレシピのおかずを詰め込んできた。

 ゾロの分は初めから分けておいて良かった。そう思うくらいの勢いでどんどんおかずはなくなったが、みんなの笑顔が嬉しくてにこにこしていたら、内藤は随分と砕けた表情でふにっと頬肉を摘んできた。

「ふふ。サンジちゃん可愛いわァ〜!なんか昨日まではよそ行きの顔でツンとしてて、なんか苦手意識があったんだけど、今日は凄くいい顔してるわね」
「そうそう。男連中が幾ら褒めても反感覚えてたから、ナイさんがお昼誘ったって信じられなかったんだけど、今までのは猫被ってたのかな?」

 単純なタイプの男連中はともかくとして、やはり聡い女性の目は節穴ではなかったらしい。しっかりと猫っかぶりの違和感に気付かれていたようだ。

「そうなんです…。実は、あまりにも品のない喋り方ばかりするので、こちらの会社で少々スパルタ教育になっても良いから、とにかく最低限度のマナーを身につけるようにと放り込まれたんですけど…やはり違和感がありましたでしょうか?」

 うるんと涙目になって尋ねてみると、どうしたものが全員が頬を赤らめてもじもじし始めてしまった。上目遣いが気持ち悪かったのだろうか?

「う…ううん!今日はそんな事無いわよ。自然で可愛いわ」
「良かった!」

 ふわんと微笑んだら、また一同の顔が赤くなる。芥子あえがそんなに辛かったのだろうか?

 結局、これからは期間中ずっとお昼をご一緒する事になって、嬉しくなったサンジは毎日手を変え品を変え、様々な技術を披露したものだから、次第に評判が高まって、他の課からもご相伴に与ろうという輩が出てきた。まるでパンくずをもって公園に行った子どもが、鳩に集られているようだ。

 サンジのおかずは思いがけない影響も与えていった。
 一緒に食べていたOL達にお弁当作りのコツを教えていく内に、《意中の男性にお弁当をあげたいのだけど…》という話になり、その男性がどういった食事をしているかを調査して貰って、その内容を参考にレシピを立てたらこれが大当たり。その弁当を切っ掛けにして、次々にカップルが成立していった。

 いつの間にやらサンジは社内において、密かに《恋の天使》との愛称で呼ばれるようになっていたのだった。



*  *  * 



「よォ、恋の天使」
「んだよ、そりゃあ」

 すっかりうち解けた態度のサンジは銜え煙草で顔を顰めた。社内は禁煙なので火は付けられないのだが、ゾロの前でだけは銜えて気分だけ味わっている。

 誰もいなくなったオフィスで夜食兼夕食を旨そうに平らげながら、ゾロは実に似合わない単語に自分でも苦笑していた。

「てめェのことだよ。男を落とす特別なレシピで、縁結びの神様みてーに崇められてるらしいぞ?」
「へェ、そりゃ嬉しいね。レディ達のお力になれてんなら、そりゃ光栄ってもんだ」

 ニカっと笑うと、ゾロは頬に手を伸ばして指の甲で撫でつけてくる。妙に距離が近くて、胸が変な具合に拍動するのが自分でも不思議だった。赤くなっていく頬からは、熱がきっと伝わってしまっているだろう。
 ゾロは自信ありげな顔をして、余裕綽々に聞いてくる。

「そのレシピとやらは、俺にも使ってんのか?」
「へ?」
「俺だけ特別扱いで晩飯喰わして貰ってんのは、てめェが俺に恋の魔法とやらを掛けてんだって、専らの評判だぞ?」
「へー、噂ってすげェな。つか、知られてんだ。ヤベェな…こんな口の利き方してんの、誰かがカリファさんにチクったら、バラティエに戻れねーよ」

 慌てて煙草も胸ポケットに仕舞うが、ゾロは気勢を削がれたようにバリバリと頭を掻いている。

「ち…。バラティエバラティエって、そんなにジジィが気になんのか?」
「おう。それに、この会社も面白いけどよ…やっぱ俺が生きる場所は厨房なんだよ。弁当作ったりてめェにメシ喰わしてやんのも楽しいけどさ、やっぱワンプレートごとに手間を掛けて、特別な時間を演出してやんのは最高に楽しいんだぜ?旨ェぞ〜?俺が本気出したメシはよ!」
「今だって旨ェ」
「こんなもんじゃないんだって!」
「俺にとっちゃ、てめェが作ってくれて《旨ェか?》って聞いてくるだけで最高に旨い」
「おー、マリモにしちゃ良い事言うじゃねーか。なんだてめェ、俺の腕にベタ惚れか?」
「てめェにベタ惚れしてんだ」

 あまりにもさらっと言われたので、意味を掴むまで数秒を要した。

『えーと…俺は男で、こいつも男だな』

 世間ではこのカップルが成立した場合、ホモとかゲイとかいう呼称を用いてカテゴライズする事になるのだろう。
 今までのサンジから言えば、《うへ、気色悪ィ。素敵なレディ達がいんのに、なんだってむさ苦しい野郎なんか相手にしてんだよ》と言うところだ。
 なのに今は…どうしてこんなに胸が一杯で、頬が真っ赤なのだろう?

「え…ええと、俺…こ、こんなガサツだし…」
「それに俺が構うと思うか?」
「構ってねーな」

 だが、ゾロは知らないのだ。彼は全く気付いていないが、カマ野郎相手に構いだてしていることに。

『そうだよ。ナニ喜んでんの俺?こんなマリモにどうやら俺まで惚れてたらしいってことよりさ、問題は俺が男だって、こいつが知らねーことだよ』

 急に別の意味で《ドッドッ》と鼓動が早くなっていく。奔馬の勢いで駆けていく心臓は、今すぐそこから逃げ出したいようだ。《実は男なんだ》と明かして、《このオカマ野郎、ややこしい真似してんじゃねーよ》《この女装変態野郎!》なんて目の前で罵倒されたら、今すぐ動きを止める気なのでは無かろうか?

『い…言えねェ…っ!』

 今更になってやっと気付く。
 この会社で段々人間関係が出来てきて、バラティエの人間だという事も知られているから、育成期間が終わったら料理を食べに行くと言ってくれた人たちもいるけれど、そうなったらサンジはどうしたって、男である事がばれてしまう。秘密を持ち続けるためには、あそこでも女の真似を続けなくてはならないのか?

 ゾロだってきっとサンジが女だと思ったから、メシを喰わして貰った恩を恋だと思ったのだろう。しかし、何時までも隠し仰せるものではない。

「………俺は、そういう意味でてめェを見る事は出来ねェ」
「なんでだ?」
「理屈じゃねーだろ!勃た…いや、濡れねェって話だ!」
「濡れたらヤラすのかよ」

 琥珀色の瞳がぎらりと光を帯びて、興奮すると金色の環を帯びるのだと初めて知った。野生の獣みたいに綺麗なその瞳に射竦められて動けなくなっている間に、サンジの身体は床に押しつけられてしまう。
 
「濡れねェかどうか、試してやるよ」
「や…やめ…っ!」

 食いつくみたいに乱暴なキスをされたのに、巧みに絡みつく舌が咥内をまさぐる内に息が乱れてきてしまう。こんな激しいキスなどした事がないサンジは、息継ぎもままならない様子で《ひはっ!》と溺れる者のような息をするから、すぐに経験が浅いのだと知られてしまった。

「てめェ、あんまキスした事ねーだろ?」
「し、失礼なっ!ファーストキスは15歳ん時だっ!!」
「どうせ小鳥が啄むような軽いやつだろ」
「う…」

 バレバレだ。どうやら武骨な顔をして、こいつは経験豊富らしい。すぐにするするとスーツを剥がされて、シャツの裾から胸板へと手を差し入れられて慌ててしまった。

「わーーーっ!!だだだ、ダメだっ!」
「ナニ言って…。ん、てめェ…どんだけ胸ねェんだよ」
「ばかぁ…っ!」

 真っ赤になってふるふると打ち震えてしまう。当たり前だが、男であるサンジには胸などナイ。しかしそのままだと身体のラインが美しくないからと、ブラジャーにパットを3枚入れていたのだが、それがぽいぽいと出されて、剥き出しになった乳首をゾロの指がきゅっと摘み込む。

「きゅあ!」
「乳首の感度はイイな」
「や…ゃ……っ!」

 ゾロの舌がくにくにと感じやすい乳首を甘噛みすると、えもいえぬ快感が奔ってしまう。男の胸などしゃぶってナニが楽しいのかと突っ込みたいが、サンジがこの上なく感じているのでは説得力がない。

「うん。色も良い。小粒だがピンクで綺麗だ。てめェ…ひょっとしてバージンか?」
「うっせェ!悪ィかよっ!!」

 お恥ずかしい話、バックバージンはギリギリ保たれている上、堂々たるチェリー君である。

「いや、上等だ。俺ァ嬉しいぜ。てめェの初めての男になれんだからな」

 だから…そんな風にニカっと笑わないで欲しい。絆されてきゅんと股間が盛り上がった瞬間に、サンジは《ハッ》と気付いてしまった。股間に装着した、恥ずかしい淫具の存在に…。

 男である事は勿論の事、こんな恥ずかしいものを身につけて社内を歩かされ、お仕置きとして頻繁にアナルへのフィンガーファックを受けていると知られたら、サンジをちゃんとした意味の処女だと信じて浮かれているこの男はどれだけ怒るだろう?
 きっと、取り返しが付かなくなるくらいに軽蔑されてしまう。

 そう思ったらサァっと血の気が引いてきて、内腿をなぞる大きな手にも強い恐怖を感じてしまう。

「やだ…っ…止めろって…っ!!」
 
 必死で逃れようとするが、それでもゾロは赦してくれない。舌なめずりしながらがっしりとした大きな手で膝頭を掴むと、力づくで開こうとしてくる。

「さァ〜て…御開帳といくか。こっちもピンクで綺麗なんだろうな?処女膜みせてみろよ。ねっちり可愛がってから、俺ので破ってやんよ」

 《ねェよそんなモン!》と言うわけにもいかず、サンジは喉を引きつらせてとうとう泣き始めてしまった。

「やだ…やめろよォ〜……っ!」

 《うっ…えぐ…ひっく……》自分でも情けないくらいに涙が溢れてきて、顔がぐしゃぐしゃになっていく。ゾロはきっと構わずに脚を開いて、きっと目にしたモノに嫌悪の眼差しを向けるのだろうと思っていたけれど、急に膝頭に掛かる力が抜けたかと思うと、ふわりと身体が抱え上げられた。

「悪ィ…処女なのに、こんな場所で無理矢理じゃあ…ムードもへったくれもねェよな」

 《そういう問題じゃねーんだが》…とは思いつつも、ゾロが引いてくれたのはありがたかったりする。確かに初めては海の見えるホテルで、お風呂にはバラの花弁を浮かせて、白いレース揺らめく天蓋ベッドで…とは考えていた。お相手は素敵なレディで、間違ってもゴツイまりもではなかったが。

 なのに…どうしてだかゾロの手は気持ちよくて、乱れた金髪を手櫛で整えられたり、涙に濡れた頬にキスをされるのを拒否出来なかった。




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