きつねの嫁入り
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“幻の祠”発見のニュースは、小さな街を一時賑わせた。
郷土史家からの問い合わせや取材が来たが、ゾロは面倒臭かったので発見者は双子の姉達ということにした。
ローカル紙に写真入りで掲載されたりして、姉達も満更でもなさそうだ。

ゾロはその後も、何度か姉達と一緒に祠に行った。
行く度に、祠が見つかった森全体があれこれと手入れされ綺麗になっている。
朽ち果てていた祠は新しく立派になり、周辺が整備されて遊歩道ができた。
姉達は、自分達が見つけた責任があるとでも思うのか、毎日どちらかが交替で掃除をし、花を供えた。
可愛らしい双子姉妹が管理をしていると評判になり、いつしか町のちょっとした名所になっていた。



姉達が小学校を卒業し、ゾロ単独でも毎日同じルートで帰宅できるようになった頃、通学路におしゃれなレストランができた。
建設途中から、姉達や母親は開店を楽しみにしていたようだ。
「フレンチのレストランなんですって。私達の誕生日にお祝いしてくれるって」
「すっごく楽しみ」
一緒になってはしゃぐ母達を横目に、「やっぱり和食が一番だよな」と父とそっと頷き合う。
時期外れの転校生がやって来たのは、その翌日だ。




「きりーつ」
僅かな時間でも居眠りができる体質のゾロは、委員長の号令に条件反射で立ち上がってから眼を開けた。
教壇に立つ担任の隣に、ゾロ達よりも少し小柄な男の子が立っている。
そういえば、転校生が来るとかなんとか噂になっていたっけか。
女子等は始業前からソワソワとしていたようだが、今はなんとなくクラス全体がしんとして浮足立つ気配がない。
転校生をまじまじと見つめ、ゾロはその理由がわかった。

「青海市から引っ越してきました、サンジと言います」
そう名乗った少年は、主に女子の顔を順々に見比べるように視線を移して、ハキハキと喋った。
しかし、少年の外見はそんな物怖じしない態度とは真逆だった。
抜けるように白い…というより青白く筋が浮いて見える荒れた肌。
髪は色褪せて白茶け、櫛で梳いてはあるようだがボサボサで、長く伸びた前髪は顔の半分を覆い隠している。
片方だけ見える目は落ち窪んで、やつれた様はいかにも病み上がりで手足は棒のように細い。

ヒソヒソと、あちこちで囁き合う声がする。
そんなさんざめきを打ち消すように、担任が後方の席を指した。
「後で改めて自己紹介をしようか、とりあえず後ろから二番目の、ロロノア君の隣の席について」
示された机を目指して、サンジは静かに歩いてくる。
興味津々で見つめる女子に、いちいち笑顔を向けた。
その分、男子の視線は綺麗にスルーだ。
ゾロはその様子をじっと見つめていた。
隣の席だから一言挨拶ぐらいはあるかと思ったが、サンジは澄ました顔で鞄を机のフックに下げる。
じっと見ているゾロの視線を無視しきれなかったか、面倒臭そうに振り向いた。
「なに?」
さっきまでの笑顔はどこへやら、随分と愛想がない。
だがゾロの気がかりは、別のところにあった。
「ぐる眉」
「なんだと?!」
いきなり指摘されるとは思ってもみなかったのだろう。
サンジは面食らった表情で、目を吊り上げた。
「もういっぺん言ってみろ」
「面白いほど巻いてるよな、素敵眉毛」
「上等だてめえ」
サンジが、椅子を鳴らして立ち上がった。
それに続くように、ゾロもゆっくりと立ち上がる。
「それにお前、狐だろ」
「はっ?!」

先ほどまでの和やかな自己紹介と全く違う雰囲気に、呆気にとられていた担任が慌てて仲裁に入った。
「二人とも落ち着きなさい、ロロノア君、君らしくない・・・」
「いや、こいつキ―――」
「うるせえ、黙れクソマリモ」
サンジは立ったまま軸足を回転させて、強烈な蹴りを放った。
思わぬ反撃に、ゾロも咄嗟に反応できずまともに腹に食らい吹っ飛ぶ。
「どわっ」
「きゃーっ」
「え、ロロノア君?えっ?」
窓際の壁板に背中を打ち付けたゾロが、顔を顰めながら立ち上がった。
「やりやがったな、この野郎」
「わー、待って待ってストップ!!」
いつもは平和な教室で、あやうく大乱闘が繰り広げられるところだった。



放課後、相談室で個別にこってりと絞られ最後は“仲直りの握手”を強制させられて一件落着とさせられた。
「もう仲直りしたから、友達だからね」と、普段は温厚だが怒ると怖い担任の笑顔に促され、二人揃って下校する。
サンジはつんと澄ました顔でサクサク歩き、先を歩かれるのが癪でゾロも早足になった。
「おい、お前」
「サンジだ」
「お前、やっぱ狐じゃねえか?」
ゾロの言葉に、サンジはピタッと足を止めてから怖い顔で振り返る。
面やつれしているせいか、妙に迫力があった。
「お前、さっきからなんなんだよ。人捕まえて狐呼ばわりとか、頭沸いてんの?電波系?」
ゾロだって普段なら、初対面の相手に「お前狐だろ」なんて頓珍漢な無礼を働くことはない。
だがなぜか、こいつはあの時のあの狐の神様だという気がしてならなかった。
記憶の中の狐のように、綺麗でも神々しくも大きくもなかったけれど。

「尻尾、出てんぜ」
「え、嘘!」
サンジは慌てて尻に手を当て振り返った。
その様子がおかしくて、ゾロは肩を揺らして笑いを堪える。
「って、ねえに決まってっだろ!」
「いや、お前の反応いまマジだったろ」
「お前がいきなり、つまんねえこと言うからだろうが!」
顔を赤くして怒るサンジは、あの日見た壮麗とも言うべき幻の姿とはまったく似ても似つかない。
でもやっぱり、どこか似ている。
眉毛の巻き方なんて、完コピだ。

「じゃあぐる眉」
「うるせえ、苔緑」
「素敵眉毛」
「クソマリモ」

子どもらしい言い合いをしている間に、件のレストランに着いた。
サンジは「ここだから」といったん足を止める。
「ここ、お前んちか」
「・・・なんか、文句あるかよ」
サンジはどこか決まり悪そうに、上目づかいで睨む。
「俺がこんなだからって、この店に影響とか、ないからな」
「は?」
咄嗟に意味が分からなかったが、サンジの様子を見ていてなんとなく理解できた。
お世辞にも見てくれがいいとはいえないサンジが新装開店するレストランの子となると、営業に支障が出ると思ったのだろう。
「なに言ってんだ、うちの親とかこの店が開店するのすげえ楽しみにしてっぞ。姉貴達の誕生日、この店に食べに行くとか言ってたぞ」
「お、お姉さんいるのか?しかも達って」
「双子だ」
「へえ、美少女双子とかすげえなあ」
別にゾロの姉が美少女だなどと言った訳ではないが、世間ではそう称されているのも事実なので敢えて否定はしなかった。
それより、サンジの態度の落差が気になる。
「お前、もしかして女好きか?」
小学校高学年ではあるが、随分とませて見える。
「人聞きの悪い言い方をするな。すべからく、この世の女性はみんな女神で大好きだ」
転校してきたときの態度といい、どうもこのサンジという少年は子どもらしからぬ物言いをする。
やっぱり、狐が化けてるだけじゃないか。
ただうまく化け損ねて、ちょっとやつれて見えるだけだ。

「じゃあな、お姉様方のお誕生日祝い全力でさせてもらうぞ」
「ありがとよ素敵眉毛、お前が料理する訳じゃねえだろうが気持ちだけ貰っとく」
ゾロがそう言うと、サンジはちょっとムッとした。
そんな表情は、年相応に幼く見える。
「俺だって、将来はコックになるんだから」
「この店、継ぐのか」
「なんせオーナーはジジイだからな。あっという間に年取っちまう。俺が早く大きくなって、一流の料理人になるんだ」
サンジは目をキラキラさせて語った。
将来パティシェになるとかサッカー選手になるとか、今から夢を見る友人達は多いが、サンジのそれは一線を画して具体的だ。

「そうか、がんばれよコック」
狐でも眉毛でもない“コック”呼びは、サンジの気に入ったようだ。
「おう、お前もなゾロ」
にかっと笑うサンジの顔は皺だらけだったけれど、やっぱりあの日の狐に重なって見えた。



親しくなったきっかけは乱闘だったが、ゾロはサンジが気に入っていた。
枯れたような手足でヒョロヒョロなのに、ゾロの身体が吹っ飛ぶくらい重い蹴りを放つ。
潜在的な身体能力の高さに魅かれ、丁々発止のやり取りが楽しかった。
詳しく説明はされなかったが、サンジは見た目通り病み上がりのようで体力も学力もいま一つだった。
それに、同年代の子どもの間で話題に上る流行ものについても、詳しくなかった。
そこはゾロも一緒なので、妙に親近感が沸く。
クラスの班分けや体育でのペアなど、ともすれば遠巻きにされ取り残されがちなサンジにゾロは率先して誘いを掛けた。
クラスの中でもゾロに任せておけば安心との雰囲気があり、担任から頼まれずともそういう空気が出来上がった。
サンジはゾロにだけは悪態を吐くけれど、そういう天邪鬼な態度も悪くないと密かに思っている。
体育ではゾロにさり気なくフォローされ、学力面では共に四苦八苦し時にゾロに教えられながら過ごす内に、サンジは次第に元気になって行った。

干からびたように荒れていた肌はみずみずしさを取り戻し、健康的な白さで滑らかになった。
ボサボサの頭も根元から金色の毛が生えてきて、一度短く刈り込んだ後は艶やかな髪になった。
落ち窪んで目玉ばかりがぎょろりと目立っていた顔も、頬に丸みが出て唇は桜色になり、瞳の色が深みを帯びた青へと変わった。
まだ小柄だが手足は伸びやかで、弾むように駆ける姿は健康的な男児そのものだ。
いつの間にか、ゾロと競争しても負けないほど足が速くなった。

女子に対して恭しい態度を取るサンジを当の女子達は陰で笑っていたが、サンジの外見が変わるにつれ対応が変わって行った。
今では、サンジ君って紳士的と好意を示している。
現金な周囲の変化を、サンジは気にしていない。
そしてゾロも気にしていない。
ゾロにとって、サンジは最初からなにも変わっていないのだから。





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