「来いよ、ハードゲイの高みへ!」−1





 ロロノア・ゾロは《ホンモノさん》だ。

 本物の三刀流で、本物の魔獣で、ついでに本物のホモだ。 
 しかもホモの中にも流派(?)があるのだそうなのだが、ゾロの場合は筋腹と筋溝がくっきりしたタイプの、所謂《兄ちゃんイイ身体してるねェ》系のマッチョ男が大好きだ。

 その点ゾロと両思いになったばかりのサンジにとっては,ハードルが高いことこの上ない。
 ゾロのように黙々と筋トレに励む時間などないから、せいぜいスクワットしながらに皿洗いや洗濯をするくらいだし、自分だけ高蛋白な食べ物を摂取するなんてことも出来ない。寧ろ船の食糧事情が怪しくなると真っ先に食事を減らしてしまうから、仲間達には笑顔で料理を振る舞いながら、自分は後で端切れ食材をよーくよーく噛んで満腹中枢を刺激している。満腹感はあっても蛋白量は足りないから、結局痩せてしまうのだ。

 こんな食糧事情になったのも、元はと言えば自業自得なのである。ゾロと両思いになったのが嬉し過ぎて、ふわふわと油断していたところをまんまとルフィ達につけこまれてしまったのだ。船の食料を預かるコックとして重大な責務を全うできなかったという負い目もあるから、絶対ゾロにはこんな事情知られたくない。
 だから少し暑いくらいの気候だというのに、サンジはベストまでスーツの下に着て、身体のラインを誤魔化していた。元々痩せ形だというのに、これ以上落ちたら流石にゾロのテリトリーから逸脱してしまうだろう。

 そうでなくとも、サンジの体つきはゾロにとって本来の好みとはかけ離れている。半裸で闘う姿を見た折りに、薄付きながら律動的に動作する筋肉を《実戦向き筋肉》として特別枠に認定して貰っただけなのだ。だから何としてもムキムキの筋肉をつけて、定期的にゾロに見せつけるように闘わないと恋心を維持して貰えないかも知れない。

 どんなに食料が怪しくなっても戦闘力は落とさないようにしているつもりだけれど、蛋白摂取が少なければ筋肉は痩せる。特に今は5日ほど食事制限を強いられているから、すっかり腹筋の辺りに柔らかみがなくなって下位の肋骨が浮いていた。

『絶ってェ…こんな痩せぎすの身体見られたくねェし、触られたくねェ』

 折角好きだって言って貰ったのに、こんなみっともない身体を触ったりしたら、きっとガッカリする。だからサンジはゾロから《やらねェか?》と誘われても、首を縦に振ることが出来なかった。
 今のところ理由は《お互い童貞なんだ。初めてくらいは気の利いた陸のホテルでやらねェか?》というものだから、何とか《食料はあるけどド田舎で、気の利いたホテルなんか無い》という島に着かないかと切望していた。

「ねェナミさん、小洒落たホテルのある島になんて、当分着かないよね?」
「あら、あたしを口説く気?ふふん。確かに2日後には新婚旅行のメッカ、通称《ウェディング島》とも呼ばれるリゾート島に着くけど、ちょっとやそっとのレベルじゃほっぺにチューくらいだからね?」

 ナミの小粋なウインクなんて、いつものサンジなら受けた途端にメロリンハートで転げ回っただろうが、今日に限っては青ざめてしまった。食料事情が改善できるのは良いが、そんな良い感じのホテルがバンバンあるような島に行かなくても良いだろうに。

『うう…せめてプロテインとか買いだめできるマッスル島に着きたかった…。ダメなら黄粉に生卵落としてジョッキで飲むとか…どのみち、2日でリゾート島に着いちゃうんじゃあどうしようもないけど』

 ガックリと項垂れたサンジに、海図を見ていたナミも怪訝そうな顔をした。

「なによ、デートのお誘いじゃないの?」
「残念ながらそうじゃないんだ」
「どうしたのよ一体」
「や、何でも無いんだ。変なこと聞いてゴメンね?」

 サンジはふらふらとキッチンに赴くと、無駄な足掻きとして卵の殻に張り付いた薄皮をモグモグ噛みしめた。

 

*  *  * 



 コックは乙女チックだ。

 思考展開が乙女で、綺麗なものや可愛いもの、ロマンチックで胸がきゅんきゅんするようなことが大好きだ。
 島に上陸するたびに花だの桜貝だの見つけては女どもに捧げ、軽くあしらわれる様子を昔は半笑いで見ていたものだ。しかし最近は《てめェの方が綺麗だぜ☆》なんて、我ながら脳髄がガス壊疽を起こしそうなことを考えている。耳からメタンガスが出そうだ。(←引火してしまう)

 未だにちょっと戸惑う部分もあるが、誰にでも欠点はあるから仕方のないことだと思う。
 大体、コックへの恋に気付いた瞬間に失恋を覚悟していたというのに、何の奇跡か女好きのコックがゾロを好きになってくれたのだから、感謝しなくてはならないのだ。

 二人きりで過ごしている深夜以外は何かと人目もあるから照れてしまって恋仲であることなんか示せないし、口が悪いコックと言葉が足りないゾロは互いにぶつかり合って、今まで通り喧嘩もしている。
 それもまた愛の形なのだと思うし、コックも特に不満があるわけではないようだが、おそらく乙女チック嗜好のせいで初セックスを先延ばしにしているようだ。

『あんなに雄々しい闘い方するくせに、なんだって乙女チックなんだろうな?』

 ゾロの好みとしては互いの汗でぬめるほど興奮し合って、筋肉をぶつけ合うような豪放なセックスが憧れなのだが、コックは違うのだろう。多分、デスマッチを終えた後に拳と拳をぶつけ合ってから微笑み合い、シャワーも浴びずに互いの体臭に酔いしれながらセックスしようとか、コックの引き締まったケツにパンパン下腹をぶつけながら獣の肢位でセックスしたいなんて言ったら、《不潔だぜクソ野郎!》とドン引きされそうだ。

 コックの言う《気の利いたホテル》とやらがどういうものが具体的には分からないが、白亜の建物にプールなんかがついてて、風呂に薔薇の花弁が浮いているようなところだろうか?香水の匂いがプンプンするような所だったら勘弁して欲しい。とてもじゃないがセックスに集中するどころではない。正常位でキスしながら挿入までは良いとしても、耳元に《愛してるぜ》と囁きながらとかはノーサンキューだ。背中にチキン肌が立ってしまう。

 とりあえず清潔で、無味無臭な部屋が良い。コックは体臭が薄いが、こないだ全力疾走した後に捕まえて抱き寄せたら凄く良い匂いがしたから、ホテルに行くまでに砂浜で追いかけっこでもすれば一汗かいて良い感じになるだろう。香水や石鹸などで洗い流しては勿体ないではないか。

『砂浜で《待てよ、こいつぅ☆》《捕まえてみやがれ♪》とくりゃあ、これは恋愛の定番中のド定番。コックの奴も満足するだろう』

 ゾロの恋愛知識はくいなが《女心を理解しろ》と言って押しつけた少女漫画なので、ネタとして古かったり臭かったりはするのだが本人は気付いていない。
 しかもゾロとコックで追いかけっこをした場合前回と同様死にものぐるいの逃走劇になるので、コックがセックス前に足腰立たなくなる恐れがあるのだがその事にも思い至ってなかった。
 コックは非常事態には踏ん張りが利くが、それはあくまで気力で持たせているだけで、ゾロのように無尽蔵とも言えるスタミナを持っているわけではないのだといい加減気付いて欲しいものである。

「おい、ナミ。気の利いたホテルがある島には、いつ着けそうだ?」
「二日後よ。もう…なんなのあんた達、ホテルに何の用事があんのよ?」

 甲板のパラソルの下でアイスティーを飲んでいたナミに尋ねると、変な顔をして砂糖漬けにした蜜柑の皮を囓る。

「他にも聞いてきた奴がいるのか?コックか?」
「そーよ。なんだ、やっぱり何か張り合ってるわけ?女の子引っかけて百人斬りするとか、そういうロクでもない賭なら絶対やめなさいよ?特にあんたの精液なんて濃そうだから、我慢汁だけで三つ子とか妊娠しそうだわ」

 《ゾロそっくりなのがボコボコ三人…》なんて失礼な事を言いながら、ナミはゲラゲラ笑っている。コックはこの女をやたらと《可愛い》と言うが、こいつのどこら辺が可愛いのだろうか?コックの10倍くらいは雄々しいのではないか。ゾロの好みの雄々しさではないけれど。

「女なんか何で抱かなきゃならねェ」
「あーら、《なんか》とはお言葉ねェ。そんなストイックそうな顔して、ハメたらズコバコ抜かず三発は当たり前とか何でしょ?三刀流だけに」

 また変なマイつぼに当たったらしく、ナミは《くっくっ》と笑っている。
 可愛いとか女らしいとか以前に、こいつの笑ツボはオッサンではないか?

「やったことねェから分からねェ」
「……は?」

 ナミの目がまん丸に見開かれる。
 そんなにおかしなことを言ったろうか?初めてコックに話したときにも思ったのだが、こいつらは一体ゾロを何だと思っているのだろうか。

「え?なに?フカシとかじゃなく?ホントにあんた童貞なわけ?」
「おう。この先も女を抱く予定はねェ。ホモだからな」

 ぐわたァーんっ!
 勢い良くナミが椅子から転げ落ちた。
 リアクションまでオッサンくさい。どこの老舗芸人かという勢いだ。帽子を叩きつけながら《聞いてないよーっ!》とか言い出さないだろうな。

「ほほほほほほほっ!」
「なんで高笑いだ。見下してんのかてめェ」
「ホモなのォ〜っ!?嘘ーっ!」
「悪いか」
「いや、そこまで堂々としてると逆に突っ込みようがないわね」

 弄って遊ぶ気も失せたらしく、椅子に座り直すと再びアイスティーを飲み始めた。流石海千山千乗り越えてきた女だ。打たれ強い。 

「で、ホモのあんたがホテルに何の用なの?しかも気の利いた宿って…その手の男娼館とかじゃないの?あんたでも《初めては素敵なホテルで☆》みたいな主義主張でもあるわけ?」
「いや、コックの好みだ。あいつァ初体験に夢見すぎてるからな。あいつにとっちゃ、ロストバージンになるわけだし。思い入れがあんだろ」

 ドグラガシァ〜っ!!

 また盛大に椅子から転げ落ちた。忙しい女だ。

「ちょーっ!?あ、あんたらーっ!!なななな、なにっ…なにしてんのっ!?」
「まだなんもしてねェ。だが、気の利いたホテルに連れ込みゃあコックとヤれるんだ。なるべく早く着くようにしてくれ」

 ゾロ的ウキウキ顔で頼むと、ナミは茫然自失といった顔をして椅子に凭れ掛かった。蝶よ花よとコックに持ち上げられていたからショックなんだろうか。

「別に良いけどォ…でも、ホントにそれって合意なわけ?弱みとか握って脅してるわけじゃないでしょうね?アンタは百歩譲ってもホモだとしても、サンジ君がホモだなんて信じられないわ」
「そりゃそうだ。あいつァ単に初体験に夢見すぎてヤりそこねてる内に、うっかり俺に惚れちまっただけだからな。俺以外の男にゃとんと興味はねェよ」

 心なしか自慢げに口角が上がってしまう。
 《俺だけ特別》というのはゾロをして、かなりイイ気にさせる響きを持っていた。 

「気の迷いじゃないの〜?あんたが勘違いしてるだけとか」
「違ェよ。あいつ、凄ェ可愛いんだぞ?小鳥みてーに、《ちゅっ》とかってキスしてくんだ。ほっぺとか真っ赤でよ。照れ屋だからなかなか好きって言わねーんだが、散々強請ったら俯き加減に上目遣いして、小さく《スキ…》って囁くのが何とも…」

 想像の限界点を越えたらしい。
 ナミは白目を剥いて遠くを見やった。心なしか頬がプルプル震えている。
 
「止めて…想像させないでよ異次元世界…」
「悪ィ」

 幸せのあまり自分達がマイノリティなのをうっかり失念していた。世間と上手くやっていくためには、ある程度の自戒が必要だろう。
 
「…というわけで、てめェにも女どもにも一切迷惑は掛けねェから安心しろ」
「そ…そうね。あんた達が幸せだってんなら文句は言わないけど…ただ、サンジ君は素敵なホテルがある島に着くって聞いたら半泣きになってたから、あんたのことは好きでもセックスには及び腰なのかも知れないわよ?くれぐれも、無理強いはしないでね?キッチンでテーブルに足首縛り付けられて股間丸出しなサンジ君がしくしく泣いてたりしたら、あたし速攻あんたのチンコとタマ潰しに行くわよ?」

 雄々しすぎだ、航海士。

「んな事するかっ!つか、あいつは抱かれる側になるわけだから、やっぱ躊躇とかあんだろ。それもこれも、最初にムード作りしといて良い感じに初体験させてやりゃあ大丈夫だ」
「サンジ君抱かれるんだ…。うん…まあ、まだあんたが抱かれるとかよりは想像つくけどさ」
「想像すんな。エッチ」
「だったらそんな話振ってくんじゃ無いわよぉおおおっっ!!」

 ドゴオォオンッ!

 いつも思うのだが、この女の鉄拳は十分戦闘員たり得るのではないだろうか?頭蓋骨が危うく陥没するところだった。

 

*  *  * 



 着いてしまった。
 遠方からでも白亜のホテルとかチャペルとか花吹雪だか紙吹雪が舞って、《おめでとーっ!》なんて声が聞こえてくる島に来てしまった。メリー号を停泊させた港からして、船上結婚式の真っ最中だった。シャンパンボトルを叩き割って船が出航し、新郎新婦が初夜を過ごしてから戻ってくるらしい。

「船も良いな…」
「いや、高いぜああいうのは」

 甲板で港の様子を眺めていたら、いつの間にか接近していたゾロがぽそりと呟くので、サンジは慌てて考えを改めさせた。
 しかしそれも何時までも続かないだろう。ゾロは初体験に向かって精力を滾らせているようだが、あんまりお預けが過ぎるとサンジのことが面倒くさくなってしまうかも知れない。ヘタをすると欲求不満を抱えて夜の街を歩いている内に、サンジより好みの男娼を見つけて筆下ろしを済ませてしまうかも知れないのだ。

 それだけならまだ浮気で済むが、寝てみたら身体の相性も良かったから仲間にするなんて事になると、サンジは格納庫辺りに設けられた新婚部屋に泣きながら差し入れを持っていったり、うっかり浴室で始まってしまった濡れ場に出くわしたりするかもしれない。

『やだ〜嫌だ〜っ!』

 それもこれも、この鶏ガラのような身体がいけないのだ。胸の筋肉をピクピク動かせるようなナイスバディ(ゾロ指標)なら、オッケーカモンベンベー♪とばかりに自らM字開脚でお出迎えするのに!

 サンジはゾロが視線を外している隙に港に降り立つと、ダッシュで街を目指した。何とかして短期間に筋肉をつける術を探し求めに行かねばならないのだ。



*  *  *   



コックに逃げられた。
 ちょっと目を離した隙に甲板から飛び降りて超高速で走っていたので、必死で追いかけたのだが捕まらなかった上に、変なところに迷い込んでしまった。少し裏通りになっているせいか、店舗に並んでいる商品もコッソリ買った方が良いようなグッズが揃っている。

 下着店では女性がウェディングドレスを着るために体型を矯正する目的のボディスーツが多く置かれていたが、コルセットのような形をした男性用もある。腹を凹ませてタキシードを着るためか。

『こういう矯正下着は必要ないな。あいつは』

 別に女装が好きというわけでもないから、ウェディングドレスも必要ないだろう。ただ、ロマンチックなのは大好きだから、初夜となると何か特別感をアピールするべきだろうか?

 ふと見回していると、矯正下着以外にも《こんなセクシーな下着がタキシードの下から出てきたら、彼女も惚れ直すゾ☆》とポップを出された下着類が置かれていた。ゾロは白褌一本だが、コックはお洒落さんだからこういうものを好むかもしれない。ゾロは腹巻きの中に入れていた蝦蟇口財布(緑字に白の唐草模様が、ちょっとコックの眉に似ていてお気に入りだ)を取り出すと、ゾロ的に素晴らしくセクシーな衣装を一枚購入した。

 リボンも付けて貰って足取りも軽く歩いていると、しょんぼりした顔のコックが何か包みを抱えて店から出てきた。ここは結婚式までに大急ぎで身体を鍛えてボディラインを整える店らしい。怪しげな健康グッズなどが盛りだくさんだ。

「おい、コック」
「…っ!」

 急に後ろから声を掛けると、コックはドサッと紙袋を落としてしまう。中から出てきたのはお徳用大容量プロテイン粉末だった。味は不味いが一番安いやつだ。こんなものをどうしようというのか。

「あ…ぞ、ゾロ…」
「そうか…てめェも筋肉の魅力に取り憑かれたな?良いだろう、筋肉は!一緒に鍛えるか?」
「そうできねェから、ズルしてこういうの買うんじゃねェか」
「何がズルだ。別に止めはしねェぞ。ただ、てめェはあんまりムキムキと筋肉が膨らんでるより、鞭みてェにしなる筋肉が綺麗だから、プロテインの飲み過ぎには注意しろよ?」
「え?」

 コックはきょとんとして目を見開いている。何がそんなに不思議だったのだろう。

「おま…き、筋肉は盛り上がってる方が好きなんじゃ…」
「おう。筋肉ってのはそういうもんだと思ってたからな。だが、こないだの島で闘うてめェを見てたら、筋肉の新たなる地平が見えた気がしたぜ。細身でもあんなに綺麗なもんなんだな」
「でも…流石に肋骨浮いてんのは引くだろ?」
「いや、それもアリだ。特に跳び蹴り喰らわしてるときのウエストから腰骨にかけてのラインは最高だな。肋骨は確かに浮いてんだが、その分、側胸部の肋骨から起始する前鋸筋のギザキザが綺麗に見えてよ…なるほどノコギリ状の筋とはよく言ったもんだぜ…って思ったもんだ。考えてもみれば、豹の腹とかてめェに似てるしな。脚が速い生き物ってのはそういう形になんとか?」

 美しい戦闘シーンを思い出したら、何だかうきうきと気分が盛り上がってくる。ゾロはグイっとコックの肩を抱き寄せると、逸る気持ちを抑えながら誘ってみた。

「なあ、あんまり勿体つけて焦らすな。セックスが嫌なら見せるだけでもイイ。てめェの身体見せろよ」
「今…俺、凄ェ痩せてんだ。見て、痩せすぎだとか呆れるなよ?」
「ずっと痩せてるわけじゃェだろ。《ここに筋肉がついたらこう》ってのを想像するのも楽しいぜ。なんせまだ十代の成長期真っ直中なんだ。そう焦るこたァねーさ」
「そういうもん?」
「おう。俺だって理想的な肉付きって訳じゃないからな。できりゃあ一回りも二回りも分厚い筋肉を付けたいんだがよ…。なかなか理想通りにはいかねェもんだ」
「そっか…」

 よし、納得したようだ。
 善は急げとばかりに肩を抱いてぐいぐい突き進んでいくと、メリー号に戻るつもりが大変色っぽい界隈に入り込んだ。新婚夫婦が宿泊するような宿には見えないが、おそらく下見で盛り上がったカップルが利用するラブホテル群なのだろう。如何にも胡散臭い装飾とライトアップが為されているが、お城っぽく見えなくもないラブホテルに突入していった。

「うし。城だぞ城。自分でプリンスとかゆってるてめェのバックバージン奪うには丁度良いだろ」
「バージンいうなっ!」

 《じゃあ童貞》と言ったら、口にした瞬間に大地へと沈められそうなので止めておいた。こう見えてもゾロには学習能力があるのだ。
 先払いで腹巻き内の蝦蟇口財布から取りだした紙幣を叩きつけると、男同士でも特に留め立てされることなく部屋に入れた。内装はゴテゴテと成金趣味な感じだが、何となく王宮っぽい。そして取りあえずシーツは清潔だった。格納庫のゴザに比べれば格段にイイ扱いだろう。

「ここで良いな?ヤんぞ?」
「う…うん……」
「お、そうだ。てめェにプレゼントがあんだ」
「え…?」
「てめェに似合うと思ってよ」

 照れくさそうに鼻面を掻きながら、ぶっきらぼうに腹巻きから取りだした包みを押しつけると、コックは吃驚した顔をして、両手で大事そうに包みを抱きしめた。

「開けてみろよ」
「良いのか?」
「てめェにやったもんだ。もう、てめェのもんだ」

 あんまり恥ずかしいからぶっきらぼうにいうのに、あんまりコックが嬉しそうな顔をしているから語尾が優しくなってしまう。子どもみたいに目をキラキラさせてコックが包装を開けていく。まるで恵まれない家の子が、初めて誕生日のプレゼントを貰ったみたいだ。こちらまでドキドキして、コックがリボンも綺麗に畳んでポケットに入れ、包装紙が破れないようテープを丁寧に剥がしていくのを焦れったいような思いで見守る。こいつはきっと記念日とか記念の品を大事にする奴だろうから、ずっとこの日のことを忘れないために取っておくのだろう。《可愛いな》と、素直にそう思えた。

「……っ…」
「どうだ?結構奮発したんだぞ?」

 コックが静止している。
 どうしたというのだろう?かなり上質な革で作られたボンテージなのだが…。




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