君のいちばん 2


「サンジー!おかわり!!」
「食いすぎだ!てめえの分はもう打ち止め!」
「うわあん、ルフィが俺のパン取ったあ!」
「くおら、このクソゴム!!!」

着替えてキッチンに入ればすでに戦場だった。
ゾロの朝食は何とかキープしてある。
「筋肉ダルマ、早く食わねえとゴムの腹に消えるぞ!」
「めしー!」
壮絶な攻防戦を繰り広げる二人に、昨夜の面影は微塵もない。
修業が足りんのかもしれん。
ゾロがどかりと腰を下ろして何気なくサンジを見上げると、顎の下に赤い痣が見えた。
自分では確認できない位置。
虫刺されでも、ぶつけてできたような跡でもない。

「明日か明後日には、島に着きそうね〜」
ナミが間延びした声でロビンに話し掛けている。
「ここのところたいしたハプニングに遭っていないから、予定より早くなるわね。」
「いいことじゃない。島でゆっくり羽でも伸ばしましょうよ。」
あと2日程度なら、今夜は堂々と酒が飲めるか?
もしかすっとストック分全部貰えるかも知れねえ。
ゾロはパンを頬張りながら姑息な計算をしてみたりする。
コックが何か文句を言うかも知れねえが、あんまり煩かったらちょっと脅してやればいい。
ゾロの口元に実に人の悪い笑みが浮かんだ。


深夜のキッチン。
煌々と明かりがついている。
ゾロはどかどかと足音を立てて、乱暴に扉を開けた。
「もっと静かにできねえのか、ドアが壊れる!」
コックは振り向きもしないで大鍋の中をかき混ぜながら口だけで文句を言った。
返事をしないで横を通り過ぎると下肢だけ飛んでくる。
「何する気だ、アル中マリモ。」
「酒だ。もう島に着くんだろ、俺に分けろ。」
サンジは腕を組んでほほ〜と見下すようにねめつけた。
「上陸予定が立った途端、おとなしく強請りに来やがったか。上等だぜこそ泥野郎。」
「あんだと?」
ゾロの額にも青筋が浮かぶ。
「手前俺が気づいてねえとでも思ったか、こそこそ酒くすねやがって。島で自分ででも買ってるみてえだから大目に見てやっていたが、料理酒にまで手え出しやがるたあたいした味オンチだ。今度チョッパーに消毒用アルコール分けてもらえ。」
カランとレードルを置いて、がしがし鍋を洗い始めた。
「俺だって、3回に1回くらいは見逃してやる。鬼じゃねえんだ。だからこそ、せこい真似すんなよな、大剣豪。」
向けられた背中が怒っている。
ゾロはなんとなくバツが悪くなって、取り出した酒瓶を口で開けてラッパ飲みした。
「昨夜も取りに来たんだけどよ。」
ぼそりと呟く声に、サンジの手がぴたりと止まった。
「なんか、取り込み中だったみてえだから。」
大きな声ではないが、聞こえるようにはっきりと言ってやった。
サンジはさっと鍋を水洗いし、タオルで手を拭く。
エプロンのポケットから煙草を取り出して火をつけると、深く吸い込んだ。
銜えたまま振り返り、口の端から煙を吐き出す。
「・・・で?酒が足らねえから寝付けなくて、夢ばかり見るんだな。」
うんうんと一人で頷く。
「眠りが浅いと夢ばっかりになんだよなあ。レム睡眠っての?寝た気がしねえだろ。だから夢か現実か区別つかなくなるんだよ。あー悪かった、悪かった。その酒もこれもやるから一杯かっくらってとっとと寝てろ。」
酒瓶を3本ばかし押し付けられた。
それをしっかり受け取って、ゾロは嫌な笑いを浮かべる。
「まあ、気にすんな。俺は人の趣味をとやかく言うつもりはねえからよ。」
「だから夢だっつってんだろ!」
思わず突っ込んでから自分の声に驚いてきょろきょろしている。
いつもすかしている顔に赤味が差した。
「虫刺されみてえな赤え跡もついてるしよ。」
ゾロの言葉にばっとサンジは胸元を抑えた。
無論、上まできっちりネクタイが締めてあるから見える筈がない。
「そこじゃねーよ、ばーか。」
心底呆れたゾロの声に、サンジもぶちキレたらしい。
湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして怒り狂う。
「寝呆けてんだっつってんだろが、しつけえぞてめえ。腐れた頭ん中は筋肉どころか灰汁湧いてんのかコラ!!」
勢いだけで誤魔化そうとしているのが見え見えだ。
ゾロはといえば、サンジの剣幕をものともせず、腰掛けたまま余裕で酒を飲んで見せた。
「気にすんなっつってだろ。てめえが夜中にルフィと何してようが、あんあん言ってようが・・・」
「あ・・・?」
口を開けたまま暫く固まって息をしている。
過呼吸でも起しそうだ。
「だ、れが・・・あ・・・」
「言ってたぞ。凄かった。どこの淫乱女連れ込んでんだって思ったくらい凄かった。」
ひゅうとサンジの喉が鳴った。
怒りのあまり声も出ないらしい。
「な、ななななななんてこと言いやがる、言ってねー、言ってねーぞ俺は!」
昨夜のことを否定する頭は飛んだらしい。
「俺ぁこの耳であの声聞いたぞ。そりゃあなんつーか・・・こう、鼻から抜けるっての?実にエロい・・・」
「ど、わあああああっな、何言って何言ってな・・・」
動揺したサンジがイスを振り上げる。
「騒ぐと皆起きるぞ。」
ゾロの一言でぴたりと動作が止まった。
「まあ実に驚いたが、武士の情けだ黙っててやる。誰かに言いふらす趣味はねえ。」
ゾロとしては酒も手に入ったことだし、これでこの話しは終わりにしようと思っていた。
これからもちいとばかり酒が足らないとき脅すネタにもなるだろう。
「ち、ちょっと待てよ。てめえ誤解すんなよ。」
これ以上どんな誤解があるというのか。
「俺あ別にホモでもルフィが好きでもねえからな。」
「へえ、それじゃあ無理やりかよ。そうとも見えなかったが・・・」
関心なさそうなそっけないゾロに、サンジがムキになってきた。
「そうじゃねえっつってんだろ。その―・・・あれだ。レクチャーだレクチャー。」
はあ?とゾロが怪げんな顔を見せる。
「ルフィは・・・ナミさんが好きなんだ。」
サンジは煙草を噛みながら、切なそうな目をした。
「俺だってナミさんが大好きだ。そりゃあこの世のレディの中でもロビンちゃんと1,2を争うくらい大好きだ。けどよお・・・」
力を入れすぎてフィルターを噛み千切った。
ぺっと吐いて捨てる。
「ナミさんも、多分ルフィが好きだからよ。」
話が見えない。
それと昨夜のルフィとのアレはどう繋がるってのか。
「ルフィは、童貞のままでゴム人間になっちまっただろ。だから、つまりチンポコも伸び縮みすんだよ。ジャストサイズが決まってねえって―か。感覚でわかんねえんだとよ。だから陸に上がったときプロのお姉様に教われっつったんだけど。そりゃ相手するレディも驚くわな。」
それで?
「だから試しに、突っ込みてーっつーから・・・」
はあ?
今度こそ、ゾロは開いた口が塞がらなかった。
「じゃあ何か?てめえはルフィの筆下ろししてやったってえのか?」
「ち、ちげーよ。最初はマジでキスとか・・・っ、どの辺から攻めるとかマジ悪ふざけみてえなもんだったんだ。けど、段々ルフィが調子に乗ってきて・・・」
「入れたのか。」
ずばりと、ゾロが核心を突く。
目元まで真っ赤に染めながら、サンジは目をしばたかせた。
「入れたっつーか、その・・・ほそーくだな。」
「入れたんだな。」
「その、ちいとばかし・・・」

気まずい沈黙。
「それで、あへあへ泣いてたって訳か。」
「そんなこと言ってねー!」
再びサンジに火がついた。
「ふかしこくんじゃねえぞ、この嘘つきマリモ!」
「んだとぉ、誰が嘘つきだオラ。」
逆切れされるのはともかく、嘘つき呼ばわりは心外だ。
「ダイヤルなんとかってのがあったら、入れといて聞かせてやりてーぜ。あの情けねえ声・・・」
「んだとお、やるかコラ。クールでナイスガイな俺様がンなこと言うわけねえだろ。」
「いや言った!」
「言わねえ!」
「言った!」
「言わねえつってんだろ!!」

言葉の応酬ながら、お互いぜえぜえと肩で息をしつつしばし睨み合う。
「てめえみてえな軟弱野郎はちょっとつつかれただけであんあん言いやがるんだろが。」
「てめえ人を馬鹿にすんのも大概にしろよ・・・」

ごごごとバックに地鳴りでも響きそうな雰囲気の中で、ゾロはすくっと立ち上がった。
「なら証明して見せろ。」
「なに?」
「野郎に触られてもぴくりともしなけりゃ手前が言ってんのが正しいってこったろ。」
う・・・とサンジが詰まる。
「どうした、やっぱ自信がねえのか。」
「いやあ、やってやる。俺あそんなもん平気だ!」
実に単純にして意地っぱりだ。
「いいだろう試してやる。もう直ぐ陸に着くってったな。そこで勝負だ。」
サンジがなんだかホッとした顔をした。
「陸・・・まあいいけどよ。」
「今ここで試してやってもいいが、てめえは声がでけえからな・・・」
「んだとオラァ!」
ゾロがしいと人差指を立てると、サンジはしぶしぶ振り上げた足を下ろした。
夜中に騒いでレディを起すことは避けたい。
「いいな、陸に上がった夜が勝負だぞ。」
「おお受けて立とうじゃねえか。」

こうしてサンジは成り行き上、ゾロの挑戦を受ける羽目になったんである。

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