君がいた夏 -4-


その夜、あらかじめサンジの携帯に電話してみた。
使い方は覚えたようだし、やたらと嬉しがってメールをくれるようにもなっていたのに、何故か出ない。
何度掛けても、メールを打っても返信が返って来ない。
胸騒ぎがして、ゾロは愛車を漕いでサンジの家まで駆けつけた。

部屋には明かりが点いていなかった。
おばさんと杏奈はもう帰っているはずだから、サンジが家を空けるわけないのに。
インターフォンを鳴らして、ロックが解除されるとすぐに家の中に入った。
「あらゾロ君」
ゾロを「ちゃん」付けするとあんまりサンジが笑うから、おばさんはいつの頃からか君付けで呼んでくれるようになった。
すごい進歩だと思うが、今はそれに構っている暇がない。
適当に挨拶して、2階へと駆け上がる。
ノックもそこそこにノブを回した。
鍵が掛かっている。
「サンジ、いるんだろ」
中から人の気配がした。
居留守でも使うつもりか。
しばらく間を置いて、くぐもった声が返ってきた。
「・・・俺、今具合悪いからっ」
この声は―――
この調子は、落ち込んでいるときのサンジだ。
「会いたくね、帰れ」
俺の、サンジだ。

気がついたら、ゾロはドアを壊していた。
力を入れすぎたみたいだ。
でも構っていられない。
薄暗い部屋の中で、突っ伏して顔だけ上げたサンジが呆然と自分を見ている。
サンジだ。
紛れもない、サンジだ。
「な、な、なにしてくれてんだ、この野郎!」
嫌がるサンジの腕を掴んで無理矢理立たせた。
このままでは、どこかに逃がしてしまいそうだったから。


強引に連れ出して、自転車の後ろに乗せる。
本気で嫌がっているようだったが、走り出したら大人しくなった。
その内ぎゅっと背中にしがみ付いて来て、、顔を擦り付けてきた。
背中の薄いシャツ越しに、熱いものがじんわり染みてくるのがわかった。

サンジが、泣いてる。
黙って、声を殺して・・・
それでも、俺の背中で泣いている。
誰のための涙なのか知りたくなくて、ただひたすらにペダルを漕いだ。



丘の上の公園に着いて、車体を傾けながら自転車から降りた。
サンジも同じように足を着いて降りる。
目は丘から見渡せる、地上の星に向けられたままだ。
「街ん中は明るくて、ちゃんと見れねえから」
ゾロは空を見上げ、独り言みたいに呟いた。
隣でサンジが少し身じろぎしたが、振り向きはしなかった。
「星に興味はねえって言ってたけどよ、それでも見せてえって思ったから、約束したんだ」
予想通り、よく晴れた夜空だ。
かすかに輝く星々が、目を凝らすうちにその数を増していく。
「乱暴でがさつで、クソ生意気だったけど、見せてやりてえって思ったんだ」
二つ並んだ星の話を―――



「あのよ・・・」
サンジは、ゾロと同じように空を見上げながら口を開いた。
「星の話・・・俺も、したぜ。多分今ごろ・・・見てんじゃねえかな」

星の話を―――
どんな星を。
誰と話した。
聞きたくて、でも言えなくて。
そっと盗み見たサンジの横顔は、知っているそれとは違うどこか大人びた影がある。
無性に抱き締めたくなって、突っ立ったまま拳を握り締めた。
代わりにサンジを真っ直ぐ見据えて、声を掛ける。

「おかえり」

「ただいま」



ようやくサンジが首を傾けてゾロを見た。
真っ直ぐに、ゾロの目を見て・・・けれどその瞳はどこか哀しげで。
ふとあのサンジと面影がダブる。

さよならも言えなかった。
突然現れて消えたサンジ。
生意気でがさつで、素直じゃなかった。
電車や車に目を丸くして、電子レンジを見て大騒ぎしていた。
大人ぶっていたのに、どこかひどく幼かった。
あいつに、星の話をしてやりたかった。
自分のことを聞かせたかった。

今ごろ話しているだろうか。
あいつが本当に欲しがった奴と。
自分が本当に欲しいサンジが今、隣にいるように。



話したいことがたくさんある。
聞きたいことが、たくさんある。
でも何も言えなくて。
ただ並んで突っ立って、星を眺めていた。

空には、二つ並んだ星が見える。
夏草で生い茂った繁みの影から、途切れ途切れに虫の鳴く声が響いていた。



もう、夏も終わりだ。




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