けだものだもの  -3-



 ギンだ。
 犬の方ではなく、人間の方だ。

 腹立たしいことに、アヒルが可愛がっていた犬と同じ名前なせいで、《あいつバカ犬でさァー、いっつも俺にしがみついて腰カクカクいわせてくんだよ》と言っていたのが思い起こされると、こいつがアヒルにしている様子を想像してしまって殺意を覚える。

 大体、元極道の男が小学一年の男の子に餌付けされて足抜けするなんて、変態以外のなにものでもないだろう。

「サンジちゃんっ!ダメだっ!そんなケダモノ野郎にカマ掘られちゃならねェっ!」
「ぅわっ!ギンっ!?」

 吃驚したアヒルは真っ赤になって服を手繰り寄せて、折角開いていた脚も丸めてソファの上で固まってしまう。

「うぅ〜…てめェ、何で人んちの中庭にいるんだよっ!?」
「わ…悪い予感がしたんだっ!サンジちゃんの危機だと神の啓示があったっ!」

 どの角度から聞いても変態かアブナい人の発言だ。案の定アヒルは羞恥と不信感に駆られて、ぎゅっと身体を縮めている。目には明らかに不審げな色があって、愉快に巻いた眉毛がキューっと寄せられたから、ギンも慌てて誤魔化し始めた。

「あっあっ!う、嘘だ、ゴメン、サンジちゃんっ!神関係ナイっ!俺ァ神信じてねェし!そうじゃなくて…サンジちゃんが犬亡くしてショックで引きこもってるって聞いて心配になって…そしたら、変態に押し倒されて泣いてたから…それで、それで…」

 大慌てで言い直すギンにアヒルも少し落ち着いたようだが、恥ずかしい現場を見られたのには変わりない。

「もう…平気だから、帰れよ…ギン」
「平気、なんだ…………」

 ガクっとギンの膝から力が抜けた。
 犬を喪ったショックが大きい方が彼的には良かったのか?

「やっぱりあいつは俺にとって最高の犬だよ。だから、ずっとずっとあいつのことは忘れない。忘れる必要なんか無いって思ってる。だから…もう、平気なんだ」
「サンジちゃん…」
「えと…な?こいつのコトも心配すんな。ちょっと強引にされてドキドキしたけど…その…俺、こいつ、スキ………なんだ」

 かぁああ…っと首筋まで真っ赤に染めて俯くアヒルに、ギンが撃沈している。
 大地にめり込みそうで、敵ながら哀れだった。
    
「だから心配しなくて良いぜ?安心して帰れよ」
「うぅ…ぅううううう……」
「泣くなって。ゴメンな?俺のこと天使みてェに思ってたんだもんな?汚れた…とか思ってんだろ?幻想破っちまって悪かったけど、でも…俺…こいつのことずっとスキだったんだ。だから…赦してくれな?」

 滂沱の涙を流すギンはふらふらと立ち上がると、精一杯の笑みをアヒルに向けた。

「あんたは何があったって…永遠に、俺の天使だ…っ!」

 高校生男子にとっては傍迷惑なだけの誓いを残し、ギンは《うぉおおおおおーーーっっ!》と吠えながら夜の街に駆けていった。

「ふう、ヤレヤレ。とんだ邪魔が入ったもんだぜ。おら、セックス続行だ」
「いやいやいやっ!ちょ…ま……っ!!ヤダヤダっ!ここじゃヤダ!ジジィのお気に入りの場所なんだっ!!」

 気が急いたせいか、脚を大きく開くと性急に陰茎を蕾へと押し当ててしまったのだが、アヒルはポロポロ泣きながら足をジタバタして抵抗する。
 すると…。

「何してやがるこのクソエロガキがっ!!」

 ドコォン…っ!!

 猛烈な勢いで炸裂したゼフの蹴りが、ゾロの身体を壁面に叩きつけてしまった。

「ジジィっ!?」
「家で騒いでる男がいやがると聞いて来てみりゃあ、うちのチビナスにエロくせェことしやがるたァ見下げた野郎だぜっ!そんな了見でこいつと付き合ってんなら、とっとと消え失せろっ!!」

 スジ者の男でも震えて逃げ出すゼフの恫喝に、しかしゾロは怯んだりはしなかった。大きなたんこぶ(さっはきサンジがつけたのの上にまた乗っかったから、ダブルのアイスクリームのように二段重ねになっている)もなんのその、ゼフの前で土下座をすると、そのわりに恐れ入る気配もなく堂々と言い切った。

「断るっ!」
「うちのチビナスをレイプしようとしやがったくせに、なんだその不貞不貞しい態度はっ!」
「レイプじャねェ。和姦だ。あんたんトコのサンジを、俺ァずっと前から愛してんだっ!嫁にくれっ!!」
「くれくれ言やァなんでも貰えるなんて甘ェこと考えてんじゃねーぞ儒子っ!!」
「どうしたら認めてくれるんだ」
「こいつがほしけりゃ、俺に勝ってみせろっ!!」
「その話、乗った!」

 ニヤリと嗤ったゾロは早速ゼフに飛びかかっていったが、あっという間に蹴り飛ばされた。

「調子に乗るな儒子。素手で俺に勝てる気でいんのか?とっととウチに帰って竹刀でも木刀でも真剣でも持ってきやがれっ!」

 《ジジィ!落ち着け、血圧が上がるっ!》アヒルが慌ててゼフに取り縋ろうとするが、それも蹴り飛ばされて抑止力にはならなかった。

「だったらあんたも同じ得物を持てよ」
「御免被る。俺の武器は脚だけだ」
「だったら俺も身一つで闘う」
「…言いやがるっ!」

 ニッと口角を上げたゼフが蹴り掛かり、ゾロが徒手空拳で挑む。
 その闘いは近所の豪傑女医ドクトリーヌが《煩いよあんた達…っ!》と殴り込んでくるまで続いた。



*  *  * 



 何だかんだでお付き合いを認められた二人だが、良いように蹴り回されたゾロは憮然としている。一発もまともに入れられなかったことが悔しいらしい。当初の目的を忘れて、勝負に身命を注いでいるような気がする。

 サンジはゾロの手当をしながら、見た目は派手なものの、致命的な怪我が一つもないことに舌を巻いていた。ゼフはサンジの幼馴染みでもあるゾロが剣道界のホープだと言うことをよく知っているせいか、競技に差し支えがあるような怪我は一つも負わせていないのだ。ゾロにもそれが分かるから余計に悔しいのだろう。

 ゼフは大暴れしたわりには清々しい顔をして、今は風呂に漬かっている。最初は押し倒されたサンジが涙目なのを見て頭に血が登ったものの、ゾロを心配しておろおろしている様子から、サンジだってゾロのことを好きなのだと気付かれてしまったのだろう。

「クソ…てめェんとこのジジィに勝てるまではお預けか」
「バーカ、そんな条件ならてめェ、永遠に俺とは清い仲だぜ?」
「そんな事ァねェ。俺ァ、両手に怪我をしたとしても闘えるようにって三刀流を編み出した男だぞ?こうなったら長物がなくたって闘えるように無刀流を編み出してやる」

 本気だ。こいつ。

 サンジはそのことをよく知っている。
 ゾロは中学1年生の時に学校で火事があった時、サンジの制服に燃え移った火を消そうとして両手に火傷を負ってしまい、暫く両手が使えなくなった。
 すると、以前からゾロに《態度がデカイ》と難癖付けていた連中が挙って襲撃を掛けてきた。

 勿論サンジは常にゾロの傍にいて護ろうとしたのだけど、まだその頃には背も低かったから、リーチの問題と多勢に無勢だったせいで、拘束されて服を脱がされそうになった。サンジも前々から生意気だと目を付けられていたので、辱めの為に全裸写真を撮るつもりだったらしい。もしかすると更に酷いこともする気だったのか、サンジのシャツを破きズボンをずらそうとする連中は、《女子より肌白そうだなァ!》《クラスの奴ら、乳首が赤ちゃんみてェなピンクだって言ってたぜ?》なんて言いながら鼻息も荒くのし掛かってきた。

 ゾロは怒った。
 それはもう、身体から凄まじい熱を放っているんじゃないかと思うくらいに怒った。

 今考えると、サンジはあの時、ほんの一瞬だけだがゾロが狼に変わるのを見た気がする。5.6人掛かりでゾロを押さえ込んでいた連中も脱がされていくサンジに目を奪われていたのだが、サンジだけがゾロを見ていた。いやらしい事をされるのだとしても、せめて視界には脂下がった不良連中ではなくゾロを収めていればマシかなと思ったのだ。

 その時…ゾロの姿は確かに狼に変わったと思う。学ランを着た狼が身を捩らせると、形状が変わったことで不良達はゾロを取り逃がしたが、すぐ次の瞬間には人の姿に戻っていたから、ゾロの気迫が見せた幻影だったのだと思っていた。

ゾロはそいつらが持っていた竹刀を奪うと、口に銜えて闘った。なんでも、このような事態を予想して前々から鍛錬を続けていたのだという。
 それでも実戦に使ったの初めてだったから、拘束を逃れたサンジと一緒になって全員を倒した後、ゾロの口元は真っ赤に染まっていた。唇や歯茎が切れて出血していたのだ。 
 得物を屠った後の獣のような顔つきは獰猛そのもので、興奮すると虹彩に金環をまとう様はまさに魔物のようだったから、その日からゾロの渾名は《魔獣》になった。

「無刀流か…。へへ、益々普通の剣士じゃなくなるな?」
「てめェ相手に《普通》でやってけるかよ」
「失礼な。この常識人の俺まで普通カテゴリーから逸脱させんなよ、狼男」
「…狼になる男とヤんのは、やっぱ気色悪ィか?」

 さしも自信家のゾロでも多少不安になる瞬間はあるらしい。しょんぼりしたように俯かれると胸がキュンキュンしてしまって、サンジは自ら唇を押しつけていって熱烈なキスを仕掛けた。

「バーカ…好きだよ。狼になっても虎になっても、てめェなら構わねェ」
「おう。そうだろ?」

 あっさりと自信を取り戻せるそのポジティブさは羨ましいほどだ。
 
「見てろ?すぐにジジィを倒しててめェを手に入れるからな?」
「ジジィには勝てっこねェよ」
「…………てめェは俺に勝って欲しいのか、欲しくねェのか?」

 《どっちの味方だよ》と言いたげにジト目で睨まれるが、サンジとしてはゾロは愛おしいが、ゼフは絶対的な崇拝の対象なのだ。普段は幾らクソジジィと呼ばわっていても、そうそう倒される姿など想像できない。

「…条件、良いパンチを一発食らわせたら…ってのに変えてもらわね?」
「てめェ!俺を信じてねーのかっ!?」
「だってジジィがボコられるのはヤダもんっ!ジジィは俺の中で、世界一強ェ男なんだからっ!」

 我が儘なのは分かっているが、頬を真っ赤にして無茶を言うサンジに、ゾロの方が折れた。

「チッ…。このジジコン…っ!その条件、俺から頼み込むのかよ?カッコ悪ィ…」
「ゴメン。俺からも頼むからさ…」

 負けず嫌いのゾロがこんな事を頼むのは屈辱だろう分かっていて頭を下げると、ガツンと後頭部を蹴られてしまった。

「馬鹿なことしてんじゃねェ」
「ジジィ…」

 湯上がりほこほこのゼフは悠然とソファ(さっきサンジが押し倒されて、必死に抵抗していた場所だ)に座ると、新聞を開いてローテーブルの上に広げ、瓶からコップにビールを注いで旨そうに飲み下す。

「勝負は勝負だ。きっちり俺に勝ってみろ…と言いてェところだが、惚れた奴の肉親に勝つとなりゃあ躊躇いもあるだろう。とりあえず、鷹の目から一本取れたら認めてやらんこともない」
「…っ!」

 ゾロのまとうオーラが一瞬にして熱を帯びたように思えた。
 それは剣道界最強の誉れ高く、《大剣豪》と呼ばれるジュラキュール・ミホークだ。幾らゾロが一年生にして高校剣道界最強とは言っても、ミホークは遙か頭上にある存在だろう。

「条件を変えろ。俺は鷹の目に勝って、最高の気分であんたんちのチビナスを貰う」
「その頃にゃあ流石にチビナスじゃなくなって、漬け物茄子になってるかもな」
「いいや、こいつがピチピチの内に勝負はつける」

 すっくと立ち上がったゾロは、晴れ晴れとした顔をして頭を下げた。
 図々しい物言いが多い男だが、こういう節目の挨拶だけはきっちりするのだ。

「お邪魔しました。今度訪問するときは、サンジを貰いに来ます」
「おととい来やがれ」

 ゼフの苦笑を受けながら、ゾロはニヤリと自信にみちた顔で笑った。



*  *  * 



 《ここじゃヤダ!ジジィのお気に入りの場所なんだっ!!》

 ひんひん泣きながら抵抗していたものの、場所をちゃんと考えれば合意の上で寝る気だったのだというのはすぐに察せられた。だが、何しろまだまだ子どもだと思っていたチビナスがガタイに優れた同級生の男に押し倒されているというショックと、両思いらしいのに、ゼフの存在を大切にしているようなのが伝わってきて面映ゆく、思いっ切りゾロを蹴り飛ばしてしまった。

『まァ、俺のことなんざ頭から飛んじまうとこまで溺れてるわけじゃねェなら、そう無茶なこともしねェだろ』

 《ジジィがボコられるのはヤダもんっ!》
 《ジジィは俺の中で、世界一強ェ男なんだからっ!》
 
 それらの言葉も口元がにやついてしまうくらいに嬉しくて、上機嫌で晩酌をするゼフは、先ほどから気まずそうにもじもじしているチビナスを横目で見た。時折キッチンに行って肴を作ってくるが、それ以外は何を言うでもなく大きなクッションを抱きこんでいる。両親を喪ってから無反応になっていた時期と仕草は被るが、目の光はきらきらとしているから大丈夫だろう。

『思いのほか回復が早かったのは、あの剣道バカと乳繰り合ってやがったからか?』

 チビナスを庇って死んだギンには感謝しているが、両親のトラウマと綯い交ぜになって回復にはもっと時間が掛かるだろうと思っていた。だが、こうして恥ずかしそうに瞼を伏せながらも、元気そうにしているのを見るとほっとする。

「チビナス、てめェ…」

 ぴくんとチビナスのグル眉が跳ねて、何を言われるのかと耳を峙てているのが分かる。
祖父として何か気の利いたことを言おうと思ったのだが、孫息子が男と付き合うに際して掛けるべき言葉なんて分からない。三つ編みにしたよさ毛を撫でつけると、苦笑しながら一言だけ口にした。

「幸せになれよ」
「……っ!」

 チビナスの瞳にぶわっと水膜が張って、あっという間にぽろぽろと大粒の涙が溢れ出す。出会って三ヶ月の間は何の表情も示さなかったガキが、ゼフのスープを飲んだときに初めて見せた表情とよく似ていた。

「ジジィこそ…っ!」
「俺ァ十分幸せだ」

 娘を大切に思うあまり、気にくわない男との結婚を認めなかった為に死なせてしまったのではないかとゼフは思い悩んでいた。その苦痛を和らげてくれたのがチビナスだ。《ジジィ》と小生意気な呼びかけをするくせに、その言葉の中には溢れんばかりの愛情が詰まっていることをゼフは十分知っている。

『幸せだ…』

 可愛い孫を生み出してくれた娘と、厳寒の海から護ってくれた婿、暴走車から庇ってくれた犬、そして…心を支えているのだろうゾロにも、ゼフは感謝をしている。
 だから、幸せだ。

 《ぽふっ》と、クッションに顔を埋めたままチビナスがゼフの膝に頭を乗せる。恥ずかしいけれど物凄く甘えたくてしょうがないときに見せる、意地っ張りで可愛いしぐさだ。《撫でろ》という意思表示であるらしい。

 掌にすっぽりと収まる小さな頭を撫でつけると、サラサラとした金糸のような髪が指の間をすり抜けていく。幸せを凝縮させたようなその質感に、ゼフはこの上なく満足そうな笑みを浮かべて目を細めた。



*  *  * 



 ゾロがミホークを倒したのは、21歳の時だった。

 大学に入ったばかりの19歳の時にも対決したのだが、この時には完膚無きまでに叩きのめされ、2年の間死にものぐるいで鍛錬を積んだ。高校を卒業してからバラティエにコック見習いとして就職したサンジも、大学に進んだ友人からスポーツ選手の栄養摂取法について情報を取り入れるなどしてサポートに努めた。

 大学剣道大会での模範試合ではあったが、人生を賭けた大勝負でゾロは勝った。
 サンジは勿論のこと、ゼフも《見届けてやる》と告げて試合を見に来た。19歳の時には来なかったから、当時はまだ実力に格段の差があることを見切っていたのかも知れない。

 でも…サンジは19歳の時の闘いだって決して忘れない。
 涙を流しながら、《二度と、負けねェ!》と誓ったゾロの顔はサンジの目に今でも焼き付いている。

「サンジは貰ってくぞ」
「約束だからな」

 面を外して、まだ荒い息をつきながらも不敵に嗤うゾロに、ゼフも肩を竦めてサンジの背を押した。16歳で恋仲になったものの、誓いを立てたゾロはあれから一度も触れてくることがなかったから、何だかサンジの方が真っ赤になってカチコチしてしまう。

今日から、本当にサンジは家を出てゾロと一緒に暮らすことになる。
 なんとロロノア家の方では手ぐすね引いて待っていて、二人が暮らすための風呂トイレ付きの離れまで大きな邸宅の中庭に作っていてくれるのだ。別に子どもを作ったりするわけでもないのにえらい気の回されようだ。
 …というか、永遠にミホークに勝てないままだったらどうするつもりだったのだろう?ゾロに対する両親の信頼感も生半可なものではなかったことが知れる。
  
 手配が済んだら結婚式までロロノア家で行われるそうだが、まずは初夜だ。
ゾロは待ちきれないようで、篭手や胴を袋に入れただけで剣道着のままサンジの手を引っ張って家に向かった。

『あ』

 変なオーラを感じると思ったら、建物の影からギンが滂沱の涙を流して見守っていた。ゾロの誓いはギンも知っていたから、こっそり勝負の行方を見守っていたのだろう。
 余計に傷つけることになるかも知れないと分かっていても、やっぱりサンジは手を振って笑いかけてしまう。亡くなった犬のギンと同様、やっぱりあの男も両親のいない寂しさを和らげてくれたのだから。

 ギンも気付いて駆け寄ってきた。その手にあるのは、真っ白な花弁ばかりで構成された花束だった。まるで新婦の持つブーケのようだ。

「幸せに…なってください」
「する」

 サンジが答える間もなく、ゾロに断言されてそのままカッ攫われてしまう。

 青空の下にパッと舞い散る白い花弁に見惚れながら、サンジの身体は防具ごとゾロの逞しい背中に乗せられた。《もう何も見るな》と切羽詰まった口調で言うから、サンジもそっと瞼を閉じる。これ以上知り合いだなんだに引き留められるのが嫌なのだろう。

 激しい試合の後とは思えないくらいの速度で、ゾロはビュンビュンと駆けていった。河川敷を走っているのか、水と草いきれの香りに混じって、汗ばんだ剣道着からたち上る雄くさい匂いが鼻腔を刺激する。思わず、懐かしさが込みあげてきた。
 一度だけ為した性的な触れ合いが、今になってムラムラと込みあげてくるように思い出されて、ぎゅうっとゾロの背にしがみつく。
 
 ああ、早く…早く、全部奪って欲しい。
 飼い慣らされた犬のように良い子で《待て》の指示を厳守していたのは偉いけれど、もうそれもおしまいだ。今度は荒々しい野生の獣のように、サンジを食い尽くして欲しい。

「ゾロ…俺を、好きにして?」
「……っ!あんまり煽ると、その辺の茂みの中でヤっちまうぞ」
「それも良いかも」
「こんの野郎…このタイミングで煽るか!?」

 もう少し走ればお風呂完備の新居で念願の初夜に臨めるというのに、込みあげる情欲は今更のようにサンジを突き上げてくる。ゾロがキスさえも禁じてストイックに剣の道を究めているのは、他でもない自分の為なのだと分かっていたからずっと《して欲しい》なんて言えなかったけど、もう我慢しなくて良いのだと思ったら堪えきれなくなってきた。《カプっ》…なんて耳たぶを後ろから囓ったりする。

「キスして…ゾロ。抱きしめて、いっぱいやらしいコトして?」
「くァああああーーっっ!!」

 ゾロの体温がカッカと上昇していく。サンジはもう自分の何もかもを滅茶苦茶にして欲しいという位の気持ちで、ゾロの汗ばんだ首筋を舐めあげ、逞しい胸鎖乳突筋に甘噛みする。
 ここまでされて、ゾロが家まで辿り着けるはずもなかった。


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