風待月 -7-


テテテテと顔の上を歩かれて、ゾロは目を覚ました。
瞼を開ける前から、風太の仕業だなとなぜか頭でわかった。
耳たぶを踏まれ顔を顰め、瞬きながら目を開けたら、やっぱりドアップの風太が舌を出して覗き込んでいる。
「コラ、なんで家に上がってんだ」
掠れた声で低く呻いて起き上がると、乗っていた腹からコロンと転がり落ちた。
夜はキャンきゅんうるさく鳴くくせに、昼間はほとんど声を出さない。
無駄に吠え癖が付いていないのは助かるが、夜鳴きをなんとかしてもらえまいか。

「あ、起きたのか。つか風太起こしたのか、えらいぞ」
「そこで褒めるな」
寝汗にまみれた頭をガシガシ掻いていたら、台所からサンジが顔を出した。
相変わらずの笑顔だが、心なしか目の下に隈が見える。
また、ろくに寝ていないのだろう。
「風太はもう朝飯食ってトイレも済ませて、バッチリだもんな。お前も早く顔洗って来いよ」
勉強会に遅れるぞ〜と促され、ゾロは生あくびをしながら洗面所に向かった。


いつもと同じ早朝勉強会に出かけるゾロを見送って、サンジはだるい身体を活気付けるようにう〜んと大きく伸びをした。
梅雨時だというのにまったく雨の気配を感じさせない空は、朝早くからもなかなかに眩しい陽射しを放っている。
風太のお陰で早起き(と言うよりほぼ徹夜続き)な日が続いているが、その分仕事は捗るとサンジは前向きに捕らえていた。

和々へ卸す菓子はすでに完成し、朝食の支度もできた。
朝の内にと近くの畑に足を向ければ、風太もチョコチョコついてくる。
朝露に濡れたあぜ道は陽を受けてキラキラと輝き、繁る草の中を身体を擦り付けるようにして風太が飛び込んでいく。
高い草丈の中で小さな茶色い塊はすぐに紛れて見えなくなってしまうけれど、サンジが一言「風太」と呼べば、ぴょこんと首を擡げて飛び出してきた。
どうやら自分の名前が「風太」だと、認識できたらしい。
さほど遠くない畑までの道のりは風太の足には十分な散歩距離のようで、サンジがきゅうりの種付けをしている間にも草の中から飛び出す虫を追い掛け一人で遊んでいた。
ゾロの帰宅に合わせて家に戻り、ゾロとサンジが朝食を摂っている頃には風太は一人(一匹)で座布団の上で居眠り。
仕事に出るゾロを見送ってサンジが洗濯物を干している間眠り続け、さてこれから和々へ・・・と思う頃にピョコンと起きた。

「風太、俺はこれからちょっとの間仕事に出掛けるからな。お留守番、頼むな」
目が覚めてご機嫌の風太は、サンジが顔を近付けてゆっくりと語る言葉の意味などわかりもしないだろうに、しっかりと目を合わせ聞いているような顔をしている。
「一人で賢く留守番してるんだぞ、いいな。この首輪を取っちゃダメだぞ、ここにいるんだぞ」
穴を一つきつめに止めた首輪を軽く揺すり、犬小屋の前に風太を卸して鎖を止めた。
「いいな、ここでお座り。じっと待ってる、いいな」
再三声を掛け、サンジはじゃあなと風太に向かって手を振って見せた。
風太はぴょこぴょこ尻尾を振りながら、遠ざかって行くサンジを見ている。
後追いの鳴き声を立てないのはありがたいが、本当に意味がわかっているのか怪しいところだ。

サンジは中庭から玄関へと回るそぶりを見せて、足音を消しそっと戻った。
生垣の隙間から、犬小屋の前に立つ風太の様子を探る。
風太は、サンジが消えてしまった家の門をじっと見つめながらしばらく尻尾を振っていたが、ふと思い付いたように前に進み、鎖に引っ張られて足を止めた。
自分を繋いでいる犬小屋の方を振り向き、お辞儀するように頭を下げる。
頭を下げたきり、じりじりと後退りし始めた。

―――あああ、風太
サンジは声を立てそうになって、慌てて口元を押さえた。
風太の首がもげるんじゃないかと心配になるほど、後ろ足で踏ん張り首を引っ張っている。
きゅうきゅうきゅう・・・と何度か首を振り小さな足で地面を踏みながら後退りして・・・とうとうぺたんと寝た耳の横を首輪が通り抜けてしまった。

「風太!」
思わず叫んで、サンジは生垣から飛び出した。
風太は思いもかけない場所からサンジが現れたのに驚きつつも、「そこにいたの」と喜んで飛び掛かる。
「風太、コラ」
思わず可愛いと抱きしめたくなるのを抑え、サンジは首輪が抜けた風太の首を掴んで犬小屋の前まで行き、地面に下ろした。
「風太ダメ、これ外しちゃダメ!」
なぜか片言になりつつ、サンジは外された赤い首輪を風太の目の前に翳して、首を押さえた。
「取っちゃダメ。めっ!」
いつにないサンジの剣幕に、風太は目を丸くしてじっと顔を見上げている。
犬の表情ってあるんだなと、サンジは真剣に叱る真似事をしながらも感心した。
サンジに叱られている風太の表情が、しょんぼりとして悲しげだ。
なんて可愛い・・・つか、ここで情に流されちゃダメだ。

「外しちゃダメなんだ、めっ」
言いながら足の間に風太を挟み、首輪を装着する。
とは言え、もう一つ穴をきつくするのは流石に抵抗があった。
外れた輪っかは、これで首が入っていたのかと疑いたくなるほどに小さい。
この上もう一つきつめにしたら、首が締まって苦しいんじゃないのか。
そう思うと、どうしてもサンジには穴一つきつくは締められなかった。
「これは取っちゃダメなの、一人で留守番してるの。わかった?」
再び首輪を装着させ、風太を犬小屋の前に降ろすとサンジは念入りに言い聞かせ、さっきと同じように中庭から玄関へと回った。

そうしておいて、生垣の向こうにそっと移動する。
風太はサンジが消えた方を向いてしばらくは黙って立っていたが、ふと犬小屋を振り返ると頭を下げてそのままじりじりと後退を・・・
「風太ー!」
サンジが息巻いて生垣から飛び出すと、風太は「あ、またいた」と喜んでその場で飛び上がった。
犬って笑顔になるんだなあと妙なところで呆れながら、サンジは諦めの溜め息を吐いた。


「と言う訳で、連れて来ちゃいました」
和々の裏口に繋がれた風太を見て、たしぎは大喜びだ。
店の準備そっちのけで構っているから、サンジは当番のすゑちゃんと一緒に開店準備に忙しい。
「最初からこんなんじゃダメだなって、わかってはいるんですけど」
「仕方ないね、もうちょっと大きくなったら首輪がちゃんと合って頭も大きくなって首抜けしないようになるから」
それまでの辛抱だよと、優しいすゑちゃんが慰めてくれる。
「たくさん食べさせて、早く大きくしちゃえばいいんじゃないかしら」
つわり知らずでお腹が空いて仕方がないとボヤいているたしぎは、実感が篭った口調でそうからかった。
それに真面目な顔で頷き返し、コロンと転がる風太の腹を撫でてやる。
「よし風太、モリモリ食って早く大きくなれ」
「今でも十分、美味しそうなのにね」
たしぎがふざけてあ〜んと口を開けたら、風太は不思議そうに首を傾けて覗き込んでいた。





「・・・と言うことがあったんだ」
二人で卓袱台を囲みながら、今日あった出来事を語る夕餉。
風太が来てからと言うもの、会話の中心はもっぱら風太のことばかりになった。
今まで一体何をネタにして話していたのかと、振り返ればそちらの方が不思議に思うほど、風太の話題尽くしになってしまっている。
「当面の目標は、風太を大きくさせることだな」
計画を思い描いてか笑みを浮かべるサンジに、ゾロは発泡酒を呷りながら同意を示すべく頷いた。
「俺もまったく、そう思う」
ゾロの頭の中では、「風太が大きくなる→首輪は抜けない&か弱さがなくなって可愛さも半減→留守番OK&一人寝OK→安眠&テーマパーク再開」の図式が成り立っていた。
だがまだまだ道のりはまだ長く、険しそうだ。
なにせ、風太の寝顔が可愛すぎるとの理由で、サンジは未だ昼寝さえできなくなっている。
風太を迎え入れる準備に費やして眠れぬ夜が始まってからもう3日、ほぼ完徹ではないだろうか。
金曜日からはまたレストランを再開させなければならないのに、これでは仕事に差し障りがある。
どうあっても、今夜こそは熟睡させなければ。

ゾロのそんな思惑も知らず、サンジは締め切ったカーテン(ゾロが無理やり引かせた)の隙間から外ばかり覗いている。
風太はちゃんと犬小屋の中に入って、眠そうに目をとろんとさせているようだ。
一々実況中継するから、ゾロが確かめなくても様子はわかる。
だが、いつまでも実況中継されていてはコトが進まない。

「後片付けは俺がやっておくから、お前は早めに寝ろ」
卓袱台の上を片付ける前からいそいそと布団を敷いて、ゾロはサンジを手招いた。
汗まみれで仕事から帰った時点でシャワーは浴びているし、サンジも風太と一緒にさっぱりしている。
後は寝るだけ。
「んーでもなあ、今夜は雨予報出てるしな」
雨が降る度に「風太は小屋に入っているか」「濡れてないか」なんて心配されてはたまらない。


ゾロは、畳に伏せるようにして腹這いになっているサンジの背後に忍び寄り、腰に手を回してひょいと担ぎ上げた。
夏場に入ってからまた体重が落ちたらしいサンジは、片手で軽々と持ち上げられてしまう。
「こら、ちょっと・・・」
くるんと中空で方向を変えられて、布団の上に下ろされる。
アクロバティックなところでテーマパーク開催かと、サンジはぎょっとして身構えた。
「待て、まてまてまて。まだ風太が寝てないし」
「もう寝る」
「だって、後片付けとか・・・卓袱台が・・・」
「俺が片付けるっつっただろうが」
顔をぶつけるようにして唇を塞いだら、サンジはまだ口の中でモゴモゴと声を上げていたが、その内観念したのか大人しくなった。
口内を嘗め回すゾロの舌の動きに応えるように、顔を傾けて顎を上下させている。
しっとりと絡め合う吐息の下で、重ねた下半身にお互いの昂ぶりを感じてゾロは「お」っと思った。
自分はともかく、サンジもかなり熱く硬くなっていた。
久しぶりだし、半分眠り掛けているのもその理由だろう。
途中で寝オチしても構わない、むしろその方が好都合だと判断して、ゾロはさっさとコトを進めることにした。

「ん・・・」
Tシャツをたくし上げて半ズボンは下着ごとずり下ろし、露わになった胸元から下腹までを満遍なく愛撫する。
小さく尖った乳首をレロレロと舐めながら下を擦り上げてやれば、サンジは羞恥に身を捩りながらも片膝を立ててゾロが動きやすいように足を開いた。
「ちょ・・・明かり、が」
「気にすんな」
いや、するだろ・・・と掠れた声が耳に届いて、愛しさで胸が熱くなる。
何度肌を合わせても、お互いにどこか慣れない。
気恥ずかしさと嬉しさと、ほんの少しの罪悪感が常に二人の間に横たわっていて、だからこそ共犯者めいた背徳的な悦びが潜んでしまう。
「も・・・いいから」
「だめだ」
耳朶を舐めながら囁き、首筋を撫で乳首を抓り、ヘソ周りを擦りながら下肢へと掌を這わせる。
すべてに触れたくてすべてを嘗め尽くしたくて、貪欲な熱情が腹の底から湧き上がるのを感じていた。
普段はおくびにも出さない性衝動が、サンジの肌を前にすると呆気なく解き放たれる。
同じ性を持つ身体でありながら、自分でも律するのが困難なほどの欲情を駆り立てるのはなぜなのだろう。
元々同性に興味を持つ嗜好も持ち合わせてなどいなかった筈なのに。
どれほど美しく肉感的な女が傍にいたとしても、ゾロの欲はただ一人、サンジにのみ向けられる。
それは多分この先もずっとと、自分のことながら呆れるほど鮮明に確信できた。

「ん、ふ・・・」
明るい電灯の下での行為に抵抗を示して、サンジはゾロの髪を掻き混ぜながら身を丸めた。
長い手足が折りたたまれるのを、ゾロは邪険に払い布団へと縫い付けるよう圧し掛かる。
「じっとしてろ」
「・・・やだ」
見んな、と続く言葉をキスで吸い取る。
常備されているジェルを奥へと塗り広げながら、足を上げさせて自分の肩に乗せた。
「やだ、ばか」
サンジは横を向き片手で顔を覆ってしまっている。
そうしながらも、もう片方の手はゾロのジャージをずり下ろして、猛々しく現れた雄を探るように握っていた。
「も、いいから・・・」

眠いのか、手の甲の下でほとんど瞼は閉じれらている。
それでいて、サンジの中心はしとどに濡れ持て余した熱がゾロの指までも飲み込むように収縮していた。
ゾロに触れられることに慣れたそこは、いつも違和感に怯えながらも物欲しげに蠢いてサンジ本人より素直に欲求を伝えてくる。
「力、抜け・・・」
クンと甘えるように鼻を啜って顎を上げ、挿入の衝撃に備えるように仰向いたサンジが、ぴくっと首を揺らした。
うっすらと瞳を開け、斜め上方向のあらぬ場所へと視線を合わせる。
「・・・風太?」
「―――!」
ゾロは夢中で気付かなかったが、どうやらまたしてもあの鼻鳴きを始めたらしい。
動きを止めた二人の間で、確かにかすかに「きゅい〜ん」との声が響いている。
「ふう・・・」
「させるかっ」
慌ててゾロを押し退け、外を覗くべく身体を反転させたサンジの腰を抱き、布団から這い出さないように引き戻す。
「待てって、ゾロ、ちょっと見るだけ・・・」
「見なくていい」
まるでラグビーのラガーのように、腰に抱き付いてそれ以上前へ進ませまいと踏ん張る。
それでも両腕で足掻くサンジの首筋に手を当てて、そのまま布団に押し付けた。

「ゾロッ・・・」
「だめだ」
片手を背中に捻り首を押さえると、膝立ちになった腰だけが高く上げられる。
そうしておいて、ゾロは後ろから肉棒を宛がった。
「・・・あ、ゾロっ・・・や」
恐れて逃げようとする動きをがっしりと止め、ゾロは円を描くように先端を擦り付けた。
「風太よりでけえ声で、啼けよ」
「あ、や・・・やぁっ」
蕩けた箇所に一気に捻じ込む。
身構えて力が入った場所が少しずつでも押し込められて、サンジは背中を弓なりに撓らせながら声を上げた。
「あぅ、ん、ん―――」
「力、抜け・・・」
「・・・ん、ひ―――」
押え付けられた首の痛さと顎の重さと、後ろから貫かれる衝撃に歯を噛み締めがらも、サンジは崩れ落ちないように必死で膝に力をこめた。
ゾロの律動を手助けするように、自然と腰が揺らめいてしまう。
いつもとは違う場所に中が当たって、容易くイイところを掠めて知らずに声が漏れた。
「あう・・・ん、い――い・・・」
捻られた腕から手が離れ、首を押さえていた指が後ろ髪に差し込まれる。
肩を抱かれ首筋に手を這わされながら、サンジは頬を布団に押し付けて喘ぐように息をしながら四つん這いの姿勢を保ち続けた。
いつしか風太の鳴き声が聞こえなくなり、ただ互いの荒い息遣いと繋がった部分が立てるはしたない水音だけが耳に残る。

「く、ぅ〜ん」
耐え切れず漏らした声があまりにも甘く響いて、ゾロはサンジの腰を抱いたまま大きく胴震いして果てた。







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