神渡し -2-



「今は秋の季節じゃなかったっけか?」
海で生活していると、日にちや曜日どころか季節感まで狂ってくる。
だが、カレンダーを正確に捲ってなかったとしても、確かこの海域では秋島の秋まっ盛りのはずだ。
「なんで葉っぱが色付いてねえんだろうなあ」
木々は青々としているが、下草は枯れているしススキも生えている。
やはり秋の気配がして、よく探せば木の実は色付きたわわに稔っていた。
「特に目新しい植物はねえな。味も問題ねえ」
少しずつ毒見しながらいくつかの木を味わった。
オーソドックスなものばかりで、サンジにも見分けがつく。
あれこれと探しながら細い獣道を辿ると、まるで行く手を阻むかのように白い紙が木の枝と枝の間に張ってある
場所があった。
「なんだこれ?」
触れればぷつりと切れるような、ただの紙だ。
雨に濡れてその内溶けるだろうに、何度も張り替えているのか紙自体は真新しい。
よく意味のわからないシロモノだ。
危険を警告するにはあまりに頼りない存在なので、サンジはそれほど気にも留めずその下を潜った。
すぐ足元でなにかきらりと光った気がして視線を落とす。
「ん、なんだこのキノコ」
枯れ草の間から、マツタケのようなモノがにょっきりと顔を出している。
「マツタケなら、ラッキー」
育ちすぎた感はあるが、思いもかけないご馳走になる。
しゃがんで手で触れれば、思いもよらず濡れた感触があった。
「うあ?なんだ」
何か光ったと思ったのは、このキノコの露だろうか。
それにしても、なにやら白くてねっとりとしている。
「・・・なんか、気色悪い〜」
パッと手を払ったら、目の前が一瞬黄色く霞んだ・
ぎょっとして目を瞬かせる。
すぐに視界は晴れたが、なにか吸い込んだ気がして軽くむせた。
「くそ、胞子か?」
傘の上は濡れているのに、裏から乾いた胞子が飛散したらしい。
「これだから、キノコってのは油断ならねえ」
ぺっと唾を吐き、気を取り直してまた歩き出す。


登るほどに風がきつくなるが、そう左肌寒くもなく心地良い。
―――が
「暑・・・」
どういうわけか、にわかに身体が熱くなってきた。
妙に汗を掻くし、何やら内部から湧き出るように熱が上がっている気がする。
サンジはネクタイを緩め、シャツのボタンを外した。
頬を撫でる風は心地良いが、服の中が蒸すようで不愉快だ。
その内、何故だかかくかくと膝が震えるようになってきた。
歩いていられなくなって、木に縋り付くようにして凭れる。
「・・・なんだ?」
熱でもあるのか、頭がくらくらして息が熱い。
がしかし―――
「どういうこったよ」
立っていられないのは、にわかに上がってきた熱が一点に集中しているように感じるからだ。
ぶっちゃけ、股間に。
「やべえ・・・」
なにが哀しくて、こんな野っ原の真ん中で、一人でおっ勃てなきゃならないんだ。
ズボンの中がシャレにならないくらい突っ張って痛い。
「あ〜〜〜、最悪・・・」
どう考えても、原因はさっきのキノコだろう。
チョッパーに診せればわかるだろうが、どうも催淫作用があるらしい。
「・・・やべえな・・・」
山を下りるどころか、普通に歩くだけでももはや無理っぽい。
この場でしゃがんで、すぐにでも解放してしまいたい。
がしかし、それはあまりにも恥ずかしい・・・
「くそっ」
何度目かの舌打ちをして、サンジは荒く息をつきながら辺りを眺見渡した。
連なる山々が見渡せる少し広めの野原と、木々に覆われた山道。
だが良く見れば、岩が突き出たような山肌があって、縦に裂けたような洞穴が見える。
「・・・なーんも隠れる場所がねえより、マシだな」
万が一こんな姿を誰かに見られたら死にたくなる。
辛うじて残る羞恥心を抱えて、サンジは這うように洞穴を目指した。







近付いてみると洞穴は案外と大きかった。
入り口に、これまた青々とした葉を茂らせた大木がある。
そこにも紙の飾りを見つけたが、もうサンジはそれに頓着していられるような状況でもなかった。
転げ込むように中に入り、岩陰に身を潜める。
「・・・はあっ、はっ・・・」
獣のような自分の息遣いが岩壁に反響して気恥ずかしく、サンジは息を殺して震える手でベルトを緩めた。
すでにいきり立ったものを乱暴に扱き、早い解放を求める。
「・・・くそっ」
とてつもない射精感はあるものの、なぜかそこまで至らない。
自分の手の刺激だけでも相当気持ち良くて眩暈がするほどなのに、どういう訳かイけなくて、サンジは低く呻いた。
「あ〜〜〜〜、畜生〜〜〜」
脳内フル稼働で、今までのあらん限りのエロい記憶を掘り起こし再生する。
初めて手ほどきを受けたマダム。
甘酸っぱいひと時を過ごしたバカンスの少女、魅惑のレディ、妖艶な娼婦、お世話になったグラビアアイドル―――
「・・・く・・・」
どくどくと、早鐘を打つ心臓が口から飛び出そうだ。
噴き出すように汗が流れ、とめどなく溢れ続けるカウパーが掌を濡らし滑る。
駄目だ。
想像だけでは、こんなにも激しい欲情を鎮めることができない。
身体が疼いている。
全身を舐めて噛んで、愛撫されたいと叫んでいる。
「・・・くそっ」
震える手ももどかしくズボンと下着を脱ぎ去ると、シャツのボタンも引きちぎるように外して半裸になった。
洞窟の中、日も射さない枯れ草の上に横たわって必死で己を扱く。
どれだけ強く刺激しても阿呆のように擦り続けても、快感は高まるばかりで何故か放出ができなかった。
「・・・うああ、っくしょう・・・」
手だけじゃ足りない。
もっと何か、何かすげえ刺激じゃねえと・・・
口端から垂れる涎を拭うこともできず、サンジは必死で己を慰め続けた。
苦しくてもどかしくて堪らない。
おっ、おっと喉の奥から獣じみた嗚咽が漏れて洞穴内に低く響いた。
どうしようもなくて、草の上に身を屈め、縮こまるようにして熱く滾る股間の更に奥に手を滑り込ませる。
いたってノーマルな性交渉しか経験のないサンジは、意図的にその部分に触れるのは初めてだった。
けれどこのままでは、自分の中で燃え盛る火は鎮まる気配を見せないし、外の景色はそろそろ翳ってきて夕暮れが近いことを知らせている。
こんなところで発情している場合ではないのだ。
早く帰らなければ、みんなに心配をかける。
けれど、もう立ち上がることすらできない。
「・・・う、う・・・くそう」
辛すぎて涙が出て来た。
先走りで濡れそぼった足の間に、自ら誘われるように指を這わせる。
何度か強く擦るうちに徐々に柔らかく弾力がつき、指の先が減り込むようになってきた。
なんとなくイけそうな気がして、少しずつ少しずつ、撫で擦るを繰り返して刺激を続ける。
とうとう指を入れてしまって、今度は情けなさに涙を浮べた。
ったく、一人でこんな洞穴に入って、一体何をしているんだろう。
ともかく今は一刻も早く精を放って、何事もなかったように町に戻らなければ―――
ただその一念で、サンジはひたすらに自慰に耽った。

しかし、いくら快感が高まっても痺れるような刺激を受けても、どういう訳か射精にまで至らない。
快楽の波に翻弄されるばかりで、体力が消耗されていく。
「う〜〜〜・・・畜生〜〜〜」
猛烈に腹が立った。
闇雲に探る指の動きは乱暴さを増して、内部を掻き混ぜるように抉った。
その度に、脳髄を駆け上るような快感にのたうち回る。
なのに、イけない。
草の上に丸くなって寝そべり、ひたすらに陰部を愛撫した。
辺りはすっかり夕闇に包まれて、タラタラと溢れ零れるばかりの愛液が、薄暗い洞穴の中で淫らな水音を立てている。
どうにもイけないもどかしさに、サンジは歯噛みした。

後もう少し自分の指が太かったなら・・・もう少し長かったなら、イけそうな気がする。
あとほんの、少し―――
熱に浮かされたかのようなぼんやりとした視界の隅に、何かを見つけて、サンジはゆるゆると顔を上げた。
枯れ草の中に埋まるようにして、それはあった。
さきほどの、キノコだろうか。
随分と太く立派に成長したそれは、枯葉の間からにょきりと顔を出し、先端が濡れて光っていた。
――あ〜・・・あんくらいなら・・・でも、ちょっと太えか・・・
一瞬浮かんだ考えにぎょっとして、慌てて首を振った。
何考えてんだ。
落ち着け、もっと冷静になれ俺!

馬鹿げたことと理屈ではわかっていても、一度浮かんだ思い付きが脳裏から離れなかった。
もしかしたら、あれを入れたらイけるかもしれない・・・
つうか、なんか入れたい。
無性に入れたい。
入れたことないのに、なんか入れたらいいんじゃないかと思い出したら止まらない――――
サンジは身体を丸めたまま歯軋りした。
このままでは埒が明かないのはわかっている。
誰も助けが来ないことも。
もう、自力でなんとかすしかない。
できることなら、なんでも―――

とうとう決意して顔を上げた。
震える腕を突っ撥ね、なんとか身体を起こす。
這うようにしてキノコもどきに近付き、恐る恐る手で触れた。
柔らかかったり軽かったりしたら、何の役にも立たないシロモノだ。
それならそれで諦めがつくと思ったのに・・・

「硬え・・・」
それは予想外に硬くてがっちりとしていた。
ほんとに地面から生えているのか、握って動かすと一応傾いたりはするが、しゃんとしていてちょっとやそっとじゃもげそうになかった。
ごくりと唾を飲み込んで、そろそろと辺りを見渡す。
無論、傍に誰かいる訳でもなく、外は夕闇に包まれかすかな月明かりが足元を照らしているだけだ。
「ええい、くそっ」
僅かに残っていた羞恥心もかなぐり捨てて、サンジは両手でキノコを掴むとその上にしゃがんだ。
別に、入れてしまおうとまでは思わないが、ちょっと入り口を(出口か?)刺激するだけでもいいような気がするのだ。
なにやらむずむずとして、指で闇雲に突いていても物足りない・・・そんな気がしたせいだ。
「あ〜畜生、イかれてやがる」
自分自身に毒づいて、目を瞑ったままキノコを跨いだ。
両手で握ったそれは、緊張してかなりの握力を掛けているにも関わらず、凹むことも撓ることもせず適度な硬さと弾力でもって力強く立っている。
気のせいか、手の中でそれがどくりと脈打った気がした。
まさか…と思いつつ、とにかく遮二無二それを双丘の奥に宛がう。
―――ちょっと突くだけだ、ちょっと・・・
自分に言い訳しながら、そろそろと腰を下ろした。
先端が濡れているため、すんなりと奥まった部分に納まる。
さすがに上に乗っかった状態でそれ以上は進みそうにないが、それでも圧迫感が気持ちよかった。
―――あー・・・なんか、イイ、かも・・・
はっはっはっと犬のように息をつきながら、サンジは改めて自分が跨っているものを見下ろした。
風が吹き込むせいか、やけに落ち葉や枯れ草が積もって山のようにこんもりと盛り上がっている。
踏み締めた足元も、柔らかいような硬いような、妙な感触だ。
地面から生えているキノコにしては随分と丈夫で、サンジが体重を掛けても潰れる気配は見せない。
てらてらと濡れて光るそれを、どこかで見た気がする。
しかもゴク最近、ついさっき、どこかで・・・

サンジは目を凝らしてそれを凝視した。
その間も少しずつ、ずぶずぶとそれは自分の内部へと減り込んでいく。
通常ではありえない部分への挿入なのに、違和感や圧迫感よりも今の苦しさからの解放が欲しくて、すでにサンジに抵抗はなかった。
入れたら出る、気がする。

「ふ・・・は・・・」
自分の中に極太のそれが入っていく光景を、異常な興奮状態で見守っていた。
こんなのおかしい、尋常じゃない・・・
頭の中ではわかっているのに、身体が勝手に快楽を求めて、力が抜けていくのを止めることができない。
「・・・う、ああああ・・・」
枯れ草の上に膝をついて、身体を屈めて喉を反らし、獣が鳴くように長い息を吐きながら啼いた。
刹那――――

ぶわっと眼前を木の葉が舞った。
跨いだ身体の両端から、何かがにゅっと突き出てサンジの腕を掴む。
それと同時に下から激しく突き上げられて、サンジは思わず短く叫んだ。
「ん、うわっ?」
自分の腕を掴んでいるのは、泥に汚れた手だ。
腕が二本地面から生えて、自分を捉えていると気がついた途端、その下・・・
跨っている場所がいきなり盛り上がる。

ずずずずと、地鳴りがしたかと錯覚するほど大仰に揺れて、人の姿が現れた。
枯れ草が落ち地面が割れて、葉っぱやら土やらを撒き散らしながら人型が起き上がる。
「う、ぎゃああああああっ」
さすがのサンジも悲鳴を上げた。
だが飛びすさることができない。
部分はがっちり結合しているし、両腕を捕まれ逃げるどころか深く深く突き上げられている有様だ。
欲しがっていた箇所に強烈なまでの刺激を受けて下半身はぐずぐずと崩れっぱなしなのに、上半身は恐怖の叫びを上げて硬直している。
土の中から現れた男が、ボロボロと髪から砂を零しながらゆっくりと目を開く。
闇の中でもよく目立つ三白眼がぎらりと光って、その下で白い歯が零れた。
「ううう、わああああああ」
新たな恐怖がサンジを襲う。
だがその叫びも虚しく、土塗れのゾンビ男はサンジを抱えると地面に転がし、本格的に律動を始めた。













なにがどうしてこうなったんだか、さっぱりわからない。
わからないまま、サンジは見知らぬ男の腕の中でくったりと弛緩していた。
洞穴の入り口から、白々と朝の光が差し込んでいる。
一晩中揺さ振られ突き上げられて啼かされて、我ながら生きているのが不思議なほどの疲弊っぷりだ。
夜通しサンジを嬲った男は、やや動物じみた仕種でサンジの髪に鼻を埋めてくんかくんかと匂いを嗅いでいる。
脱力した痩躯を後ろから抱え座椅子状態だ。
その腕の太さや力強さを、なんか心地良いと腐った頭で考えながら、サンジはされるがままになっていた。

本当にメチャクチャだった。
きっとレディなら死んでしまうほどに激しく弄ばれたのに、なんだかえらく感じてしまった。
そりゃあもう、一生分を使い果たすくらいにイって、しかも猛烈に気持ち良くて、今までのSEXは一体
なんだったのかと思うくらいに壮絶な体験だった。
そんな快楽の余韻にいつまでも浸ってしまっているから、直のこと男の腕の中から動けないのだ。
こんな土臭い、ぼこりだらけのいつから埋まってたんだかわからないゾンビ男なのに。
ちゅっと耳の下に口付けられて、ふなんとまた崩れてしまった。
差し込む朝日で徐々に洞穴の中が色付いて見えて、男の髪が珍しい緑色なのに気付く。

「オレあ、男を抱いたのは初めてだが・・・」
男の声は低くて耳に馴染む。
「てめえ、最高だな。こんなに夢中になったのは、初めてだ」
「俺だって」
サンジは男の肩に頭を凭れさせてその耳元で囁いた。
耳の中に土が詰まっているのに気付いて、そっとほじ繰り出してやる。
「野郎に掘らせたのは、てめえが初めてだ・・・よかったけどよ」
男の渇いた唇に張り付いている泥を指で払ってやって、サンジは柔らかく微笑んだまま口付けた。











多分キノコ胞子の毒が、頭にまで回ったんだと思う。
そうでなければこの俺が、野郎に抱かれて満足そうに笑ってられるはずかねえ。
客観的にそう判断して、それでもまあいいやと思うほどに満ち足りて、サンジは男に背負われて山を下りていた。
町に帰ってみんなになんて言い訳しようか。
こいつは誰だとか、どうやっ知り合ったんだとか、大体なんでてめえは歩けないんだとか、色々聞かれたってどれ一つ応えることはできないだろう。
ああ、第一にナミさんやロビンちゃんに顔向けができない―――
行きずりの男が気に入って、連れて帰って来ただなんて・・・

背中で悩み続けるサンジをよそに、男はのんびりと坂を下った。
ちゃんと見ておいてやらないと、この男は山を下りると言っているのにいつの間にか登っているような方向音痴だ。
あの洞穴にも迷い込んで、そのまま眠り込んでしまったらしい。
土や落ち葉に埋もれるほどに?



色々とナゾは多いが、それらのすべてをまあいいかと思ってしまう。
なんせ毒にやられたのだ。
広い背中が心地良いのだ。
仕方がない。

「てめえは海からやって来たのか」
「また海に出んのか」
「俺も一緒に行っていいか」

一緒に行くなら、まず風呂に入れよ―――
そう応えたつもりになって、サンジは男の背中でうとうととまどろんでいた。




強い西風が吹き抜ける秋島の丘は、いつの間にか紅や黄色の錦の色に染まっている。









END



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