快眠導入剤 4


それより触れて、その体つきを確かめてみよう。
両肩に手を掛けて抱き起こした。
さすがに肩幅はあるが、いかんせん軽い。
背中を擦ると肩甲骨の尖りがはっきりとわかる。
腰に腕を回して首の後ろを抑えて抱きこんだ。
なるほど薄い。
厚みが全然違うのだ。
それでも皮膚の下にはしっかりと筋肉がつき、しなやかで固い。
手を伸ばしてゆるく曲げた脛を撫でた。
筋張って固く、これがまたえらく長い。
太ももは思っていたよりずっと細くて、やはり強靭な蹴りが繰り出せる足とは思えなかった。
腰骨が浮いている。
だらしなくはみ出したシャツを捲ってみた。
夜目にも真っ白な腹が見えた。

「・・・」
ゾロは唐突に、自分が行っている行為の不毛さを感じた。
男を酔い潰してあちこち撫でさすって、俺は何をしているんだろう。
だがこんな状態でもなければ簡単には触らせてくれない。
しかし反応がないのもつまらない。
サンジの白い肌やきつい目や、眩しい髪も気になるけれど、やはり起きている時にぽんぽん飛び出る悪態を聞いているのも悪くないのだ。
悔しそうに歯噛みしたり、下唇を突き出してみたりしてそりゃあ感じ悪い対応しか見せないけれど、それでも時折垣間見せる素の笑みが、だからこそ余計胸にクる。
そう、下半身じゃなくて胸に。
こう、なんというかどきゅんと撃たれたみたいに衝撃を受けるのだ。

憎まれ口ばかり叩いているけど、だからって奴の手が相手によって鈍るなんてことはない。
崇拝しまくっている女共にも、可愛がっているルフィ達にも、そして相性が合わない筈の俺にも等しく情をこめた料理が並べられる。
栄養バランスも時間帯も個々の好みでさえ、細やかな心遣いで持ってそれと気付かれないように采配されているのは、なにも奴がプロの料理人だからということだけではないはずだ。
心底料理が好きで、心底人が好きな男。
誰にでも分け隔てなく与えられるその手を、一時でも己だけのモノにしてはいけないだろうか。

そこまで考えて、ゾロはまた一人で納得した。
サンジに欲情しているだけなら、今ここで裸に剥いて、突っ込んでしまえばいい。
そうすればまた、いつものように容易く眠れるようになるのだろう。
けれど多分、そうじゃない。
今ここでコックを犯しても、この気持ちは治まらない。
人形のようなコックの身体じゃなくて、ココロが欲しい。
自分だけを特別に見て触れる、キモチが欲しい。
けれどゾロは、それを求める言葉を持たない。
だからどうしたらいいのかも、正直分からない。
女じゃないから身体から繋いで情を移らせるなんて芸当もできないし、そんな手段も選びたくはない。
ただ、今こうして初めて自分がコックを求めたのだから、もう少しこのまま一方的にでも触れていてもいいかもしれない。
眠ったままではつまらないけど、だからと言って手放したくはない。



くったりと眠る痩躯をぎゅっと抱きしめてみた。
悪くない。
それどころか凄くいい。
ずっとこのままこうしていたいくらいだ。
裸に剥かなくても、縛り付けなくても、こうしてほんの少し肌を触れ合わせて身体を密着させるのは、なんて気持ちいいもんだろう。
これでコックが抱きしめ返してくれたら、もう何もいうことはないのに。

両手と両足でもってサンジの身体をぎゅうぎゅうに抱きこんで、ゾロは船縁に凭れた。
首を傾けてサンジの頬に自分の頬をあてる。
やはりひんやりしてすべすべだ。
鼻の頭を舌先でつついたら、ほんの少し嫌そうに顔を顰めた。
その様が、子供じみていてまたゾロは笑った。

ともかくひどく心地いい。
ゾロはその体勢のまま、うっすらと微笑んで目を閉じた。










東の空からやんわりと光が差し込んでくる。
どれだけ深酒しようが、夜更かししようがサンジの体内時計は正確だ。
ほとんど同じ時間にぱちりと目が覚めて、それからゆっくりと身体を起こす・・・
はずだった。

――――動かねえ。

まるで金縛りにあったかのように動かない。
例えば両手が身体の真横に戒められているような・・・
横を向こうとして何かに当った。
ものすごく間近になにかある、っていうかなにかいる。
それはすーぴーと規則正しく鼻息をかけながら密着していて・・・

「な、ああああああああ?」
夜明けの薄靄の中で、サンジは自分の状態を客観的に見て取った。
ゾロが、両手両足を巻きつけて、自分にしがみ付いて寝ているのだ。
そりゃあもうがっちりと。
身動き一つ取れない力で。

「なんだこりゃーーーっ」
大声で喚いて慌てて辺りを見回す。
まだ早朝で人影はないが、こんな姿をナミ達にでも見られたら大変だ。
蹴り飛ばそうとしたが上半身だけがっちりと絡め取られて、しかもなぜか自分の足の間にゾロの片足が割り込んで組まれているからまったく動けない。
「ど、ど、ど」
唯一左右に動く首で頭突きをしようにも、首の後ろをがっちりホールドされているから前後に動かすことができない。
なによりゾロの顔が接近しすぎている。
殆ど頬擦り、下手すれば口同士が触れ合いそうだ。

半ばパニックになったサンジは床をダンダン蹴った。
弾みで身体の向きは変わるがゾロから抜け出せない。
それどころか、暴れるサンジを逃がすまいとゾロは眠りながら一層強く抱きしめてきた。

「ひえええええっ」
サンジは仰向けに倒れたまま仰け反って喘いだ。
肺が圧迫されて苦しい。
このままでは圧迫死する。
サンジの情けない悲鳴が聞こえたのか、見張り台からピンクの帽子が覗き込んだ。



「あれー、サンジなにしてんだ。」
「な、な、なにしてんじゃ・・・ねーっ!助けろ!」
「ああゾロ。なんだ、ちゃんとわかってたのか。」
どこか呑気な声でチョッパーはエッエと笑った。
そうこうしているうちに、甲板のただならぬ気配を感じてかクルー達が続々と起きてくる。

「おはよう。って、なにやってんの?」
「あらまあ。」
「うわー、また朝から恐ろしい光景がっ・・・」
「なんだー面白そうだなあ。」
取り囲まれて見下ろされる形になって、サンジは茹蛸より真っ赤になった。
「こらっ見せもんじゃねーっ、ってナミさーんっ助けて〜っ」
「どうやらゾロには処方箋はいらなかったみたいだな。」
小さな蹄でちょこちょこっと降りてきたチョッパーにロビンが声を掛ける。
「なあに?なんの処方箋?」
「不眠症のだよ。ゾロ眠れないって言ってたから、後で特効薬教えてやろうって思ってたんだけど自分で見つけたみたいだね。」
真っ赤になって髪を振り乱してもがいているサンジの上で、ゾロは実にやすらかに爆睡している。

「・・・なるほどね。」
「じゃあまあ、ゆっくり寝かせといてあげましょうか。」
「朝飯は適当に作っから、そっち頼むな。」
「ってコラ!助けろクソ野郎―――っ!ナミさん、ロビンちゃん、待って〜〜〜っ!!」
サンジの悲痛な叫びも虚しく、仲間の姿は船内へと消えた。















涙も枯れ果てて、殆ど日干し状態のサンジの上で、久しぶりにたっぷりと睡眠を取ったゾロが漸く目を覚ましたのは、夕方のことだった。

結局その日より、海賊コックサンジは新たにゾロの安眠グッズとしても位置付けられてしまった。
初日のように抱き込んで深い眠りとまでは行かないが、サンジが側で密着すればすぐに眠りに入れるらしい。

「治療の一環だから協力してやってくれ。」
チョッパーにそう頼まれ、ナミやロビンにもクルーの安全の為と宥めすかされて渋々引き受けた
サンジだったが、それが更にゾロの病を深くすることになろうとは考えていなかった。

抱きしめるだけでは物足りないとゾロが気付くのは、時間の問題である。

END


おまけへ