快眠導入剤 3


髪を触って首を掴んで、それから・・・あれだな。
あの面。
まずあの眉毛がどう巻いてんのかじっくり見てやる。
それから髭を引っ張って。
ほっぺたをつねるか。
白くてすべんとしてるから掴みにくいか。
白いといやあ―――
年がら年中日に当ってる顔でもあの白さだ。
首から下は真っ白だよな。
胸板が薄そうだが・・・
そういや前水着ではしゃいでやがったとき、万歳したらアバラが浮いてたな。

そこまで考えて、ふとゾロは首を傾げた。
あんなひょろい身体で、なんであの蹴りが出せるんだ。
筋肉の質が違うのか、バネなのか、実はめちゃくちゃ太腿が太いのか・・・
俄然興味が出て来た。
コックの全身骨格と筋肉はどうなってやがる。
―――やっぱあれか。
全部ひん剥くか。
全部ひん剥く・・・
このフレーズに妙に興奮した。
どうせ触るんならとことん調べてやる。
全部触れて確かめて・・・
妄想が暴走を続け、どんどん下腹部に血が下がってきた。
もぞりと動いて座り直す。

待て、いかん。
また意識が別のとこにいっちまった。
もっと具体的に考えねえと・・・
誰に誤魔化すともなく、一人でごほんと咳払いした。

具体的に―――
そうだな。
大体奴に触るなんてどうすりゃできんだ。
喧嘩するときですら、胸倉を掴むことはない。
せいぜい額がくっつくまで角突き合わせて罵り合う程度だ。
女じゃねえから、そうおいそれとは触らしてくれねえな。
やっぱ殴るか。
油断しているところを後ろからガツンと行くか。
鳩尾でもいい。
ともかく意識を失わせて床に転がして・・・
けどまてよ。
またまた首を振る。
あのコックはバカみてえに打たれ強いえ。
一瞬失神してもすぐ気が付いて暴れる可能性がある。
起きる前に・・・縛るか。
うん。
ナイスナなアイデアだ、縛れ。
それがいい。

まずは手だな。
ああでもコックの手だから傷めるとまたうるせーし、傷付けねえように、けど外れねえように。
頭の上で両手を一纏めに括っか。
それとも後ろ手に戒めちまうか。
まあ手はいい。
問題は足だ。
ありゃあ厄介だ。
いっそ腱を切っちまうと楽なんだが、そうすっとまた後がうるさそうだし、コック以外の奴もうるさくなりそうだし。
やっぱ縛るか。
片足ずつどっかに括るのもいいな。
ついでに大きく足を広げさせちまえば一石二鳥か。
一石二鳥――――
なにが?

はて?とゾロは首を捻った。
何が都合いいと思ったんだろう。
まあいい。
ともかく、コックをぶん殴ってぶっ倒して縛り上げて裸に剥けばいいんだ。
そうっすか。
ゾロは一人うっそりと笑った。
日陰でもよく目立つ白い歯を見せてにっこりと。
うっかり見張り台の上で景色を眺めていたウソップが目にして、ぞぞぞと背筋を悪寒が駆け上ったりしたが、そんなことはゾロの知ったことではない。

善は急げでゾロは今夜にでもコック襲撃を遂行するつもりだった。






「宴会だ〜!」
どういう話の流れからか、その夜は宴会だった。
飲めや歌えの大騒ぎ。
ゾロ的には思う存分酒が飲めるから実に結構だが、コックは忙しく立ち働いていて襲いに行く隙がない。
甲板に食事を並べたかと思うと即キッチンに飛び込み、今度は飲み物だつまみだ、メインだと忙しい。
デザートに見張りへの夜食とまで事が進んでようやくコックが腰を下ろしかけたとき、ルフィ達は殆どが甲板に沈んでいた。

「なんだあ野郎共、情けねえなあ。」
キョロキョロしながら座るサンジの横に、ゾロはさりげなく近づいた。
「あれ?ナミさんたちは?」
「もう寝たぞ。夜更かしは美容の敵だとよ。」
サンジははっとした顔をして、それからえええ〜っと悲壮な声を出した。
「そんなあ、夜はこれからじゃないかあ〜・・・」
そうだな夜はこれからだ。
ただし俺との、だが。
内心で呟いた台詞をおくびにも出さないで、ゾロはなみなみとサンジのグラスに酒を注いだ。
「まあ今日はてめえもよく働いた。美味かったぞ。ご馳走さん。」
よからぬ魂胆があるせいか、普段なら口にできないような言葉がすらすらと出てくる。
だがそれを聞いたサンジはそのまま固まってしまった。
「・・・なん、なんだよ・・・てめえもう酔ってやがんのかっ」
「酔うかよこの程度で。」
しらっと言って瓶を床に置くのに、サンジはグラスを持ったまま飲もうとはしていない。
飲んでいないのに、なぜか真っ赤な顔をしている。

「どうした、飲め。もうゆっくりできんだろ。」
促されてサンジは漸くグラスに口をつけた。
―――そういやあ・・・こいつは酒にあんまり強くねえ。
このまま酔い潰すか。
作戦変更だが、縛り付けるよりいいかもしれない。



「だーかーらー・・・エレファントホンマグロもどきが、な―――――っ」
「へえへえ」
「このエラの部分にー、特有のー、血合いが―・・・」
酒に弱いが相変わらずよく喋る。
さっきから魚の話をしているようだが、ゾロはそんなことはどうでもいいから適当に相槌打つばかりだ。
それより早く寝ろ。
そのぎゃーぎゃーよく動く口を閉じてだな。
そう思ってサンジの顔を見て、ついそのまま見入ってしまった。

頬を上気させて、心持ち唇を尖らせてグラスを舐めている。
だよなー・・・なんて意味不明な呟きをしてゾロを見るとふわりと笑った。
ずくん、激しく何かが疼く。
また下半身かと思ったがどうやらそうではないらしい。
何故だか心臓の辺りがばくばくしている。

「てめーはしょっちゅう血流すから、一杯食わせてえって・・・」
相変わらずなに言ってるのかわからないが、ありえないほど柔らかな表情で見つめられて語られちゃあ目が離せない。
ゾロはただ、おうと曖昧に返事を返した。
「やっぱ・・・だな、へへ――――」
何故だか満足そうに目を閉じて、サンジはゆっくりと身体を傾けた。
その背に手を回して、倒れないように抱きとめる。

―――寝た。
寝たな。
ゾロはキョロキョロと辺りを見回した。
甲板に人影はない。
今夜は少々冷えるから、皆部屋に引っ込んだようだ。
よし、と一人頷いてゾロはサンジの身体をそっと床に横たえた。

月明かりの下、白金の髪が散らばる。
旋毛から放射状に広がる光の輪が綺麗だな、としみじみ見入った。
こんな風に間近でコックを観察できる機会など、ついぞなかった。
せっかくだから堪能したい。

瞼や目元を朱に染めて、半開きの口元から酒臭い息が漏れている。
つんと尖った顎に申し訳程度に生えている髭を指の先で撫でた。
雛の産毛のように頼りない。
顎の下から首筋へと指で辿るとふん・・・と鼻から息を吐いて顔を逸らした。

いかんいかん。
起こしちゃまずい。
ゾロは一旦手を引いて、今度は白い額にそっと触れた。
すべすべしている。
奇妙な形の眉を指でなぞった。
細く金毛が連なって生えていて、思わず笑いが漏れる。
ファンキーな眉の下には下がり気味の目が、同じく金色の睫に縁取られて閉じている。
案外と長くて濃い。
時折ふるふると揺れているが、起きる気配はなさそうだ。
ずっと触れてみたかった頬に指をあてた。
額と同じだ。
つるんとして、紅潮しているのにひんやりと冷たくて。
がさついて皮膚の厚くなった指先では、確かな感触がわかりづらい。
柔らかいのか弾力があるのか、図りかねてゾロは自分の顔をサンジの頬に近づけた。
酒臭い息が鼻にかかる。
別にそう、悪いもんじゃない。
どこか仄かに甘い匂いさえして、ゾロはくんくんと意識して嗅いだ。
やや薄くて普段は酷薄に見える唇は、酒のせいか朱に染まっていてぷにゅんと腫れぼったくなっている。
その唇にも指で触れた。
柔らかい、気がする。
もっと知りたくて自分の頬を押し付けた。
柔らかくて暖かい。
なんだか小さくて、物足りない。
ゾロは顔を上げてから、もう一度自分の頬を今度はサンジの頬にぺったりと引っ付けた。
そのまま顔を動かす。
すべすべの感触が、指で触れるよりよくわかる。
やはり自分の皮膚より特段に柔らかい、気がする。
すりすりと頬擦りしながら匂いを嗅げば、サンジの髪から別の甘い匂いがした。

耳元にも鼻を突っ込む。
首筋から襟足にかけてはまた別の匂いがする。
こっちもどことなく甘いが、どちらかと言うと食べ物の甘さだ。
時々ルフィがサンジに飛びついて抱きつくのは、この匂いが嗅ぎたいからじゃないかと、唐突に思ってしまった。
ゾロは甘いものはそう好きではないが、この匂いは嫌いではない。
開いたシャツの間から鼻を突っ込んで思う存分嗅ぎ捲くった。
胸板も真っ平らでつるんとして、てすべすべだ。
頬ずりするより、そのままそっと舌を出して舐めてみた。
なんのひっかかりもない。
白磁のようなすべらかさが気に入った。
皮膚の下から浮いて見える鎖骨にも舌を這わす。
窪みを指で押して、喉仏から顎の裏までそっと舐めた。
なぜだかどんどん唾が沸いて来て、もっともっと舐めたくなる。
耳の裏も、頬も、目元も舌で触れては離れてサンジの反応を確かめる。
目覚めてしまえばきっとうるさい。
けれど人形のように反応のない身体に触れてもなぜだか物足りない。
今目を開けたなら、その瞳が何色なのか確かめることができるんだが・・・
そこでゾロは本来の目的を思い出した。
確かコックを丸裸にひん剥いて、あちこち調べるんだった。
そう思い出してはみたが、服を脱がせる気にはなれなかった。

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