快眠導入剤 2


「気になってって、じゃあゾロはサンジの何が気に食わなくて鬱陶しいんだ?」
ゾロは至極真面目な顔で斜め上方向に視線を漂わせた。
「例えば髪がな」
「紙?」
「髪だ、毎晩洗ってから寝るのに、ちゃんと乾かさねえ。」
「・・・」
「こう、滴が垂れてるのにな、がしがしっとタオルで拭くだけで寝ちまう。」
「・・・」
「そろそろ冬島海域に入って夜は冷えっだろうが。」
「・・・」
「いくらバカは風邪ひかねえっつってもな。」
「・・・」

どうコメントしていいかわからないチョッパーを気にも止めず、ゾロはまたああと声をあげた。
「それから息がな。」
「・・・」
「こう吸って吐いて、時々・・・」
「無呼吸か?」
「いいや、こう鼻から抜けるような声を出しやがる。」
「?」
「耳について眠れねえ。」
「???」
ドクターくれはから外科的な医術は専門的に学んだが、心療内科は専門外だ。
けれども仮にもこの船の船医。
オールマイティーでなければならない。

「ところでゾロ、人間に発情期って、あったっけか?」
「ああ?」
意味不明は発言にゾロの方が眉を顰める。
「なかったよねえ。まあ、前向きに考えよう。」
「前向きにか。」
チョッパーは聴診器を片付けると、小さな膝に蹄を置いて、ゾロに向き直った。



「ちょっと確認するね。ゾロはサンジの動向が気になるんだな。」
「おう。」
「んで、サンジ見ると、鼓動が早くなったりしない?」
ゾロは目を丸くした。
「よくわかるな。」
感嘆の声を無視してチョッパーは淡々と質問を続ける。
「気が付くと目の届くところにサンジがいたりしない?」
「する。なんでか人の前をうろちょろしてやがるな。」
「サンジの声だけやたら大きく聞こえたり。」
「いつもよく喋ってっからな。」
「サンジの方から話し掛けられると緊張したり、しないか。」
「するか。なんかうざくて鬱陶しいけどな。」
「・・・サンジがナミやロビンと楽しそうに話してるとむかむかしない?」
「んー、あれか。腹のこの辺が気色悪い。」
「サンジの寝顔を見ると、お腹の下辺りが熱くならないかい?」
「すげー、そんなことまでわかるのか。」

あっさりと認めたゾロに、チョッパーは深い溜息をついた。
「単刀直入に聞くよ、ゾロ。」
チョッパーは軽く蹄を上げた。

「サンジの夢を見て、朝勃起してないかい?」
「・・・」

しばし沈黙が流れた。
ゾロはゆっくりと腕を組み、ふうんと間の抜けた声を出した。
「そうか、あれ勃ってたのか。つうか、夢に出てたのはクソコックか。」
すべて得心が行った。
どうやら自分はコックに発情しているらしい。
チョッパーは何故か事務的にカルテに何かを記入している。

「・・・で?」
ゾロはかくんと顎だけ落として不審そうにチョッパーを見る。
「でなんだ。こりゃあどうすりゃ治るんだ。」
「治らない。ドクトリーヌも言ってた。バカにつける薬がないのと同じだ。」
「なんだそりゃあ。」
見事な匙の投げっぷりである。
いっそ清々しいが、それではゾロの気が済まない。

「どうにかならねえのかよ。なんか原因があるんだろーが。」
「あることは、あるけどね。」
原因があって対処を考えるとなると、ゾロひとりの問題でなくなる。
第一その対処方法は、サンジにとっては大迷惑なことじゃないだろうか。

「原因はずばりサンジだよ。ゾロはサンジに発情してる。だからどうすればいいなんて、まあ俺の口から 今すぐ指示は出せないから、ちょっと自分で考えてみてよ。いよいよとなったら、処方箋を書くから。」
チョッパーはぞんざいな口調でそう言うと、パタンとカルテを閉じた。
船に乗った当初はビクつきながらも一生懸命だったチョッパーも、随分図太くなったものだ。

「ゾロはまあ若いんだから。多少眠らなくても大丈夫だよ。これを機会にたまには頭使ってみるのもいいかもしれないね。」
随分な台詞と共に早々に医務室から追い出されてしまった。




ただズバリと指摘されたゾロとしては、それほど腹も立たない。
――――そうか俺は、クソコックに発情してんのか。

驚きとか嫌悪とか認めがたいとか、そう言ったことをあっさり飛び越えて、すとんと納得してしまったのだ。








コックに触りてえ。

自覚してしまえばそれだけのことだ。
だが触ってどうするってえのか。
大体何を触りてえんだ。
自問自答しつつ、ゾロは寝た振りついでに甲板でナミ達にドリンクを振る舞うサンジの動きを眼で追った。

よく晴れた昼下がり。
キンキラ落ち着きなく光る髪が陽光を跳ね返している。
あれだな。
あの髪か。
止むを得ずコックを探さなければならないときなどいい目印になる。
やたらと目立つ派手な金髪。
つるんとしてさらりときて、風が吹くとぽわぽわしているが、実際触れてみればどんなだろう。

――――それからあの首。
どうにもこうにも、一度はきゅっと締めてみたい首だ。
両手をまわすと多分指が重なって締めにくいだろう。
片手でぐいっと力をこめれば簡単に締まる。
下手すっと骨が折れるかもしれねえ。
折っちゃいけねえな。
軽く締めて・・・
締めてどーするよ。
ゾロはセルフ突っ込みをした。

いかんいかん。
俺はコックに触りたいんであって、別に殺すつもりはねえ。
慌てて軌道修正する。
締めなくてもいいな。
首を抱えてみりゃあいいんだ。
目測でも多分俺の掌でほとんど掴めるだろう。
ついでにあのまるっとした後ろ頭を確認してもいい。
襟足が短いから、そこだけざりざりした感触かもしれない。
だが見た目に猫っ毛だが短い毛はつんつん固いんだろうか。
それとも短くても心許ない手触りなんだろうか。

ゾロは無意識に口端を軽く上げた。
不気味な笑みだ。
その場にウソップかチョッパーがいたらびくりと震え上がって、速攻立ち去るに違いない怪しさである。
幸い日陰にはゾロが一人。
思う存分妄想・・・もとい、作戦を練っていられる。



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