愛する覚悟 -3-


ゾロはさっさと膳を廊下に出してしまうと、その場でぱぱっと浴衣を脱いで全裸で露天風呂へと向かってしまった。
サンジは溜め息一つ吐いて、脱ぎ散らかされた浴衣を畳むと自分もその場で浴衣を脱ぐ。
それでもバスタオルだけ持つ良識は持ち合わせていたから、ゾロの分まで持って露天風呂へと出た。

すっかり夜も更けた空にはまん丸の月が煌々と輝いていて、星すらもかすんで見える。
「見事な月だなあ」
思わず見蕩れて突っ立っていたら、すでに湯船に遣ったゾロが「そうだな」とつられるように振り仰いだ。
月に見入るゾロの横顔に、サンジはどこかホッとしてタオルを置くと、申し訳程度に掛け湯をして檜の風呂桶の中に入った。
風呂に入るまでの一部始終をゾロにガン見されてはやりにくいが、ゾロはずっと月を眺めている。
それが素なのか気遣いなのか、よくわからない。

「あっち・・・」
「風が冷たいから、丁度いいだろう」
ゾロは風呂の縁に肘を掛け、胸を逸らすようにしてこちらを向いていた。
斜めに走った傷跡は、何度見ても見慣れない。
痛々しくて生々しくて、ゾロの魂がそこから流れ出てしまわないか不安になる。
そんなこと絶対ないとわかっているのに、無意識に案じる気持ちは消せなかった。
こんな想いは多分ずっと、ゾロが生きている限り続くのだろう。

ああ、好きなんだなと今更わかった。
男なのに、剣士なのに、仲間なのに。
目の前にいる「ロロノア・ゾロ」という男が、サンジはとても好きなのだ。

「今日、満月だっけ?」
「さあ」
十六夜かもしれない。
ただ、限りなく丸に近い月が放つ光は明るすぎて、なにもかもを照らし出されそうで落ち着かなかった。
今更、裸を恥ずかしがる間柄でもないのに。
一番見られたくないものは、もう見られてしまっているのに。



「いい湯だな」
「ああ」
「しっとりして、まとわりつくようで。大浴場の湯もこうだったか?」
「さあ、よくわからんがいい湯だった」
どこまでも適当なゾロは、それでも何度か掌で湯を救っては自分の肩に塗りこめるようにしている。
「この湯、傷に効くってよ」
「ああ、白い鳥が治したってえ」
「効能書きにも書いてあった。切り傷、打ち身、筋肉痛に痔」
「―――・・・」
最後のは余計だろう。
「お前の傷も、早く治るんじゃね?」
嫌みったらしく言ってやれば、ゾロはそうだなあと湯で顔を洗う。
「一ヶ月くらいここにいて、湯治してえな」
「年寄り臭え」
だが、似合いそうだ。

しばらく黙って月を眺めていた。
ちゃぽ、ちゃぷんとまろやかな水音だけが響く。
あとは風と共に運ばれてくる、潮騒の音。
「あっちい」
胸まで浸かっているのが辛くなって、サンジはざばりと身体を浮かせた。
湯船に腰を下ろして太股から下だけを湯に浸ける。
ゾロは、今度は月を眺めたりしなかった。

「あんまり、酒飲まなくてよかった」
「そうだな」
飲みすぎてこの湯に浸かると、絶対湯中りしただろう。

冷たい夜風が、火照った肌に心地よい。
水切れがいいのか、肌の上を流れた水は筋となって落ちて行き、皮膚はすぐに乾いた。
胸から腹筋、まだ濡れている下生えの辺りがすうすうとする。
なにげない風を装っているが、ゾロの視線が痛い。

「ゾロ」
「ん」
「穴が、開きそうだ」
サンジがそう言うと、ゾロはざばりと水音を立てて立ち上がった。
いつの間にか、薄闇の中で瞳だけが爛々と輝いている。
眉間に皺が寄り、どこか苦しげな表情は怒りにも似ていた。

大股でずんずんと近づいてくる下半身は、見事に臨戦態勢だ。
「せめて、身体を拭けよ」
持ってきたバスタオルを投げると、ゾロは素直にがしがしと身体を拭いた。
腰に捲くこともしないで、なのになぜかバスタオルは手を離しても下に落ちない。
そのままの状態で、まだ身体を拭いている途中のサンジを担ぎ上げた。
「ちょっ、待てよ」
「無理だ」
バスタオルと一緒に担がれ、部屋に戻った。
その場で乱暴に下ろされると、ゾロは怒ったみたいに乱暴な動作で押入れを開け、ポポイと布団を投げ下ろす。
ろくに敷きもしないで、サンジを横抱きにして布団の上にダイブした。

「焦るな」
「無理に決まってんだろ」
布団に手を着いて、ゾロは切羽詰ったような顔付きでサンジを覗き込んだ。
「どんだけ我慢してたと思うんだ」
「・・・誰も、我慢しろって言ってねえだろうが」
なぜかむっとして言い返してしまった。
サンジだって、ゾロのことを意識してソワソワ過ごしていたのだ。
こうしてお膳立てされたから心置きなくコトに及べるが、もしこの機会がなかったらずっとそのままの状態だったのじゃないだろうか。
そう思うと、なぜだかとても腹立たしい。

「我慢してたのは、てめえだけだと思うなよ」
圧し掛かるゾロの肩を掴んで、サンジは自分から噛み付くように口付けた。



ちゅ、くちゅと水音が立つほど激しく口付けを交わす。
舌を伸ばしてゾロの唇の裏を舐めれば、力強い舌が絡み付いて引き込んできた。
きつく吸われ、息苦しくなって唇を開き喘ぐ。
「・・・ふ、も・・・」
極端なのだ。
ストイックな表情で、そ知らぬ顔で日々を暮らしておりながら、こんなにあからさまで情熱的な欲望を秘めていたなんて、表面上はまったくわからなかった。
もどかしく感じていたのは、自分だけだと思っていたのに。
「・・・ゾロっ」
腹這いになったゾロの中心は熱く猛って、腹に押し当てられるだけでゴリゴリと存在を主張し、肌に減り込むようだった。
「なんだよっもう、こんな、急に」
「急にじゃねえよ」
舌を伸ばしサンジの口端をべろりと舐め、歯列を割って口内を力強く弄った。
頬を舐められる感触に怖気が差して、サンジの襟足が総毛立つ。
あの時受けた行為と同じことをされると、記憶になくとも身体が勝手に拒否反応をしめした。
けれど悟られたくなくて、かすかに首を竦めるに留める。
「・・・ゾロっ」
「おう」
「ゾロ・・・」
硬い髪を弄って、自分から積極的に口付けた。
両手足を伸ばして絡みつくように縋れば、ゾロは自分と同じように昂ぶっているサンジのモノに己を擦り付けるように上下させた。
互いに焦って、獣じみた動きだ。
どちらも、相手の反応を窺ったり探ったりできない。
サンジは、ともすれば嫌なことを思い出してしまうし、ゾロはそんなサンジの拒否反応が出るのがわかっていて、敢えてそれに気付くまいとした。
本当ならば、こんな行為はしない方がいいのだ。
男同士で、無理に身体を重ねることなどしなければいい。
けれどどうしても、求めてしまう。
それがゾロの一方的な欲求ならば、血を吐く想いで耐えただろう。
サンジだけの願いなら、その感情を死ぬまで押し殺して墓場まで持っていけただろう。
けれど、2人ともがお互いを求めていると知っている。
わかっているから、我慢できない。

「ゾロっ」
サンジは自ら足を広げて、ゾロの腰に回し身体を挟み込むようにした。
「なんか、濡らすもん」
「ある」
腹巻の中に入れてあったらしいチューブを取り出して、ろくに見もしないで適当に指で塗りこめてくる。
「・・・な、んで、用意が、いい」
「当たり前だろ」
人の尻を熱心に弄くりながら、ゾロが生真面目な表情で言い返すから、サンジはつい笑ってしまった。
「・・・だな」

ゾロの指の動きには、正直嫌悪感しか湧かなかった。
肌は粟立ち、後頭部の毛がチリチリと逆立つ。
内臓を抉られる感触に吐き気すら覚えるけれど、サンジは薄笑いを浮かべたまま耐えた。
嫌がってなどいないと、その顔で表情で声で、必死で演じて見せた。

ゾロは、無抵抗に足を広げるサンジの太股の裏に手を置いて、もう片方の手で熱心に後孔を穿つ。
そうしながら腰を屈め、股間に顔を近づけた。
「・・・まっ」
さきほどの昂ぶりを失い、萎えてしまったサンジのものに舌を這わせゆっくりと咥え込む。
サンジは慌てて両足を閉じ、ゾロの頭を挟み込んでしまった。
「ばかっ、なにすん・・・」
「離せアホウ」
口内にサンジのモノを頬張っておきながら、ゾロは明瞭な発音で冷静に抗議した。
顔を上下させて扱きながら、舌を絡みつかせる。
直接的な刺激に、ゾロの口の中でサンジのモノは固さを復活させた。
「・・・だ、めだっ」
「うっせえ、観念しろ」
れろれろちゅうちゅうと音を立てて愛撫され、羞恥のあまり身悶えしながらサンジは自分で口元を押さえた。
そうしながら、少しずつもとの通りに足を開いていく。
適度に慣らしてさっさと突っ込んでしまってくれれば、それで終わると思ったのに。
こんな風にじっくりと快楽を引き出されるとは、計算違いだ。
「ダメ、だ・・・」
いくら丹念に愛撫されようとも、サンジの身体は快楽を感じることを拒否してしまう。
ゾロが施す愛撫と、かつて乱暴された時の行為は、結局は同じ物だ。
男同士の性行為で快楽を得ることは彼らの暴力を受け入れたことになると、理屈ではなく身体が拒否をしてしまう。
「嫌か?」
「嫌、じゃねえけど、ダメだ」
気持ちいい、けれど感じたくない。
ゾロが好き、だけれど悦んで受け入れられない。
受け入れてはいけない。
愛しているのに、それに応えてはならない。
応えたいのに。

「――――あー・・・」
ぬぷりと、なんの前触れもなくゾロが中に押し入って来た。
じっくりと慣らされたせいかさほどの痛みも圧迫感もなかったが、それが、自分が初めてではないせいだとサンジは思った。
「ふあっ・・・あ、あ」
ゆっくりと突き込まれ、少しずつノックするように腰を進められる。
自分の中を熱い塊が分け入ってくるのに、サンジは浅い呼吸を繰り返しながら受け入れた。
それでいて、ゾロを掴む手に無意識に力が入り、肌に爪が食い込んでいる。

「力、抜け―――」
「抜いてるっ」
「歯を、食い縛るな」
「んなこと、してねー」
ゾロが脇の下に手を差し込み、胸の筋肉を引き上げるようにして乳首を舐めた。
思わず背を撓らせ、サンジの身体が逃げを打つ。
「・・・やめろっ」
嫌だ、それは嫌だ。
乳首を抓って噛んで、舌で転がされるのは嫌だ。
ぞぼぼぼぼと全身に鳥肌が立ち、ゾロの肩に掛けた指が反り返って宙に浮いた。
ゾロを受け入れている部分がきゅうと乱暴に締まり、お互いが痛みに呻く。
「・・・て、め」
「や、やだっ・・・やあ―――」
定まらぬ視線で震えるサンジの唇に、夢中で口付ける。
どうにかして、自分を見てもらいたかった。
いま、身体を重ねているのは自分だとわかってもらいたくて、ゾロは夢中でサンジを掻き抱く。
「てめえこの、クソコック」
「・・・う、うう」
「きゅうきゅう締め付けてんじゃねえよ、力抜けこのあほう」
「う、あ、あああ」
がっつり咥え込まれた状態で、ゾロはなんとかガクガクと腰を振る。
全身で拒絶されておきながらも、夢中で乳首を吸い舌で舐めた。
肌を弄り尻肉を揉んで、腹に当たるサンジのモノを忙しなく扱く。
「くそっ」
サンジの肩を布団に押し付け、身体を起こして激しく腰を突き入れた。
両足を開いたまま、サンジは声もなく喘いで揺さぶられている。
「見ろ、てめえ、俺を、見ろ」
「・・・は、あ、あ・あ・・・」
「顔見ろ、あほう」
さっきから罵倒されてばかりだ。
けれどそれも、仕方ないなと頭の片隅でわかっている。
身体と心の両方から引き摺られて、いつまでも動き出せなかったのはやはり自分の方だ。
ゾロが行動を起こさないことにイラついておきながら、その場で立ち止まって動き出せなかったのは俺の方だ。

「ゾロ、ぞろぉ」
サンジが甘えたような声を出した。
目尻からほろほろと涙の粒が零れ落ちる。
ゾロは腰の動きを止めないで、屈みこんでサンジの瞳に口付けた。
「も、限界だ。中で出すぞ」
「・・・う、ん」
サンジのためらいが、そのままゾロを締め付ける感触で伝わった。
なにもかもが屈辱の記憶に結びついて、身体は最後まで強張りをとくことができなかったのに、サンジの心は酷く満たされている。
どこまでもちぐはぐなのに、ゾロは最後までサンジを求めることを止めなかった。
そのことが純粋に嬉しくて、サンジは微笑みながらゾロの迸りを受け止めた。



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