愛する覚悟 -4-


お互いに腕を回し、ぎゅうと強く抱き合いながら荒い息を吐いた。
このまま眠ってしまいたくなるような、心地よい疲労感がサンジの身体を包む。
まだ体内にゾロを納めたままだけれども、繋がったことへの嫌悪感はない。

短い後ろ髪の、ざりざりとした感触を楽しみながら目を閉じた。
ゾロは頭を抱えられた状態で緩く身じろぎをし、合わさった腹の間に手を差し込む。
硬い腹筋に潰されるように、サンジのモノがくたりと項垂れていた。
そこに湿った感触はない。
「こら」
意図を持って動き出したゾロの右手を、サンジがやんわりと押さえる。
「も、いいから」
「よくねえ」
ゾロはサンジの中で気持ちよくイったけれど、サンジは結局快楽を拾わぬままに萎えていた。
それが不満らしい。

くぷりと音を立てて己を引き抜き、ゾロは再びサンジの股間に顔を埋めた。
今度は本気で焦って、身体を起こしながらずり逃げる。
「だから、止めろって」
「うるせえ」
はむっと咥えてちゅうちゅう吸い上げた。
直接的な刺激で、すぐに硬さを取り戻す。
「・・・うー」
「力、抜け」
強すぎず弱すぎず、適度な圧迫を加えながら高めていく。
ねろりと舐め上げられ、サンジはゾロの顔を太股の間に挟んだまま身体を跳ねさせた。
「止めろっ・・・ってば!」
「止めねえっ!」
サンジが怒鳴るより強く、ゾロが怒鳴り返す。
「なんでムキになるんだよ、俺がイこうがイくまいが、どうもいいだろうが」
「どうでもよくねえ、惚れた奴をイかせてえと思って何が悪い!」
サンジの鼻先で噛み付くように吼えて、ゾロは再びがばっと顔を伏せた。
呆然として、サンジは自分の股間の間になる緑色の後頭部を見つめる。

一生懸命だ。
一生懸命なのだ。
サンジから快楽を引き出したくて、SEXで満足させたくて必死なのだ。
自分の欲望を満たすことだけに夢中になっていた奴らとはまったく違う。
全然、違うんだ。

「う――――・・・」
サンジは歯を食いしばり、悔しげに顔を歪めながら唸った。
唸りながら足を広げ、布団に肘を着いてぺたりと寝転がる。
「そんなに言うなら、てめえでイかせて見せろ」
「おう、任せろ」
別に、頑張らなくてもいい事柄だろうに。
ゾロがあまりに真剣だから、サンジも腹を据えることにした。

男に抱かれて喜ぶ身体でも、いいじゃないか。
ただの男じゃなく、ゾロなのだから。



「う・・・そこ・・・」
「こうか?」
「―――ん」
根元を扱かれ鈴口に舌を這わされて、サンジは布団を掴みながら無意識に腰を揺らしていた。
イけそうでイけなくて、もどかしい。
「・・・も、イくかも」
しゅしゅっと擦ってくれたらイけそうだ。
なのにゾロは手を止めて、濡れた指をついと持ち上げた。
硬くしこった乳首に触れれば、肌がひやりと粟立つ。
けれどサンジは、今度は逃げなかった。

「ふ―――」
ぬるりとした感触で、ゾロの指がゆっくりと弧を描くように乳首の周りをなぞる。
「気持ち、いいか?」
「・・・ふ、ん」
くりくりと指先で潰され、摘ままれた。
ゾロは伸び上がって、鮮やかに色付き硬さを増した乳首にちゅっと食い付く。
口に含んで舌先で転がしてやれば、あきらかな嬌声がサンジの口から漏れる。
男なのに乳首で感じるってのは、非常に屈辱的なのだけれど。
仕方がない、だってゾロなのだから。

「ぞ、ろ・・・」
「ん?」
「ケツ、ん中も・・・」
「いいのか?」
つい乳首から舌を離して顔を上げれば、サンジは恨みがましい目付きで睨んできた。
「・・・言わすな」
「おう」
それならばと、すでに一度中で放たれて柔らかくなった後孔を弄る。
指を深く差し込み感覚だけで探っていくと、頭の上でサンジが「あ・あ」と短く声を上げた。
「ここか?それとも、ここか?」
「あ、そこっ・・・あ、あそ、こも」
「うし」
ちゅるりと吸い付いて舐めながら刺激してやろうとしたら、ゾロの口内で呆気なく達してしまった。

「は、はひー・・・」
ゾロの顔に腹を押し付けるように上下させ、サンジは小さく震えながらゆっくりと放出している。
たっぷりと吸い上げて手元のティッシュに吐き出せば、その間に身を丸めたサンジは両手で顔を覆っていた。
「おい」
「・・・」
「おい」
「うううううううう」
なにやら、身悶えている。
「イったな、よかったな」
「うううううううううううう」
どうやら、サンジ的には不本意だったらしい。

「風呂、行くか?」
抱え上げようと両手を回すと、がしっと腕を掴まれた。
「まだだ」
火を噴きそうなほど上気した顔で、サンジは果敢にも睨み上げてくる。
「もっかい入れろ、俺ん中」
「――――・・・」
いいのかと問い返せば、また怒るだろう。
「俺だって、惚れた奴をイかせたいんだ」
必死すぎて、掴んだゾロの腕に爪が食い込んでいる。
耳まで赤く染めて、涙目で見上げるサンジの顔に愛しさが爆発した。
ゾロは夢中でその身体を抱き締めると、すでに柔らかく蕩けた内部に再び身を沈めた。




明け方の空は、薄紫色の雲が細く棚引いている。
海の色も白っぽく見え、どこからか流れてきた霧と相俟って昨日とはまた違った景色を見せてくれた。
ちゃぷんと水音を立てながら、サンジはゾロの肩越しに絶景を眺めている。
あれから更に一戦交え、二人してどろどろに睦み合っていつの間にか眠ってしまった。
目が覚めたらゾロの腕の中で露天風呂に浸っていて、夜の星はとっくにどこかに消え去った時間で。
まるで一晩中湯に浸かっていたかのように、身体も頭の中もふにゃふにゃにふやけている。
「溶ける・・・」
思わずぼそりと呟いたら、ゾロがん?と身体を抱え直した。
「起きたのか」
「てめえ・・・なに人のケツ触ってんだ」
目が覚めた時からある違和感は、ゾロが指を入れていたからだと気付いた。
「いや、切れてねえかと点検してた」
「うるせえ馬鹿」
「傷に効く湯だしな、痔にも効くしな」
「お前いっぺん、沈め阿呆」
長い足を振り上げてゾロの後頭部に叩き込めば、ゾロは飛沫を上げながら湯船に沈んだ。



「おはようございます」
日もすっかり高く昇り、二人とも朝寝を貪ったタイミングでおばちゃんが顔を出した。
「ご朝食、お運びしてよろしいですか?」
「お願いします」
昨夜どろぐちゃになった布団は部屋の隅に畳まれ、一組の布団だけが敷かれている。
先に身支度を整えたサンジは素知らぬ顔で茶を飲んでおり、ゾロは布団の中でまだぐうぐう寝ていた。
「おい、朝飯だ」
軽く踵で小突いてやると、ゾロはふがっと鼻から妙な音を立てた。
「そのままで結構でございますよ、御膳だけお運びしますね」
サンジが布団ごとゾロを引っ張って部屋の端に移動させているうちに、おばちゃんはちゃっちゃと二人分のお膳を運び入れてくれた。
「どうぞごゆっくり」
おばちゃんが行ってしまってから、ゾロがようやくむくりと起き上がった。
「飯か」
「おう、顔洗って来い」

昨夜の食事もそうだが、朝食もさほど量は多くない。
けれど上品な盛り付けで、箸の横には一輪の花が添えられていて粋だ。
「本来なら朝は、これくらいが丁度いいんだよな」
「そうか?」
ゾロ的には、やはり量に不満がありそうだ。
昨夜も本当なら、料理も酒もお代わりしたかっただろう。
追加料金が掛かるとの懸念より、サンジとの一夜の方に気が向いていてそれどころではなかったのかもしれない。
「お銚子、付けるか?」
「いやいらねえ、ゆっくり食う」
折角だから、ここでしかできないことをしよう。
珍しくゾロがそんなことを言うから、サンジはちょっと嬉しくなった。




チェックアウトは10時。
部屋の中をさっと片付け、忘れ物がないか確認する。
布団の敷布はちょっとカペカペしているけれど、特に汚れたりはしていないからバレない・・・と思いたい。

「お世話になりました」
「ありがとうございました」
「またお越しくださいませ」
招待券を渡しただけで追加料金もなく、実にあっさりと見送られやや拍子抜けして宿を後にした。
「こんなんで、儲かるのかな」
「俺らは懸賞でここに来ただけだから、どっかからちゃんと金は入ってんだろ」
「それにしたって、もうちょっとこう・・・宣伝したりしてもいいんじゃねえかな」
他人事ながら、宿の行く末が心配だ。

「案じるこたあねえよ。俺でさえ、また来たいと思った宿だ」
ゾロの言葉を意外に思って、それから急に頼もしくなった。

そうだ。
地味でぱっとしなくて、料理も少なくて温泉以外なにもないような辺鄙なところだったけれど。
サンジだって、機会があったらまた来たいと思った。
ゼフを連れてゆっくりと湯に遣ってみたいし、食事の面だけなんとかしたら仲間達も連れてきてやりたい。
この湯に遣ったらナミやロビンは輪をかけて美しくなるだろうし、ウソップやチョッパーは賑やかにはしゃぐだろう。
そしてルフィは、案外静かに露天に浸かりじっと空を見上げているかもしれない。
風呂なのに、麦藁帽子を被ったままで。

容易に想像できて、含み笑いを零してしまった。
ゾロが、そんなサンジの様子を妙な顔つきで見ている。
「なんだ?」
「変な奴」
「うっせえな」
港に出れば、色んな毛色の猫があちこちに丸まっている。
白地にぶちの猫が頭を下げてそろそろと歩み寄り、サンジの脛に耳の後ろを擦り付けた。
「お、人懐っこいな」
「お客さん、今から本島に戻るけど乗るかい?」
艫綱を解いていた漁船のおじさんが、声をかけてくる。
「ああ、ありがとう」

方向音痴の癖に先頭に立って堂々と歩く、広い背中をぼんやりと眺めた。
同情ではなく独占欲でもなく。
ただ直向に、自分だけを見つめて惚れたと告げてくるゾロに、迷いは見えない。
こんな男に愛されて、共に歩く資格が自分にはあるだろうかと自問するのはもう止めた。
一生かけて、生涯誓って。
愛する覚悟は、もうできた。

「なにやってんだ、行くぞ」
「・・・偉そうに」
ゆっくりと歩き出すサンジの足に、尻尾を絡ませていた猫が仰向いてにゃあと鳴いた。






「おかえりなさい」
「よう、おかえり」
「おかえり、買い出しは済ませておいたよ」
メリー号に戻れば、仲間達は出港準備の真っ只中だった。
ゾロはすぐにウソップを手伝い、サンジは倉庫の中を点検する。
「温泉、楽しませてもらったよ」
「そうよかったわ。私達も街でゆっくりできたしね」
出港してから、サンジは早速おやつを作って洋上ティータイムだ。
仲間達は島でのあれこれを、和やかに語り合っている。

「あの・・・」
「ん?」
オレンジティーを飲みながら、小首を傾げて見せるナミは実に愛らしい。
「温泉に、行かせて貰ってたんだけど」
「そうね」
ロビンがあっさりと頷き、サンジはそれ以上言いづらいのかモジモジしている。
「どうだったとか、なんか、聞かないね」
普通、温泉どうだったーとか聞いてくるもんだと思うのに、仲間達から一切その手の質問がなかったから逆になんとも居心地が悪い。
「ああ、それ気にしてるの」
ナミはちゅーっとストローを吸ってから、にやりと笑った。
「そんなの、聞かなくたって二人を見ればわかるもの」
「え!」
サンジのみならず、ゾロも密かにぎょっとしている。
「よかったんでしょ?ゆっくりできたみたいね」
「二人とも、お肌つるつるよ」
ああ、そっちか。
我知らずほっとして、サンジはそうそうそうと調子よく相槌を打つ。
「いいお湯だったよ。とろりとしてまろやかで、ナミさんやロビンちゃんが入ったらもっともっとお肌スベスベになるよ」
「そうみたいねえ、ちょっと羨ましいなあ
「今度はみんなで行きたいな、いい温泉だった」
「飯は少ねえがな」
ゾロの軽口に、ウソップがへえと目を丸くする。
「ゾロも気に入ったのか、なんだかそういうの珍しいな」
「いいとこだったんだってば。白い鳥が傷を治したってのが起源でよ、怪我とか打ち身に効くんだ」
「俺も行ってみたいぞ、興味がある」
和気藹々とお茶する仲間を眺め、ルフィはしししと笑った。
「すげえ温泉マジックだな」
「なにが?怪我が治るのがか?」
パンケーキのお代わりを積み上げてやれば、ルフィはキラキラした瞳でサンジを見上げた。
「ゾロもサンジも殺気が消えてる。温泉のお陰か?」


「―――――・・・」

一瞬の沈黙の後、わっと誰からともなく笑い声が立った。
「いやあねえ、なに言ってんのルフィったら」
「温泉の話してんだよ、なあ」
「そうそう、温泉。今度は俺も行くぞー」
「くじ引き、またどっかでないかなあ」
「いいわね、温泉はね」
殊更はしゃいで会話し合う仲間達の間で、ゾロとサンジは軽く俯いて反省していた。

――――殺気、ダダ漏れだったか。
今度は気付かれないように作戦を練ろう。
そう決意しつつも、二人とももうそんなことはどうでもよくなっていることに気付いた。
一味抹殺計画よりも、いつかみんなで浜の湯に入る光景を想像している方がよほど楽しい。


「サンジ君、紅茶のお代わり欲しいなあ」
「ほへもほははりっ!」
「はいはーいナミさん、喜んで!くそゴムは座ってろ!」
サンジの弾んだ声が、大海原に響き渡った。



End




back