私立ジェルマ学園 中等部
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私立ジェルマ学園は、莫大な財力と絶大な権力を持つ男が、我が子のためだけに設立した超私的教育機関だ。
超人的な能力を持って生まれた子ども達のため、あらゆる手を尽くして最高の環境を整え、指導者を招き、設備を充実させた。
それ故に、より高度な学力を身に着けさせたい親たちの注目を集め入学希望者が殺到した。
短い期間にジェルマ学園の名は知れ渡り、国内屈指の名門校となっている。

そんなジェルマ学園では、「3月2日」は特別な日だった。
盆・正月はもとより、体育祭や文化祭、創立記念日もかくやと言わんばかりの、派手な催しが行われる。
理事長の息子たちの、誕生日だからだ。

「イチジ様―!ニジ様―!」
「ヨンジ様、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
朝から、新年かと見紛うばかりのおめでとうコールが続く。
四方八方から歓声が上がり紙吹雪が舞い、テープが乱れ飛ぶ花道をオープンタイプの猫車(にゃタク)に乗った兄弟三人が、面倒臭そうに片手を挙げて応えた。
「ったく、毎年毎年騒がしいものだ」
「仕方ないだろ、こいつらにとっては一大イベントのようだし」
「今日だけは、大っぴらに俺達に話し掛けられるのが、嬉しいんだろうよ」

学園の主役たる3兄弟は、全員3月2日生まれの14歳だ。
まだ中学生とはいえ生まれつきの超人で、いずれも分野は違えど天才児だった。
長男イチジは数学・経営学に優れ弁が立ち、カリスマ性がある。
次男ニジは語学力に秀で、15か国語を流暢に話し交渉力に定評がある。
四男ヨンジは工学が得意で数多の特許を取得し、また凄腕のハッカーでもある。
3人共が、学力の面では海外の一流大学レベルをもはるかに凌駕しているが、学園のネームバリューのために在籍している。




「菓子に花にぬいぐるみ、くだらねえ」
生徒会室とは名ばかりの兄弟専用の豪奢な部屋で、ヨンジはソファに寝転がってプレゼントの包みを背後に投げた。
部屋の隅には、それこそ山のようにプレゼントの箱が積み上げられている。
「こっちはネックレスだのストラップだの、幼稚臭い」
「・・・商品券」
イチジはテーブルの上に包みを投げ捨て、溜め息を吐いた。
「まあ、これは食ってやらなくもねえ。マダム・シンコーのショコラ・グランデだ」
チョコを頬張るニジを横目で見ながら、大儀そうに足を組み替える。
「くだらない」
「価値がないものは所詮ゴミの山だ、さっさと掃除させよう」
メイドを呼ぼうとしたら、扉の向こうでバタバタとなにかが倒れる音がした。
三人は顔を上げ、揃って「レイジュか・・・」と呟く。

「大変、誰かドクタ―を呼んでね」
扉を開き、背後に声を掛けながらレイジュが入ってきた。
「お前、むやみに中等部に来るな」
「ガキどもが倒れるだろうが」
「もう遅いわ」
生徒会室に至るまでの道筋に、まさに死屍累々といった体で複数の生徒達が倒れている。
高等部の高嶺の花にして全生徒憧れの的であるレイジュを生で直視したのだから、仕方がない。
「お前、匂いきついんだよ」
「人を安物の芳香剤みたいな言い方、しないでくれる?
特に香水をつけている訳でもないのに、レイジュからはいつも良い匂いがする。
イチジ達の姉であり理事者社の一人娘という立場はもとより、美麗な容姿と抜群のスタイルに加えなんともいえぬ良い匂いを放つレイジュは、ある意味最終兵器として恐れられてもいた。
老若男女を問わず骨抜きにするのだから、中学生にはむしろ毒≠ニ呼んでも過言ではない。
ただし、超人兄弟にとってはただの姉だ。
ちょっと自慢の「綺麗なお姉さん」ではある。

「三人とも、誕生日おめでとう。これは私からのプレゼントよ」
「ディナーん時でいいだろ」
どうせ、今夜は自宅でもパーティが催される。
そう思ったが、レイジュが差し出したタブレットを見て、首を傾げた。
「どこだ、これ」
誰かの視点で動いているのか、古びた校舎の廊下が揺れながら映っている。
「あー、これ、俺が開発したピーピングバグの視点か?」
ヨンジが手を伸ばして、タブレットを奪った。
その手元を、イチジとニジが覗きこむ。
「お、マイクも生きてんな」
音量を上げると、ごちゃごちゃと雑音が入った。
「これは何の真似だ?」
訝しむイチジに、レイジュはにっこりと微笑み返す。
「今朝届くように、サンジにプレゼント送ったのよ。あの子、ちゃんと使ってくれたみたいね」

レイジュが送ったのは、シャープペンシルだ。
オールブルー社特製の高級品だが、サンジは値段云々に拘らずシンプルなデザインと美しい色合いが気に入っていて、かねてから欲しがっていたのを知っていた。
「制服のポケットに差してるみたい。よく映ってるわ」
「そりゃ、俺が発明したからな」
ヨンジはケーブルを差して、壁面のモニターに映し出した。
聞き覚えのある声が響き渡る。




「うるせえよこのタコ!あ、ナミさん、誰かと待ち合わせ?」
教室からひょっこりと顔を覗かせたナミは、サンジを見つめて笑顔を作った。
「やあねえ、サンジ君を待ってたのよ」
「え?俺?もしかしてこ、こここ告白っとか?!」
いや〜、ナミさんったら大胆―!と一人でクルクル回るサンジに、ナミの後ろから飛び出したルフィが抱き付く。
「サーンジー!誕生日だろ、おめでとうー!」
「え?え?」
「そうよ、誕生日おめでとうサンジ君!」
「お、おめでとう」
向いの教室からウソップも出て来て、サンジは戸惑いながらゾロを振り返った。
「お前、知ってた?」
「いや」
間の抜けた返事に、だよなーと前を向く。
「なんで知ってるの、ナミさん」
「やあね、私の情報網を侮らないで・・・と言いたいところだけど、学生証見たら一発じゃない。それに、サンジ君だって私やビビの誕生日、知ってるでしょ?」
「そりゃ当たり前だよ、レディの誕生日は何にも勝る一大イベントだから全力でお祝いしないと!
「そうよねー。だから私もサンジ君の誕生日をお祝いしたいの」
両手を合わせえフフッっと微笑むナミは、いつにも増して麗しい。
「ええー!それってナミさん、もしかして俺のことす――――」
「ってことで、今からサンジ君ちにお祝いに行ってもいい?みんなで」
「・・・へ?」
「そうだ、俺らもサンジのこと祝いたいぞ!」
「ルフィ達が行くなら、俺も行く」
決まりな!と宣言され、サンジは慌てた。
「今から?!いや、ナミさんはいいけど、大歓迎だけど、でもしばし猶予を…」
ナミはポケットから時計を取り出した。
「10分、ね」
「え?」
「今から一緒にお家へ行って、10分で片付けて」
「えええ〜〜〜」
急な申し出だがナミに逆らえるはずもなく、サンジはゾロを引っ張ってダッシュで自宅へと走った。



「おい、それ全部クローゼットに入れろ、突っ込むなよ、全部綺麗に重ねて!」
「なんで俺が…」
自宅に駆け戻ったサンジは、アイドルタイムの店舗へ顔だけだして「これから友達が来る!」と叫んだあと、部屋がある二階へと上がった。
急いで着替えながらゾロに命令し、制服をハンガーに掛けて吊るす。
「あとベッドの下!って敷布団の下ダメだから!」
「知ってる、こんなとこまでさすがにナミも見ねえだろ」
「どんなアクシデントあるかわかんねえだろ、それは…そうだな、机のお腹の引き出しの下に」
ゾロはしょっちゅう遊びに来るので、勝手がわかっている。
「片付けたらざっと掃除機掛けといてくれ」
「お前はどうすんだよ」
「おやつ、おやつ用意しなきゃ!」
ナミさん一人なら大歓迎だが、よりによってルフィが来る。
生半可な量じゃ、作るだけで誕生日が終わりそうだ。

そう、誕生日
みんな、俺の誕生日を祝いに来てくれるんだよな。
でも、やっぱりおやつは必要だよな。

キッチンに駆け戻ると、パティがニヤニヤしながらホットプレートを取り出してきた。
「どうした、これからケーキでも焼く気か?」
「んな時間ねえよ、あと10分でみんな来るんだ。しかも、めちゃくちゃ大ぐらいな奴、どうしよう」
「ホットケーキでいいじゃねえか」
パティの手にあるホットプレートを見て、「あ」と声を上げる。
「そんなんで、いいかな」
「中坊のおやつだろ、上等だ」
「でも俺の、誕生日祝いだし」
「だったら、ちょっと豪勢にしてやる。いいから、お前は種作って部屋で焼いてろ」
準備をしている間に、玄関で「サーンジ―!」と声がした。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいー!」
サンジは頭にホットプレートを乗せ、ボールを抱えて出迎えた。
「なんだそりゃ、俺も持つよ」
「私も手伝うわ」
「ナミさんにそんなこと、させられないよー」
「もちろん、有料で」
「俺も持つ!」
「ルフィ、てめえはダメだ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら二階へと上がる。
扉を開けると、サンジのベッドで寝ているゾロが目に入った。
「このクソまりも!なんで寝てんだよ!」
「んあ?掃除機はかけたぞ」
「なんだ、ゾロが掃除したのか」
「片付いてるじゃない、ゾロのお陰?」
「違うよ、いつもこんなだよナミっすわん!」

さあ退いた退いたと、テーブルの上にホットプレートを乗せて温める。
「ホットケーキか?美味そう!」
「まだ焼いてねえぞ」
「生地を流してもねえ」
「ゾロ、下行って冷蔵庫から適当に飲み物持ってきて」
「なんで俺が」
「俺も行こうか?」
「ルフィ!そこ触っちゃ熱いわよ、大人しくして!」
賑やかな部屋の中で、サンジは熱したホットプレートにまーるく生地を落とした。






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