私立ジェルマ学園 中等部
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「こりゃケッサクだ」
ニジは腹を抱えて笑っている。
「見ろ、あれがサンジの部屋か?ウサギ小屋より狭いじゃないか。しかもあの、貧相な家具」
「庶民の暮らしに馴染みきっているな、情けない」
「出来損ないのサンジには似合いだろ、しかも相変わらずチビだな」
腹を抱えてゲラゲラ笑うニジとヨンジの隣で、イチジは険悪な顔で眉間に皺を寄せた。
「それより、あの男はなんだ」
「ん?」
「サンジが“マリモ”とかって、呼んでる奴か?」
暢気な二人の反応に、イチジは苛立ちを隠さずにテーブルを叩いた。
「いま見ただろうが!あのだらしなく小汚い男が、サンジのベッドに寝てたんだぞ」
「ああ、言われた通り掃除をした後にな」
「サンジもようやく、奉仕されることを学んだか」
「その割に態度が大きい」
「そこじゃない!」
イチジは、二度三度とテーブルを叩く。
「あいつ、あの男、ベッドに入ってから枕の匂いを嗅いだだろう!しかも、その枕を抱き締めて顔を埋めて寝たじゃないか!なんだあれは!」
「眠かったんだろ」
「まあ匂いを嗅ぐとか、動物的で下品だな」
「そうじゃない!」
イチジは腹立ちまぎれに足を振り下ろした。
生徒会長用の大机が、バッカリと割れる。
ニジとヨンジは身体を仰け反らせて勢いを逸らし、レイジュは紅茶のカップとソーサーを手にして向きを変えた。
「あら、おやつができたようよ」
画面の向こうでは、一つのテーブルに5人が群がっている。





「いーい匂いだ、これもこれで美味いな」
「コラ!生地を直接食うな、腹壊すぞ」
「もうひっくり返していいか?」
「まだだ、プツプツしてこねえと・・・」
「ジュース、どれにする?」
「ああナミっすわん!俺が入れるよ」
「おい、プツプツしてきたぞ」
「待て、まだ端っこだけだ」
そこに、階下からどら声が掛かる。
「チビナスー!ちょっと取りに来い!」
「チビナス言うな!」
フライ返しでホットケーキを裏返すと、まだら模様のきつね色だ。
「くっそ、最初はムラが出るな」
「俺が行ってこようか?」
「ああ、頼む」
ウソップが降りていくのに、ゾロも続いた。
その間に、複数のホットケーキをぽんぽんぽんと裏返していく。
「うまほー!!」
「待て、まだだ待て!!」
「ルフィ、待て!」
ナミとサンジの二人掛かりで押さえていると、トレイを持ったウソップとゾロが入ってきた。
「おい、これ親父さんから」
「まあ!」
ナミが目を輝かせる。
トレイの上には、綺麗にカッティングされた色とりどりのフルーツが乗っていた。
「こっちがベリーソース、チョコレートソース、…あん?」
「アングレーズソースだな、それに生クリームがたっぷり」
「うまそー!!」
「ルフィがそろそろ限界よ」
「よし、じゃあどんどん焼いていくから、お前ら適当に好きなのトッピングして食え」
事前に大食らいがいると伝えてあったせいか、ゾロがボールいっぱいの新たな生地を持たされていた。
お陰で心置きなく、追加を焼いていける。

サンジが焼くのを片っ端からルフィが攫い、ナミが奪い、ウソップが確保して、ゾロも食べた。
「美味ーい」
「おいしい!」
「行けるなこれ!」
「おかわり」
トッピングもフルーツやあんこといった甘いものだけでなく、チーズやハムなどが揃っている。
飽きずにいくらでも食べられるパターンだ。
「へへ、美味ぇだろ。どんどん食え」
ニコニコ笑いながらホットケーキを裏返すサンジに、ゾロは自分のホットケーキをちぎってその口に突っ込んだ。
「ふがふふ…」
目を白黒させながらモグモグと咀嚼し、目を怒らせる。
「俺は、縮緬じゃこが乗ったホットケーキに甘いのがいいんだよ!」
「じゃあこっちをどうぞ、あーん」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
生クリームと苺が乗ったホットケーキを差し出され、サンジは鼻の下を伸ばして口を開いた。
モグモグと咀嚼してから大きく頷く。
「美味い!さすが俺!」
サンジの雄叫びに、皆がどっと笑った。




「あいつ、またあんな真似を…」
ニジは苛立ちを隠さず、組んだ足を小刻みに揺らした。
「ヴィンスモーク家の者が、庶民に奉仕するような真似をするなど許されん!」
「それに、確かあいつも誕生日だよな、祝われる側だよな?なぜ自らが奉仕してるんだ」
「大体、今日は特に崇め奉られるべき日だぞ。見ろ、この貢物の山を!誰もが俺たちの足元に平伏して、この世に生まれ出てくれたことを感謝する日だ。そして祝福すべき日だ」
「いくら出来損ないでも、仮にも俺たちの兄弟を名乗るなら至高の存在であるべきだ。それがなんだ、あのようにヘラヘラと媚び諂って奉仕するとは!」
憤然と壁面を睨むヨンジに、イチジも大きく頷いた。
「まったくだ!あの落ち着きのない猿みたいな野郎はなぜいちいちサンジに抱き着く!」
「…は?」
「あの、奇妙に鼻の長い男も気安く肩に手を掛けるとは!」
「―――――・・・」
「しかも、やはりあのクソマリモは偉そうだぞ何様だ!」
なによりも…と、その場で地団太をするように足踏みした。
「サンジがあんなに、阿呆のような顔で笑っているのは許せん!俺たちの前ではあんな顔、一度もしたことがない!」
イチジは突然、椅子を蹴って立ち上がった。
つられて、ニジとヨンジも立ち上がる。
「こうしてはいられん、これはヴィンスモーク家の名誉の問題だ!いますぐあいつを連れ戻すぞ!」
「おう!」
「位置情報は…これだ」
ヨンジが素早く検索し、ヘッドセットで通話する。
「にゃタクを呼べ!飛ばせば2時間で着く!」
「どんだけ田舎にいるんだよ」
「ジェット呼んだ方が早いんじゃないか」
「ヘリはどうだ」

3人はああだこうだと言い合いながら、生徒会室から出ていった。
1人残されたレイジュは、空になったカップをソーサーに置く。
チリンとベルを鳴らし、メイドを呼んだ。

「イチジが机を壊しちゃったの、片付けてくれる?」
「畏まりました」
控えていたメイドと使用人が、素早く室内の清掃に取り掛かる。
レイジュはソファに座ったまま、窓の外に目をやった。
高い塔の中ほどにあるこの生徒会室からは、校門がよく見える。
スピードを上げて走り去るにゃタクと入れ替わるようにして、一台のタクシーが門を潜った。

「それと紅茶のお代わりを3人分、お菓子も添えてね」
「はい、ただいま」
あっという間に整えられた室内からメイド達が立ち去り、レイジュは壁面に映し出されたままのサンジ達の様子に目を移す。

『サンジ君、誕生日おめでとう!』
『おめでとうな!誕生日なのに、俺たちが食ってばかりだな』
『いいんだ、こいつは人に食わせるのが好きだから』
『なんでお前が言うんだよ』
『ゾロが言うなら、間違いないや』

イチジが言ったとおり、そこにはレイジュも目にしたことがないような、屈託のない笑顔のサンジが映っている。
どれほど頭が切れようと。
どれほど身体が強かろうと、権力を持っていようと。
何もかもに恵まれているせいで、弟達は喜びを失ってしまった。
なにを見てもくだらなく、なにをしてもつまらない。
弟達が「楽しい」と感じることは、兄弟の中で唯一の「できそこない」であるサンジを虐めることだけだった。

「でも、そうはいかないのよね」
ノックの音がして、メイドが扉を開ける。
「サンジ様が、お見えです」
「ありがとう」
そこには、ゾロと連れ立ったサンジが立っていた。
ひょこっと首だけ下げて会釈し、部屋の中に入ってくる。
「…久しぶり」
「5年ぶりね、少し背が伸びたのね」
サンジの後ろから入ってきたゾロは、きちんとレイジュに会釈した。
「初めまして」
「初めまして、姉のレイジュです。いつも弟がお世話になっております」

サンジは壁に映し出された様子を見て、驚いて立ち止まった。
「レイジュ、なんだよこれ。去年の?」
「ええ、去年のあなたの誕生日の様子よ。ちょっとお披露目したの」
「なにやってんだよ恥ずかしい!ってか、あいつらは?」
そう言って、少し肩を竦めながら部屋の中を見渡す。
「さっきまでいたんだけど、出かけたわ。多分4時間は帰ってこないから、ゆっくりしていって」
そう言って、席を勧めた。
「…急に呼びつけるから、驚いたよ」
新しく持ち込まれたテーブルの上には、色とりどりのプティフールが乗ったティースタンドと紅茶が用意されている。
「高校入学の書類がいるでしょ?霜月高校の」
「あ、うん」
「お父様には私から話しておいたから、承諾書を預かったわ」
「ありがとう」
「それと、私だって可愛い弟の誕生日を祝いたいのよ」

3人の可愛い弟には、もう祝福を伝えた。
だからもう1人、5年ぶりに直接伝えたかったのだ。
彼が、一番大切だと思っている人と共に。
「サンジ、誕生日おめでとう」
紅茶が入ったカップを掲げると、サンジも、状況が呑み込めないままのゾロもそれに倣って、湯気の立つカップを掲げた。



Happy Birthday!



End



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