十六夜 -4-


土日はすかんと晴れた。
秋らしく風は涼しく、陽射しが温かいのでテラス日和だ。
早い時間からスモーカー達がやってきてオープンテラスを設置し、そのままヘルメッポが残ってくれたのでいつもより賑やかな雰囲気がある。
サンジも久しぶりにリラックスした表情で立ち働いていた。
特に喧嘩をした訳でも気まずい仲になった訳でもないのに、二人きりだと妙に表情が硬かったのは、やはり俺がウソップとの出会いの経緯を詳しく語らないからだろうか。
サンジが問い詰めないのをいいことに、有耶無耶に済ませてしまうことがいいとは思わない。
かと言って、あっさりと「お前の過去を前もって伝えてやろうと親切で俺に会いに来た」と言ってしまうには語弊がある。
ウソップを連れて来たナミにも迷いはあったし、ウソップはサンジが知らない場所で俺に語ることに躊躇があった。
そして俺は、知ることを拒否した
結果的に、何も変わらなかったのだ。
ただ残されたのは、お前のために複数の人間が思いを巡らし、よかれと思って行動したが故の邂逅だけ。
それをなんと説明したら、いいのだろう。
普段、あまり複雑にモノを考えない俺でも、少し困る。


サンジ自身、気楽に聞いていいことではないと判断しているのか、奴にしては珍しくストレートに尋ねることを躊躇っているようだ。
だから余計二人の間に流れる空気が妙な形で淀んでしまう。
レストラン開店日はまず仕事優先だから、明日のメニューの変更とか必要なことだけ打ち合わせて土曜日は暮れた。
日曜日も適度に忙しい一日をこなし、いつもと同じ閉店の時を迎える。
月曜も祝日だが、運動会だから臨時休業だ。
初めての祝日開店は23日に持ち越しとなる。

日曜の夜は“ご褒美の日”が定番になった。
すでに“ご褒美”なる単語の響きが、どこか痒くなるくらい稚拙で淫猥なのだが、大真面目に発音されると突っ込むこともできず一人で卓袱台の下、箸を太股に突き立てるくらいしかできなかった。
けれど今夜は少し違う。
サンジが、俺の顔色を窺うようにご褒美の延期を申し出たからだ。
「無理しなくていいんだぞ」
つい、言ってしまった。
毎週の恒例行事になっていたとは言え、サンジが酷く気を遣っているように見えたからだ。
ところがこの言葉に、サンジは過敏に反応した。
なぜかいきなり怒り出した。
「誰が無理してるっつてんだ、なんでそうなるんだよ。なんで俺にばかり気を遣うんだ」
これには驚いた。
俺から見たら、サンジの方が俺に気を遣っているようにしか見えないのに。
「そんな風に、俺ばかりを優先させるな。俺のために自分を抑えるな。俺に遠慮すんな。俺はお前に言いたいこと言ってしたいことして、わがままを優先させてるんだから、お前だって同じようにしろ!」
「そうしているつもりなんだが」
「全然そうじゃねえよっ!」
地団太踏みそうな勢いで怒っている。
「もっとはっきり、すればいいじゃねえか。お前俺を甘やかせるばかりで、俺が困るようなこと言わないで、先回りして考えて気遣ってるじゃねえか。ウソップのことだって、考えなしにポンポン話せばよかったんだ。そしたら俺が、なんでお前知ってんの?とか、俺の知らない内になにしてくれてんだとか、てめえを責めて白状させてやれるのに。それさえできなくてのらりくらりとかわされちゃあ、俺はなんだよ。いつだって蚊帳の外かよ!」
これは効いた。
確かにその通りだと思った。
サンジを気遣うあまり、俺もウソップも中途半端に策を弄しすぎた。
最後までしらを切り通す覚悟もなしに、誤魔化すような真似をしたからサンジは怒っているのだ。
自分が知らないことで過去を詮索される以上に、信頼していた仲間達が知らぬ場所でコソコソと工作活動を練っていたことの方がダメージはでかいだろう。
「悪かった」
「だから、謝るなっての!」
自然に飛び出た言葉にさえ、ダンダンと足を踏み鳴らして怒っている。
ここまでお前に言わせた俺が悪かった。
もう、それしか言えない。

「ちゃんと話す。だから、まずは茶でも飲もう」
俺は立ち上がり、湯を沸かし始めた。
気が削がれたのか、サンジは乱暴に畳に腰を下ろすと胡坐を掻いて煙草に火を点けている。
確か冷蔵庫に、お隣さんに貰った葛饅頭が入っていたはずだ。
あれをお茶請けに、ゆっくりと話をするか。




「ウソップは海外でルフィと知り合ったんだそうだ」
冷蔵庫に入れたせいで真っ白になった葛饅頭をガラス鉢に入れ、熱いお茶と共にいただく。
「ルフィを通じてナミとも知り合いになった。話の流れで俺のことが出て、お前のことも出た。ナミは、共通の友人だと気付いた」
サンジは手慰みに黒文字でガラス鉢に着いた雫を拭いながら、じっと耳を傾けている。
「そこで次に思いついたのが俺だ。当時俺がお前に惹かれていたことをナミは気付いていたし、あまり進展がないことにも気を揉んでいた」
「・・・なんで、そうなるんだ?」
サンジは本気でわからないらしく、首を捻っている。
「そう言われれば、クリスマスにナミさんとデートした時も思わせぶりなことを言うなあとは思ってたけど、あのクソ猿に持ってかれたのはその後だぜ」
「ナミはずっと以前から、俺の気持ちに気付いてたんだ。多分、俺自身が気付くより先にな」
「お前自身って・・・」
そこまで言って、顔を赤らめる。
「・・・そんなに、前から?」
「今から思えばって話だぞ。そん時は自覚ねえし」
お前はどうだ?なんて、意地悪な質問は封印しておこう。
「まあそういう訳で、なんだったかな・・・そうそう、ナミだ。ナミにしたらお前を放っぽりだして元サヤに納まったんだから、ちと後ろめたい気持ちもあったんだろ。俺とうまく行くといいとでも、お節介に思ったのかもしれねえ。そんで、共通の友人としてウソップを旅行ついでに連れて来たって訳だ」
「だったら尚更、そのことを俺に言ってもいいはずだ」
開き直ったサンジは容赦なく核心を突いてくる。
「今じゃなくて、大晦日の夜にでも。俺は確かここんち来て『ナミさんの匂いがする』っつったよな。あん時、お前はルフィとナミさんが来てたって言ったよな。ウソップのこと、一言も言わなかったよな」
「まあな」
「なんでだ?」
「ウソップと、お前のことで色々話さなかったからだ」
「―――は?」
サンジは怪訝な顔で俺をひたと見つめた。
応えた俺も、ちょっと意味がよくわかってない。
「なんだって?」
「ええとな。ウソップは俺にお前のことを話そうとやってきてくれたんだが、俺は別に聞かなくていいと断った。だから、結果的にウソップがここに来た意味はなくなったんだ」
「・・・・・・」
サンジは黙って、俺が言った言葉の意味を頭の中で整理していた。
そのまんま事実なのだが、普通の展開ではないため少々ややこしくなっている。
「多分、普通だとウソップは俺に前もってサンジのことを話すためにやってきて、俺がじっくり話を聞いて、それでお前の前知識を俺が得た上でウソップ達は去り、そのことがお前に内緒になるってのがスタンダードだと思う」
「・・・どんなスタンダード」
「だが俺は、ウソップが親切でやって来てくれたのに奴の話を聞かなかった。お前のことは知らないままだ。だが、お前を大切だと俺は言ったし、ウソップは俺の気持ちを理解してくれたと思う。そういう意味で、俺はウソップと親しくなったと思っている。あいつは聞かれもしないお前の過去をベラベラと喋るような奴じゃなかった。いい奴だ、気に入った。俺が聞かせてくれといったら、きちんと筋立てて話してくれただろう。そうしなかったのは俺に責任がある。ウソップはなにも咎められるようなことはしていない」
どうしてもややこしい話になってしまって、要領を得ない。
けれどこれが真実だ。
他に言い表しようがない。

サンジは黙ってじっと考えていた。
考えた上で、首を捻りながら発言する。
「そもそもなんで、ウソップはやって来たんだ?まあ、知り合い同志が恋人・・・じゃねえな、ちょっとくっつきそうな状態?つかまあ、あれだ。まあなんだ。そういう訳で微妙な間柄の時に、傍から後押しするってのは確かにあるぜ。だがなんで俺とお前?別にくっつかなくても誰も迷惑かけそうない、野郎同士でなんで後押し?ナミさんか、ナミさんが後ろめたかったから?」
「お前のことが好きだからだ」
言ってから、恋愛じゃないぞと付け足す。
「お前のことを、みんなが大好きだったからだ。ナミもウソップも、ルフィも気に入ったっつってたな。とにかくてめえのことが大切だから、俺のことも見極めたかったんだろう。ナミは、お前が傷付くことがないよう先に手を回したかったんだろう。すべて善意だ。だがお前にとったら、自分が知らぬ間に色んなことを画策されて余計なことだと腹立たしくなるのはわかる」
「・・・別に、怒ってねえよ」
言いながら眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げる。
「俺がわかんねえのは、だからってなんでウソップなんだってことだ。しかも俺の過去?俺になにがあるってんだ。俺は普通に生きてきて、うっかり何かの弾みか運命の糸か知らねえが、お前に惹かれてここに住み着いちゃったって、それだけのことじゃねえか。なんだかみんな、言うことが大げさだ」
俺はまじまじとサンジの顔を見た。
少し拗ねたみたいに葛饅頭を頬張る姿は、いつものサンジで。
意地を張っているわけでも虚勢を張っている訳でもない、普通のサンジで。
「そうだな、みんなちょっと過保護だな」
「お前もだ」
即座に言い返し、茶を啜っている。
それでも幾分気は晴れたのか、表情が柔らかくなった。
「まあ大体、事情はわかった。ウソップとは同級生だったっつっても中学ん時の話しだしな。俺途中で引越しちまったし、それからずっと疎遠になったけどあいつのことは大好きだった」
うん、大好きだったと声に出してもう一度呟く。
「だからどういう思惑があったにせよ、結果的にこうしてお前らが知り合いだったってのも、縁を感じて正直嬉しいよ。お前がウソップを気に入ってくれたって言ってくれたのも嬉しかった」
そう言って、にかりと笑う。
「だからもう、俺に隠し事はなしにしてくれ。悪気がなくても不可抗力だったとしても、俺の目を真っ直ぐ見られないようなお前ではいないでくれ、お願いだ」
真剣な瞳を見つめ返し、瞬きもせず頷く。
「わかった、約束する」
「うん、ならもうこの話終了!」
ご馳走様でしたと手を合わせ、サンジは皿と湯飲みを重ねて立ち上がった。
「後は俺が片付けておくよ。お前先に風呂行け。明日は早いし、弁当作るしな」
「明日、あんまり張り切るなよ」
「なんで?」
俺の意外な言葉に驚いたのか、目を丸くして振り返る。
「張り切りすぎて、ご褒美タイムが流れると困る」
真顔で言ったら、一拍置いて破顔した。
「なんだ、そんなにご褒美が大事か」
細い腰を折ってひゃははと笑うから、大真面目な顔付きをして見せた。
「当たり前だ。それが楽しみで一週間過ごしてるんだからな」
サンジは笑いながら、はいはいとおざなりに返事する。
「そこまで頑張ってくれるなら、ご褒美の甲斐があるってもんだよな。でもな」
シンクに向かったまま、ぼそっと呟いた。
「お前だけじゃなくて、俺にとってもご褒美なんだから」
「え?」
聞き返したが、洗い物を始めたのか振り向かなかった。
よく見れば金髪の間から覗く耳が赤い。
形の良い耳朶を見ていたらやたらと唾液が湧いてきて、俺はごくんと喉を鳴らしてしまった。
「風呂、行ってくる」
「おう」
今夜は風呂入ってさっぱりとして、早々に寝てしまおう。
明日は早い。
そして早く、明日の夜が来い。




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