I shall please -8-


「優勝おめでとうございます、お名前は?」
「え、あー・・・プリンス」
「勝者プリンスに、大きな拍手をっ!」
またしても、場内が大きくどよめく。
なんだってんだ、勝ったなら誰でもいいのか?
戸惑うサンジの前に、先ほどの美女が気を取り直してにっこりと微笑んだ。
「では、私たちと目くるめくような一夜をぜひ」
喜んで〜と条件反射でメロリンすべきなのに、サンジはらしくなく硬直していた。
顔が強張って、愛想笑いもできやしない。

「欲しい、欲しいわあの金色の髪」
「青い瞳、しなやかな身体」
「まるで美しい獣のよう」
観客席から注がれる女達の目の色が変わった。
捕食者のそれを思わせる輝きに、サンジは更にたじろいで身構える。
「そちらの“元”勝者も一緒で構いませんよ、部屋に参りましょう」
―――それとも貴方も、女はダメ?
そう小声で囁かれ、ブンブンと首を振った。
けれど、足が動かない。



「行ってくりゃあ、いいじゃねえか」
低い呟きにはっとして振り返った。
ゾロは不貞腐れた表情でコーナーに凭れている。
「お前が大好きな、突っ込んで出すだけのSEXだろうが。女共に囲まれて、散々腰振ってくるんだな」
「・・・あんだとお」
またしても、頭にカッと血が昇った。
なんだってゾロはいつも、こんな言い方しかできないのか。
どうしてこうやって、人の神経を逆撫でばかりするんだろうか。

「てめえと一緒にすんじゃねえ!愛ってのは、愛あるHってのは、そんなんじゃねえんだっ」
「じゃあなんだ、愛ってのがなくても適当に弄られりゃ、アンアン勝手に啼くのはてめえだろうが」
ガンっと、サンジはコーナーごとゾロを蹴った。
今度はリングを半壊させて、瓦礫の中にゾロの身体が沈む。
その隙にサンジは駆け出していた。
何故だか悔しくて腹が立って仕方がない。
もう一秒もこの場にいたくなくて、会場を飛び出し闇雲に階段を駆け上がった。

「待てこの野郎っ」
リングの欠片を撒き散らしながら立ち上がったゾロの前に、先ほどの美女が仁王立ちになった。
「今のは、貴方が悪かったと思います」
有無を言わさぬ迫力に、ゾロはぐっと押し黙る。
「けれど、『今の』だけですよ」
美女はふわりと笑い、ゾロの行く手を開けるように身を引いた。
「面目ねえ」
一言呟き、賞金だけ手にしてゾロはその場を走り去った。
その背中を押すように女たちの歓声が上がる。
二人の退場を見送って、美女が肩を竦めながら場内を振り返った。
「さて、今宵は敗者をお慰めするとしましょうか」
場内の女たちは囀る鳥のように、華やかな笑い声を立てた。





いつの間にか、外は雨が降っていた。
サンジはバーの入り口から飛び出した後、とにかく回って曲がって走って、少しでも遠くへと駆けて行った。
濡れた石畳に足を取られ、よろけた身体を壁に打ち付ける。
夢中で走ってきたから、自分がどこにいるのかももう分からない。
幸い雨で匂いが消えるだろうから、きっとゾロは追って来れないだろう。
匂いが消えるって、犬かよ。
一人、クスクスと笑いながらサンジは煙草を取り出した。
雨に濡れて湿気た煙草に、なかなか火が点かない。
どうにか煙を燻らせて、壁に凭れたまま一息ついた。
見上げれば、真っ暗な空から放射状に雨の雫が降り注いでいる。
石造りの宿のあちこちから、漏れる光と甘い嬌声。
この島の夜は、愛に満ちている。
例え突っ込んで吐き出すだけの行為でも、それを愛と呼ぶことになんの咎めがあるだろうか。
それとも俺は、“愛”だと思いたかったんだろうか。

ゾロのことがわからない。
あれだけの美女に囲まれ、女性達が見つめる中で、なんで選んだのが俺なんだ。
選ばれたことを嬉しいと思うより、盛大に恥を掻かされた気分で腹が立つ。
いや、嬉しいってなんだよ。
野郎に「こいつだけだ」なんて言われて、なんで喜ぶんだ。
アホか俺は。
変態か俺は。
断じてホモじゃないんだ俺は。
なのに、消え入りたくなるほどに恥ずかしかった。
女性達の失望と落胆の瞳が痛かった。
なぜ俺なんだ。
なぜ、俺だけだと堂々と言えるんだ。
その傲慢さは、一体どこから来るのか。
なら俺だっててめえだけだと、言えない俺の矮小さを嘲笑いたいのか。

思考がぐるぐると回りながら沈んでいって、サンジは眩暈でも起こしたようにその場に蹲った。
どれだけ腹を立てても、結果的に一番腹立たしいのは自分自身だ。
ゾロの強引さを利用して、曖昧な立場に甘んじていたのは俺。
誰より卑怯なのは、俺。





「大丈夫かい?」
親切ごかしな声と共に、肩に手が掛けられた。
誰も俺に触れるな。
今は誰とも話したくない。
「ずぶ濡れじゃねえか、兄さんも金がなくて追い出されたクチか?」
「この島は、最初は天国かと思ったが存外冷てえよなあ。文無しには目も向けてくれやしねえ」
「金があるか力があるか、それしかねえのよこの島の女は」
現れた3人の男たちは、サンジが俯いたままでいるのをいいことに、勝手に懐を弄っている。
生憎、食費はゾロに預けたままでサンジの持ち金は一銭もない。
ここで追い剥ぎしようったって、奪えるものは何もないのだ。

「おいおい、本格的に文無しかよ兄さん」
「可哀想になあ、この島の女にケツの毛まで毟られたんだろ」
ケケケと下卑た声で笑われ、髪を掴まれた。
「綺麗な髪してんじゃねえか、と・・・お?」
チラチラと点滅する外灯の下で、顔を上げさせられる。
「こりゃ驚れえた、あんたこの島のもんか?綺麗な面してやがる」
「この島の男なら種なしだろ、それともこっちも商売か」
「可哀想に、こんだけ濡れてちゃ風邪引くぜ。脱げよ」
路地に連れ込まれ、上着を脱がされた。
どうでもいいやと自暴自棄な気分で、サンジはされるがままになっている。
「こりゃすげえ」
男たちが息を呑むのがわかった。
ボタンを外され肩を肌蹴られたシャツの下は、暗がりでもわかるほどに昨夜の残りが刻み付けられている。
文字通り散々可愛がられた痕は、他人が見たって一目瞭然だ。

「随分可愛がられたようじゃねえか」
男の指が、赤い痣の残る首元から鎖骨へと触れた。
痕を辿るように、ゆっくりとサンジが感じる部分を押していく。
噛み跡の残る乳首を指の腹で押され、サンジはぴくりと肩を震わせた。
ああ、やっぱりスイッチみてえなのが、あるんじゃねえの。
ゾロじゃなくたって、まるで電気が走ったみたいにビリビリ来た。
昨夜ゾロに仕込まれたせいだろうか。
それとも、前からゾロが言うように、弄くられりゃ誰にだって啼ける身体なのか?

「いい感じにしこってんな」
親指と人差し指で摘まれて、ゆっくりと捏ねられる。
サンジは両手をだらりと下げたまま、身体を壁に押し付けて耐えた。
このままずっと耐えられるようなら、所詮俺は誰でもいいってことだ。
けれど腹の底から湧き上がるような不快感が、サンジの肌をチリチリと焼いていく。
「こっちはどうだ、もう勃ってんのか?」
凹んだ腹から、ベルトの下に手を入れられた。
ぺたりと寝たままの性器を上からぎゅっと握られて、かけらも快楽を感じていないことに気付く。
―――なんだ、痛えだけか
そう思ったら、笑えて来た。
おかしくてたまらなくて、男3人に弄くられながらサンジはくくくと搾り出すように笑い声を漏らした。
「どうした兄ちゃん、薬でもやってんのか?」
つられたように一緒に笑う男のにやけた面に、サンジは笑いながら回し蹴りを入れた。

声を上げる間もなく、男たちは濡れた地面に倒れ伏した。
しとしとと降り注ぐ雨が、乱闘の気配すら消し去るようだ。
サンジは前を肌蹴たまま大きく息を吐いて、地に伏した男たちの後頭部を見つめていた。
腹いせに踏み潰してやってもいいが、弱いものいじめの八つ当たりみたいで後味が悪い。
このまま立ち去りたいが、一体どこへ行くというのか。
いっそ一人で船に戻ろうか。



「なに、やってる」
声に弾かれたように顔を上げれば、ゾロが肩で息をしながら立っていた。
バケツで水を被ったみたいにずぶ濡れで、どうやら全力疾走してきたらしい。
まっすぐサンジを追いかけて来た訳ではなさそうだから、多分島を2〜3周して来たんだろう。
「てめえこそ、なにしてんだ」
サンジは呆れた声で煙草を取り出した。
もう湿気てつかない煙草だけを、口に加える。
「てめえのが、だろうが、なんて格好してやがる」
そう言えばと視線を落とした。
肩まで肌蹴たシャツの下、裸の胸までずぶ濡れでベルトを緩められずらしたズボンの上から、金色の陰毛がチラ見している。
「ちょっと・・・いたずらされてて」
「馬鹿かお前は!」
ゾロは倒れ伏した男の頭をわざと踏み付けながら近寄り、サンジに向かって手を伸ばした。
殴られると思ったのに、そのまま甲斐甲斐しい仕種でシャツとベルトを直され髪を梳かれる。
「ずぶ濡れだぞ、いくらアホでも風邪引くな」
「・・・てめえこそ」
笑って見せたのに、寒さのせいか口元が震えて歯が鳴った。
濡れた頬に触れるゾロの掌が温かくて心地いい。

「とりあえず、どっか宿入るぞ」
「昨夜んとこは、もうイヤだ」
小さく吐き出したら、ゾロは少し困ったような顔をした。
「心配すんな、金ならある」
封筒に入ったままの賞金を翳して、ぱしゃぱしゃ足元の水溜りを跳ねさせながら先を歩く。
「宿、通り過ぎたぞ」
行き過ぎた背中に一声掛けて、サンジは先に目に付いた宿に入った。





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