I shall please -7-



下手に島内をウロついても無駄に散財するだけだと、サンジはゾロを連れたまま市場だけを下見して回った。
昨夜の羞恥プレイに関しては思い出すだけで憤死しそうなほど恥ずかしいが、どうも見られたのはプロのお姉様方ばかりのようだし、彼女達自身が実にあっさりしていて逆に恥ずかしがる方がみっともない気がする。
だから忘れることにした。
ああ言うのは、この島では普通に起きるちょっとしたハプニングの一つに過ぎないのだろう。
旅の恥は掻き捨てとも言うじゃないか。

「なにブツブツ言ってんだ」
「うっせよハゲ、今夜優勝しねえと承知しねえぞクソが」
お姉様方はいいとして、知ってて利用したゾロには心底腹が立っている。
こうなったら賞金10万ベリーを根こそぎ横取りでもしてやらなきゃ気が済まない。
ゾロは後の、女抱き放題で楽しめばいいんだ。
その代わり俺は賞金10万ベリーで豪遊してやる。



ゾロを一人で放逐すると二度と戻って来られないから、買出しの目星だけつけて早目にトーナメント会場へと連れて行った。
毎週行われているとは言え、たった3日間の滞在しか必要のないこの島ではメインの娯楽なのか、すでに多くの参加者が集まっていた。
そのどれもが、初めての出場なのだろう。
この島ではこうやって、毎週“強い男”を選出でもして楽しんでいるのだろうか。
非能力者で武器を使わない条件の下では、どうしたって出場者は体格のいい男ばかりになる。
明らかに巨人族の血を引いた大男や、筋骨逞しく敏捷性のある身体つきの戦闘民族がやる気満々で周囲を牽制していた。
「ご苦労なこった」
サンジは煙草を吹かしながら、他人事みたいに呟いた。
ゾロが負けるとは思わないが、賞金と女を目当てに争うってのも中々ベタな話だ。
ここに集まった野郎共はみんな、本能を剥き出しにして戦うのだろう。
その中にゾロが含まれていることに、ほんの少し嫌悪を感じている自分がいることに気付いてサンジは一人舌打ちした。

ありふれたバーの地下を降りて鉄の扉を2つ潜ると、突然目の前に巨大なコロッセオが現れた。
こんな地下よくもまあと、感心するほど規模の大きな広場は煌々とライトに照らし出されている。
そして何より、その観客達の歓声に圧倒された。
「きゃーっ」
「素敵ーっ」
耳を劈くばかりの黄色い声。
ぐるりを取り囲む観客席は、甘い匂いと華やかな色彩に満たされている。
そしてすべてが、女おんなオンナばかり―――
「もしやここは、女ヶ島?」
サンジがそう口走る気持ちもわかるほどに、見渡す限り女だらけだ。

「うおおおおお」
出場者の一人が、興奮を抑えきれないように雄叫びを上げた。
そりゃあそうだろう。
これだけの異性に見詰められる中、これから一番強い“雄”を決めるのだ。
男の本能として、猛る感情は抑えきれまい。
サンジはすべてに圧倒され、一歩引いて会場内を見渡した。
一人ひとりに目を留めてメロリンする暇もないほどの、熱狂的なオーディエンス。
よく見れば、女性達の大きさや形態は様々だった。
多種多様な人種と交わっているのか、身体の大きさも肌や髪の色もすべてにおいて悉く違っていて、一貫性がない。
街で客商売をしている島民は一般的な体形ばかりだったが、住人本来の姿はこちらが普通なのだろうか。

サンジが観客席を観察している間に、ゾロは他の選手と一緒に壇上に上がっていた。
今回、エントリーした男は55名。
壇上に上りきれないものが早くも小競り合いを始めているのに、いつの間にかゾロはちゃっかり真ん中に陣取っていた。
居並ぶ巨漢の中で、普通体格のゾロは貧弱にさえ見える。
リングから真っ直ぐ見上げる場所に、一際華やかな観客席があった。
遠目にも美女揃いとわかる女性達が、薄布を纏って艶やかな仕種で手を振っている。
どうやら彼女達が、“賞金その他”らしい。
「うっひょお、えれえ別嬪共が待ってぜ」
「昨日、無駄弾撃つんじゃなかったな」
下品に嘯く男達の間で、ゾロはちらりとリングサイドに目を移した。
サンジはゾロの刀を抱きパイプ椅子に腰掛けて、つまらなそうに煙草を吹かしている。
ゾロの勝利を疑いもしていないが、居並ぶ美女に目を奪われるほど浮かれてもいないらしい。



「レディース、アン、ジェントルメン」
凛と澄んだよく通る声が場内に響き渡った。
セコンドも女性らしい。
「今宵も熱く激しい男同士のぶつかりあい、バトルトーナメントにようこそ!」
―――その表現、なんかイヤだなあ
サンジの呟きは観客の黄色い歓声に掻き消された。
「まずはリングに犇く男達を篩いに掛けさせていただきます。一度もダウンせず、リング上に残った10名のみ進出OK、レディ?ファイっ!」
いきなりのゴングと共に、混雑したリング上で男たちが闇雲に暴れ始めた。
端にいた者達は勢いで押されリング上から転がり落ちる。
その時点でアウト。
小山のような男たちが狭いリングでぶんぶん両腕を振り回している中で、ゾロの姿は隠れて見えなくなった。
「カジ・クーなら一発なのにな」
だがしかし、手を着いてはいけないのだ。
なんて不利なんだろう。
サンジが内心悔しがっている間に、カンカンとゴングがなった。
どうやら10人に搾れたらしい。


リングの周りにゴミのように散らばった男たちが見上げる中、大方の予想通り身体の大きなものから順に居残っている。
いずれもひとしきり汗を掻いて着ている服もヨレヨレだが、その中にあってゾロだけがまるで誰にも触れなかったかのように涼しい顔で立っていた。
女性達が目ざとく見つけ、歓声を上げる。
「さて、それでは一旦リングを降りていただき、胸に番号をつけます。後は勝ち抜き戦のみ、1番と2番、上がって!」
戦いはサクサク進む。
男のセコンドのように持って回った言い回しはなく、寧ろ結果を早く出せと急かすようだ。
戦いの過程ではなく、勝者を望んでいるのか。

「ダウン!」
またゴングが鳴って、勝者が勝鬨を上げた。
ゾロはすでに2回勝っている。
いずれも汗一つ掻く間もなく、相手の攻撃を交わして拳で沈めるシンプルなものばかり。
刀がなくてもゾロの一撃は急所を突くらしく、いずれも一発KOだ。
「モノの呼吸を読む、変態だからな」
サンジはつまらなそうに呟いた。
ゾロの目には、恐らく人に見えないものが視えているんだろう。
相手の体格や覇気、剥き出しの敵意なんて歯牙にもかけない。
ただそこに存在するものの在り処と、生じる隙。
“倒す”ことのみに搾られた意識に、邪まな欲など立ち入る術もない。

「ダウン!」
気付けば、ゾロの足元に巨漢が倒れ伏していた。
あと一人と、場内を揺るがすほどに大きなシュプレヒコールが起きる。
観客全てがゾロの勝利を望んでいると肌で感じたのか、もう一人の対戦者がふざけるなと吼えた。
こちらは魚人とのハーフか、肘や背中に鋭利な背鰭をつけていて、丸腰でも武器を携帯しているに等しい戦力だ。
縦長に光る目でギロリとゾロを睨み付け、細かい牙の生えた口を大きく開ける。
「てめえ、“海賊狩りのゾロ”だな。ちょうどいい、ここでてめえを倒して億越えの賞金も俺のものにしてやる」
悪人台詞に、きゃ〜と場内が沸く。
ゾロの危機も、彼女らにとっては最大の娯楽らしい。
男はゾロに向かって突進したかと思うと、頭の後ろから鋭い鱗を何枚も放射し始めた。
「あれ、武器じゃねえの?」
「本人の身体の一部ですので、武器ではないです」
咄嗟に叫んだサンジに、リング横の女性は冷たく応える。
ゾロは着ていたシャツを脱いで、それで鱗を叩き落とした。
すかさず、今度は銛みたいな巨大な棘が飛んでくる。
寸でのところで避けたが、肘と頬を掠めて血が滲んだ。
女の高い声ながら、どよめくような響きを伴って場内が揺れる。
観客たちは興奮して身を乗り出し、口々に何事か叫んでいた。
女性は女性なりに、興奮して血が滾るってことがあるんだろうか。
若干引き気味に眺めながら、サンジはゾロの戦いを固唾を飲んで見守っている。
魚人もどきは、今度は口から何か吐きながら攻撃してきた。
うえっとか思うが、どうやらそれはぬるつくらしくゾロの足元が不安定になっている。
デービーバックファイトでのヌルヌル魚人を思い出して、サンジは思わず拳を握った。
「死ねっ」
ゾロがバランスを崩して腰を落とした瞬間、男は脹脛の鰭を扇のように広げて回し蹴りした。
手にしていた上着がすっぱりと綺麗に切れる。
ゾロの毛先がぱらりと散った気がしたが、男の動きはぴたりと止まった。
しばしゾロと見つめ合い、そのままゆっくりと後ろに倒れる。
ゾロの正拳突きをまともに食らい、男は呆気なくリングに沈んだ。


「きゃ―――――っ」
もはや悲鳴と化した歓声に包まれ、頭上からは色取り取りの花びらが舞い落ちた。
ほとんどお祭り騒ぎだ。
リング上で高みの見物を決め込んでいた美女たちが、次々と薄布を翻して階段を降りてくる。
まさに天女の降臨とか、サンジは今更ながらぼうっと見蕩れた。

「おめでとうございます、勝者イーストのマリーモ!」
すっかり忘れていたが、エントリーはサンジが勝手に書いたんだったか。
「素晴らしい戦いでしたわ、戦士マリーモ」
ふるいつきたくなるような美女が真面目な顔でそう讃え、月桂樹の冠をゾロの頭に載せる。
「こちらは賞金10万べりー。そしてこれから、めくるめくような夜を貴方と―――」
そう言うと、ゾロの前にいずれも劣らない美女たちがずらりと並んだ。
まさに選り取り見取り。
多分この中でこれと選ばずに、どれでもとっかえひっかえなのだろう。
いずれの女たちも潤んだ瞳でゾロを見つめ、早く部屋へと急かすように手を伸ばしている。

ゾロはリングの上に立って、どの手にも答えず美女から10万べりーだけ受け取って横を向いた。
「副賞は遠慮しとく」
「ええ?!」
途端、また観客席がどよめいた。
「生憎、副賞はそちらですのよ」
美女は勝気な瞳でゾロに言い返し、ですからと白い手を差し伸べる。
「なら、俺はこれだけでいい。金が欲しかったんでな」
そう言って賞金を掲げリングを降りようとするのを、美女は必死の態で止めた。
「待って、どうしても女はダメなの?」
「そんな訳じゃねえ」
ゾロはちらりと、リング下のサンジへと視線を移した。
サンジはと言えば、美女と同じような表情になっている。
「お前まさか、モノホンのホモだったのか?」
呆然と呟かれ、ゾロはがくりと膝を着きそうになった。
「アホか、俺あ元々野郎になんざ興味はねえ」
「・・・なら、なんで!?」
「しょうがねえだろ、俺はもうてめえしかやる気にならねえんだからよ」
そう言い放って、美女に真面目な顔付きで振り返った。
「俺はもう今は、あれ以外抱く気になんねえから、勘弁してくれ」
悲愴な表情の美女と見詰め合うゾロを横から眺めて、サンジは怒りと羞恥で頭が真っ白になった。

今更なんだ、ふざけんな。
何が、あれ以外抱く気にならないだ。
公衆の面前で、なんてこと言いやがるんだこの阿呆!

「ふ・・・ざけんなああっ」
怒りに駆られて、そのままリング上に飛び乗って横蹴りを入れた。
隣に立った美女を庇ったゾロは、まともに蹴りを浴びてコーナーまで吹っ飛ぶ。
「ダウン!」
またしてもカンカンと、ゴングが鳴った。
「勝者、飛び入りの金髪スーツ!」
「・・・ええっ?」
蹴ったサンジ本人が吃驚する中、観衆は新しい勝者を黄色い声援で歓迎した。






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