I shall please -6-



気が付いたら朝だった。
正確には昼前か。
昇りきったお天道様はレースのカーテン越しに光を降り注ぎ、少し開けられた窓から時折吹く風で揺れる文様を形作っている。

「・・・あー」
上げた声は掠れていた。
昨夜の激しい情交の名残をそこここに留めていて、光に満ちた室内では恥ずかしさばかりが浮き上がる。
広いダブルベッドに横たわるのは、サンジただ一人。
少し離れた場所で壁に凭れて刀を抱き、ゾロは座ったまま眠っていた。
いつものスタイルだ。
陸に上がっても決して靴を脱ぎ寛いだりしない、身体に染み付いた獣性。

―――なのになんで、俺だけマッパだよ!
しかもすっかり正体なくして眠りこけてました。
もし昨夜、海軍にでも通報されてたら、足腰立たない状態で捕縛されたに違いない。
己が身を哀れみ恨めしく思いつつ、サンジは軋む身体をなんとか起した。
足の間、もっと奥のしかも中を、生暖かいものが流れ落ちる感覚がある。
思い切り中出しですか、そうですか。
よくよく記憶を掘り返せば、「もっと出せ中で出せ」とか言ったような言わないような、悪夢みたいな幻聴が甦るからあまり考えないようにしよう。
全身隈なく、全裸で藪の中に寝たでもしたかのように、赤痣がついている。
しかも痣の集中具合が、あまりにもあからさまで笑ってしまった。
首筋から胸、肘の内側に脇腹腰骨、太股の内側に足の付け根に・・・それ以上は、確認すらできません。
散々弄ばれた両乳首は赤剥けて、風が触れる度にチリチリと痛むし。
「・・・どんだけ」
胡坐を掻いたまま呆然と呟いたら、壁に凭れたゾロがモゾモゾ動き始めた。
やばい起きる!と慌てて手を伸ばし、床に巻き散らかされた衣類を拾い上げる。
別に今更裸が恥ずかしいわけじゃないが、こんなに光溢れる室内で「いかにも無体なことされました」臭満々な跡を残す身体を曝したくはない。
幸いシャワーが部屋付きらしい。
よくこんないい部屋を3千ベリー程度で借りられたなと、今頃感心しながらとりあえずシャワー室に飛び込んだ。



さっぱりして出てきたら、ゾロは先ほどまでサンジが眠っていたベッドに大の字になって転がっていた。
その暢気な寝姿にムカついて、靴先で脇腹を突つく。
「この寝腐れマリモ、一旦起きやがったくせにナニ狸寝入りしてやがる」
「ああ?腹減って起きらんね」
そう言えば、ゾロは昨日から何も食べてなかったっけか。
「自業自得だ、迷子野郎。飲まず食わずで一週間くらい平気で彷徨ってるくせに、なに人間らしいことほざいてんだ」
「ああ?てめえが傍にいるからだろ」
ゾロはくわあと、拳の一つでも飲み込めそうなくらいでかい口を開けて欠伸をすると、後ろ頭を掻きながら起き上がった。
「てめえが傍にいると、腹が減って仕方ねえ」
「・・・俺のせいかよ」
サンジは煙草を取り出して口に咥えたが、火を点ける前に吸おうとして頬を上気させた。
別に照れる要素がある訳じゃないのに、なんだこのむず痒いような居心地の悪さは。

「しょうがねえ、朝飯食うくらいの金はまだ残ってっだろ。探しに行くか」
残っているのは、勿論ゾロの財布を当てにしての話だ。
サンジ自身、昨日のデートでほぼすっからかん。
食費は預かっているが、コックの矜持として絶対にその金に手をつけたくはない。

煙草に火を点けて吹かしながら窓の外を覗いて、人影も疎らな小路の向かい側に食堂があるのを見つけた。
「この島は物価が安そうだ。行ってみようぜ」
サンジの誘いに、ゾロは異論などあるはずがない。





前金で支払い済みだから、フロントには鍵だけ返しに行った。
追加請求でもされるかと思ったが、昨夜と同じ女将は朝でも濃い化粧のままで鍵だけ受け取ってくれる。
「あんた方、昨日この島に着いたとこでログが溜まるまでもう1日かかるんだろう。どうだい、もう一泊しちゃあ」
愛想笑いと共に誘われて、サンジは困惑した。
値段が格段に安いからこちらとしては願ってもないことだが、なんであれだけ安かったのかがさっぱりわからない。
「また世話になるかもな」
代わりにゾロがソツなく応えて、さっさと宿を出てしまった。
なんとなく曰くありげな目つきの女将に会釈だけして、サンジもその後に続いた。

「しかし、なんであんなに安かったんだ。上等の部屋だったよな」
「さあな」
宿の真向かいは、ホテル街の朝飯をすべて請け負っているような大衆食堂だった。
気だるげな雰囲気のカップルで、ほぼ満席状態だ。
「あら、こっち空いてるわよ」
気安く声を掛けられ、振り向いたら見知らぬ女性が手招きしている。
サンジは条件反射で近付いて、ありがとうお嬢さんと腰を折った。
「こちら相席、いいですか?」
「ええどうぞ」
女性の隣には恰幅のいい、ちょっとした色男がいた。
カップルなのは残念だが、朝から見知らぬ美女と話できるなんてラッキーだ。
ホクホク顔で座ったサンジの隣で、ゾロは勝手に二人分を注文している。
「親切な方ですね、空いてる席を教えてくれるなんて」
「いいえ、こちらこそ素敵な夜を過ごさせていただいたわ。今夜もあのホテルに泊まるの?」
「・・・はい?」
「あそこ、安いのに綺麗でいいでしょ」
どうやらプロのお姉様らしい。
サンジは鼻の下を伸ばしながら、そうですねえと曖昧に頷いた。
「恥ずかしながら金がなくて、背に腹は変えられないって覚悟決めてあんなとこ泊まっちゃったんだけど、まあ、寝るだけの分には上等だったかなあって」
言いながら、内心なんで俺たちがあのホテル泊まったって知ってるんだよと、焦り捲くっていた。
見られたのか?
昨夜こいつと一緒にチェックインしたところ、目撃されちゃったのか?

「お待たせしました」
早い安いがモットーらしく、もう頼んだプレートが来た。
種類が豊富で量も多いランチセットだ。
「おい、これ幾らだったんだ」
心配になって小声で聞くと、780ベリーだとゾロが応える。
「・・・安いな」
「パンとコーヒーはお代わり自由よ」
このままあの部屋にもう1泊してここで食事だけ済ませていたら、もしかしたら明日まで食い繋げるかもしれない。
そんなせこい算段を脳内でしていると、また新たな客が入ってきた。
「あら」
「はあい」
サンジには身に覚えのない、けれど明らかに夜の匂いを漂わせる美女達が、気だるげな仕種で挨拶していく。
どこかでお会い、したでしょうか?
「素敵だったわ」
サンジの頭を通り越して、ゾロに向かってバチンと音でもしそうなウィンクを投げていく女もいた。
なんですかこれは。
まるで俺ら、有名人みたいじゃね?

「じゃあ、私達はお先に。ゆっくりしてってね」
先にテーブルに着いていた美女が、空のプレートを置いて立ち上がった。
「今度は場所を改めて、お会いしたいですね」
「喜んで」
たっぷりと媚を含んだ目線で見詰められ、サンジはふらふら〜とついていきそうになった。
だーめと美女の掌が目の前に翳される。
「目線だけで斬られちゃいそう。また今夜、楽しみにしているわ」
「へ?」
美女の後ろを歩く男が、ゾロに向かってぼそりと呟いた。
「女は、お喋りでいけねえなあ」
「・・・まったくだ」
「は?へ?」

空いた席に、すかさず後からやってきた別の女性達が座った。
「すいませーん、ここいいですかあ」
「ああ、はいどうぞどうぞ」
この島は本当に、揃いも揃ってレベルの高い女性ばかりだ。
男連れだろうが女性同士だろうが、みんな蝶のように可憐で花のように薫り高い。
「ねえ、今夜もまたあの部屋に泊まってくれるの?」
まだ幼い顔立ちなのに、目元までばっちりとメイクを施した少女が、大きな目をぱちくりさせながらサンジの顔を覗き込んできた。
は?とそのまま動きが止まる。
「なんか・・・さっきから、部屋がどうとか・・・」
「もし今夜も泊まるならぁ、あたしも場所押さえときたいしぃ」
「めっちゃよかった、マジ感動した。あそこでカーテン閉めるから、もういい〜〜〜ってなった」
「でもなんか、わかったよね」
「あれはあれで、凄かったよねぇ」
「――――は?」
すばやく飯を食べ終えたゾロが、隣でずずっと食後のコーヒーを啜った。
「そろそろ行くか」
伝票を持って立ち上がろうとする腕を、がしっと掴む。
「ちょっと待て、ちょっと待てゾロっ」
途端、周囲で様子を窺っていたらしい女性達からきゃあと歓声が上がる。

「お二人さんなら、お安くしとくわよ。今晩私の部屋に泊まらない?」
「あらあ、どうせならウチのお部屋にいらっしゃいよ、二人なら大歓迎よ」
賑やかに周りを取り囲み始めた美女達に、サンジは引き攣った笑顔を向けた。
「・・・皆さん、もしかして俺らのことご存知で?」
「勿論、昨夜の熱いプレイには感じちゃったわ」
「お陰で私達のテンションも上がっちゃって、お客さんも喜んじゃって」
「いっぱいチップ弾んでくれたのよね〜ありがとう」
感謝されてる方向が違うんじゃないかと突っ込む余裕もないまま、サンジは奇声を上げて立ち上がった。
「ま、まままままままま・・・まさかっ」
「あの部屋、安い代わり片壁がマジックミラーになってるの。すごく楽しませてもらったわ」
「そちらのお兄さんは気付いてたんでしょ?散々見せつけといて肝心なところでカーテン引いちゃって」
「でもレース越しにチラ見えしたのがまた、淫靡だったわねえ」
「今夜もサービスしてくれたら、私達も助かるわあ」
もはや、女性達の声は後半から聞こえなくなった。
と言うか、血の気が引きすぎて貧血で倒れそうだ。
つか、いっそ倒れてしまいたい。
このまま波に浚われて、海の藻屑と消えてしまいたい。

「―――ウソ、だろー・・・」
瞳孔が開いたまま棒立ちになったサンジの隣で、ゾロはガシガシと頭を掻いた。
「まあ、金がなかったし」
「ふっ、ざけんなっ!」
一声吠えて、ブンと片足を振り回した。
すかさず飛び退いたゾロの上着を裂き、木製の椅子が悲四方八方に飛び散る。
きゃあと悲鳴を上げながら、女性達は安全な場所へと蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「てめえ、てめえわかってて・・・わかってて、なあ」
額に青筋を立て、過呼吸でも起したかのように大口を開けて喘ぎながらサンジは殺気を振りまいた。
対してゾロは、まあ落ち着けと片手を翳す。
「背に腹は変えられねえって、てめえも言ってただろうが。事実、手持ちの金はこんだけだしよ」
そう言って腹巻から現金を取り出す。
今の食事代が、2人で1,560ベリー。
残りでもう1泊しようと思えば、またあの部屋しかあるまい。
「ざけんなああああっ」
店の中で本気で暴れそうになったサンジを、食堂の女主人がまあまあと止めに入った。

「持ち金がないんなら、稼げばいいんじゃないのさ」
「こいつがか?」
ゾロに指差され、またしてもうがあと吠える。
「この島で商売されちゃ上がったりだし、あくまでお客さんでいてくれないと」
真顔で答える女主人の足元に、サンジは勘弁してくださいと縋り付いた。
「まあそれは冗談として、お兄さんならこれいけるんじゃないかしら」
指名したのはゾロの方だ。
カウンターに置かれていたチラシを手渡す。

「バトルトーナメント?」
「そう、素手で戦って優勝すると賞金10万ベリーよ」
「なにこれ、毎週これやってんの?」
どんだけ格闘好きな島民なのか。
たかが10万ベリーとは言え、滞在費としては充分な大金だ。
これを毎週賞金にしてまで、男同士の殴り合いが見たいんだろうか。
「優勝賞金は10万ベリー+好きなだけ女抱き放題さ。男としちゃあ、悪い話じゃないだろう」
出場条件は非能力者で、武器を用いないこと。
勝敗はワンダウン、床に手か尻を着いた時点で決まるから生死を賭けるほどのハードな試合でもない。
「手、着いちゃダメなのか」
一瞬出場する気になっていたサンジは、そこで引っ掛かった。
まあ、どちらかと言えば肉体労働はゾロ向きだ。
「悪い話じゃねえな。これが今夜あるのか」
「エントリーはここでも受け付けるよ、夕方から第1戦が始まるからゲーム感覚で飛び入り参加は大歓迎さ」
「お兄さんなら私達も大歓迎よ、是非出場して」
「そうして、そうしてえ」
賑やかなギャラリーがまた集まってきて、口々に囃し立てる。
花売りで生計を立てているような荒んだ街とはまた違う、あっけらかんとした雰囲気がこの島の特徴だ。
「責任取って、てめえ絶対勝てよ」
「・・・なんの責任だよ」
そう言いながら、ゾロは満更でもなさそうにニヤリと笑った。



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