I shall please -2-


遠くに島影が見えて、仲間たちは歓声を上げた。
海賊稼業に身を窶しているとは言え、やはり陸はいいものだ。
「どんな島かなあ」
「ジャングルか?砂漠か?無人島かあ?」
「そんなとこいやだ〜」
チョッパーの懸念も杞憂に終わるほど、遠目からでもたくさんの家並みと華やかな看板が見える。
「大きな街ね」
「まって、港が2ヶ所あるみたいよ」
ロビンの偵察によれば、どうやらご丁寧にも海賊船用の港と一般用とが分かれているらしい。
「ってことは、海賊船も堂々と着岸できる訳ね」
当然そっちよね〜と進路を向ける。

風向きが変わって、なにやら花のような甘い匂いが漂ってきた。
「なにこれ、いい匂い」
「〜〜〜〜〜〜」
声もなく鼻先を両手で押さえたのはチョッパーだ。
異変に気付いて、ブルックがどうしましたと長身を屈める。
「おで、この匂いイヤだ〜。変な感じがする」
「何を言うんだチョッパー、この芳しい香りはっ!」
反対に目をハートにして過激な反応を見せたのはサンジだった。
「まさしく、麗しいお姉さまのかほりっ!!」
「はあ?」
怪訝そうに振り向いたナミの背後で、ポポポンと花火が鳴った。

「いらっしゃいませー」
黄色い歓声と主に紙吹雪が舞い、花びらが散る。
港はピンク色の看板で埋め尽くされ、桟橋や屋根の上にまで着飾った女性達が溢れんばかりに身を乗り出して手を振っていた。
「ようこそ、愛の島ハニービーへ」
「愛の島?」
「というか、これってモロ・・・花、街・・・」
けばけばしいネオンは昼間でもピカピカと光り、肌も露わな女性達が流し目を送っている。
突如として現れた歓楽街そのものに、男性陣は身を乗り出して女性陣はドン引きした。
「いい男揃いねえ、どうお兄さん」
「天国だ〜〜」
「えーどういうこと?どういうことお?」
はしゃぎまくって両手を振るサンジの隣で、ウソップはワタワタと慌てながらも顔がにやけていた。
ルフィはフィギュアヘッドの上で、う〜んと首を捻っている。
「冒険の匂いが、しねえなあ」
「別の冒険が待ってるぞルフィ!未知への扉を、いざ開かん!」
「ウソップ、上陸しちゃあいけねえ病は?」
「そんな病気なんざあるかーっ」
ブルックはヨホホ〜とステッキを振り翳し、橋の袂に群がる女性達に声を掛けた。
「お嬢さん、パンツ見せていただけますか?」
「「「「「はーい」」」」」
花のように広がったフレアスカートが一斉に捲り上げられ、カラフルな下着がずらりと並ぶ。
「うひょおおおおおおおおっ!」
男共は船べりに齧り付いて爪先立ちになった。
「これはいけません、ワタクシまさしく骨抜きです!」
ああ、鼻血がっ!とその場に倒れ伏したブルックに、お前鼻も血もねえだろとチョッパーが冷静な突っ込みを入れる。

「なにこれ、サイアク」
どん引いたまま、ナミは顔を顰めた。
「なるほど、大きな商業で成り立っている島のようね。しかも水商売限定」
ロビンも少し困った顔をして腕を組んだ。
「麗しいお姉様方、ようこそ」
色取り取りの女性達に押されながらも、黒衣の一団が端っこに固まっていた。
そこそこ見目のよい男たちが気障な仕種で手を振っている。
どうやらこちらはホストらしい。
「われらがお嬢様には、夢のようなひと時を」
「・・・あれはあれで、さっぶい」
ナミは嫌悪も露わに肩を竦めた。
「なんだよう、ナミだってたまにはああいうスマートな男とかもいいんじゃないかあ」
ウソップはすっかりテンションが上がっている。
「イケメンだろうがブサ男だろうが、別にどうでもいいのよ。あたしに貢いでくれるならね」
なにを好き好んで男なんかに金を払わなきゃならないのと、一刀両断だ。

「このまま海賊用の港に着くと、花街直行のようね」
ロビンが一般用の港を指し示した。
そちらは商船や客船が寄航していて、これほどあからさまな歓待を受けていない。
「あっち行きましょう、面舵一杯」
「えええええ」
「なによ、文句ある?」
女性二人にじろりと睨まれ、男たちはすごすごと下船の準備を始めた。



いかに港を変えたところで、この島が基本的に水商売が盛んな土地であることに変わりはない。
船は管理事務所で預かってくれるから船番の必要がないとは言え、一旦街に入ればどこもかしこもいかがわしい看板が溢れていた。
「これは、子どもの目に悪いんじゃないの?」
などと言いつつ、ナミはさり気なくルフィの視界を遮るように不自然に前を歩いている。
「ナミ、心配しなくてもルフィは食いもんの店しか探してねえぜ」
「誰も心配してないわよ!」
鼻の下を伸ばしたウソップを張り飛ばし、それでもルフィの傍らを歩くのを止めない。
「あらでも、ラブホテルも結構多いみたい。お仕事ばかりじゃないのね」
「私たちが探したいのは、普通のホテルなんだけど」
「ここ安いんじゃね?1泊5千ベリー」
「だから、普通のホテルだっつってんでしょ!」
カリカリしているナミを横目に、ウソップはそっとフランキーに囁いた。
「いつもなら、安けりゃどこでもいいって言うのにな」
「がめつくても小娘なんだよ」
「・・・なんか言った?」
「「いいえ、なんにも」」
揃ってブンブン首を振る二人の後ろで、もうブルックとサンジはすっかり舞い上がっている。
「ああ〜あんなところに際どい姿のお姉さまが〜」
「まさに眼福!もはや目が放せません、ワタシ目ないんですけど〜なんて、セルフ突っ込みも惜しいほどに!」
今にも列から離れそうな二人の首根っこを、ナミは手を伸ばしてがっちり掴んだ。
「単独行動はなしです、おとなしくついてらっしゃい」
えーと、ウソップから抗議の声が上がる。
「ログが溜まるのに3日かかるんだろ、自由時間あるよな」
「そうですよナミすわん!せっかくの上陸なんだから、羽を伸ばさないと」
「ついでに鼻の下も伸ばさないと!ああ、ワタシ鼻ないんですけども」
うるさいと順番に拳骨を下しながら、ナミは腰に手を当ててはあとため息をついた。
「別にね、あんた達の行動を規制しようとはこれっぽちも思ってやしないわよ、好きにすればいいのよ。ええ、好きにすれば」
とか言いながら、口元がやや拗ねている。
「ややや、やだなあナミ、別に俺らはなにも、いいいいいかがわしいことをしようってんじゃねえぞ」
「そうそう、あくまで社会見学」
「島の偵察とか、ですヨホホ〜」
「なあ、単独行動じゃないよなあ。一緒に行くよなあ」
「さしずめ、『大人の階段昇り隊』?」
「ワタシ、立派な大人なんですけど・・・」
また、ナミの無言の鉄拳がそれぞれの頭に降り注いだ。

少し離れた場所で、フランキーとロビンはその様子を心配そうに見ている。
「どっちも気の毒な感じだな、あれは」
「微妙な気分なんでしょうね。例えるなら、社員旅行でうっかりストリップ劇場に入っちゃったみたいな?」
「どんな例えだよ」
とそこへ、観光案内所に話を聞きに行っていたゾロとチョッパーが戻ってきた。
「どうだった?」
差し出されたパンフレットを引ったくって、ナミは伊達眼鏡を掛けた。
「街中は綺麗にエリアが分かれてんな。4分の3が歓楽街で、後はショッピングエリアと遊園地」
「あら、カジノもあるわね」
キラリと、眼鏡の奥で目が光る。
「スパとエステもあるわ」
ロビンが肩越しに覗き込んだ。
「男女共に金を落とさせようって寸法だろうが、不自然なほど男相手の場所のが多い」
「それで商業バランスが取れてるんでしょう」
ナミはパンフレットをひっくり返して宿泊情報をチェックした。
「なにこれ、シングルなし?」
「原則的に2人以上の使用でしか滞在を認められていない。一人旅なら宿が斡旋する業者から必ずもう一人買わなきゃならん」
「なにそれ」
嫌悪と侮蔑が入り混じった表情のナミに、ロビンがそっと肩を抱いた。
「二人部屋ならいいんでしょう。同性同士でも」
「相部屋はないんだな」
「ダブルからトリプルか」
でもようと、ウソップが顔を顰めた。
「この写真見る限り、こんな部屋ばっかりか?この部屋に、俺らが泊まるのか?」
ウソップの懸念は最もだ。
なんせ写真のどれもがピンクや淡いブルーで彩られていて、天蓋つきでフリル満載のダブルベッドや、シンプルでも明らかに回転しそうなベッド、それに壁や天井が鏡張りばかりだから。
「ナミとロビンはいいとしてもよ」
「・・・・・」
さすがに想像したのか、ナミはぷっと吹き出した。
「どの組み合わせでも、きついわね」
「ペンションとか民宿とか、ねえのかよ」
「ねえ」
どうやらゾロも、その辺は先に案内所で確認してきたらしい。
「滞在中はやりまくれとよ、そういう島らしい」
「ああもう、サイテー」
がっくりと肩を落とすナミの背後で、珍しそうに周囲を見回していたルフィがしししと笑った。
「せっかくの陸なんだから、それぞれ好きなことすりゃあいいじゃねえか。俺は遊園地だ!」
その台詞にあからさまにほっとして、ナミはよしと頷いた。
「それじゃあ、お小遣いを渡すわよ。この島では各自きっかり2万ベリー」
えええええ!と一際大きなブーイングが上がった。
「それじゃあ、素泊まり2泊分+食費カツカツじゃねえか!」
「それ必要経費だろ?お小遣いは?遊興費は?」
「あら、遊園地は一人1000ベリーで入れるわよ」
ナミはいたって涼しい顔だ。
「こんな島を潤すための無駄遣いは、許しません」
「なんで俺らの小遣いまでケチるんだよ」
「そうだそうだー横暴だー」
「あんまりですヨホホ〜」
うるさい!と、ナミはクリマタクトを地面に打ち付けた。
「あんたらの金は私のもの、私の金は私のもの!」
「そんなジャイアンなナミさんも素敵だーっ」
勢いで賞賛したサンジに、非難の目が注がれる。
「ともかく、ここで遊びたかったら各自稼ぎなさい。以上、解散!」
誰がリーダーだかまったくわからない一言で、仲間たちは解散となった。

「あれ乗るぞ、でかいジェットコースター」
「俺も行くぞう〜」
「ちょっと待ちなさいよ!あんた達だけじゃ心配なんだから!」
ゴムまりみたいに跳ねながら駆け出すルフィを、チョッパーとナミが追いかける。
「まずは私、お小遣いを稼ぐことから始めませんと」
年甲斐もなくソワソワと落ち着きないブルックが、顎の下辺りを指の骨で掻いた。
「遊園地のお化け屋敷でバイトとか、どうかしら?」
「なるほど、まさに名案ですな。でも私のような癒し系を、果たして雇ってくださるかどうか・・・」
「本気で言ってんのか?」
「いきなり行くと先方も驚くでしょうから、一緒に交渉に行きましょうか?」
「助かります」
アダルト3人も、連れ立って遊園地へと向かう。
ウソップは観光マップを片手に、下町の問屋街へと歩き始めた。
「遊園地に行けばルフィ達と合流できるだろうから、先に部品とか下見してくっか」

「じゃあ俺も行くか」
踵を返したゾロに、サンジは一歩歩み寄ってから立ち止まった。
その気配に先に足を止め、ゾロが振り返る。
「なんだ」
「・・・別に」
とか言いながらも、なにやら言いたそうな素振りでこちらとチラチラと見ている。
「俺は先に買い物を済ませるつもりだが」
「買い物?なんの」
意外な言葉に、サンジは素で驚いている。
「これが切れかかってるって、こないだ言ったろうが」
腹巻からチューブを取り出したから、サンジは慌ててゾロの前に躍り出た。
「バカ野郎!往来でなんてもの出しやがるっ」
「ああ?んなもん、わかんねえだろ」
遠目には、塗り薬にしか見えない。
「こういう島ならいいもん売ってっだろ。お前が選ぶか?」
「ふざけんなボケ!なんで野郎二人でんなもん物色しに行かなきゃなんねえんだ、おかしいだろがこの緑ハゲ」
「じゃあ、俺に任せんだな」
そう言い切られると不安になるのか、サンジは煙草を咥えたまま頬を真っ赤に染めて、目だけキョロキョロと巡らせている。
「てめえこそ、あんまりはしゃいで羽目を外し過ぎんなよ」
「あんだとお?」
「こういう街じゃあてめえみてえのはケツの毛まで毟られて丸裸にされんのがオチだ。逆に借金背負わされて働かされっとかな」
「んなっ」
今度は怒りから顔を真っ赤にして、咥えていた煙草を地面に投げ捨てた。
「俺がンな間抜けな真似するとでも、思ってんのか」
「わかんねえぜ、女と見りゃあ鼻の下伸ばしてホイホイついてってそうだからな。気がついたらにっちもさっちも行かなくなって、てめえのケツで稼ぐ羽目にならねえよう気をつけろ。まあ、てめえならクスリ塗りたくってケツだけ出しときゃ結構稼げるだろう」
「てめえっ」
ブンと唸りを上げて繰り出された蹴りを避け、ゾロは後ろ向きのまま軽く駆け出した。
「せいぜい搾り取られないよう、気をつけろ」
「てめえこそな!」
精一杯の嫌味を投げて、サンジはくるりとゾロに背を向けた。





next