祈りではなく-3-


裏通りの一角にある、プレートも何もない木の扉を開けると小さな店があった。
一見するだけでは、そこに酒場があるなんて誰も気付かない。
地元民だけの憩いの場所なのだろうか、通りすがりに扉をよく見えれば「ジオの店」と扉とほぼ同じ色で書いてある。
暗がりではとてもわからないだろう。


「ささ、なんでも飲んで。よかったらオススメのお酒を入れるわよ」
気前の良すぎる女に怪しさを感じないのか、サンジは浮かれた様子で店内を見回し、嬉々としてカウンターに腰掛けた。
「オススメっての飲んでみようかな〜でもアルコールきつすぎるとヤバイかな」
「お連れさんには聞かないの?なんだか、さっきから2人で話をしたりしてないみたいだけど」
さすがにゾロの存在に違和感を覚えたのか、女が話を振って来る。
「ああ、いいのいいの。俺ら仲が悪いから」
「仲が悪いのに一緒に食事してたの?変なの」
最もな女の意見に、ゾロは無言で頷いて一番きつい酒を注文した。
遠慮って物を知れと、ウソップがいるなら間を介して注意するだろうが、サンジはゾロをちらりと見ただけで声を掛けたりしない。



「はいお待ちどうさま。乾杯しましょう」
結局オススメの地酒を選んだのか、3人同じジョッキを傾けてかち合わせる。
なみなみと注がれた琥珀色の液体はどこか独特の匂いがして、ゾロはくんと鼻を鳴らした。
不意にサンジの手が伸びて、ゾロのジョッキを強引に引き寄せて先に口をつけた。

「あ、俺の酒と一緒かな。なんか、違う?」
「な、なにしてるのよ、みんな一緒よ」
女が慌ててサンジを引き止めた。
「やだ、もう酔っ払ってるの?大丈夫?」
女の焦りぶりがあまりに怪しく、ゾロはそのままジョッキを下ろす。
この店に入ってからずっと、隠しきれていない殺気にもうんざりしていたところだ。

「いい加減茶番劇はお開きにするか。話があるなら一応聞くが」
ざっと酒場の空気が変わった。
その店にいたすべての男達がカウンターを注視している。

「フーシャの傭兵、ロロノア・ゾロだな」
「そう呼ばれていた時期もあった」
鷹揚に頷くと、興奮に顔を赤く染めた大男がつかつかと歩み寄る。
「俺と弟はバロック公国に雇われていた。戦国の世とはそういうものだと言われるならそれまでだが、俺にはたった一人の可愛い弟だった」
「あの戦で何人斬ったか、覚えてもいない。あんたには悪いが」
「そうだろうさ、そうとも。俺は目の前で斬り殺された弟を見たが、その骸さえ取り戻すことはできなかった。あいつは血飛沫上げながら、城壁の向こうに落ちてしまったからな」
じわりと目元を滲ませながら、男は酒臭い息を吐く。
「だがお前の顔は忘れねえよ。緑髪の魔獣、ロロノア・ゾロ。弟の仇を取らせてもらう」

懐から取り出した銃を構える男を前に、ゾロはぴくりとも動かない。
「無駄なことだ。弟を想う気持ちはわかるが、もう戦いは終わった。これ以上無用な血を流すことはない」
「四の五の抜かすな!お前は死ね!」
男が吼えたのと銃口が火を吹いたのはほぼ同時だった。
だが、カキンと渇いた金属音を立てて弾かれる。
いつの間に抜いたか、青白い刃を煌めかせ、ゾロはゆっくりと刀を翳す。
「振りかかる火の粉は払うまでだ、来い」
男の雄叫びを合図にして、加勢する者達が一斉に襲い掛かった。








女はいつの間にか姿を消し、サンジ一人ぽつねんとテーブルに座っている。
少し前にはゾロの背中。
サンジを全身で庇うように仁王立ちして闘う様は、阿修羅のようだ。
酒場の喧騒を他人事のように聞き流して、サンジはふうと煙を吐いた。

この背中を、無防備に晒すことに恐れはないのだろうか。
自分が憎まれていることを自覚しながら、敢えて庇い、背中を曝す気になるのは何故だろう。
絶大な信頼を寄せているのとは訳が違う。
俺になら殺されてもいいとか、俺のためなら死ねるとか、そんな風に思い込んででもいると言うのか?

―――茶番だ
サンジは吸殻を揉み消して立ち上がった。
足元はふらついて覚束ないが、テーブルに腕をついて身体を支える。
髪を掠めて折れた刃が飛んだ。
床にはかなりの人数の男達が倒れ付し、闘っている数の方が少ない。
ゾロは3本の刀を巧みに操りながら、たいして息も乱さず男達を薙ぎ払っている。
フーシャ軍の切り込み隊であっただけあって、乱戦が得意なようだ。

「甘っちょろいことしてんじゃねえ!舐めてんのかっ」
弾を撃ち尽くし刀を構え直した男は、峰打ちに気付き激昂した。
「無用な血は流さんと言ったはずだ」
「お前らは戦いが終わったと言っているがな、俺にとっちゃ終わりなんざねえんだ、てめえを倒すまで・・・」
じり、と男がにじり寄る。
「あいつの仇を取るまで、お前が死ぬまで終わりはねえ。恨みってのはそういうもんだ!」
突進してくると見せかけて、瞬間身を引いた。
男の背後から小さく煌めき迫るモノを、視覚で捉えるより先に白い影が目の前を遮る。



「なにっ?!」
ゾロは思わず叫び、目の前の痩身を掴み引き寄せた。
口に咥えた刀で振り下ろされた男の刃を受け止め、片方の手を振り上げる。
血が飛沫き、男の悲鳴と周囲の怒号が交錯した。
足元に落ちた片腕を追うように蹲った男の首筋に刃を当てて、ゾロは片手にサンジを抱いたまま取り囲む者達に睨みを効かせる。

「俺も、あの戦いで大事なモンを失くした。同じだとは言わねえ。だがそれ以上失わないために必死で生きていく。仇を取らせてやる訳には、いかねえんだよ」
斬れた腕を抱え、慟哭とも唸りともつかぬ声を振り絞る男に、戦意はないと判断してゾロは刀を仕舞った。
「お前の恨み、弟の無念、その腕と共に俺が全部引き受ける。今なら、腕のいい医者ならくっつくだろう」
怖気づいて後退る仲間たちにそう言い残して、ゾロはサンジを腕に担ぎ店を出た。







サンジの顔色は蒼白で、小刻みに震えている。
手首に刺さった細い針を引き抜き、バンダナで包んで懐に納めた。
見知らぬ街で医者を探すより、チョッパーを探した方が早い。
ゾロは宿に戻るつもりで街中を駆け抜けたが、幸か不幸か、辿り着いた先は港だった。






「ある意味、メチャクチャ運がよかったな」
ウソップは呆れながら嘆息し、それでもよくやったとゾロの肩をバンバン叩いた。
船番はウソップだったが、結局チョッパーも船に残っていたのだ。
サンジは男部屋の簡易ベッドに寝かされて、診察を受けている。


「経口摂取で痺れ薬、あと針には軽い麻痺剤が塗ってあっただけだよ。解毒の必要もない、一時的なものだ」
チョッパーの診断にほっとして、ゾロはキッチンの椅子に腰を下ろした。
「敵討ちに遭ったのか、この辺にもバロックの残党がまだいるのかよ」
「元々この島の出身だった兵士だ。運が悪かったってことさ」
大立ち回りを演じたことよりも、サンジが傷付いたことが余程堪えたのか、ゾロは憔悴した面持ちで額に手を当てる。

「まあ、サンジのことは俺が見てるから、お前は街へ帰れよ。チョッパーと一緒に行くといい」
色々聞きたいこともあるとゾロに告げると、ゾロも静かに頷いた。



ウソップがノックもなしに男部屋のドアを開けると(そもそもノックする習性がない)、サンジは簡易ベッドの上で精一杯伸ばした腕をフラフラ振っているところだった。
どうやら、壁に掛けられた上着のポケットからタバコを取り出そうとしていたらしい。
だが身体が起こせず力も入らないものだから、ぱっと見布団の上でクロールの真似事でもしているようにしか見えない。

「なにやってんだお前」
わかっていて呆れた声を掛けたら、サンジはへへと困ったように笑いながら振り向いた。
「いいとこ来た、ちょっとタバコ取って」
「バカ言ってろ」
ウソップはわざと怖い顔つきを作ってずかずか近付くと、まだ背伸びの状態で足掻いているサンジの横にどかりと腰を下ろした。
「おいタバコ」
「うっせえ、てめえは一体何を考えてるんだ?」
腕を組み見下ろすウソップは、いつになく横柄な態度だ。
これはサンジが身体の自由が利かない状態にあるからであって、普段こんなことをしたらすぐに足が飛んでくるのがわかっているから、敢えて調子に乗っているのだろうということは、長い付き合いのサンジにはわかる。
だからサンジも神妙な顔つきをして身体を揺らしながら腕を下げた。

「悪かったよ、ヘマ打った」
「ヘマじゃねえだろ、てめえ・・・わざとだな」
サンジの眉が、演技でなくへにょんと下がる。
「わざとってなんだよ」
「とぼけんな。ゾロが敵討ちで狙われてんのは、昼間からわかってたことだ。それを敢えてゾロの側に居て、ゾロにはなんにも知らせねえで、しかも女使うことも知っててそれに乗りやがった。その挙句にゾロを庇って毒針受けるたあ、どういうわけだ?」
喋っている内に興奮が募り、最後はつい声を荒げてしまった。
サンジは首を竦めて上目遣いにウソップを見やる。
そうすると、いつもの取り澄ました生意気な印象は影を潜め、実年齢以下の幼さが滲み出て思わずうっと詰まってしまう。
ウソップはこの顔に弱いのだ。
周囲の反応を窺って、怯えて暮らしていたあの頃のサンジが思い出されて、つい不憫になってしまう。
だがしかし―――
ここでウソップは心を鬼にした。
ついついサンジを甘やかしてしまう自覚はあるが、今回ばかりは流してやれない。
これを見逃したら、これから幾つもこんなことを堂々巡りするのは目に見えている。
最初にちゃんと糺してやるのが、友人として行動を共にする自分の役目だろう。
サンジのためにも、ゾロのためにも。







「もう寝ろ」と気遣わずに、腕を組んだまま睨みを利かせるウソップに誤魔化しは通じないと悟ったのか、サンジは表情を一転させて不貞腐れた顔になった。
これはこれで、またどこかしらあどけない。
ウソップはうっかり絆されそうになるのをぐっと堪えた。

「いいか、今回は単なる痺れ薬だったけれど、てめえが飲んだ酒に即効性の毒物が入っていたらどうなってたと思うんだ?自分の手で敵を討つなんて古風な敵だったから良かったんだ。どんな手段を使っても命を奪おうって奴だったら、今頃てめえはあの世だぞ」
そう考えただけで、身震いがする。
今頃サンジは冷たくなって、この船の中に安置されてる可能性だってあるのだ。
まだ旅を始めたばかりだってのに。
ようやく、本当の自由を手に入れたってのに。

怒りに震え唇を噛み締めるウソップの前で、サンジは申し訳なさそうに俯いた。
殊勝な素振りを見せたって、今回だけは許せない。

「お前はどういうつもりでゾロの側にいるんだ。俺にだけ、はっきり真意を聞かせてくれ」
そう、サンジはいつだってゾロの側にいる。
ゾロ自身は気付いていないようだし、ゾロの方こそ自分が常にサンジの側にいる気でいるはずだ。
だが実際のところ、ゾロが眠っているときは必ずその傍らにサンジがいるし、ゾロが起きている時には決して見せない穏やかな表情をしている。
裏切られ傷つけられて、ゾロを憎むサンジの気持ちの方がはるかに理解できるのに、それを感じさせない素のサンジの気持ちが、ウソップにはよくわからない。




根負けしたかのように、サンジはひとつ小さな息をついた。
元々、隠し事や誤魔化しは上手にできないタイプだ。
意地っ張りで頑固な部分はあるが、本音を隠しきれないために却って意固地になる程度の可愛らしさを持っている。

「ゾロが、こんなにしつこいとは思ってなかったんだ」
ぽつりと呟いた本音に、ウソップは耳を傾けた。
「だってよ、もうお互い晴れて自由の身なんだから、いつまでも過去の呵責とか罪滅ぼしとかさ、もういいんじゃねえの?」
呟きがいつの間にか質問になっていたが、ウソップは頷くとも首を振ることもせずじっとその先を待った。
「だから、だよ。いつまでも許せないでつんけんしてる俺のことなんか、さっさと愛想尽かせばいいんだよ。世の中には可愛いレディがごまんといるんだからさ。そりゃ、亡くなってしまった婚約者のことを忘れられないなら、無理に・・・とは言わないけど・・・」
話しているうちに、サンジの顔が歪んでくる。
「なんで俺、なんだよ。俺なんてただの男で、なんの役にも立たなくて、いつも拗ねたふりして、ろくにあいつと目も合わさないでさ・・・」
溢れるものを隠すように、片手で目元を押さえた。
「俺、昨夜もあいつに酷いことしたのに。絶対愛想つかされたって思ったのに・・・」

「わざと、なのか?」
ウソップは困惑してつい口を出した。
「わざと嫌われるように、ゾロに冷たくしてたのか?」
「だって・・・だってよ・・・」
金色の前髪の下で、白い指が小さく震える。
「俺さえいなきゃ、あいつはこんなことに巻き込まれなかったんだ」
くっと喉が詰まって、呼吸がつっかえる。
「俺みたいなもんが存在しなきゃさ、あいつは今頃故郷の村で、婚約者と一緒になってたかも、しれねえじゃねえか」
「ば、バカかっ・・・」
ウソップは思わず怒鳴った。
「大体、諸悪の根源はクロコダイルじゃねえか。あいつが『堕天花』なんてもんを探し出そうとして、それでゾロの婚約者を攫ったんだろうが。お前には何の関係もねえ」
「あるよ、関係ある」
ウソップに負けない勢いでサンジも怒鳴り返す。
「時間の差とかタイミングとか、そういう問題じゃねえんだ。確かに、俺を連れ帰った時もう彼女は亡くなってたって、聞いたけどよ。そう言うんじゃなくて、俺みたいな存在がなかったら、ゾロは巻き込まれなかったんじゃないか」
「そんなんわかんねえだろ。『もし』とか言うな。そんなもん、後からついてくるこじ付けじゃねえか」
「ゾロだけじゃねえよ、あの敵討ちのおっさんも戦いさえなかったら弟を失うことはなかった。そんなん言い出したらいっぱいいっぱいいる。あの戦いで、2千人以上死んでんだ!」
サンジの叫びに、ウソップは今更ながら大過だった先の戦いを思い出した。

バロック陥落の戦死者だけでそれだ。
クロコダイルが侵略を始めた各国の犠牲者や難民の数を思えば、被害はさらに甚大になる。
そう気付いて改めて、ウソップは目の前で悔しげに口元を歪ませる白い顔を見下ろした。
それらすべての災難の、諸悪の根源が自分の存在だと、そう思い込んでいたのか。
ゾロに裏切られ、愛した男を殺されて、自ら傷付き心を閉ざしていたのだと思っていたのに。
そんなことではなくて、サンジはもっと根本的なところで―――



「このバカ!てめえはとんでもねえバカ野郎だ!」
ウソップは思わず声を荒げた。
「お前が『堕天花』だろうがただの野郎だろうが、そんなもん自分で決められるもんじゃなかっただろうが、なんもかも抱えてどーすんだ。元はと言えば、クロコダイルの野心が元凶だろうがよ」
「だが俺が生きてなかったら、ここまで事態は悪く運ばなかった」
「んなことねえ、ゾロはきっと他の誰かを見つけ出して・・・それとも、誰も見つけられなくて今でも、あちこち放浪してるかもしれねえが・・・」
「俺なんか生きてたからダメなんだ。あの時ジジイに拾われなきゃ、てめえがジジイの言うとおりに俺を殺してくれてれば・・・」
「馬鹿なこと、言うな!」
ウソップは必死で声を張り上げる。
なんとかサンジに、この声が届くようにと。
けれどサンジは、両手で顔を覆ったままくぐもった声で呟き続けた。

「俺のせいなんだ。ゾロに置いて行かれたって、それだけで気持ちがいっぱいいっぱいになっちまって、自分がなんのためにそこにいるのか全然わかってなかった」
「そんなの当たり前だ、同じ立場になれば誰だってそうだ」
「ゾロのことばかり考えて、でもゾロが婚約者と出て行ったって聞いたから・・・元々そのために俺に近付いたんだって聞いたから・・・」
ぎゅっと手を握り締め、サンジは搾り出すように呟く。
「だから俺は諦めちまったんだ。ゾロが幸せになるんならいいって、ほんとに好きなレディと一緒ならそれでいいって、諦めて・・・」
目尻からほろりと、押さえきれない雫が落ちる。

「他のやつを、愛しちまったっ」
ウソップは驚きのあまり、掛ける言葉さえ失ってしまった。
今までのサンジの鬱積は、悔恨は、そんなところにあったというのか。



「あんだけゾロを愛したのに、俺は諦めて忘れようとして、クロコダイルに気持ちまで委ねちまった。あいつを愛したことを後悔はしてないけれど、そん時ゾロは・・・死に掛けてたのに」
言葉が途切れて、息を継ぐ音が喉から漏れる。
「愛する人を失って、自分も死に掛けてたってのに、俺は―――」
クロコダイルの元で、幸せそうに笑って飯を作ってやっていた。

呟きは嗚咽に変わり、サンジはぎこちない動きで寝返りを打つとウソップに背を向け泣きはじめた。
ウソップはただ立ち尽くし、震える肩を呆然と眺めるしかできない。

―――まさか、そんな風に思っていただなんて思わなかった。
自分を捨てた裏切り者として、愛する人を殺した敵として、憎み恨んでいるものだとばかり思っていたのに。
まさか、こんなことで自分を責めていただなんて―――



「あの時、クロコダイルと共に死にたいと、願った気持ちは本物だ」
涙に濡れつっかえつっかえ、サンジは続ける。
「ほんとに死んでしまいたかった。あいつを独りで逝かせてしまうのも嫌だった。このまま自分が生き延びるのも罪だと思った。ゾロの手で・・・」
ひくんとしゃっくりを上げる。
「殺してもらえれば、本望だったのに・・・」
毛布に顔を埋め、声を殺して泣くサンジは、すべてを告白したのだろう。

まだ、愛しているのだ。
最初から、ゾロだけを愛していたのだ。
けれどクロコダイルに惹かれたのも事実で、身体も心も受け渡した過去を、サンジ自身が許せないでいる。



「お前は、バカだ」
それ以上何もいえなくて、ウソップはがっくりと肩を落とす。
「お前がいくら自分の存在を否定しても、嫌がっても、ゾロはお前に惚れてんだよ。今でもずっと、お前だけが好きなんだ。そのことは、お前が一番わかってることだろう?」
遣り切れなくて、ウソップは大きな溜息をついた。
「なんもかも終わったんだ。バロックは滅び、堕天花は消えた。もう、お前を縛るものは何もない。お前自身がそう言ったろう。だったら、何を遠慮することがあんだよ。ゾロはずっと、お前を傷つけた事を後悔して、自分を責めているんだぞ」
「わかってる、だから―――」
嫌われたかったんだ。
そう続くであろう言葉を予想して、ウソップはさらに深く息を吐いた。
「わからねえよ、お前がわからねえ。そうしてゾロに嫌われて、そこまで行かなくともこれで終わりでただの仲間になれると思ったのか?そんなの、ゾロの気持ちは何にも考えてないんじゃねえか」
泣き疲れたのかサンジはだらりと横たわったまま、顔だけウソップに傾けた。
動きが少しずつスムーズになっている。
痺れが抜けてきたらしい。
「仲間になんてなれなくても、それでいいんだ。ゾロの気持ちなんか、俺にはもうどうだっていい」
投げやりな言葉に、ウソップは眉を顰める。
「ほんと身勝手だと思うけど、ゾロは俺なんかにさっさと愛想つかせた方がいいと思う、マジで。好きだった人は死んでしまったけれど、ゾロはいい男だからすぐに素敵なレディが現れる」
「ゾロにその気がなくてもか?」
「人の心は、いつか変わる」
涙の跡をそのままにして、サンジは仰向けに横たわり、ふうと息を吐き出した。

「それまで俺は、ずっとゾロの側にいたいんだ。冷たくしても嫌われても、同じ船に乗る仲間だから、ずっと側にいる。そうしていつか・・・」
ふと口元を綻ばせ、幸福そうに笑った。
「いつか、ゾロのために死にたい」




ウソップは黙って腕を組み、ベッドから腰を上げた。
「もういいぜ」

それはサンジに向けられた言葉ではなかった。
驚いて目を瞠るサンジの視線の先。
男部屋の扉が開かれ、憤怒の相をそのまま顕わにしたゾロが立っていた。



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