祈りではなく-1-


果てなく続く白い水平線に、ぽかりと島影が映った。
予定通りの位置にあると、半ばほっとしながら胸を張って、ナミがクルーに指示を与える。

着岸の手順にはまだ慣れず、右往左往する皆の中でサンジも慌しく船内を駆け回る。
久しぶりの陸で、しかも初めての見知らぬ島だ。
自然に心浮き立つ期待と僅かな不安とが交差して、気分が高揚してくる。

そんなサンジが時折吹く強い風に煽られないように、ゾロは常に風下に立ってそれとなく注意を配る。
聡いウソップはそんなゾロの動向にもすぐに気付いてしまって、一人苦笑を漏らすのだ。
狭い船の中で、微妙に距離を測りながらの共同生活。
ぎこちないながらも、なんとか仲間として暮らしていけるまでに二人の関係は回復して見える。








「はい皆並んで。お小遣い渡すわね」
上陸の指示から島での注意喚起まで、一体誰が船長なのかと疑わずにはいられない堂々たるナミの指示っぷりに気圧されつつ、男達は順序良く列を作った。
「サンジ君は買い出しもお願いしたいから、その分別に財布を渡すわね」
責任重大とばかりに、サンジは神妙な面持ちで両手で財布を受け取る。
「街に行くのが初めてだからな、今日は俺が一緒にいるよ。市場の下見とか、するだろ?」
「ったく、子どもじゃねえんだぜ。まあ、俺のが付き合ってやらア」
表面では大口叩いてみるが、実際のところ街の中を歩いて買い物など、とても一人でできる自信はない。
ウソップの申し出は素直にありがたかった。
「ログが溜まるのは三日後だから、最終日にまとめて買うといい。そん時は俺は船番だけど、ゾロがいるから」
サンジの顔が露骨に強張る。
「長旅用の食糧の備蓄を買うんだ。ゾロに荷物持ちして貰う方が効率的だろうが」
「俺も手伝うからさ、最終日に市場で待ち合わせよう」
チョッパーも可愛らしい声でフォローしてくれる。
サンジは顔に出た不快感をなんとか引っ込めて、代わりに笑顔を見せた。



「あ〜、久しぶりの陸だが・・・なんか足元がフラフラする気がするな」
「陸酔いってやつかな」
「よかったよな、サンジも俺も酔わない体質で」
「でも、こないだの嵐はマジきつかったぜ」
昔馴染みのよしみで、ウソップとは会話が弾む。
和やかに話しながら歩く二人の後を、ゾロが黙々とついてくる格好だ。
女性陣はさっさと別行動に移ってしまい、ルフィは勿論すでに消息不明。
チョッパーは船番で、自然こういう形になった。
「ここいらは気候も温暖で、島民の気質も穏やかなんだってよ」
初めての見知らぬ街がそんな雰囲気でよかったな、と言外に匂わせるウソップの気遣いを煩わしくは感じなかった。
何より、目に映るものすべてが珍しくて心惹かれるものばかりだ。
「おい、あの軒先に吊るしてあるものなんだと思う?」
「うお、すんげーとこまで部屋が続いてんだな、絶妙のバランスだ」
「なあなあ、あの屋根の先っぽになんかついてるぞ」
「この街のレディはみんな小柄でスタイルがいいなあv」
子どものように目を輝かせ、くるくると表情を変えて踊るように街中を歩く。

海を越えてきたとはいえ、クロコダイルの名が知れ渡った地域から遠く離れたとは言いがたい。
ウソップはサンジと同じように珍しがって、観光客のような素振りをした。
少し離れたところからついて歩くゾロは、油断なく周囲に目を光らせている。
「堕天花」の噂は潮が引くようにあっと言う間に廃れていったが、まだよからぬコトをたくらむ残党がいないとも限らない。
用心に越したことはないのだ。

サンジは、GM号で旅に出ると決めたときから、ずっと黒のスーツを身に着けている。
クロコダイルの元で過ごした頃は、白い衣類だけを身に着けていた。
これが黒一色となると輝く金髪もまた違った印象を見せて、一度直接会ったことのある人間でも、恐らく今のサンジと堕天花が同一人物と俄かには気付かないだろう。
なにより、顔つきがまったく違う。
儚げにさえ見えた、寂しげな微笑みを湛えた当時のサンジの面影はどこにもなく、咥えた煙草がどうして落ちないのかそちらの方が不思議なくらい大口を開けてはしゃぐ横顔は、そんな翳を微塵も感じさせない。
高らかに笑いすぐに怒り、ナミやロビンに振り回されて、ルフィを怒鳴りつけては結局甘やかすサンジを見ていると、つい安堵してしまう自分にゾロは気付いていた。

事情があったとはいえ、自らが手折り傷付けたサンジだ。
一時は死をもって失うことを覚悟したその存在が、今自分の傍で楽しげに暮らしてくれていることが信じがたいほどに嬉しい。
あの、深い冷気に閉ざされた冬の国でのサンジよりも、クロコダイルの庇護の元で飼われていたサンジよりも、ずっとずっと生き生きと輝いている。
そのことに安堵する自分の心根がいかに卑しいか、ゾロには充分わかっていた。
すべての元凶は自分にあり、結果的に良い方向に落ち着いたとしてもそれは自分の手柄ではない。
そしてそれ以上に―――
ゾロはこの笑顔を再び失う可能性があるかもしれないのに、まだサンジを求める気持ちが消せないでいる。
その細いながらも強靭な身体を両手で抱き締め、蒼い瞳に真っ直ぐに見つめられて、自分だけに向けられる笑顔を手に入れたいと思ってしまう。

すべてを知ってしまったのに。
サンジは、真剣に人を愛することも裏切られることも、失うことも知ってしまったのに。
それでも尚、再び自分を受け入れて欲しいと、もう一度手に入れたいと願う欲が抑えきれない。
己の業の深さを嫌悪しつつも、そうして求める気持ちがあることに、やはり安堵している自分もいるのだ。
サンジが幸せになったからもう責任は果たしたと、そんな風に割り切れる己ではなかったと。
そう自覚すること自体、サンジの気持ちなどおかまいなしなのだと、堂々巡りの思いに駆られて一人苦笑する。
魅入られたサンジには気の毒だが、どう考えても結果的に俺は奴を手に入れる。
心も身体も、すべて。
例えサンジが、二度と心からの“笑顔”を失うことになるとしても。
ゾロの胸の中で仄かに息づく昏い熱情は、ずっとくすぶり続けている。









拠点とする宿と市場の位置を確認し、食事をするために店に入った。
午後から崩れた天候のせいで夕方だと言うのにすでに薄暗く、街灯があちこちで灯りはじめている。

「この店のお勧め料理とかある?あ、それじゃそのコースで」
ウェイトレスに必要以上の愛想を振りまきながら、サンジはウソップとゾロの分も適当に注文してメニューを返した。
「あと、俺には強い酒を。お前らは?」
「俺はビール、サンジは?」
「俺もビール」
注文を済ませてしまうと、またサンジはきょろきょろと珍しそうに首を巡らす。
「明日は早起きして朝市覗いてみてえ」
「おう、なら俺を起こしてくれ。ゾロは・・・寝てていいぞ」
「ありがてえ」
「俺は武器屋とかも覗きたい。夕方は船に帰るからな」
「ああ、付き合ってもらうのは朝市だけでいいよ。後は自由行動にしようぜ」

傍から見れば、仲の良い仲間同士が和やかに食事をして見えるだろう。
けれどこの3人には一定の法則がある。
サンジとゾロの間に常にウソップが位置し、会話のすべてはウソップを経由して成り立っている。
サンジがゾロとGM号に乗り込んで以来、船の中の生活もすべてこの法則がまかり通っていた。
ゾロとサンジが直接会話を交わすことも、顔を見合わせることもない。
ゾロはサンジを見ているけれど、サンジは決して視線を合わせようとしないのだ。
それは“逃げ”ではなく“拒否”だと、ゾロもウソップも了解している。
それを許して、自然と協力する形になっていった。

―――俺も大概、サンジに甘いよな
ウソップは昔馴染みで、サンジの殆どの生い立ちを知っている。
サンジ贔屓になるのは仕方のないことだが、かと言ってゾロのことを以前のように憎む気持ちにはもうなれなかった。
サンジを手放すことになった経緯も知ったし、奪い返した時の葛藤も知っている。
そして今のゾロの真摯な気持ちも。
共に戦い暮らすようになって、見かけほど無愛想でもなく、案外気さくで大らかな本質を持っていることもわかった。
その気になれば女に不自由はしないだろうが、ゾロ本人が遊びや興味本位でなく、真剣にサンジだけを見つめ想っていることに、偽りはないとわかっている。
男同士と言うネックはあるが、ここまでひたむきなゾロの気持ちを思えば、サンジがそれを受け入れる
気になればそれはそれで祝福すべき事柄だなんて、随分考え方も成長した。
そう、あくまでサンジの気持ちを優先して。
少なくとも、今のようにゾロを避けてばかりいる生活は、サンジにとってもかなりのストレスとなるだろう。
ゾロを憎み、嫌いなら嫌いでさっさと引導を渡した方が、これからの旅を思えばお互いのためだとも思う。
だがゾロは恐らく諦めないし、サンジはサンジで無言の拒絶しか反応を示さない。
この島への上陸で、一度二人きりで話を詰めさせるのは良い機会ではないかと思う。
ウソップとていつまでもサンジを庇っていられないし、そもそも庇われるのはサンジも不本意だ。
思いつめてゾロがサンジに実力行使に出たとして、それを乗り越えるだけの強さも、もうサンジは身に
つけているはずだ。

運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、サンジは陽気に笑い話し酒を飲んだ。
初めての街で浮かれただけでないはしゃぎっぷりに、ウソップの思惑をも了承しているのだろうと踏んで、
三人三様の想いを抱えたまま夜は更けていった。




「こら、足元に気をつけろよ」
「だーいじょうぶだって・・・」
いい感じに酔っ払ったサンジを抱え、ウソップは宿の階段を上った。
通常より極端に体重の軽いサンジを支えるのは、ウソップでも容易いことだ。

航海に旅立って初めての陸の宿だからと、今回は一人部屋を個々に取った。
サンジ用の部屋のベッドの上に放り込むと、ウソップは後からついてきたゾロの横をすり抜け外へ出る。
一度振り返ったが、ゾロはそこから立ち去る素振りを見せなかった。
それを見咎めることもせず、ウソップはそのまま部屋の扉を閉めて隣室へと移る。
部屋の壁があまり薄くなければいいのにと、下世話な心配だけしてしまった。






サンジは顔を真っ赤に上気させて、ベッドの上で仰向けに横たわり大きく息を乱している。
あまりの無防備さにゾロは却って訝しく思いながらも、備え付けのタオルを洗面所で濡らし絞った。
静かにベッドサイドに近付くと、身体を屈めてサンジの様子を窺う。
ゾロがいるのに気付いているのか、サンジは目を閉じたまま口で息をして、苦しげに胸元に手を当てている。
「飲みすぎだぞ。加減を考えろ」
火照った頬に冷たいタオルを押し当てると、サンジの顔がふ・・・とほどけた。
閉じた瞼を和ませて、気持ち良さそうに首を傾ける。

いつだったか、同じような光景を見たと既視感を覚える。
あの、冷たい雪に閉ざされた冬の夜。
サンジはゾロを信じきって、無防備に背中を晒した。
肌を斬られる痛みもそのまま命を失うかもしれない恐怖にも耐え、すべてをゾロに任せたサンジ。
その、熱で上気した頬に冷たいタオルを当てて、震える身体を抱き締めた。
隙間風の吹く部屋は凍えるほどに寒く、身体に巻きつけた毛布も古ぼけて薄っぺらい物だったけれども。
二人重ねた熱は暖かく、サンジは蕩けるような微笑みを湛えて目を閉じていた。
どれほど辛く苦しい状況であっても、あの時のサンジは確かに幸福に笑っていたのに――――



薄桃色に染まった顔の、そこだけ陰を落としたように蒼褪めて見える瞼がふと開いた。
覗く蒼い瞳は冷ややかに光を反射し、真っ直ぐにゾロを捉える。
「いつだったか、こんなことがあったな」
サンジも同じ事を思い出したかと、戸惑いながらも胸の奥でほのかな喜びを感じる。
こうしてサンジが自分を見て、話しかけてくれるのも、あれ以来初めてのことだ。
「あん時はいてーし寒みいし・・・マジ死に掛けてたんだけどよ」
ふわりと笑い、両腕を枕の横に投げ出してシーツを擦る。
「こーんな、柔らかいベッドに眠れるなんて、あん時は思ってもいなかった・・・」
誰の目にも触れず、誰からも愛されず、あの粗末な小屋で一生を終えるつもりだった。
あの頃のサンジは、本気でそう思っていたのだろう。
それが彼の恩人の「願い」であったなら、尚のこと。

サンジはゾロの手を腕で払うようにして、ゆっくりと身体を起こした。
「なあ、俺らもう自由だろ?」
「・・・・・・」
何を言い出すのか、黙ったまま頷くゾロにサンジは目だけ細めて笑って見せる。
「そうさ、自由だ。俺も、お前も。船に乗って旅に出て、俺は幻の海を捜し求めるんだ」
あの時には、夢にも思わなかった未来。
何者にも縛られず、己を否定することもなく、胸を張って生きていける凡庸な幸せ。

「―――俺は、自由だ」
ゾロに言い渡すように、そして己に言い聞かせるようにサンジは強く呟き、しばし俯いてから顔を上げる。
「だからもう、お前はお前の道を行け」
同じ船に乗るとは言え、夢の帆先は違う。
「俺はお前に、縛られたくはない」
サンジの言葉は、ずんとゾロの心に響いた。
やはりそうかと思う反面、断じるのはまだ早いと抗う気持ちが生まれる。
「確かに自由だ。お前はお前の、好きな道を歩めばいい。だがまだ旅は始まったばかりだし、仲間としてから改めて付き合いを始めたいとも思ってる」
「仲間・・・ね」
サンジは履き捨てるように呟いた。
緩んだネクタイを取り、おもむろにシャツのボタンを外し始める。

「曲がりなりにも俺たちゃ海賊だろ?普通陸に着いたら羽根を伸ばしに行くもんじゃねえのか?ルフィやウソップなんてガキ共ならいざ知らず」
晒された胸元は酒のせいで斑に朱に染まっている。
それが、初めての時のサンジの様子を思い起こさせて、自然と顔に血が上った。
「てめえだって、一目散にプロのお姉さまのとこに行きゃあいいのに、なんで酔っ払いの俺の面倒みてるわけだよ。おかしーんじゃねえの?」
恐らくは赤く染まっているだろうゾロの頬を、サンジは平手でぺちぺちと叩いた。
「そんなに、俺がいいのかよ・・・」
珍しく渦巻いた眉毛が、へにょんと垂れた。
そのことに、ゾロは柄にもなく動揺する。
サンジを困らせるつもりはない。
ましてや、同情されることも―――
ゾロのそんな戸惑いを感じたか、悪戯を思いついたこどもの様ににやりと笑って、ゾロの後頭部を掴んだまま勢い良くベッドに倒れ込んだ。
反動で痩躯を潰してしまわないように、ゾロは両手をベッドにつき身体を起こそうとする。
「今更かっこつけんなよ、しようぜ?」
面倒臭そうに呟いた台詞がにわかに信じられず、ゾロはサンジを見下ろす形で固まった。
「俺も大概溜まってっし・・・こーんな酔っ払ってお姉さま呼ぶのも失礼だしよ。お前でいいや」
そう言って、真上で強張るゾロの頬を撫でた手が、すっと下にさがる。
「なんだ、てめえもすっかりその気かよ」
意識してはいなかったが、すでに熱を持った下半身を不意に掴まれ、反射的に腰を引く。
「逃げんなよ、今更だろ?」
くっくとサンジは喉の奥で乾いた笑い声を立てて、ゾロのボトムに手を突っ込んだ。
硬く張り詰めたそこを下着の上から探り当て、掌で擦る。
「やっぱすんげーの、久しぶり」
「止せ」
「なんで?こっちはその気だぜ」
前を寛がせながら、顔を突っ込むように寄せてきた。
小さな顎を掬うように掴み、横へ払ってベッドに押し倒す。
「止せと言っただろう」
怒りに駆られ、自然声が低くなる。
サンジの顎を掴んだままベッドに押し付け、膝の上に乗り上げた。
ウェイトの軽い彼をこんな形で拘束するのは不本意だが、見かけによらず強靭な蹴りには用心してしまう。
「止せって、奉仕されんのは好みじゃねえの?」
ゾロの下に組み敷かれながら、サンジはせせら笑った。
「てめえの好きにすればいいさ」
へらへらと口元に笑みを貼り付けたまま、目を閉じる。
両腕を顔の横に投げ出し、抵抗の素振りを見せないサンジは、やはり誘ってきているのかとゾロは混乱した頭で考えた。
「お前の身体だけが欲しい訳じゃねえ」
「今更だっつってんだろ。知らねえ仲じゃねえんだし、うだうだごたく並べてんじゃねえよ」
サンジは苛立ちを隠さず、ゾロの腹に拳を打ち付ける。
本気ではないのはわかるが、以前調理を楽しんでいたサンジから「喧嘩で絶対手を使わない」と聞かされていたゾロは、その行為にも違和感を覚えた。
思わず手を使ってしまうほどに苛立っているのか。
身体だけでも、サンジを慰めることができるというのか。
殴ることに慣れていない手を掴んで、ゾロは白い甲に唇を押し当てた。
途端サンジはびくりと身体を震わせ、それを誤魔化すようにふんと鼻から息を吐いて改めて目を閉じる。

サンジの手から手首、腕へと口付けをずらし、肘を優しく折り曲げてシーツに押し当てた。
そのまま覆い被さって唇を合わせようとするのに、気配を感じてサンジの顔が背けられる。
口付けを拒まれ、ゾロは大人しく首元に顔を埋めた。
尖った鎖骨に唇を落とし、舌を這わせる。
肌蹴られたシャツの胸元から手を差し入れ、滑らかな肌の感触を確かめた。
最後に触れたあの夜から2年も経ってはいないのに、サンジの身体は愛撫されることに慣れ、色づく皮膚の下から情欲が匂い立つように溢れている。

もっと触れて、快楽を高めて―――
無言の催促に急かされるように、ゾロは手早くサンジのシャツを取り去って下肢に手をかけた。
ベルトを緩めて下着ごとずらせば、もう先端に露を滲ませてゆるく勃ち上がっている。
ゾロは首を傾けてサンジの顔を見た。
恥じらいに身を竦め、小さく震えていた姿はもうない。
うっとりと目を閉じ、唇を半開きにして悦楽を待つ横顔はゾロの見知らぬものだ。

金色の繁みに指を這わせ、やや乱暴にそこを愛撫する。
自ら足を開いて腰を浮かせるサンジを、浅ましいとは思わなかった。
ゾロが手放した時から、違う世界に身を投じたサンジだ。
それは決して彼自身が望むものではなかったけれど、そこにもまた彼の人生があった。
運命に流されることなく、自ら新しく築き上げた場所があったのに、それもまたゾロが壊した。

「―――あ・・・」
ゾロが耳にしたこともない、甘い吐息が漏れる。
サンジの身体が感じるように、より気持ちよくなるように、ゾロはそれだけを思ってひたむきに愛撫を施した。
身体だけでも受け入れられるなら、せめてサンジの望むままにしてやりたい。
それで罪を贖うことになるとは思わないが、気持ちがそうさせるのだ。
サンジは目を閉じたまま緩く首を振った。
白い歯が零れ、口元に笑みが浮かぶ。
とめどなく露が溢れる先端を、ゾロは口に含んで柔らかく吸った。
扱き、揉みながら、舌でなぞり舐めまわす。
サンジの吐息が段々と激しくなり、足の先の、そこだけ薔薇色に染まった爪先がきゅ、と丸まった。
前だけでイけるのかと、やや意外に思うゾロの口の中で、それはぴくりと小さく震え弾ける。

「――――・・・」
その瞬間、サンジが口にした言葉が、ゾロの耳を打った。




口いっぱいに広がる苦味を味わって、ゾロは促すように少し強めに吸うと、すべてを飲み下し顔を上げた。
サンジはやはり目を閉じて、肩で大きく息をしている。
赤く染まった目元も頬も、濡れて色づく唇も、何もかもが艶かしく淫らだ。
それらを遣り切れない想いで見つめた後、ゾロはゆっくりと身体を起こした。

寛げた前を合わせて服装を整える。
一つ大きく息を吐いて、サンジは寝そべったまま目を開けた。
「・・・やんねえの?」
「―――ああ」

下半身はずきずきと痛むほどに張り詰めている。
だが、ゾロはこれ以上サンジの前にいられなかった。
平静で、いられる自信はない。
サンジが、その瞬間に口にした男の名は、ゾロを想像以上に打ちのめした。
わかっていたことなのに。
予想できたはずなのに、それでもこの現実を突きつけられると、滑稽なほどに動揺する自分に気付く。

冷酷無比な、非道の覇者。
悪名高き独裁者。
そして――――
サンジが最後に愛した情人。
命を賭してサンジを愛し、サンジもまた共に死ぬことを願った男。

うっとりと目を閉じ、その名を呼んだサンジは、己を愛撫する手を誰と想って呟いたのか。




無言で立ち上がり戸口へと向かうゾロから、サンジは興味を無くしたように視線を外した。
ゾロは振り返ることなく部屋を出て、音を立てずに扉を閉める。

その足音が少しずつ遠ざかって行くのを聞きながら、サンジは口元に笑みを浮かべた。
じわじわと広がるそれは、やがて喉の奥から湧き上がる笑い声と共に密やかに部屋に響き渡る。
横たわり身を捩り、サンジは腹を抱えて笑い声を殺した。
おかしくて溜まらなくて、目尻に涙まで浮かべて笑い続ける。



小さく痙攣する身体を抱いて、枕に突っ伏して肩を震わせた。
哄笑に混じる嗚咽を、枕に染み込ませるために。



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