生ける骨と美魔女のおはなし -5-


魔女祭りの期間中、村人達は様々な貢物を持って魔女のもとに集った。
ロビンはそれぞれの貢物の値打ちにあった願いを叶えてやる。
それでも、叶えられることと叶えられないことはあるのだ。
「魔法は、契約なのよ」
この世の理りを自分の都合で変化させるには、それ相応の報いがなくてはならない。
愛する娘の病を魔法で治したいなら、それ以上に大切でかけがえのないものをいつか失うことになる。
だから、生死や病の治癒魔法はご法度なのだ。
「因果はいつ巡るかもわからない。いま、めでたしめでたしでも遠い将来、魔術で人生を変えた報いはきっと訪れるの」
そのため、ロビンは相手の人生に差し障りのない程度の魔術か、他の魔女が掛けた呪いを解くことしかしないのだ。
ロビンほどの魔力の持ち主ならば、死者の復活も不治の病を治すことも、できないことはない。
だが敢えてそうしないのは、相手のことを思いやってのこと。
だから時には、自ら悪役になったりもする。
「その点、アルビダはそういうことを考えないのでしょうねえ」
ブルックは、さすがに昔の恋人らしく察しよくそう言ってため息を吐いた。

ロビンと同じくらい強大な魔力を身に付けたアルビダは、気まぐれに魔術の施しを与え、見返りや感謝・賞賛を受け取ってきた。
魔法を掛けられた人間がその後どのような運命を辿るのか、アルビダには関心がない。
それゆえに無責任に人を助け、時に罰して知らぬ顔で去っていく。
アルビダが傍迷惑な魔女として、後に恨みを買うことが多いのもそのためだ。
「幸せになりたい、望みを叶えたいと言うのはそもそも人間の欲望。自分の努力次第で叶えられることならば、誰も魔法に頼ったりはしないわ」
「でも、自分ではどうしようもないことこそ、魔法に縋ってでも頼りたくなるよね」
サンジの神妙な物言いに、ロビンは優しげに微笑んだ。
サンジの身体が小さいことは、サンジ自身にまったくなんの咎もない。
けれど、それを運命として受け入れざるを得ないのだ。
「貴方の身体を大きくさせてあげたいと、私も思わないでもないのよ」
けれど、サンジの身体を物理的に大きくしてしまえば、見返りにその寿命は縮まってしまう。
そのようなリスクを負わせたくはなかった。
ただ、生まれ付き備っていたサンジ自身の魔力を高め、魔法を授けてやるのが精一杯で。

「貴方は、とてもいい旅をして来たようね」
長椅子に優雅に寝そべるロビンの腰に座っていたサンジが、組んだ両足をぴょこんと跳ねさせて身体を起こした。
「そう?」
「ええ、白い力が高まっている。国にいた頃より随分と強くなってるわ」
そう言って、傍らで酒を飲むゾロを振り返った。
「貴方の影響かしら」
ゾロは無言で杯を空けると、ロビンに差し出した。
「こいつは魔法使いのコックなのか」
「そうなるわね。この先、魔法使いを名乗ることも可能よ」
自分のことながら驚いて、サンジは目をぱちくりとさせた。
「え?俺の魔法って、ロビンちゃんが授けてくれたものじゃないか」
「元々素質が無ければ魔法を使うことなんてできないわ。貴方も自覚があるんじゃないかしら。心を込めてお料理を大きくさせること、昔ほど疲れたりしないでしょう」
「・・・確かに」
旅に出てからはごく自然のこととして、容易く料理を大きくしてきた。
魔法を使うことに、慣れてきたせいかと思っていたのだけれど。
「国を出て色んな人に会って、よいことを経験したのね。優しい人厳しい人、可哀想な人腹立たしい人。そんな様々な人に触れて、貴方自身が多くを学びより強く人を愛するようになれば、力はもっと高まるわ」
「・・・そういう、ものかな」
サンジはあくまでお忍び王子兼コックであって、魔法は非常手段だと思っていた。
けれど、将来魔法使いとして生きられるかもしれないと聞いて、期待半分不安半分だ。
「素晴らしいですよコックさん!貴方の料理の腕と魔法で、これからも多くの人を幸せにできるのですヨホホ〜」
「おーう!そりゃスーパーだな、ロビンのお墨付きなら間違いねえぜ」
ブルックとフランキーに褒めそやされ、サンジは満更でもなく照れくさそうに笑った。
そうしながら、ロビンと差し向かいで飲んでいるゾロを見上げる。
「俺、こいつといると魔力は高まるのかな」
「そうね、いい影響が出ているみたい」
ロビンは即答し、意味ありげな目線でゾロを見た。
「ゾロにとってもよいことよ、二人で旅をするのは」
「そうなのか?」
サンジがきょとんとしてゾロを見ると、珍しくゾロの方から視線を外した。
サンジから見れば、そこそこ強く気は利かないが頼めば何でもしてくれる使い勝手のいいゾロは、従者として申し分ない。
こんな巡り会わせこそ天の配剤だと思いこそすれ、当のゾロにとってはいいことなんて何一つないだろうと思っていた。
小さくて力もなく、食べさせる以外役に立たない自分と、ゾロがなぜいつまでも一緒にいてくれるのかわからない。
多分、退屈しのぎに側にいてくれているのだろうから、ゾロが飽きたら捨てられたって文句はないとも思っていた。
けれど、ロビンは二人でいるのがいいと言ってくれた。
どちらかの気まぐれで道を分かつような、そんな脆い関係のままでなくてもよいのだろうか。


ふと、屋敷の窓を風が叩いた。
黒雲が月を隠し、何処から差し込む光が辺りを朱に染める。
「相変わらず、派手な登場ね」
ロビンがゆったりと微笑んだ。
夜空に浮かんだ紅の光が巨大な鳥の形となり、村人達がぽかんと口を開けて見守る広場の真上から、砂塵を巻き散らしながら舞い降りた。


「紅の魔女様だ!」
「ひえええっ」
慌てふためく村人達に、ロビンは長い人差し指を唇に当て、そっと目配せをした。
「ここはもういいから、みんな下がっておやすみなさい」
「ははあ」
「失礼致しますっ」
全てを投げ出して屋敷を後にする村人達を庇うように、ロビンはバルコニーに立った。
そうして、輝く紅の光に向かって手を伸ばす。
「お久しぶりアルビダ。相変わらず美しい人」
「ごきげんようロビン。貴女も変わらぬ美貌ね」
たおやかな手を差し出しお互いを抱き締める姿は天女の抱擁にも見えて、サンジはうっとりと目を細めた。
「なんと言う眼福!寿命が100年延びますヨホホ〜。私眼がないんですけど」
元自分の恋人でありながら、ブルックが今のアルビダを見るのは初めてのことだ。
ゾロはぽ〜っとしたサンジを掌で掬い、腹巻のストンと入れた。
「アルビダ、わざわざ貴女を呼んだのは会わせたい人がいるからよ」
「まあどなたかしら。つまらない相手だったら承知しなくてよ」
表情はにこやかだが、言うことが怖い。
それにロビンも穏やかに微笑み返して、妙な緊張感に包まれた男達を振り返った。
「彼らよ」
指し示した場所から、フランキーだけがそそくさと退いた。
俺は違うもんね〜とばかりに、ロビンの後ろに寄り添い立つ。
残されたのは背の高い骸骨、緑頭で目付きの悪い剣士、その腹巻の中にいる小さな王子。
アルビダは黒曜石のような瞳をはっと見開き、骸骨をまじまじと見た。
「久しぶりだね、アルビダ」
「・・・ブルック」
アルビダが、名乗らずともブルックの名を覚えていたことに、サンジは我知らずほっとした。
少なくともアルビダの心の中には、ブルックへの想いは残っているのだ。
ブルックはすべての人に忘れ去られ、一人孤独の淵を彷徨い続けていた訳ではなかった。
彼のことを覚えていてくれる、記憶は留められていた。
そのことが単純に嬉しい。

「驚いたわね、まだ生きてたの」
アルビダはそう言って、艶かしい唇を一旦引き結ぶ。
「生きて・・・いるのよね?」
「私、正確に申し上げるならすでに死んでおりますヨホホ〜」
長身を折って優雅に会釈すると、アルビダは柳眉を寄せて一歩下がった。
「幽鬼となって彷徨うつもり?」
「そんなつもりはありませんが、なぜか死に損ないました」
「彼は、血契りの契約を立ててしまったようよ」
ロビンが口を挟み、アルビダははっとして振り返った。
「なんですって?」
「貴女への永遠の愛を誓ったみたい」
アルビダは一旦口を開けてからきゅっと閉じ、マニキュアに彩られた指を口元にあておかしげに笑い出した。
「まあ、なんて滑稽な。それでそんな哀れな身体になったというの?死ぬに死に切れず、肉体だけ朽ち果てて骨だけで?まあ面白い」
ケラケラと笑い続けるアルビダに、フランキーとゾロの表情が険しくなる。
サンジはおろおろと見守り、ブルックは相変わらず表情を見せずぽかっと眼窩は空いたままだ。
「ブルック、あんたは昔からおどけたお調子者だったけど、まさかここまで身体張って道化てくれるだなんてねえ」
「そんなつもりはなかったんですヨホホ〜」
ブルックはアフロを掻き、毛根も根性もあるんですと意味不明な言い訳をした。
「姉ちゃん、そう笑うこともねえじゃねえか。この骨はあんたを想って死に切れなかっただけだろう」
「そうね、勝手にね」
アルビダは辛辣に言い切り、ふっと鼻で笑う。
「魅惑の魔女には丁度いい下僕になるでしょうけど、生憎あたしはあたしの人生を目いっぱい楽しんでるの。今さら昔の男面されても困るわ」
「そうでしょうとも、そんなつもりは毛頭ありません。毛根はありますが」
「ならなんで、わざわざあたしを呼びつけたのよ」
気性の荒さをそのままに、アルビダは噛み付くように言った。
「骸骨なら骸骨らしく墓に埋もれて眠っていればいいものを」
「そんな、寂しくて死んでしまいます」
「丁度いいじゃない」
「あんまりだ〜やっぱり貴女の性格、全然変わってない」
嘆き悲しんで見せながらも、サンジの目にはブルックがどこか生き生きとして見えた。
表情などわからないが、彼の骨が真珠色に輝いてる。

―――ああ、嬉しいんだなあ。
サンジは腹巻の中から、言い争う二人をシミジミとした思いで眺めた。
どんなに口では言い合っても、こうして再び出会えて口喧嘩できることが、二人とも心底嬉しいんだ。
アルビダがもし本当にブルックのことになど興味がなければ、一瞥しただけでとっととこの場から立ち去っていただろう。
けれどそうじゃない。
憎まれ口を叩いて、嘲笑ってからかって、それでも彼の側にいる。

いつまでたっても終わりそうにない痴話喧嘩を前にして、ロビンが魔法でそれぞれにグラスを用意し中空で酒を注いだ。
「まだ夜は長いわ、ゆっくりとお話しましょう」
皆に椅子を勧めながら、ゾロの方へと手を差し伸べる。
「お二人のことはおいておいて、先にこちらを紹介してもいいかしら」
「あら、あたしに会わせたい人ってブルックだけじゃなかったの?」
「ええそうよ」
ゾロの腹巻の中で、サンジも俄かに緊張した。



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