生ける骨と美魔女のおはなし -4-


ゾロもサンジも、もちろんブルックも知らなかったが、この地方では7年に一度ヴァルプルギスという魔女祭りを開催するのだそうだ。
今回は紫の魔女を主役として歓待するらしく、村人達は一様に明るい表情をしていた。
紫の魔女ロビンは白魔法を使い、知的で物静かな美女として人間達に尊敬されている。
場当たり的に魔法を乱発したり、気分次第で国一つ滅ぼしたりするような物騒な魔女でないことが村人たちの歓迎の理由だった。
「ロビンちゃんがこの村に来るのか」
「ああやっぱり、紫の魔女のお知り合いなのね。ようこそ」
「今からお泊りなら、うちの2階が開いてるよ」
「うちなら食事付だよ」
あちこちで呼び込みが掛かり、サンジ達は初めてのことに目を白黒させた。
魔女祭りが幸いしたか、ブルックやサンジといった異形のものにも奇異の目は向けられず、寧ろ祭りの客として歓迎してもらえるらしい。
そう気付いて周囲をよく見れば、確かに変わった服装や見たこともない動物を連れた旅人、珍しい姿形の人が普通に歩いていた。
「ヴァルプルギス万歳、ですヨホホ〜」
歯をカタカタ鳴らして笑うブルックに、サンジもすっかり気が大きくなって腹巻の中からヨジヨジと這い出した。

堂々とゾロの肩に乗って、村の様子を眺めながら大通りを歩く。
道の両端にはずらりと出店が並び、小さな子ども達が人垣を縫うように元気に走り回っていた。
ブルックの顔を見てきゃーと叫ぶのに、表情は笑顔のままだ。
「ごきげんようお嬢さん」
ブルックが骨の手を胸に置いて恭しく腰を折ると、またきゃーと歓声が上がる。
「パンツ見せていただいて、よろしいですか?」
「きゃーっ」
今度は本物の悲鳴に変わって、子ども達が素早い逃げ足で立ち去って行った。
「こら骨!レディに失礼なこと言うんじゃねえよ」
「ヨホホホ〜失礼しました、あんな小さな子どもに言葉を掛けるなんて本当に何十年ぶりで」
「何十年ぶりかに掛ける言葉が『パンツ見せろ』とか、どんだけ変態なんだ」
「以後気を付けますヨホホ〜」

とりあえず腹ごしらえにと、村の中心地にある食堂に入った。
昼時には少し遅いくらいだが、店の中はなかなかに賑わっていて盛況だ。
ウェイトレスもサンジやブルックに特に驚いたりせず、普通に注文を受け付けて水を置いていってくれる。
「誰の目にも注目されないと言うのは、なんとも言えず心地よいものですねえ」
「見られることに慣れちゃってたからな、なんかめっちゃ新鮮だ」
意外な共通点のある二人がウキウキと「普通の人」を楽しんでいる間、ゾロはやっとありつけた酒に喉を鳴らしていた。
「こら、空きっ腹に酒ばっか飲むんじゃねえ」
サンジはゾロの腕の上に腰を下ろし、硬い筋肉をピタピタと叩く。
「しばらく、ここに留まるか」
「おう、折角だからヴァルプルギスってのを見物してえな」
「私たちを見ても驚かれない環境って、とても貴重ですハイ」
「祭りの期間だけだろうが、タイミングはよかったな」
間もなく運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、ゾロはブルックと杯を交わした。
普通サイズの料理だとほんの3口ほどで腹いっぱいになってしまうサンジは、窓辺に下ろしてもらってガラスに張り付き表の様子をじっと眺めている。

「あ、なんか聞こえる」
「ああ、これは歓待の音楽ですね。確か“いと気高き美しき魔女の調べ”」
ブルックがふと顔を上げ、瞳のない眼窩を夕暮の朱に染まった空へと向けた。
黄金色に光る雲の切れ間から、一筋の光が地上へと降り注ぐ。
光の柱とも呼ぶべき荘厳な景色が広がり、店の中の客たちは勿論、屋外にいる村人たちもみな動きを止めその光景に見入っていた。
どこからか白い鳩が飛来し、光の中を戯れるように乱舞している。
この世のものとも思えぬ美しさに、サンジはほうと感嘆の声を上げた。
「素敵だ、さすがロビンちゃん」
「どうもありがとう、可愛いコックさん」
はっ、と弾かれたように振り向けば、いつの間に座っていたのか、ブルックの隣に目も覚めるような美女が座っていた。

さらりと流れるような、真っ直ぐで艶やかな黒髪。
くっきりとしたアーモンド形の瞳は深い知性を物語る紫の光を秘めて、鼻筋の通った小作りな顔にアルカイックスマイルが浮かんでいる。
「ロビンちゃん、久しぶり!」
「元気そうね、よかったわ」
ゾロは、強張った顔で斜め前に座るロビンを凝視していた。
気配がないまま至近距離に現われて、さすがに驚いたのだろう。
ブルックも、突然隣に座った美女に驚きを隠せない。
「なんと美しいお嬢さん、パンツ見せていただいてよろしいでしょうか」
「だから止めろってんだ、エロ骸骨!」
サンジが窓枠から飛び降りながら繰り出した蹴りで、アフロ頭が振動した。
「これはテキビシー!あまりの衝撃に目から火が出るかと思いました。ワタシ目玉ないんですけど!」
大騒ぎする一角に注目が集まり、店内がざわめきだす。
「あれ、紫の魔女じゃあないのか?」
「もしかして・・・」
「魔女、降臨?」
奇跡的な景色にうっとりと見入っていた村人達が、人知れず店内に現われていた主役に驚き慄いている。

「ロビンちゃん、相変わらず地味と見せ掛けて派手な出現するね」
「あら、なるべく目立たないようにしたつもりよ」
たおやかな掌にサンジを乗せ、ロビンはにっこりと微笑んだ。


突然現われた今年の主役に、村人達は沸き立った。
その場で担ぎ上げる勢いで歓迎し、そのまま用意してあったパレード用の花馬車に乗せられる。
一緒にいたサンジ達も同じように担がれ花冠を被らされて馬車に乗った。

「なんか、すごい賑やかだね」
「コックさん、こちらへどうぞ」
花冠を被ったロビンは、まるで清廉な花の精のように美しい。
サンジも親指用の花指輪を頭に乗せられ、ロビンの肩にちょこんと座った。
のっぽな骸骨のブルックと、憮然とした剣士のゾロまでもが花冠を被らされていて、その珍妙さにサンジは声を立てて笑う。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
掛け声と共に馬に鞭打ったのは、まるでブリキのおもちゃがそのまま大きくなったような異形の大男だった。
どこもかしこもメタルで光っているのに、同じように頭に可憐な花冠を被っている。
「こちらは私の用心棒兼パートナーのフランキー。ブリキ男よ」
「おいおい、パートナー兼用心棒って言ってもらえないかな、このスーパーな俺様をよう!」
馬車を操りつつ、ごてごてと箱のようなものがついた太い両腕を斜め上に掲げて「スーパー!」と叫ぶ。
沿道の村人達が、釣られて両手を挙げ「スーパー!」と一斉に叫んだ。
「すげえな、この人も魔法使い?」
「いいえ、ただの変態」
「よせやい照れるじゃねえか」
「なんと豪華で楽しいパレードでしょう。感激で胸が高鳴ります!ハートはないんですけど」
ブルックは感極まったように、どこからかバイオリンを取り出してその場で奏で始めた。
陽気なパレードの音楽に新たな旋律が加わり、より華やかな雰囲気に誰もが沸き立つ。
「素敵!」
「なんて綺麗な魔女様でしょう」
「お付の方々も素晴らしいわ!」
大絶賛を受けながら、花馬車はゆっくりと大通りを進んでいった。
目指す先は村の神殿に飾られた石像の群れだ。
前回のヴァルプルギスで、暁の魔女・ハンコックに石にされた人々を元に戻すのが目的だった。

「生きながら石にされたのですか?なんと恐ろしい・・・」
「ヴァルプルギスの夜に魔女に無礼を働いたのですもの、仕方ないことなの」
「そう言えば誰か、パンツ見せろとか言ってたよな」
「はてなんのことでしょう、年を取ると物忘れが酷くて」
間もなく、神殿の奥にずらりと立ち並ぶ老若男女の石像の前に着いた。
恭しく挨拶する神官に促され、ロビン一人が神殿の中に入る。
ロビンの肩からゾロの腹巻に移動したサンジは、花馬車の中から神殿の様子を伺った。
「コックさん、素晴らしい魔女さんとお知り合いだったのですねえ」
ブルックに聞かれ、サンジはああと振り仰いで頷く。
「ロビンは回復魔法が得意なんだ。他の魔女が掛けた呪いを解くことができる。実は俺の両親もそれで、助けられたクチでな」
オールブルーの国名を伏せ、小さくされていた両親を助けてもらった話をした。
「なるほど、だからコックさんは未だ小さいままなのですね」
「うん、俺が直接呪いを受けた訳じゃないから、解除できないんだと」
魔法を使うなら同じことじゃないかと思うけれど、魔術界には魔術界のルールがあるらしい。
「しかし、コックさんのご両親に小さくなる呪いを掛けるなんて、酷い魔女さんがいたものですね」
「・・・」
それはあんたの元恋人だとも言えず、サンジは曖昧に笑った。
と、背後で波のような歓声が響いた。
見れば、神殿からわらわらと人々が走り出て、待ち構えていた家族らしき人々と熱く抱擁している。
どうやら、石にされた人々が元に戻ったらしい。
最後にロビンが紫色のオーラを纏いながら姿を現し、その場にいた人々は皆その足元にひれ伏して感謝の言葉を述べた。

「すごいなあロビンちゃん」
憧憬をこめて出向かれば、ロビンはフランキーの手を借りてふわりと花馬車に乗り込み、ゾロの手からサンジを受け取った。
「さあ、これで私の役目は終わり。後はみんなでゆっくり、ご馳走をいただきましょう」
「俺達も、一緒でいいの?」
「もちろんよ」
長身をくねらせて喜ぶブルックの横で、ゾロも珍しく嬉しそうに笑っていた。
たらふく酒が飲めると期待しているらしい。
来た時と同じように、賑やかな音楽とブルックの奏でるバイオリンに包まれながら、紫の魔女一行は宴会場へと運ばれていった。


魔女祭り専用の豪華な屋敷に連れられ、飲めや歌えの大宴会になった。
素朴な村人達の心づくしの歓待で、ゾロもサンジもゆったりと寛げた。
ブルックは喜びのあまりむせび泣いている。
「こんなに多くの方と、普通に言葉が交わせるなんて一体何年ぶりでしょう。私、生きててよかった!」
「よかったなあ」
「泣くか食うか、どっちかにしろ」
「涙で前が見えません。私涙腺ないんですけども」
「泣かせてくれるぜ骨心、男フランキー一曲行きます!」
ぽろんぽろんと哀愁を帯びたギターが爪弾かれる中、ロビンはゆっくりとワイングラスを傾けた。

「ロビンちゃんの力でも、ブルックをなんとかすることはできないかなあ」
その膝の上にちょこんと座り、ワインをひと雫舐めただけで真っ赤になって上体をふらつかせているサンジが、上目遣いで見上げる。
「私でなくとも、誰にでもできる方法があるわ」
「ほんと?」
ロビンはにっこりと笑った。
「身体を、跡形もなく燃やしてしまえばいいのよ」
「・・・ロビンちゃん」
「これはまたテキビシー!」
ロビンのブラックジョークに、ブルックが歯をカタカタ鳴らして笑う。
「冗談のつもりはなかったんだけど」
「・・・ロビンちゃん・・・」
苦笑いするサンジの頭の上から、ゾロが空の杯を差し出した。

「肉体が消えても、魂魄は残るんじゃねえのか?」
その杯に、ロビンがたおやかな手付きで酒を注ぐ。
「こらクソマリモ!ロビンちゃんにお酌させるとはふてえ野郎だっ」
ゾロの腕にぶら下がって噛み付いたが、指先で適当にあしらわれる。
「それは死者も同じでしょう。想いが強ければ想念が残る。でもそれだけのこと」
ロビンの杯にも酒を注ぎ返し、ゾロは肘を上げてぐっと飲み干した。
「生きている人に見えなければ、存在しないのと同じことよ」
ロビンはどこか挑発するような目で、ゾロを見た。
その瞳を正面から見返し、ゾロはぺろりと唇に付いた酒を舐める。
「俺はそうは、思わねえな」
ロビンちゃんに失礼な口を利くなーと言いたいところだが、そんな雰囲気でないことを察してサンジはゾロの腕にぶら下がっていた。
途中、くたびれてずり落ちかけるのをゾロのもう片方の手が受け止める。
「人に見えないもののが多く存在する。人を基準にするもんじゃねえ」
「そうね、あなたはそう思うかも」
穏やかな世間話のように見えて、その実、緊迫した空気を孕んでいる。

サンジの頭の上で、ブルックとフランキーが顔を寄せてひそひそと囁き合った。
「私、死ねない上に人に言葉を伝えることも存在を認めてもらうこともできないなんて、嫌ですよ」
「俺もそれは、ぞっとしねえなあ」
言って、フランキーは繁々とブルックを見やる。
「それでも、年数経ったら骨だってボロボロになるだろう。折れたり欠けたりしたらどうすんだ?」
「あ、私、牛乳飲むとスキッと治るのです」
「なるほど、俺にとってのコーラみてえなもんか」
どちらも人外というものだ。
それなら燃やしても意味ねえんじゃねえのと盛り上がる二人を見やり、ロビンはふっと表情を緩めた。
「私の力では肉体消滅以外の提案ができないお詫びに、当人を呼んでみましょうか?」
ん?とサンジが赤い顔を上げた。
ゾロも、ブルックもフランキーもロビンを振り返る。
「あなたの昔の想い人、紅の魔女・アルビダをここに呼んでもいいわよ」
「えええっ」
サンジ達のみならず、村人達も驚きの声を上げた。
だがそれは歓迎の意味ではなく、むしろ悲鳴に近い。
「大丈夫よ、今年の主賓はあくまで私。アルビダは客人として呼ぶわ」
「あの、それでも紅の魔女さまは・・・」
「それはもうご気性の・・・いや、快活と言うかパワフルというか」
動転する村人達の様子から察するに、過去の魔女祭りでも大迷惑を掛けてしまっていたのだろう。
「大丈夫よ、私がついているから」
ロビンに慰められても、村人達は心配そうだ。
「なにやら皆様にご迷惑をお掛けしてしまっているようで。ワタシ肩身が狭い思いをしてしまいます。や、肩はあるんですが身がありませんかねえ」
却ってブルックの方が恐縮している。

「ロビンちゃん、アルビダ姉様と友だちなの?」
「ええ、魔女同士は案外仲がいいものよ。魔術の種類が違ったり趣味や嗜好が違ってもお互いに理解し合えるわ」
「へえ・・・じゃあ、たまにお茶会とか」
「距離が離れているとなかなか顔合わせはできないけれど、時々するわよ」
ロビン達にとっての“時々”は、恐らく何十年単位だろう。
ロビンはどこからか、細かな模様が入った色鮮やかな紙を取り出した。
それを指先だけで器用に折り、小さな鳥の形を作る。
目の前に掲げてふうと息を吹き掛ければ、艶やかな小鳥となって宙に舞い上がった。
そのまま屋敷の窓を潜り抜け、夜空に向かって飛び立っていく。
優美な魔術に、その場に居合わせたもの達は一様にほうと溜め息を吐いた。
「今のはお使いの鳥かい?」
「ええ、小さいけれどとても早いのよ。ただ、アルビダは気まぐれだから呼んでも来てくれるかどうか、わからないけれど」
楽しみに待っていましょうと、ロビンはにっこりと笑った。


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