生ける骨と美魔女のおはなし -2-


「狭いところですが、どうぞ」
岩山の間にある洞窟の中は、入ってみれば快適な住居になっていた。
どこから集めたものか、剥き出しの岩壁にタペストリーが張られ、床には絨毯が敷き詰められている。
統一性はないがそれなりの調度品が飾られ、外の殺風景な景色とは対照的に賑やかだった。
「へえ、いいとこだな」
「ありがとうございます。この部屋に誰かが訪れるなんて、初めてのことですヨホホ〜」
ブルックは、表情こそわからないがいかにもはしゃいだ様子で室内を案内した。
サンジは適当な場所にミニキッチンセットを広げ、早速その場で調理を始める。
小さなサンジが細々とした道具を使って手際よく小さな料理を仕上げていくのを、ブルックは目を輝かせ(瞳はないのだけれど)見入っていた。

「Bonapetit!」
呪文と共に豪勢な食事が目の前に現れれば、ブルックは卒倒しそうなほどに驚いて、長い手を掲げて叩いた。
「素晴らしい!私、こんな魔法初めて見ました!」
「どうぞ、存分に召し上がれー・・・って、あんた食えるのか?」
「勿論です、私はご馳走に目がないのです。って、元々目はないんですけど」
言って、ささどうぞとゾロにもクッションを薦める。
「なんて美味しい料理なんでしょう。思わず舌鼓を打ってしまいます。あ、私舌ないんですけど」
「へいへい」
ブルックは大いに讃え、喜び歌い、踊りながら次々と料理を平らげた。
その旺盛な食欲もそうだが、なにより咀嚼し飲み込まれた料理が一体どこに収まるのか・・・サンジにはさっぱりわからない。
「なあゾロ」
「ん?」
「あれ、腹ん中どうなってんだろうな」
「さあな、俺にもわからん。見てみればわかる」
「・・・見たくねえ」
そんなことを二人でこそこそと囁き合うのに、ブルックは盛大なげっぷを一つしてほうと息を吐いた。
「ああ〜大変美味しかったです。ご馳走様でした。いやはや生き返りました。・・・って、私もう死んでるんですがね」
もう一度うえっぷと息を吐いて、ぷぅと尻を鳴らす。
「おや、これは失礼」
「行儀悪いなあおい。アンチマナーキックコースだぞ」
厳格な王室で育ったサンジにとっては、信じられない粗相だ。
「お詫びに、食後の音楽をお楽しみください」
ブルックはどこからかバイオリンを取り出し、慣れた手つきで奏で始めた。
まだ食事中だったサンジはふと手を休め、その音に聞き入る。
宮廷音楽が耳に馴染んでいるサンジにとっても、そのメロディが格段に質の高いものだとわかる。
「へえ・・・」
ゾロも、珍しく表情を緩めて目を細めた。
「意外だな、お前も音楽のよさがわかるのか」
サンジが言えば、ゾロはむっとした顔で応える。
「別になにがいいとかわからんが、これは心地いい」
「まあな、俺も似たようなものだ」
二人してリズムに身体を揺らしながら、じっと聞き入る。

動く骸骨がバイオリンを奏でているのに、見た目の奇怪さよりも音の気高さに酔いしれた。
ブルックの演奏は巧みで、ある時は陽気にある時は切なく、そしてある時は優しく温かく語り掛けるような音を奏でる。
波のような響きに身を委ね、時が経つのも忘れて二人はずっと耳を傾けていた。
最後の余韻が夜の静けさと共に細く長く消えていき、サンジは詰めていた息をほうと吐いて両手を叩いた。
「すごかった、素晴らしかった」
ゾロも、酒の入った杯を傾けながら頷いている。
「ありがとうございます。こうして誰かに聞いていただいたのは、もう何十年ぶりでしょうか」
「え、そうなのか?」
驚いて目を見張るサンジに、ブルックはにっこりと笑いかけた・・・ように見えた。
「このような容貌の私を、恐れない人はいないでしょう。こうして誰かと食事を共にするのも、そもそも人とお話をするのも・・・そう、50年ぶりくらいなのです」
ブルックはぽっかりと空いた眼窩を中空に向けた。
「まるで夢のようです、こんなひと時を持つことができるなんて。長生きするものですね・・・って私もう死んでるんですけどー」
ヨホホ〜と笑うブルックに、サンジも追随して笑えなかった。

「ずっと、どうやって来たんだ?」
「え、私ですか?そうですね、人の目に触れないように隠れ住んで、時折人恋しくなれば里に下りてそっと様子をながめたりしておりました。たまに村人に見つかったりしますとね、そこから噂が生まれるんですよ。骸骨男現るってね」
その時のことを思い出したのか、楽しげに笑う。
「この地域は鳥葬の風土が残っておりまして、ここいら一体は聖なる鳥葬の場なのです。ですから弔いに来た人とも出くわすことはたまにありますが、そういう場合は“死神”ってことになってました。そりゃそうでしょう。こんな状態で誰も私が生きているとは思いませんもの。まあ死んでるんですけど」
「本当にあんた、死んでるのか?」
ゾロが問えば、ブルックはふと振り返った。
感情はわからないけれど、どこか途方に暮れたように見える。
「・・・本当のところ、私にもわかりません」
真面目な声音に、サンジも思い切って尋ねてみる。
「なあ、なんであんたそんな姿になったんだ?」
ブルックはじっとゾロと、その腕の上に腰掛けるサンジを見つめ、ほうと溜め息を吐いた。
「聞いていただけますか?一人の愚かな男の、昔の話を」



   *  *  *



私、生前は海賊でしたが、それより前は音楽家だったのですヨホホ〜
村や町を渡り歩き、そこここの酒場で演奏する流しでした。
時には王族や領主の館に招かれて演奏することもありました。
これでも腕は中々のもので、演奏できるものであればピアノやバイオリン、タンバリンまでなんでもござれ。
毎日大好きな楽器に触れて、面白楽しく生きておりました。

そんな私にも恋人ができましてね。
まあ、贔屓目に見てもご面相は良いとは言えず、ふくよかで雄々しくてメリハリのある性格の猛女でしたが、私はそんな彼女に惚れてしまったのですよ。
まあ、彼女も私にだけは優しくしてくれて、それで二人一緒に暮らしておりました。
旅から旅へ、酒場をねぐらに。
子どもにこそ恵まれませんでしたが、彼女との日々は楽しかった。

けれどある時、国境に近い村で紛争に巻き込まれましてね。
彼女とはほんの数メートルの距離を隔てて別れ別れになってしまったのです。
再び会うためには山と海とを一つずつ越えて隣の国に密入国しなければならない。
私、がんばりましたヨホホ〜
山賊を撃退し海賊に取り入って、なんとか今は敵となった隣国へと潜入しました。
でももう、彼女はそこにいなかった。
それからはもう、行方知れずです。

哀しかったですねえ。
先ほども申し上げたとおり、彼女は決して美女でも可愛くも優しくもなかった。
寧ろすべてにおいてその逆でしたがね。
私はそんな彼女を愛しておりました。
ですから、彼女への想いをこめて昔、彼女自身から聞いたまじないを試したのです。
月のない夜に愛する者の名と生まれた年、月と日にちを唱えながら自分の血で胸に印を付けるのです。
ちょっぴり痛かったですけど、私もやってみました。
指先をほんの少し傷付けて、思いの外たくさん流れ出た血で印を書きました。
こうすれば、愛する者より先には死なないと言われていたのですよ。
先に死ななければ、生きてさえいれば、いつか再び出会う日が来るかもしれない。
もし私が死んでしまったなら、その時は彼女ももうすでにこの世にいないと言うこと。
それならそれでいいじゃありませんか。
死に甲斐があるってもんです。
どこまで効き目のあるまじないかは知りませんでしたが、彼女を失った悲しみを紛らわすために、私は真剣に祈りました。
そうして、失意の内にその国を後にし、密入国時に手助けしてくれた海賊に入ってその後はずっと海を旅していたのです。

それから20年も経ったでしょうか。
海賊と言えども音楽好きの仲間が集まり、楽しい航海を続けておりました。
けれどある日、濃い霧の海域に閉じ込められましてね。
しかも運悪く海からガスが発生して、あっという間に仲間は全滅。
私も、多くの仲間達と一緒にその場で事切れましたよ。
ところが、死んだはずの私の意識が、いつまで経っても消えないのです。
ふと気付けば、生きているものなど誰もいない甲板の上にぼうっと佇んでいたりして。
これには参りましたねえ。
なんせ、意識はあるけれど、身体がないんですから。
せめて身体を捜そうと思っても、霧が濃すぎてまったく見えないのです。
ただ真っ白な中をずっと一人きりで漂っておりました。
ええ、正直気が触れるかと思いました。
けれどね、大丈夫だったんです。
なんでって、私には歌がありましたから。
ずっと歌っておりました。
今まで演奏し、或いは歌い、彼女と声を合わせた想い出を胸にすべての歌を。

ある日、唐突に霧が晴れて視界がクリアになりました。
そうしたらもうビックリ。
船のあちこちに白骨化した死体が転がっているじゃありませんか。
そりゃあもう恐ろしいのなんのって。
声なき叫びを上げながら、私は夢中で船内を逃げ回りましたよ。
そうして見つけてしまったのです。
白骨化して尚、立派な毛根がそのまま残ったアフロ頭の己の身体を。

それからまた、長い年月を船と共に漂流し、ある大きな港に流れ着きました。
幽霊船が漂着したと、結構な話題になっておりましたねえ。
私、死体のふりをして島に運び出されましてね。
そこからそうっと抜け出して、闇に紛れて逃げたのです。
あのまま土に埋められたり、焼き直されたりしたら堪りませんもの。

それからは、人目を忍ぶ日々です。
なにせこんな有様ですから、決して生きた人間の目に触れる訳には行きません。
だってどう説明したらいいかわかりませんものね。
私自身、なんだってこんなことになったのか皆目わからないのですから。

でもねえ、多分・・・なんですけど。
あの月のない夜の祈りが原因なんじゃないかと思うんです。
はい、愛する人が死なない限り死なないまじない。
つまり、彼女はまだ、死んでいないんですよ。
簡単に計算しても、別れてからもうざっと80年は経ってると思うんですが。
彼女はまだ、生きているんでしょうねぇ。

風の噂で名前は聞きました。
でも、その姿形は私が知っている彼女のものとはまったく違っています。
同一人物なのか、それともそれこそ“魔法の力”で、姿を変えてしまったのか。
今は絶世の美魔女として、あちこちで名を馳せているようですよ。
ええ、誰もが彼女のことをこう呼びます。
東の果て・紅の魔女、“レディ・アルビダ”と。



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