生ける骨と美魔女のおはなし -1-


何度か学習したはずなのに、なぜこうも失敗してしまうのだろう。
サンジは心の底から反省した。
反省したが、もう取り返しはつかない。

「ここは、どこだ」

切り立った崖の谷間、草も木も生えていない荒れ果てた岩肌を、ゾロは黙々と登っていた。
「ちょっと待てコラ」
「お、起きたか」
「起きたかじゃねえよ、どこだここは。どういうこったこらぁ」
ゾロは足を止め、今まで通って来た道を振り返った。
腹巻の中のサンジも、一緒にその光景を眺める。
豊かで緑深かった森の名残は跡形もなく、あたり一面、荒涼たる岩山が続くばかりた。
文字通り、ぺんぺん草すら生えていない。
「なんだよこりゃ」
「行けども行けども石ころだらけだ」
ここまで歩いてきた当人のゾロが、どこか他人事のように呟いている。
もう怒鳴る気力もなくて、サンジは腹巻の中でがっくりとうなだれた。

明らかに自分が悪い。
あれほど気を付けていようと思っていたのに、ついうっかり腹巻の中で居眠りしてしまった。
なんせ柔らかくて温かくて落ち着く匂いがするのだ、ゾロの腹巻の中は。
そこでついついうつらうつらとしている内に寝入ってしまい、気が付いたらこんな有様。
何もかも俺が悪い。
俺の責任だ。

サンジが殊勝に反省している間にも、ゾロは構わずサクサクと歩き続ける。
もう止める気力もなくて、サンジはただ漫然とゾロが歩くリズムで揺られていた。
と、視界の隅を黒い影が通り過ぎた。
「あれ?鳥かな」
「ああ、鳥だ」
切り立った崖の上に、大きな鳥が何羽も集まり旋回して見えた。
「なにかあんのかな」
「行ってみるか」
一日中歩き続けているが疲れも見せず、ゾロは大股で巨石の上に足を掛け登っていく。
頂上に近付くに連れ、ギャアギャアと耳障りな鳥の鳴き声が高く低く響いてきた。
「・・・なんか、嫌な予感がする・・・」
「そうだな」
崖っぷちに立って、ゾロが「見てみろ」と促した。
サンジも腹巻から顔を覗かせて、絶句する。

「な、んだ・・・これ」
「鳥葬だろ」
崖のすぐ下に多くの骸骨がバラバラに散らばっていた。
その上を鳥が飛び交い、時折降り立っては残骸を啄ばんでいる。
「鳥葬って?」
サンジの国にはなかった言葉だ。
「死体を鳥に食わせて弔う葬式だ」
「弔いって、これで?」
「鳥に食ってもらうことで、空に還るんだろ」
サンジはもう一度改めて視線を下ろし、世界は広いなとしみじみ感じ入った。

頭蓋骨の数を数えるだけでも、相当な人数だと思われた。
葬式とか言うけど、ここに打ち捨てただけなんじゃないかと不審さえ感じてしまう。
―――と、多くの骸骨の中の一体に目が留まった。
それだけはきちんと衣服を纏ったままで、しかももっさりとした縮れ毛が残っている。
と言うか、頭蓋骨から直接生えて・・・る?

「ちょっとゾロ、あれ、あの骸骨に近付いてみねえ?」
「ああ」
サンジの指示で、ゾロは骸骨の原に降り立った。
遺体であることを頓着しないのか、ゾロが歩く度に靴の下でパキポキと脆くなった骨が折れる音がした。
「踏むなよ、罰当たりだな」
「死んでんだろ」
一体だけ特異な骸骨の前に立つと、サンジはゾロの腕を伝って身軽に飛び降りた。
「な、これだけ完璧にパーツが残ってね?」
「ああ」
「なんでだろ不味かったのかな」
「不味いとはあんまりなお言葉」
「あ、失礼・・・って、え?」
「ああつい、あまりに可愛らしいお姿に口が滑りました。私滑る口がないんですが」
「―――ひえっ」
サンジは驚いて、その場でぴょんと飛び跳ねゾロの腕にしがみ付いた。


「失礼、驚かせてしまいましたか」
ガラガラと乾いた音を立てて、服を着た骸骨が立ち上がる。
砂埃にまみれた山高帽をはたき、骨だけの腕にステッキをかけて小粋に膝を折った。
「死んで骨だけブルックと申します、どうぞお見知りおきを」
「・・・・・・」
サンジはゾロの腹巻の中に収まって、改めて繁々と奇矯な骨を見上げた。
確かに、骨だ。
巨大なチリチリ巻き毛・・・もはやアフロとしか言えない髪にしゃれこうべ。
眼球のない、ただの黒い穴が目で、歯並びはいいものの歯も顎間接も全部剥き出しで。
服の下から覗く身体には肌なんてなくて、ゴツゴツとした骨ばかりが覗いている。
「骨、か」
「はい、私“死んで骨だけ”」
「死んじまってるのか?幽霊?」
「霊魂ではありません、身体はほれこの通り」
言って、その場でくるりとターンしてみせる。
「きちんと残っておりますから」
「・・・骨だけどな」
「はい、身体が骨なのですヨホホ〜」
なるほどーと納得して、サンジはようやく落ち着いた。

「・・・で、こんなとこで何してたんだ」
「はあ、その疑問はごもっとも」
人を食ったような物言いで、ブルックは優雅に掌を(骨だけれども)翻した。
「私、あまりに退屈だったものですから、ここで死んだふりをしておりました」
「死んでるのに?」
「はあまあ、死んでいるのですが」
死んでいるから、死体の山の中に埋もれていても違和感はなかろう。
だが―――
「そんなことしてて、楽しいのか?」
「退屈で死にそうでした」
もう死んでるんですけどねーと、歯をカタカタ鳴らして笑う。

「でも、このような外見ではおいそれと人里の方には行けないのですよ」
「ああ、まあ、確かにそうだよな」
サンジだって結構びっくりした。
普通のか弱い婦女子が夜道でうっかり出会ってしまったりなんかしたら、卒倒するだけじゃ済まないだろう。
「でも、だからってこんなところで、一人?」
「一人でいるのはもう慣れました」
そう言って、ところでと折っていた腰を伸ばす。
「こちらの御仁は、貴方の乗り物かなにかで」
言って初めて、ずっと無言で立っていたゾロに挨拶する。

「初めまして。死んで骨だけブルックと申します」
「ロロノア・ゾロだ」
ゾロはブルックとサンジの会話をぼうっと突っ立って聞いていただけだった。
そもそも口数の多い男ではないし、二人の会話に割り込む隙もなかったのだろう。
「俺はコック、海を目指して旅している途中だ」
「おお、海ですか。懐かしいですねえ」
「あんた、海を見たことあるのか?」
「勿論ですよ、私こう見えても昔海賊でしたヨホホ〜」
意外な話に、サンジは目を輝かせて身を乗り出した。
「ほんとか!その頃のことよかったら詳しく教えてくれよ」
「お安い御用です。けれどお二人とも、旅の途中でお疲れではありませんか?」
そう言えばと、今更ながらサンジはずっと歩き詰めだったゾロを見上げた。

「どっかで休んで、腹ごしらえした方がいいな」
「生憎ですが、この辺には食料になりそうな樹々や獣がおりません。よかったら、人里近くまでご案内しますよ」
「ああ、それは後でいいや。食料なら持ってきてるから」
言って、サンジは興味深そうにブルックを眺めた。
「あんたも、一緒に食べるか」
「私、いただいてもよろしいでしょうか?」
ぽっかり空いた眼窩が、心なしか嬉しそうに輝いて見えた。
「食えるんなら、ご馳走するぜ」
「それはぜひ、喜んで」
そう言って、ブルックは自分の住処へと二人を案内した。




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