ひらり、ひとひら
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チラチラと花びらが舞っている。
盛りを少し過ぎた花見は、旺盛に咲き誇る花々と風に散る花弁で華やかさを増していた。
艶やかな花吹雪の只中を颯爽と歩けば自然と気分は高揚し、否が応でも雰囲気に酔い痴れる。

「花見日和だなあ…」
両手に段重ねの重箱を抱え、サンジは花見客で賑わう人混みの中をひょいひょいと身を躱しながら歩いていた。
友人達が場所取りしているのはもう少し先のブロックか。
店を出る前に軽く一杯引っ掛けたから適度に酩酊状態で、気温もいつもより温かく感じる。
―――今日は加奈ちゃんも留美ちゃんも来てくれるから、思わず腕を奮っちまったぜ。
ホクホク顔で抱えているのは手製の花見弁当。
女性陣に喜んで貰えるようヘルシーでカロリー控えめ、それでいて可愛らしく飾り立ててある。
「由紀ちゃんも来てくれるかなあ、バイトが休めるといいけど…」
頭の中が女子でいっぱいなサンジの耳に、女性の悲鳴が聞こえた。
騒がしい花見客の中からではない、高い生垣の向こう側でかすかに、けれど確かに女性が危機に陥っている。
サンジはほぼ条件反射で、弁当を抱えたまま生垣を乗り越えていた。

「離してください!」
目に飛び込んで来たのは、OLらしきうら若き女性がチンピラ男に腕を掴まれている姿だった。
「この落とし前、どうつけてくれんやワレ」
「姉ちゃん、こっち来て酌でもしてくれっか」
サンジは咄嗟に木の根元に弁当だけ置くと、ゲヒゲヒと下品な笑い声を立てる男とOLの間に割り込むようにして飛び込んだ。
「てめえら、なにしてやがる!」
突然現れたサンジに男達はギョッとしつつも、すぐに不審気に眉を顰める。
「なんだ姉ちゃん、彼氏の登場か」
「彼氏だなんて、そんな…」
「違います」
照れるサンジの後ろで、女性は冷静に否定した。
一瞬凹んだものの、気を取り直してサンジはキッと男達を睨み付けた。
「寄ってたかって、か弱いレディになにしてやがる。失せろ!」
「失せるのはそっちの方だぜ、威勢のいい兄ちゃん」
「そいつらのお仲間か?」
促されて視線を下げれば、なるほど足元に若い男達がゴロゴロ転がっている。
女性にしか目が行かないサンジはまったく気付いていなかった。
「違う、ただの通りすがりだ」
「ならとっとと失せろ。無関係の人間にまで落とし前つけろとは言わねえ」
「レディ見捨てて逃げられるか、このごろつきども」
「なんだとぉ?」
それまでサンジを余裕であしらっていた男の顔付きが、ガラリと変わった。
「聞き捨てならねえな。横からしゃしゃり出てきて人をごろつき呼ばわりか」
「ごろつきをごろつきと呼んで、なにが悪い。それともヤクザか?」
そのものズバリな単語が出て、ピキリと微妙な緊張感が走った。
あららもしかしてビンゴ?と呑気に考えるサンジの背中に、OLが取り縋るように張り付く。
「まずいですよ、逃げないと…」
「そうですね、とりあえず貴女だけでも」
そう言って、サンジは懐に手を入れた。
若手の男がなにを出すかと身構えるのに、これみよがしに煙草を取り出し火を点ける。ゆっくり煙を吸って吐き出してから、サンジは挑発するように顎を上げ前髪を払った。
「ヤクザに喧嘩売ってんのは俺だからよ、こっちのレディは見逃してやってよ。俺の喧嘩は買っていいから」
「ふざけた野郎だ」
男達に視線を据えたまま、手を後ろに回しそっとOLの肩を押しやった。
OLは弾かれたようにその場から駆け出し、振り向きもせず一目散に生垣の向こうの賑やかな公園へと消える。
男達が誰一人、女の後を追わないことにほっとした。

「で、兄ちゃんはどう落とし前付けてくれるってんだい?え?」
サンジの前に立つ、一番年かさで恰幅のいいおっさんがおそらくはリーダーだろう。
いかにもカタギでないスーツに柄物のシャツ。
腕にはごつくて重そうな金ピカ時計。
脇を囲む若手たちも派手なシャツに金鎖で、いかにもチンピラだ。
めんどくさい相手だなと思いつつ、サンジはあくまでも平静を装った。
「女性に乱暴な口利いて、恐がらせるなっつっただけだ。間違っちゃいねえだろうが」
精いっぱい虚勢を張って言い返す。
多勢に無勢だが、相手がヤクザなら遠慮することはない。
大体、花見のシーズンにヤクザであることをかさに来て、こんないい場所を独り占めしようってのがせこいんだ。
駆け付けた時は気付かなかったが、サンジが踏み込んだ生垣の向こうは小さな庭になっていて、見事な一本桜が今を盛りに咲き誇っていた。
まさに絶景の花見ポイント。
ヤクザには勿体ない。

「あんたらも本物のヤーさんなら、堅気に迷惑掛けずに花見を楽しめばいいじゃねえか。女に絡むなんて野暮な真似すんじゃなくてよ」
「なんだと?」
男の顔が怒気で赤黒く染まる。
「なにも知らねえで知った風な口利くんじゃねえ」
「ああ?俺はあくまで一般論言ってんだせ。一般人に難癖付けるなんざみっともねえ…」
「あんだとお?」
「てめえ、黙って聞いてりゃ…」

「…うるせえな」

静かな、呟きのような声に、いきり立っていた男たちの動きがピタリと止まる。
応戦すべく身構えたサンジも、どこから声がしたのかと視線だけ彷徨わせた。
「人がいい気持ちで寝てんのに、ぎゃあぎゃあうるせえ」
むくりと起き上がったのは、桜の樹の根元に転がっていた男だ。
てっきりヤクザにやられた内の一人かと思っていたが、こちらもヤクザの一員か。
芝草と見紛うような緑の髪が印象的だ。
一見すると整った顔立ちだが、色の付いたサングラスの下から覗く頬には大きな傷が付いていた。
よくよく見れば羽織っただけの上着の下は素肌で、その胸にもこれまた目立つ大きな刀傷が斜めに走っている。
片手に一升瓶を握って胡坐を掻く姿は、一目で堅気じゃないとわかった。
「若頭…」
リーダーとおぼしきおっさんが畏まるのを見て、サンジは瞬時に上下関係を把握した。
サンジより年上だろうが明らかにおっさんより若い、この寝くたれた芝生頭の方が立場的に偉いらしい。
「寝てるとこ起こして悪いな。けど、女性に絡んだのはそっちだせ、無事逃がしてくれたからチャラだけどよ」
「不法侵入はチャラじゃねえぜ」
芝生頭はぐびりと酒を呷ると、手の甲で口元を拭いサンジを面白そうに見上げた。
「不法、侵入?」
「ここは私有地だ。花見の公園は生垣の向こう」
男はのんびりと片手を持ち上げ、公園の方角を指差す。
サンジは立っていた場所から飛び退くようにして移動し、でも・・・と踏み止まった。
「いくら無断で立ち入ったからって、レディに絡んだり迷い込んだ輩をのしちまうなんてやり過ぎだろ」
「この季節、花見客がやたらとこの場所に入り込んじゃあ勝手に騒いで荒らして、ゴミを残して帰る。この土地は年寄り夫婦のもんでな、花見もできねえのに毎年掃除が大変だってんで、俺らが代わりに管理してる」
「―――・・・」
「つまり、てめえらは不法侵入。わかるか?」
わからない…でもない。
例えヤクザと言えども、言ってることは相手の方が筋が通っている・・・気がする。
「でも、こんな風に相手叩きのめしてレディ脅すのは…」
「こいつらは酔っ払って騒いだから、大人しく眠って貰っただけだ。それとも、警察にでも突き出せばよかったか?」
ヤクザが警察に訴え出るなんて笑い話にもならないが、確かによく見れば倒れている男は血を流したり顔を腫らせたりはしていない。
尻ポケットに挿したままのでかい財布も手を付けられていなかった。

「邪魔だ」
芝生頭の一声で、若手達は手分けして転がった男たちを担ぎ上げ、生垣の向こうに乱暴に投げ捨てて行った。
その動きに紛れてサンジもこの場を離れようとしたが、ガタイのいいおっさんが目の前に立ち塞がる。
「おいおい兄さん、どこ行く気だい?」
「迷い込んだこいつらの落とし前はついた、てめえはどうだ」
おらおらおらと、典型的なチンピラ歩きで男達が周りを取り囲んだ。
サンジは音がしないように、息を詰めて唾を飲み込む。
非常にヤバい状況だ。
人数的には、むやみやたらに蹴散らして逃げられない数ではないが、自分に非があるのは自覚しているからそれを認めずして逃げ出す気にはなれなかった。
「…悪かった」
「ああ?何言ってっか、聞こえねえなあ」
おっさんはわざとらしく耳に手を当て、身を屈めた。
「悪かったって言ってんだろ!」
逆ギレて怒鳴るサンジの頭の上から被さるように、おっさんが怒鳴り付ける。
「悪かったですみゃあ、警察はいらねえんだよ!」
さすが本物、迫力が違う。
「関係もねえのに女にいいとこ見せようとしてしゃしゃり出てきて、勝手に人の土地に乗り込んだ挙句、俺らをごろつき呼ばわりだ。随分舐められたもんだな」
「ううう…」
言い返したいがなにも言えない。
人の顔に唾掛ける勢いで喚くおっさんの顎を蹴り上げたくなるが、必死で堪えた。
サンジにだって、矜持ってもんがある。
自分の非を誤魔化して、蹴り飛ばして逃げたくはない。
「おら、どう落とし前付ける気じゃおどれ」
任侠映画さながらの巻き舌に、冷や汗を掻いて固まったサンジの前で芝生頭がゆっくりと立ち上がった。
「ったく、眠気覚めたじゃねえか」
尻に着いた土をパンパンと払い、サンジを見下ろしてにやりと笑う。
ほんの少し、芝生頭の方が目線が高い。
「しょうがねえ、てめえ俺の眠気覚ましに付き合え。そしたらチャラにしてやる」
「眠気覚まし?」
ヤクザらしく、手合わせでもしようと言うのか。
それならサンジも、やぶさかではない。
二、三発くらい殴られるのも覚悟の上だ。

「若頭…」
おっさんは不快そうに顔を顰めた。
「こんな、どこの馬の骨ともわからねえ奴を。もし仕込みなら…」
「そうは見えねえ」
芝生頭は手を伸ばし、サンジの髪を一房摘んだ。
ぎょっとして手を振り上げ、髪に触れる指を叩く。
「なにすんだ!」
「毛並みも良さそうだ」
邪険に手を振り払われたのに怒りもせず、芝生頭は肩を竦めて顎をしゃくる。
「ついて来い」
―――なんだこいつ、偉そうに。
ムカつきながらも、サンジは渋々男の後に付いて行った。

向かった先は公園の公衆トイレだ。
最近設置されたばかりなのか、公衆トイレにしては臭気もなく明るい。
身障者用トイレも、中が広くてなかなか快適―――
「って、なんで連れションなんだよ」
中に入ってから慌てて振り向いたら、芝生頭はごそごそと前を寛げてべろんと出した。
「――――――?!」
「咥えろ」

どっ、ええええええええええ――――っ

なんで?なにが?どうなった?
パニックに陥ったサンジの目の前に、見慣れない他人の男のモノが…
「ここんとこ忙しくてな、溜まってんだ。てめえができねえってんならさっきの女連れ戻すか、てめえの女でも連れて来い」
ダメだダメだダメだ、加奈ちゃんも留美ちゃんも由紀ちゃんだって絶対だめだ。
こんなヤクザの凶悪ブ…
つい、まじまじと見てしまった。
まだ臨戦態勢でないとは言え、十分な大きさと質量を持っている。
こんなん口に入れるとか、おちょぼ口のレディには無理だろう。って言うか、なんでどうしてこう言う展開になってんだ?
「やるのかやらねえのか、どっちだ」
決して恫喝ではない。
どちらかと言えばからかうような男の口調にカチンと来て、勢いで返事する。
「うるせえ、やってやろうじゃねえか。これで落とし前着けてやる」
絶対できっこないと思っているのだろう。
面白そうな男の目線に挑むように、サンジは憤然と手を伸ばし男のモノを掴んだ。
うわあ…
やっぱりと言うか当然と言うか、それは男のモノだった。
自分のよりほんのちょっと太くて長いが、間違いなくそれ。
好き好んで他人のなんて掴んだこともないそれを、この手で握って、それから、く、くくくくくく・・・
「――――――・・・」
声にならない叫びを無理やり飲み込んでも、指がかくかく震えてしまう。
ほんとにこんなん、口に入れるのか?なんでそこまでしなきゃなんないの。
俺がなにしたっての。
まあ、ちょっと余計なことしちまったけどよう。
「できねえか」
男は自分のイチモツを他人に預けながら、からかうようにせせら笑った。
随分と間抜けな格好のはずなのに、あまりにも堂々としていて言いなりになっている自分の方が間抜けに思える。
間抜けついでで、とっとと済ませてこの状態から抜け出してしまおう。
サンジはうまく回らない頭でそう結論付けると、その場でしゃがんだ。

若干アルコールが入っているのと極度の緊張状態のせいで、正常な判断ができなくなっていたのかもしれない。
ともかく目の前の問題解決を急ぐとばかりに男のモノを指で挟んだまま目の前に持って行った。
―――これ、マジで口に入れるの。
持ち上げてもくたりとしている。
そりゃそうだろう、いつでも何処でも臨戦態勢バッチ来いオーライな状態で勃ってたらモノホンの変態だ。
つうか、一応サンジはれっきとした男だから、男を前にしてギンギンにその気になってくれてたりしたら完璧そっち系さんじゃないか。
そうでないなら、まだ救われる。
文字通り落とし前をつける意味で、サンジは目を閉じるとえいやとばかりに口の中に入れた。
恐れていた臭気や特異な味などはなかった、幸いなことに。
え、野郎のってこんなもん?と思いながらなんとか入るところまで頬張ってみると、口の中でどんどんと硬さを増していく。
ああ、ちょっとは気持ちいいのかな・・・とぼうっとした頭で考えていたら、喉の奥につかえるほどどんどん膨張して来た。
えーなんか、ちょっと、苦し・・・
「舌を使え」
男の手ががしっとサンジの頭を掴む。指先に力が入り、地肌が擦れるほどの圧力を感じた。
痛いじゃねえか、乱暴にするなと睨み付けようとして目線を上げたら、角度が変わったのかモロに喉の奥を突いた。
思わずえずきそうになるのに男の手は容赦なく押え付け、あろうことか自分の股間へと押し付けるように後頭部を引き寄せる。
「・・・ん、ぐっ、ん」
陰毛が鼻先に当たる。
くっきり割れた硬い岩石みたいな腹筋が、眼前に迫った。
中途半端にしゃがんでいたから倒れ込みそうになって、慌てて膝を着き両手を男の太股に当てる。
だが男は有無を言わせず、サンジの顔を掴んで勝手に腰を振り始めた。
「はぅっ・・・ふぐっ、ぐぅ―――」
「オラ、歯ぁ立てんじゃねえぞ」
片手でサンジの顎を掴み、無理やり唇を窄ませながら舌で舐めることを強要する。
先ほどまでの穏やかさはどこへやら、力の入った指先も仕種も声だって乱暴だ。
「・・・ふぇ、えぅっ、え・・・」
痛い、なにもかも痛い。
ちょっと指先が当たっているだけなのに地肌は禿げそうなほど痛いし、顎だって痛いし頬に穴開きそうだし口ん中いっぱいで勝手に涎が垂れ零れるしヌプヌプ言うし鼻だって押し付けられて息が苦しい。つか、マジ苦しい―――
「う、ぇヘッ・・・」
無理、もう無理と叫びたいのに悲鳴も出ない。
一生懸命両手で男の膝を押してもビクともしないし、蹴り付けたくても跪いているから無理だ。
あまりの苦しさに、本気で目の前が暗くなる。
「・・・ふ、ぇえ・・・」
泣き声が出そうになったら、急に後頭部を掴まれた。
髪の毛ごと引き剥がされ、口を開けたままぷはっと息を吐き喘ぐ。
やることがめちゃくちゃすぎて、感情がついて行かない。
「ふ、が・・・はっ」
目も口も開いた状態で涙と涎を流しながらヒーハー言っていたら、男は上から覗き込んで来た。
恐ろしく凶悪で凶暴な顔だ。あの、ちょっと寝惚けたような表情とはまったく違う、猛禽類のような獰猛な目付き。
「ちんたらやってんじゃねえよ」
酷い、なんか酷い。初めてなのに、やれって言ったからやったのに。
「お陰でその気になっちまったじゃねえか、もう収まりつかねえからな」
めちゃくちゃ勝手なことを言う。そんなん知るかと言いたいのに、再び顎を掴まれ後方に引かれた。
いつの間にか男の手は脇に回っていて、猫の子でも持ち上げるみたいにひょいと立ち上げられていた。
「な、に・・・」
手すりに手を置かれ、ちゃんと掴まってろと言わんばかりに甲の上から押さえつけられた。それでいて男の手は器用にバックルを外し、下着ごとズボンをずり下ろす。
「ちょっ・・・待て、なにをっ」
抵抗する暇もなく、双丘の奥にぬるりとした感触が触れる。
思いがけないほど滑らかな動きで、何かが中に入った。
「な、ななななななななに?なになに今のななななに?」
「座薬だ。即効性あるからちと待てばすぐ効く」
なにが?なにが効くのどう効くの人のケツになに挿れてくれてんの―――?!
サンジはバカみたいに手すりに掴まって、正面を向いたままあわあわと口を開け閉めした。
振り返って男を蹴り倒し逃げ出すという選択肢は、まったく頭に浮かばなかった。だってケツになにか入ってる。
小さくてつるんとしてて、別に痛くもなんともないけれど確実に奥に何かが入ってる。
じわじわ痺れた感覚と共にさらに奥へと押し進んでいる。
勝手に中に入っていく訳じゃないから、なにかが押してんだ。
つか、押してるのこいつの指だよ。てか、こいつの指が俺のケツん中入ってんの?
つか、こんなに指入っても大丈夫なの、俺のケツ?
「うわわわわわわ・・・」
瞠目したまま叫び掛けたら、もがっと口の中に布を詰め込まれた。
危うく気道を塞ぎ掛けて一瞬白目を剥く。
男は背後から覗き込み、口だけを塞ぐように噛ませ直した。
「叫びたきゃ叫んでいいぞ、誰か助けに来てくれるかもしれん」
言いながら、サンジの身体を前に倒し、腰骨を掴んで引き寄せ尻だけを突き出す格好にさせた。
呼べない、こんな状態で助けなんてとても呼べない。
でも助けて欲しい、こんなん嫌だ、誰か助けて、でも誰も来るな・・・
「・・・い―――」
思わず息を詰めそうになるが、布を突っ込まれた口は閉じることができなくて喉の奥から声にならない叫びだけが漏れた。
ケツの中を、男の指がぐりぐりと押してきている。
あちこち擦ったり入れたり出したり回したり、感覚だけ拾ってもやりたい放題だ。
こんなに無茶苦茶されても中の感覚は痺れたみたいでさほどはっきりとはしない。ぶっちゃけ痛くない。痛くはないが、圧迫感があって気持ち悪い。
「―――ん―――んん・・・」
気持ち悪い、尻を指で広げられて気持ち悪い。
手すりを掴んだ手は硬直して、思わず身体ごと取り縋るみたいに上半身だけ倒した。
両足は無意識に踏ん張ってしまって、ますます男に尻だけ預ける形になってしまう。
「ふぎ、ふぎぃ・・・」
ヤバイ、無理だと言いたいのに声にならず、無様な呻き声だけが漏れた。
誰もトイレに入ってくれるな、頼むから、気付かないで―――
「―――ひぅ・・・」
瞳が、限界まで見開かれた。
男の荒い息遣いがすぐ耳元で聞こえる。
尻頬にぺたりと人肌が当たって、先ほどまで乱暴に穿たれていた場所に圧倒的な質量を持った熱い塊が押し当てられるのがわかった
「・・・ん、ん――――――っ」
無理、無理無理無理、そんなん無理――――っ!
口の中でだって、相当だったのだ。あんなの絶対に収まるはずない。
大体そこは入れるとこじゃなく出すとこ、だ、って・・・言・・・て――――
「んぐぅ、あああああああ・・・」
息を吐くと叫んでしまうから、慌てて吸った。
吸い込みながらも、目の前が赤く染まり後頭部はすうと血の気が下がって冷えていく。
身体中がバラバラになったようだ。
手も足も、パーツの一つ一つが自分のものではないみたいで思うように動かせない。
ただ、男に貫かれ容赦なく蹂躙される中心部だけが熱と痛みを伴ってこれが自分の身体だと思い知らせてきた。
「あふ、ふぁっ、は・・・」
あり得ない、こんなことあり得ないと思うのに男は背後からサンジの身体を押し上げていく。
つま先が浮いて、手すりを掴んでいなければこのまま跳ね上がってしまいそうだ。
こんな、立ったままでこんなことに―――
「んぐ、あ、ふぁ―――」
ずんずんと激しく突かれ、サンジは壊れた人形のようにくたりと項垂れて揺さぶられた。
もう、踏ん張る足にも力が入らない。
己の体重でより深くまで内部に減り込むのに、抵抗する術すら見失ってされるがままだ。
「―――ひ、は・・・はぃ・・・」
ぐぐぐっと奥まで突き入れられ、背後から回された腕が腹を抑えた。
まるでノックするように二、三度押し込まれてからぶるりと肌が震える。
中で馴染ませるように数度擦り上げ、圧迫感が引いていった。
ずるりと、男のものが引き抜かれたのがわかった。
次いでサンジを抱えていた両手も離れ、支えを失ってそのまま床に崩れ落ちた。
足に力が入らない。
なんとか手すりに掴まって身体ごと倒れるのは免れたが、踏ん張る箇所がわからなくて視線は床に落ちたままだ。
顔を上げることすら叶わない。
視線の先に、男の靴があった。
頭上でジッパーを上げる音がして、靴は踵を返し大股で遠ざかって行くのが見えた。
いかにも、もう用は済んだと言わんばかりだ。
サンジは心底ほっとして、項垂れたまま口の中に突っ込まれていた布を吐き出した。

「・・・ち、くしょうめ」
手すりに縋り付くようにして息を吐くと、足の裏を意識して靴を床に着けた。
少しずつ感覚が戻ってくるが、自分の手足の動きがこんなにままならない感覚は初めてだ。
妙な座薬を使われてケツに突っ込まれただけで、殴られたり蹴られたりなどしていない。
なのに、心に受けた衝撃だけでここまで身体にまでダメージを受けるとは知らなかった。
真っ直ぐ立ちたくても、足首までずり下げられたズボンが絡まって歩幅を広げられない。
とにかく引き上げるべく片手を下げてベルトを掴んだら、不意に背後の扉が開いた。
ひっと硬直して、弾かれたように振り向く。
「ひょう、いーい眺めだな」
「兄貴に散々可愛がられたんだろ、俺らにもおこぼれ分けて貰うぜ」
さっきのチンピラ達がニヤニヤ笑いながら中に入ってくる。
サンジは咄嗟にズボンだけ引き上げると、両手で腰を抱くようにして一歩下がった。

「っざけんなぁっ!」
怒号と破壊音が木霊して、コンクリートの壁にヒビが入る。
表でウロついていた他の男達はなにごとかと公衆トイレに目をやった。
先ほど入ったばかりの若手が一人、真横にふっ飛ばされて桜並木に突っ込んでいる。
枝が大きく揺れて、まるで雪崩のように花びらが舞い散った。
「なんだ?」
「出入りか?」
いきり立つ男達の前に、サンジはゆらりとふらつきながら現れた。
ジャケットは肩からずり落ちシャツもはみ出して、両手で押さえたズボンはベルトが外れたままで見た目にボロボロの状態だ。
それでいて、俯いた顔からは怒りを湛えた目だけが爛々と光って見えた。
「おーまーえーら〜〜〜〜〜」
「この野郎っ」
後ろから取り縋ろうとした若手を、振り向きざまに長い足で蹴り飛ばす。
両手はベルトを掴んだままで、足だけで器用に蹴り飛ばし踏み付けて転がした。
「ふざけんなよこの野郎、俺は落とし前つけただろうが!」
まっすぐに芝生頭だけを睨み付け、足を縺れさせながら歩み寄る。
「てめえで落とし前つけたんじゃねえかよ、このクソやっ・・・」
掴み掛かる前に動きが止まった。
腹に一撃喰らったことも気付かないまま意識が途切れ、すとんと膝から崩れ落ちる。

「―――気に入った」
誰のものだかわからない声だけが、耳に残った。



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