heart of mind 3



ちょっと待て、絶対変だこれ。
買い出しが進まない・・・
じゃなくて、何かがおかしい。



結局ゾロを引き止めるのに相当の時間を費やして、仕方なく昼食を食べに店に入った。
適当にメニューを見て注文するサンジの横で、ゾロは頬杖をついてあちこちに視線を送っている。
ウェイトレスがぽっと頬を染め、意味ありげな目線を返して奥に引っ込んだ。
なんとなく面白くなくて、サンジは乱暴に灰皿をテーブルに置くと、タバコに火をつけた。

さっきから見ているとゾロは決して自分から積極的に声を掛けている訳ではない。
だが、隙があるというか、話しかけられやすい雰囲気になっているようだ。
しかもアイコンタクトは積極的に取っている。
そのため、女の方からやたらと声がかかる。

「お待たせしました。」
繁盛している店らしく、出来上がるのも早い。
湯気の立つ皿を置こうとすると、ゾロがさりげなく場所を空けた。
「ありがとうございます。」
「熱そうだな、火傷すんなよ。」
言いながら女の手を包むように、そっと皿を受け取る。
「大丈夫、こう見えても力持ちなのよ。」
「へえ、とてもそうは見えねえ。」
「あなたもとっても力持ちそうね。」
「まあな。」
フォークを持ったゾロの二の腕が、ぴくっと小さく動いた。
「きゃ、凄い筋肉。」
「あんだ、触ってみっか?」
「ええっいいの〜?」

ごほん!とサンジはわざとらしく咳払いをする。
「さっさと食え。まだ買い出しが残ってる。」
不機嫌丸出しのサンジの様子にウェイトレスは肩を竦めて、それでもウィンクを残して去っていった。
ゾロは首を振ってグラスを持ち上げる。

「なんだってんだクソコック。ったく無粋な野郎だぜ。」
「クソはどっちだ。女と見れば鼻の下伸ばしやがって、てめえどっかおかしいぞ。」
「おかしいのはてめえだろうが。いつも女のケツ追っ掛けまわしてんのは、てめえの方だろうがよ。」
やっぱりかよ、とサンジは顔を上げた。
「なんだ、てめえもおかしいとわかってんのか?」
「ああ、おかしいのはわかる。いつもならてめえが女と喋り倒して俺がそれをいちいち引っ張ってたんだ。」
ゾロが真面目な顔で頷いたので、サンジはちょっとほっとした。
やはり覚えていることは同じなのだ。

「そう、だよな。俺なんであんなに女にばっか声掛けてたんだろう・・・」
「女に声掛けねえで何が楽しいんだ。女はこの世の潤いだぞ。」
会話を交わしながらも、二人とも強烈な違和感に襲われて黙り込んだ。
確かにおかしい。
記憶を失くしている訳ではないから、お互い素の自分のことを自覚している。
それでも、今の感情とそれが合致しない。

魔女の仕業だな。
ゾロは薄々気付いていた。
あの赤い実を見せた辺りから、ナミの様子がおかしかった。
何かおかしな術でも掛けられたんだろう。
しかし・・・

「まあ、体勢に影響なければ構わねえだろ。」
「ああ?何がだ?」
最後は口に出して呟いていて、ゾロはサンジの問いには答えず黙々と食事を始めた。
サンジも渋々皿に手をつける。
仕方ない、さっさと食事を済ませて買い出しを急いでしちまおう。
そう思っているのに、顔を上げればゾロはもう、他のウェイトレスと合図を交わしていた。
何故だか無性に苛々する。






女の前でいちいち足を止めるゾロを、その度蹴り倒しながら、サンジは漸く買い物を済ませることができた。
荷物を倉庫とラウンジに運び込ませて、ほっと一息つく。
ゾロは甲板に出て鍛錬を始めたようだ。
これで暫くは安心だと胸を撫で下ろし、すぐに何が安心なんだと一人で突っ込んだ。
別に、ゾロがナンパに勤しむのなら放っといて自分だけで買い物を済ませればよかった。
それなのに、どう言う訳かゾロが女と話すたびにムカついて、蹴りを入れずにはいられなくて。
―――無駄な体力使っちまったぜ。
なんだか異常に疲れた気がして、サンジはとりあえずお茶を入れた。

ゾロはおやつを喜んだりしないから特別に用意する必要はないんだけれど、それでもちょっと摘まめる程度に即席のピザを焼く。
アイスティーと合わせて甲板に足を運べば、いつもなら見苦しく汗を飛び散らせて振り回している姿がない。
耳を澄ませば、華やかな笑い声。

「ええ〜、今日はもう降りてこないの?」
「ああ、また明日会えっといいな。」
「つれないわね〜」

ぶちぶちっと血管が2、3本切れた気がした。
この野郎、鍛錬放り出して、なに女といちゃついてやがんだ!
サンジはトレイをそっと水樽の上に置くと、船縁に凭れて嬉しそうに話しているゾロの背中に思い切り飛び蹴りをくらわした。









「ハッピーバースディゾロ!!」
「ハッピーバースディ〜!!」

皆が高らかに唱えてグラスを合わせる。
美しい夕暮れをバックに、甲板には急拵えのテーブルもどきがあちこちに設置され、ところ狭しとご馳走が並べられていた。

「めでてえなあ、俺誕生日大好き。」
「宴会が好きなんでしょ。」
「ゾロ、おめでとうな!」
「ああ、ありがとう。」
皆に囲まれる位置に雛壇を作られて、ゾロはそこに胡坐を組んで座っている。
ぐるりを囲むように酒瓶が立てられているから、非常に機嫌がいい。

「今日だけは特別よ、1回3千ベリーでお酌してあげるv」
「へえ、安いじゃねえか。」
ゾロの応えに、ナミとロビンは黙って肩を震わせた。
ウソップもチョッパーも前もってナミから話を聴いてはいたが、やはり目を丸くして成り行きを見守っていた。
「てめえこそ、飲んでばっかじゃなくて飯も食え。ロビン、甲板に直に座ると冷えっぞ。俺の上着敷け。」
「ありがとう。どうぞお構いなく。」
うひゃひゃと笑いの止まらなくなったウソップを、チョッパーが必死に宥める。

「あんだゾロ、なんかおめえおかしいな。」
「ルフィもそう思うか?まあ、仕方ねえ気にすんな。」
飄々と言葉を交わし、酒を酌み交わす。
その間をすり抜けるように、サンジが大皿にケーキを乗せて運んできた。
「うまほ〜〜〜」
「あああ、ゴムを押さえとけ!くんなっ」
「ルフィ、ダメだぞ。我慢しろ〜」
わいわいと騒ぎながらケーキを取り囲む。

サンジは美しくデコレートされたケーキに頓着せず、ささっと切り分けて最初にゾロに渡した。
ゾロがそれをロビンに手渡す。
「あら、私がお先でいいの?」
「当たり前だろうが。」
サンジはどことなくむっとして、2皿目をゾロに渡した。
ゾロはそれをナミに渡す。
「うふふ、とっても美味しそうね。」
「たらふく食えよ。どうせお前らは食ったって太らねえ体質なんだ。」
ゾロは目を細めてロビンとナミを交互に見比べている。
その様子に、ウソップはとうとう耐え切れなくて笑い転げた。
チョッパーも口を半開きにしてへらへらするしかなく、ルフィは既に3皿目をゲットして食べ始めている。

「美味い!おかわり!」
「ちょっと待て、まだ俺食ってねえっ」
「つうか、俺らまだ貰ってねえよ!」
「うっせえな、食わねえとなくなっぞ、モタモタすんな。」
サンジは何故だかカリカリしていて、乱暴にケーキを切り分けると空いた皿とナイフを持ってさっさとラウンジに引っ込んでしまった。
ナミとロビンがそっと顔を見合わせる。

「コックさん、何か様子が変ね。」
「メロリンしないからヘンって訳でも、なさそうよね。」
「おい。」
急に声を潜めて話しかけられて、びくんと振り返る。
酒を片手に、ゾロが半眼でこっちを見ていた。
「お前らには、ちょっと聞きたいことがある。」
「・・・」
二人再び顔を見合わせ、どうぞとゾロに向き直った。







「入れ替わり、だと?」
ゾロは胡散臭そうな顔で、ぐいと杯を煽った。
すかさずロビンが酒を注ぎ足す。
「そうよ、なんだか一部分が入れ替わる実ってのを食べさせてみただけなの。ほんの悪戯心じゃないv」
ぺろりと舌を出して笑うナミに、ゾロは思い切り顔を顰めて見せた。
「ったく、ろくなことしやがらねえ。道理で、なんかおかしいとは思ったけどよ。」
「自覚症状はあるの?」
「ああ、別に前のことを忘れてる訳じゃねえから、お互いおかしいとは思ってる。」
けれど、これはやはり感情の問題なのだ。
現に、今こうしてナミやロビンと話していること自体が、ゾロにとってはひどく楽しい。
なんてことしてくれたんだと、怒りに似たものも湧いてこない。
「効果のほどは24時間らしいから、明日の出発の時にはもう元に戻っているはずよ。」
「そう願いてえな、なんかしっくり来ねえ。」
あーあと腕を組んで伸びをするゾロの隣で、ナミはぼそりと呟いた。

「私、このままの方がいいわ。」
言ってからあ、と口元を抑えた。
「ああ、なんでだ?」
「聞かないでよバカ」
「そうね、私もちょっぴりそう思うわ。」
ロビンが穏やかに笑っている。

「でもこのままでは、なんだかコックさんが可哀想。やっぱり早く元に戻るといいわね。」
静かにそう言い置いて、ロビンは空いた皿を持って立ち上がった。





静かなラウンジで、サンジは一人皿を洗っている。
ロビンはシンクの横に汚れた皿を置くと、手伝いましょうかと声を掛けた。

「あ、ありがとうロビンちゃん。すぐに片付けてしまうから、甲板でゆっくりしてて。」
そう言って笑みを返すサンジの姿に、これといった変化はない。
けれどこれは、きっとサンジにとって当たり前の範疇なのだ。

「剣士さんが、なんだかとっても穏やかになっていて驚いたわ。」
ロビンの言葉にサンジはええ、と振り向いた。
「ロビンちゃんもそう思う?っつか、なんか気付いた?あの腹巻マンのこと・・・」
「ええ、なんとなくだけど・・・」
「やっぱり、気のせいじゃねえんだな。なんかあいつ・・・妙に女に馴れ馴れしくなっててさあ。どうしたってんだろう。」
そう言う貴方も変わったのよ。
言えなくて、そっと小首を傾げて返した。

「脳みそ緑な上になんか湧いたのかなあ。とにかく市場ででもちょっと目を離すとどっかの女と話してて、参ったよ。使えねえどころかとんだお荷物だ。」
「けれど、なんかいい感じよ、彼。」
つるっと泡だらけのサンジの手から皿が滑り落ちた。
軽く跳ねて水飛沫を上げる。
「あ、ぶねえ・・・」
「割れなくてよかったわね。」
「ああ・・・じゃなくて、何?ロビンちゃん。」
「え?いい感じになったって、それ?」
ぶんぶんと、サンジが頷く。

「だって、とても穏やかな目で見つめてくるんですもの。なんだかどきりとするじゃない。」
「ど、どどどどどどきりとするの?ロビンちゃんでも?」
吃驚して声が裏返ってしまった。
まさか、ロビンからそんな台詞を聞くなんて。
「だってあいつ、女と見りゃあ鼻の下伸ばして、あちこちで目合わせては喋るんだぜ。あんな節操なし、男の風上にも置けねえよ。」
その口が言うかと、ロビンは笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
「まあ確かに普段の剣士さんからは想像できない姿でしょうけど、今ああしている限りでは、そう悪くはないわ。」
風に乗って、甲板からの賑やかな声が響いてくる。
「私や航海士さんにあれこれ気を配ってくれて、でも全然わざとらしくないの。さりげなく、それでも剣士さんにしては饒舌に、てらいもなく褒めてくれるから、女としては嬉しいわね。」
「・・・ふうん、そう・・・そんなもんなんだ。」

サンジはシンクに凭れてタバコを取り出し、火をつけた。
軽く吸い込んでふうんともう一度頷く。
「まあ、珍しいんだよな。だから新鮮に写るんだ。男の俺から見たら、みっともねえとしか思えねえけど。」
「そうかもしれないわね。」
ロビンはそう軽く流すと、ラウンジを出て行った。



その後ろ姿を見送って、サンジの眉間に皺が寄る。
「悪くねえって、なんだよそれ。」
あーんな女たらしの口だけ男の、どこがいいって言うんだろう。
しかも、それがいいってなんだよそれ。
女にへらへらしてなくても、気が利かなくてもゾロは充分魅力的だったはずだ。
「女にとっては、だけどな。」
いきなり湧いたゾロへの評価に自分でも吃驚して、サンジは慌てて付け足した。
決して、俺がゾロを魅力的だなんて思っていた訳ではない。
絶対に。
ただ一般論として、ああいうタイプは無愛想でもモテてんだろうなと思うだけだ。

実際、一緒に街を歩いていても、ゾロは女達からの視線を集めていた。
強面の外見に腰に挿した刀で近寄り難い雰囲気はあるが、見た目はそう悪くない。
じじシャツに腹巻という最大のウィークポイントさえなければ、女が放っとかないルックスだろう。
それが悔しくて、差をつけられるのが嫌で、ゾロと一緒のときは殊更丁寧に女に接していたし、言葉巧みに誉めそやしたりもしたもんだが・・・
俺は何やってたんだろうなあ。

今思い返せばなんとも情けない行為だった。
女の気を引くと見せかけて、常に意識していたのはゾロの方だ。
ゾロに負けたくなくて、無視されたくなくて足掻いていた気がする。
けど今ゾロは女にばかり興味がいってる。
甲板でもきっとナミとロビンに囲まれて、ご満悦で酒を飲んでいるんだろう。
それを想像するだけでムカムカした。
そんな姿、見たくない。




粗方後片付けが終わっても甲板に戻る気になれなくて、サンジは一人ラウンジでタバコを吹かしていた。
「何してんだ、お前。」
灰皿に吸殻が積み上げられた頃、ゾロがひょこりと顔を覗かせた。
「あ?なんだ?」
サンジが我に返ったように顔を上げる。
「皆は?」
「ナミとロビンは部屋に戻った。ウソップとチョッパーは男部屋に放り込んだし、ルフィは見張り台にいる。」
「そうか・・・」
どうやらお開きになったらしい。
折角のゾロの誕生祝だったのに、結局自分はろくに顔も出さなかった。
なんとなく気まずくて、サンジは立ち上がると灰皿を片付ける。

「んじゃ、ルフィに夜食持ってってやんなきゃな。」
「ああ、俺はちょっと出掛けてくる。」
え?とあからさまに振り返ってしまった。
「出掛けるって、こんな時間にか?」
「夜はこれからだろうが。飲み直してくんだよ。」
「あれじゃ足らなかったのかよ!」
サンジは怒りを顕わにして怒鳴った。
今日の日のために、米の酒をたんまり準備したのだ。
ゾロが酒屋の娘と楽しげに話している時だって、どれがいいか一生懸命吟味してた。

「ああ、あの酒は美味かった。けどてめえあんまり飲んでねえだろ。一緒に行かねえか?」
ガリガリと、ゾロが頭を掻きながらそう言ってくる。
「一緒にって・・・」
「誕生日なんだから、ちゃんと付き合えよ。」
そう言われれば、断れない。
サンジは顔がにやけそうになるのを必死で抑えて、仕方ねえなと呟いた。







―――やっぱ、来るんじゃなかった。

賑やかな酒場の片隅で、サンジは水割りを片手に激しく後悔していた。
さんざめく女達の嬌声がぐるりを取り囲んでいる。
「きゃー素敵vこれで24人抜きようv」
「すっごいわ、全然酔っ払わないの?」
「さすがねえ。」

最初は確かに二人で飲んでいたはずなのに、気付けば酒場中の女達が集まったかと思うくらい囲まれていた。
ぴーちくぱーちく囀る鳥よりうるさい女達の笑い声にも、ゾロはいちいち頷いては笑みを返している。
「あんまり飲むと、この店が潰れっだろ。」
「大丈夫、飲み代は全部負けた人が払うんだから。」
「誰か、もう挑戦する人はいないの?」
きゃあきゃあと囃し立てて、ドサクサに紛れるようにゾロにしな垂れかかる。
「ああん、見てるだけで酔っ払っちゃったあ。」
「やーだ、あんたわざとらしいわよ。」
「だって、すっごく逞しいのvこの胸・・・」
「腕だって、こんなに太い〜v」
胸元から零れ落ちそうなほど膨らんだ胸を、ゾロの二の腕にむにっと押し当てている。
サンジは思わずその盛り上がりを凝視して、慌てて目を逸らして杯を呷った。

「ねえ、金髪のお兄さんももっと飲んでようv」
「大丈夫よ、お代は全部負けた人につけてあげるから。」
きゃいきゃいとマニキュアに彩られた指で髪を梳かれて、サンジはうるさそうに首を振った。
「触んな。俺に構わなくていい。」
「いやん、お兄さん拗ねてる?」
「ああ、そいつは女嫌いなんだ。気にすんな。」
ゾロに言われてカッと来た。
「何が女嫌いだ。お前が女にだらしなさ過ぎるんだよ。」
「んまー、もしかしてヤキモチ焼いてたの?ごめんなさい。」
他の女達がきゃあと歓声を上げた。
「それならそれと言ってくれないと、ねえ・・・」
「ええ、でもこっちのお兄さんは女でも大丈夫なのよね。」
「ねえ、今夜は私とv付き合ってくださらない。」
「あーら何抜け駆けしてんのよ!」
またぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。

サンジはダンっと乱暴にグラスを置くと、勢いよく立ち上がる。
「俺あ、帰る!」
「ああ、今から帰ってどうすんだ。泊まろうぜ。」
「んな・・・」
目を剥いて見下ろせば、女の白い肌と香水に取り囲まれたゾロが、にやりと笑って見せた。
「お前も誰か選べよ。ここの2階は宿になってんだとよ。」
いやーん私ようvと女の声が鳴り響いた。
サンジは、どこか信じられない思いでその喧騒に包まれていた。



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