heart of mind 4



まあ、誕生日の過ごし方としては至極真っ当でいい展開だ、とは思う。
仲間達に祝福され、宴会もして、たらふく飲んで綺麗な女と夜を過ごすんだ。
上等じゃねえか。
羨ましいくらいだ。
なのに―――

「なんでこうなるよ。」
サンジは一人ごちて白いシーツに突っ伏した。
久しぶりの柔らかなベッド。
眠りに就くには丁度いい酔い具合だが、今は一人じゃない。
シャワー室から女の鼻歌が聞こえてきてサンジはげんなりと肩を落とした。

結局、あの女たちの1人と部屋に入ってしまったのだ。
ゾロはまだ揉めていたから、恐らくは数人と隣の部屋に入ったんだろう。
そう思うと胃が冷たくなるような不快感があって、サンジは更に深く項垂れる。

今頃ゾロは、女達をその手に抱いているんだろうか。
柔らかな肌に触れ、乳房を揉みしだいて弾力のある肉に顔を埋めているんだろうか。
胸糞悪くて吐き気がする。
飲みすぎたんだきっと、そのせいで、こんなにも気分が悪い。



「おまたせ」
湯気をまとって女がシャワー室から出てきた。
タオル1枚を巻いて、腰をくねらせサンジの前まで歩いてくる。
白く華奢な足。
むっちりとした太股。
腕は細くしなやかで鎖骨の浮いた痩せた肩の割りに、胸は高々と盛り上がっている。

「大丈夫?お水持って来ましょうか?」
優しく掛けてくれ声さえ耳障りで、サンジは緩く首を振った。
「悪いけど、出てってくれないか?」
ここまで来ておいて、あんまりな話だろう。
けれどサンジには、女のプライドまで思いやってやる余裕などなかった。
そのたおやかな姿を、妖艶な乳房や腰のくびれを目にしてしまったら、きっと胸が張り裂けそうなほど辛くなる。
ゾロが、隣の部屋で同じように他の誰かと抱き合っているのかと思うと、それだけでもう―――

今更ながら、気付いて愕然とした。
何でそんな風に、ゾロのことばかり気にかけるのか。
本来ならこのシチュエーションは大歓迎の筈なのに、今の自分には女は鬱陶しいだけで、
しかも嫉妬の対象になっている。

「そんなこと言わないで。」
女がサンジの肩に手をかけた。
とっさにその手を払い、声を荒げる。
「出てけっつってんだろ、犯されてえか!」
言ってからはっとした。
口元を押さえ、ベッドの上で後ずさる。
「ごめん・・・」

嫌だ。
こんな自分は嫌だ。
こんなの、俺じゃない。

女は白けたような顔をして、ふんと溜め息をついた。
「仕方ないわね。お邪魔なようだから、私はこれで失礼するわ。」
脱いだドレスを抱えて、タオルを巻いたなりつんと澄まして出て行った。

扉の閉まる音を聞きながら、サンジは改めてベッドに突っ伏す。
一人でいたって、眠れそうにはない。
それでも今は目を閉じてじっと夜が明けるのを待つしかないのだと、そう思って目を閉じた。





かちゃりと、ドアの開く音がする。
女が忘れ物でもしたかと思って、サンジはそのままの格好で寝転がっていた。
床を踏む音が、女のそれより重い。
聞き慣れた靴音に思い当たって、サンジは弾かれたように飛び起きた。

「お前、なんで?」
そこにゾロが立っていた。
俄かには状況が掴めなくて、サンジは口を開けたままぽかんとゾロを見上げた。
ゾロはずんずんと大股で近付くと、サンジのベッドに腰を下ろす。

「なんで・・・女達は?」
ようやく口にした問いに、ゾロはああと低く応えた。
「女は帰した。別に寝てえ訳じゃなかったからな。」
「あんだとお?」
サンジはカッと来てゾロの襟首を捕まえる。
「何ほざいてんだてめえ、俺に女当てがっといて何が別に寝たくねえだ。すかしてんじゃねえぞクソ野郎。」
「てめえが愉しみてえかと思っただけじゃねえか。」
「余計なお世話だ!」
怒りながらも、サンジはどこかほっとしている自分に気付いて、泣きたくなった。
どうにもこうにも、妙な調子で居心地が悪い。

「大体寝たくねえってどういうこった?あんなに鼻の下伸ばしておいて・・・」
「女は見てっだけで充分じゃねえか。話してもいい、触れるのもいい。だが、だからって手当たり次第やりてえ訳でもねえ。」
サンジは握り締めた拳を震わせた。
「それで、てめえはその気がなくても俺には気遣ったって訳か。生憎だが、俺はてめえのお零れ頂戴するほど落ちぶれちゃいねえよ。」
怒りに任せてシーツごとゾロをひっくり返そうとしたが、うまく腕に力が入らない。
顔を赤くして寝転がったままジタジタ暴れるサンジの肩を、ゾロが抑えた。

「おかしな奴だ。これはてめえだろ。」
「はあっ?」
剣呑に眉を顰めるサンジに、ゾロは込み上げる笑いを収めて見つめ返す。
「手当たり次第に女を口説いてあちこちふらつき回ってたのは、てめえ自身だろう。なら、わかるはずだ。」
ゾロらしからぬ諭すような口調に、目を白黒させる。
「少なくとも俺あわかったぜ。てめえがこうすんのは病気みてえなもんだ。確かに女が好きで見てて楽しくて話すと嬉しくなるのはよっくわかった。だが、これとそれとはやっぱり違うぜ。」
どこのこれとそれとなんだ?
っつうか、ゾロは何を言ってる?
サンジは問い質そうとして、言葉を飲み込んだ。

ゾロが言うとおりならば、今の俺はなんなんだ。
レディを見たって心ときめくわけでもねえ。
むしろ、ゾロがレディと仲良くしてるとなんとも言えないほど胸がむかついて嫌な気分になるこれは・・・

「俺がどんだけ女のことを好きでも、てめえに対する気持ちは変わらねえよ。」
さらっと掛けられた言葉に、サンジの方が仰天して目を泳がせる。
ゾロは今、なんつった?
大体なんでこんな状態に・・・

「俺の言ってる言葉の意味がわかるか?」
ドキドキと、うるさいくらい心臓が踊りだした。
いやこれは、この感情は違うはずだ。
こんな風に、野郎相手にときめくみたいに胸が高鳴るはずがない。

「なんだ、なんだよこれ。」
サンジは当惑して縋るようにゾロに詰め寄った。
ゾロが愛しげに目を細める。
「その気持ちは、多分俺のもんだ。」
「え?ええええ?!」
意味がわからない。

「俺あ、てめえが女にデレデレする度に腹立ててた。・・・まあ、嫉妬だ。」
嫉妬?ゾロが?俺に?
「いや、俺にじゃなくて・・・女達に?」
声に出して呟けば静かに頷く。
なら、今自分を支配しているこの感情は紛れもなくヤキモチ・・・

「嘘―――」
何に対してかわからないまま、サンジは呆然と呟いた。
言われてみれば確かに、この感情は嫉妬のモヤモヤに似ている・・・かもしれない。
しかもなんか、凹んで拗ねてたような・・・気が、する。
拗ねるって・・・

「うがあっ、なんだよこりゃああっ」
サンジは頭を抱えて吼えた。
こんなこっ恥ずかしい感情を自分が持つなんて信じがたいが、それ以上にゾロがそうだったなんて大ショックだ。
「どういう訳だ。てめえ、てめえ俺にヤキモチ焼いてたんか?」
「てめえにじゃねえ、てめえが追っ掛ける女にだ。」
「ナミさんや、ロビンちゃんにも?!」
「ああ。そう言うってことは、てめえ今ナミやロビンにも嫉妬してんだな。」
「うっがああああああ!!!!」

認めがたい、認めがたいがその通りだ。
けれどこれが、そもそもゾロの感情だなんて。
「なんで、こんな・・・」
両手で顔を覆って俯くサンジに、ゾロは覆いかぶさるように耳元で囁いた。
「どうやら俺らは感情の一部が入れ替わる実を食っちまったらしい。まあそのうち元に戻るそうだが、お陰でわかったことがある。」
ベッドにうつ伏せたサンジの、金髪の間から覗く耳は真っ赤だ。
「俺ん中にてめえの感情が入っても、やっぱり俺はてめえが好きなまんまだ。これがどういう意味か、わかるか?」
「す、すすすすす好きって・・・」
感情が入れ替わった云々よりも、よほど重大で由々しきことをゾロがさらっと口にして、サンジはますますシーツの中に潜り込んでいく。
それをゾロが力任せに引き上げて、改めて抱き締めた。

「女抱くよりてめえが欲しい。」
この饒舌さは俺のキャラじゃねえよと、サンジはどこか遠くで突っ込みを入れながら、そのままシーツに顔を埋めた。




あまりにらしくない丹念な愛撫に身を震わせながら、サンジは自分が置かれた状況にまだ戸惑っている。
あんなにもゾロの行動にやきもきして、こんなにもゾロの手が心地よいと思うなんて、これはやっぱり自分の気持ちじゃないんだろうか。
こんなこと、露ほどにも望んじゃいなかったのに?
そう思い返してみても明確な答えは返ってこない。
以前の自分が女好きだったと信じられないのと同じくらい、ゾロに対する過去の想いは漠然としている。

じゃれ合いみたいな喧嘩は楽しかった。
ちょっとした折に、ゾロが素の表情を見せると嬉しかった。
そんな風に少しずつ、俺の中を満たして来ていた?
その記憶すらもう定かではなくて、それでも今こうしてゾロに触れられて高められる肉体の方がよほど正直で―――

サンジはいつしか考えるのを止めて、ゾロの背中に腕を回し身体を開いて吐息を漏らした。
この気持ちが誰のものでも、こうしてここにゾロといる限り、誰よりも幸福だと。
喜びを素直に表わしてサンジは改めてゾロの名を呼んだ。











眩い外の日差しがもう昼間近だと告げている。
サンジはもそりと布団から顔を出すと、目を瞬かせた。
瞼がうまく開かない。
身体がもの凄くだるい。
腰が痺れたように重くて、しかもなんか痛い。
言えないところはじんじんと疼いている。
身体の節々がギシギシと鳴るみたいに強張っていて、寝返りをつくのも億劫だ。

もぞもぞと身体を曲げると、目の前にぬっと現れた太い腕が抱え込んでくる。
戸惑うより早く胸の中に絡め取られて、サンジは改めて赤面した。
なんつー・・・こっ恥ずかしい体勢。
真昼間なのに、野郎二人が事後のベッドの中で絡み合ってまどろんでるなんて、寒いを通り越して氷点下だ。
なのに、あまりにも居心地がよくてサンジは抵抗すらできなかった。

すぐ真横にゾロの顎がある。
規則正しい寝息が頬に触れて、密着した肌からとくんとくんと小気味よいリズムが伝わってくる。
ゾロと、こんな風に迎える朝が来るなんて、思わなかった。
いやそもそも、男の腕の中で幸福に酔いしれる瞬間が来るなんて・・・
冷静に考えたら悪夢としかいいようがない。
なのに敢えてこの状況に甘んじてるのも、きっとそのおかしな実のせいなんだろう。
サンジは改めてまじまじとゾロの寝顔を見つめた。

「てめえ、おかしな感情持ってたんだなあ。」
野郎に惚れて焦がれるなんて、大剣豪ともあろうモノが憐れな恋路に走ったもんだ。
なんだか切なくなってゾロの腕の中からするりと抜け出ると、ガウンを羽織ったまま窓の下を眺めた。



多くの人が街中を行きかい、日常が始まっている。
パンを入れた籠を片手に、キャラキャラと笑いさざめきながら通り過ぎる少女二人が目に飛び込んできた。
どちらも甲乙つけがたいくらい可愛らしい。
おおっv
やっぱこの島はレベルが高いなあ。

にやんと笑い、タバコを咥えながらその姿を目で追った。
今度は擦れ違うちょっと年上のレディが目に飛び込んでくる。
慎ましい服に身を包みながらも、見事なボディラインは隠されていない。
おおv
なんと言うスタイルv

まさしくハート目で今度はそっちを追い掛けていたら、背後でのそりと起き上がる気配がした。
「なに見てんだてめえ。」
「なあ?てめえ見てみろよ。あのレディ、いーいおっぱいしてるよなあ。あーんなに盛り上がって・・・」
と、言い掛けて恐る恐るゾロを振り返る。
ゾロは穏やかに笑みを返しながらも、その額にくっきり青筋が浮いていた。

「え、嘘・・・え?」
もう、元に戻ってんのか?
ならでもなんで、まだこんなにも幸せ気分なんだ?

「てめえは、全然、わかってねえ、みたいだ、な。」
一語一語区切りながら、ゾロは笑顔のままサンジの両肩を掴み、勢いでベッドに押し倒した。
助けてと、叫ぶ声をキスで塞がれて、力任せに撫で回されながらも、何故だかサンジは幸福だった。









「有意義な夜は過ごせた?」
あからさまにニヤニヤしながら下世話な質問をするナミに、ゾロは片目だけ開けて鬱陶しそうに見上げる。
日差しの照りつける甲板で影を探すこともなく、ゾロはだらりと寝くたれていた。

「あたしの誕生日プレゼント、役に立ったでしょ?」
「まあな。」
珍しく素直に答えるゾロに、ナミは目を瞠る。
「なあにそれ。その素直さはサンジ君のじゃないわね。他にも誰か混ざってんのかしら。」
「混ざってたまるか。いつだって俺は俺だ。」
自分たちにやたらと優しかったゾロを思い出して、それもそうかと思い直す。
ちょっと嗜好が入れ替わっただけで、基本的には二人ともそのままだった。

「あんたはともかく、サンジ君にはいいクスリだったみたい・・・って、あら?サンジ君は?」
無言で腕を伸ばした先に、波止場でくるくる回るサンジの姿が見えた。



「いや〜v残念だなあ。キミ達みたいなレディと、上陸初日に出会ってたら・・・」
「もう一泊したらいいのにー。」
「そうよそうよぉ」

ナミはごほんと咳払いすると、腰に手を当てて腹から声を出した。

「サンジ君、早く出港しないと、貴方の恋人が睨んでるわよー!」
サンジはその場で飛び上がり、赤くなったり青くなったりしながらきょろきょろと振り返った。
笑うナミの背後で、ゾロが仁王立ちになってこっちを睨んでいる。

「わわわ、違うんだよ。あんなの恋人でもなんでもないんだからっ」
「ええ?あんな綺麗な人なのに?」
「あああ、ナミさんはほんっとーに美人!俺の女神〜v」
「ならあんなのって誰?」
「いやあのその・・・んじゃ、俺もう行かなきゃっ」

慌てふためき駆け出したサンジの姿を、ナミは軽く囃し立てて待っている。



「ゾロ、ひとつ貸しよ。」
「プレゼントだろ。今度はてめえとルフィの仲を取り持ってやるよ。」
「余計なお世話よ!」

真っ赤になって言い返したナミに、ゾロは声を上げて笑って錨を上げた。



END



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