初商 -1-


雪深いシモツキから小一時間ほど走ると、道端にも雪の痕跡などまったくない乾いた幹線道路になる。
自分たちが乗ったトラックだけ随分と雪綿を被った形だよなと、笑い合ったところまでは憶えている。
そこから記憶がなくて、次に目が覚めたらバック音を立てながら百貨店裏に駐車している所だった。

「え、もう着いた?」
「おはようさん」
スモーカーは葉巻を咥えながら、片手でハンドルを回し半身を窓の外に向けている。
サンジの反対側に座るコビーはまだ夢の中だ。
肩を揺さぶってから、自分も狭い座席の中で伸びをした。
「寝ちまった、悪い」
「朝早かったからな。これから一仕事だから休める時に休んどいた方がいい」
5日間の長丁場だと、前を向いたままバックミラーを確認し何気に笑っている。
なんだか楽しそうだ。

この百貨店でイベントをするのは始めてだが、以前から別のスーパーなどでは売り出し経験があるらしい。
今回、県を跨いで堂々のシモツキ村デビューと言う事で、関係者一同張り切っていた。
昨晩から待機していたごんべさんJrが、挨拶と共に入店証を配る。
「従業員入り口はこっちです。出入りする時は警備員さんに必ずこの名札を見せてください」
ちゃっちゃと説明して、後は巨大なカートにほとんど流れ作業でダンボールを積み始めた。
芋類など重い箱を下にして、豆や加工品は上に積んで。
お互いに見知らぬ顔同士もあるのに、特に打ち合わせもしないまま黙々と作業に入る様はなかなか頼もしい。
「積んだカートから順に奥のエレベーターへ、1階催事場です」
シモツキのトラックだけじゃなく、搬入口には他の業者のトラックも続々と集まり始めてきた。
自然と気が焦りながらも、荷物の積み下ろし作業を急ぐ。
その場全体が活気付いて、サンジはなんだかワクワクして来た。
スモーカーが言っていた通り、まさにお祭り気分だ。





「おはようさん」
「おはよう」
催事場はすぐにわかった。
みんなお揃いの「シモツキ」と染め抜かれたオレンジ色の法被姿だったから。
お客さんがいない食品売り場の中は、スタッフだけが忙しげに働いていて独特の雰囲気がある。
「おはよう」
「おっす」
先発隊のゾロは平台に米の小袋を並べていた。
ヘルメッポに、クリーニングしたての法被を手渡され、早速羽織る。
「あったかい格好して来たか、ここは入り口前だから結構風が入るぞ」
「よかったら、貼るカイロありますよ」
たしぎの申し出に甘えて、腰と首の下に貼って貰った。
これがあると随分と違う。

農協のおっさん達は手馴れた感じでセッティングし、普及所の人達はちょこまかと動いている。
農家のおばちゃん達はほとんど小柄で腰が曲がっていて、集団で歩いている後に着いて行くとまるで保育士になったような感じだ。
老いも若きも一同に介し、売り場担当の店員さんから説明があった。
「レジはこちらの1台のみで対応します。レジ担当はこちらのスタッフで。このサービスカードは使用できますので、提示された場合は使用できると返事してください。クレジットカードも同様です」
週替わりで色んな業者が催事場に入ってくるのだろう。
説明も手馴れたもので、注意事項もソツがない。
「特に男性の方、立っている時に無意識に手を組まれておりますが、必ず前で組んでください。後ろで手を組むと偉そうに見えます。必ず前で、手や指を組んでいただきますよう」
農協のおっさん達は慌てて両手を前に移動させていた。
スモーカーも組んでいた腕を外す。
なるほどなと、サンジはたしぎと顔を見合わせ笑った。





売り出し初日の今日は、午前と午後に2回ずつ餅つきをすることになっていた。
その準備で、裏方は大忙しだ。
バックヤードの一角を借りてすでに餅米は蒸されていた。
杵で搗いた餅はその場で振る舞われ、それとは別にパック詰めされたものは売り物になる。
餅丸めには、手の空いた者が総動員された。
たしぎもサンジもそちらに回る。
スモーカー達は杵搗き隊だ。

「開店、何時からだっけ?」
「10時ですよ」
「もうちょっとね」
「ここはもういいから、あんた達振る舞いの方に回って」
ベテランのおばちゃん達の指示に従い、マスクと手ぬぐいを外して今度は店の方へと回る。
きなこや下ろした大根を入れた器を抱え、すれ違う従業員達に挨拶しながら慌しく店内に入った。
シモツキの名にどれほどの宣伝効果があるかは疑問だったが、ドアの向こうにはそれなりに多くの人が列を成している。
「いよいよですねえ」
「たしぎちゃん、気を付けて」
すれ違う人にぶつかりそうになるたしぎに気を遣いながら、なんとか振る舞い用のスペースに落ち着いた。



「開店でございます。いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
百貨店のスタッフが恭しく扉を開くと、一番乗りのお客さん達が店内に入ってきた。
食品売り場のスタッフに混じって、シモツキ村民も畏まり頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
デパートの店員さんになったみたいだねえと、おばちゃん達はなんだか嬉しそうだ。

それからはもう、目が回るような忙しさだった。
今朝採れ立ての新鮮野菜をアピールする間もなく、お客さん達が集まってくれる。
形は不揃いだし葉に穴が空いている野菜もあるけれど、なにより安い。
出店手数料を引かれると儲けなんて殆どないけれど、それでもこの人の多さと活気はシモツキ村民にヤル気を与えた。
「葉の色が違うわねえ、生き生きしてる」
「ほんとに今朝、採って来たの?」
お客さん達に声を掛けられ、最初は少しモジモジしていたおばちゃん達も少しずつ場慣れして来た。
「あなたもこの・・・(と言いながら催事場に掲げられた暖簾を見上げ)シモツキ?ってとこの人?」
サンジは営業スマイルを返し、如際なく野菜を差し出しながら答える。
「そうですよ、シモツキでレストランやってます」
「まあ」
「コックさんなの、へえ」
「勿論、こうした採れ立てのお野菜で作ってるのかしら」
「そうなんです」
「こちらのチラシに、詳しいこと書いてありますので」
さすがと言うべきか、たしぎは緑風舎とひこばえ、それにレテルニテの案内を書いたチラシを持参していた。
裏には来年度から始める直送便の注文書まで付いている。
「これ、俺が作ったんですよ」
「こっちは俺担当です」
ヘルメッポとコビーも競い合うようにお客さん達にアピールし、自然と人だかりの輪が大きくなっていく。
そうこうしている内に、11時から餅つきタイムだ。

「11時より、北口前にて餅つきが行われます!」
拡声器も必要ないおっさんのドラ声が響き渡る。
声は届かなくともなんらかの気配を嗅ぎ付けて、駅からやって来た人達も北口前に連なる列に並び始めた。
「私達が作った、餅米ですよー」
たしぎの声がよく通り、白い湯気がなんとも温かそうに出口前に漂った。
餅つき隊はゾロとスモーカー、それに農協の若手達だ。
「そおれっ」
威勢のよい掛け声と共に、ぺったんぺったん杵を搗く音が響く。
スモーカーは本当に臼が割れそうなほど大きな音が立って、背後で見ている農家のおっさん達は苦笑いで首を振っていた。
手返しのおばちゃんが笑いながら合いの手を入れる。
搗き上がった餅は熱い内に一口大に千切られ、紙皿に載せられてきなこや大根おろしがまぶされた。
「どうぞ」
「どうぞ、搗き立てですよ〜」
並んでいる人達に順番に配ると、同じように列ができていても何故かサンジの前に人だかりができた。
さすが、と笑うコビーを横目で睨んで、サンジは愛想笑いを振りまきながらせっせと倍以上の人数に配り捲くる。
たしぎはちゃっかりその横で、チラシ渡しに専念していた。
「美味しい」
「やっぱり搗き立てはいいわね」
もう一度貰おうと列に並び直す人あり、パックの丸餅を買ってくれる人あり。
そのまま興味を持って店内に足を踏み入れてくれる人ありで様々だ。
なんにせよ、平日の昼間とは思えないほど賑わっている。


「やっばい、チラシ明日までもたないかも。連絡して刷っといて貰わないと」
「キャベツの仕入れは、明日は倍にした方がいいな」
「ネギはもうちょい小分けした方がいいね」
あっという間に昼時になって、手伝いのおばちゃん達から順番に昼休みを取ってもらうことになった。
全員に食事券が配布されるが、社員食堂でも百貨店内のレストランでも利用できる。
ただしオーバーした分は自腹だ。

「お疲れさんでしたー」
2時を過ぎた頃、ゾロと二人で昼食タイムになった。
中華レストランでウーロン茶乾杯だ。
昨日からゾロが先発として出ていたから、こうして顔を合わせるのは久しぶりな気がする。
イベント期間はこの調子でずっとすれ違い生活が続きそうだが、寂しいと思う暇もないくらい忙しい。

「昨夜飲み歩いて寝てねえんだろ、大丈夫か?」
「いや、俺は途中で抜けてちゃんとホテルに戻ったぞ。徹夜組は今日限りだろ」
お前も泊まりん時は連れ回されるだろうから、ちゃんと断れよと釘を刺される。
「初日から飛ばしてちゃ身が持たねえからな」
「すっげえ飛ばしてる人達いるけど」
特に農家のおっさん達はテンパリぶりがハンパじゃない。
ただ、彼らは一日交代だから体力の温存を考えなくていい分、馬力があると言える。
「おっさんらにとったら、滅多にない街で飲み歩ける機会だからな。これも目的の内かもしんねえ」
「・・・寧ろ俺にはそれが目的に見える」
夫婦でメンバーに入っていても参加する日は別々なのは、そういう理由があるのかもしれない。
「俺は慣れてるからいいが、おっさんらは足が辛いっつってた」
「ああ、靴か」
百貨店で販売する以上、農家のおっさん達も原則革靴を履かなければならなかった。
この時期長靴か作業靴しか履いていないおっさん達にとって、革靴で一日過ごすのは耐え難い苦痛のようだ。
「確かに、最近楽な靴しか履いてなかったからなあ」
「なかなか様になってたぞ」
法被姿がかよ、と笑いながらエビチリランチをつつく。
「ゾロも結構似合ってたぞ」
「杵を搗く姿がか?」
餅つき姿が珍しいのか、写メで撮られることが多かった。
それと、配布するサンジと一緒に写メを撮りたがる主婦も。
「夜8時までだっけ、長丁場だな」
「夕方の書き入れ時前に、もう2回餅つきあるからな」
息つく間もねえよなと言いながら、手早く食事を済ませる。
まだごんべさんJr達は食事をとってなかった筈だ。




夕方になるとお客さんの数は一気に増えた。
さすが書き入れ時と言うべきか、餅つきイベントをしなくてもかなりの混雑になっていたのに、その上振る舞いをしたせいで大混乱になっている。
その賑わいで、百貨店でのイベントを知らずに通り掛った人も足を向けてくれた。
「初日からこれじゃ、持たないかもしんねえ」
「つか、野菜が持たねえ。先発隊今から帰るぞ」
追加の野菜を取りに行けばバックヤードは空っぽで、閉店を待たずして野菜は完売になった。
ゾロは一足先に先発隊でシモツキに帰り、サンジはスモーカーと一緒に閉店後に後片付けを済ませてから帰路に着く。

目まぐるしい一日を終えて、ついでにブース前のパン屋で閉店間際の安売りパンを買い込んでトラックに乗った。
「あー疲れた」
「お疲れさん」
「すごかったっすよねえ」
朝と同じ面子で、今度はコビーが運転。
サンジとスモーカーは助手席だ。
「さっきゾロから連絡があった。シモツキは積雪30cm程度、マイナス1度だから気を付けろとよ」
「ええええ」
「こりゃあ、帰るまで時間掛かるかも」
「明日の野菜の手配はできてっから、とにかく無事帰ることだけを考えるぞ」
缶コーヒー片手にパンを齧りつつ、今日の興奮をそのままにトラックの中で喋り倒す。
疲れているからまた寝てしまうかと思ったが、途中から降り出した雪に注意を促したりたしぎと連絡を取り合うスモーカーを冷やかしたりしている間にシモツキに到着してしまった。

「お疲れさん」
集合場所の農協には、片付けを終えたゾロが待っていてくれた。
「ゾロもお疲れ」
「とっとと帰って、寝るか」
「けど、家の前の雪除け・・・」
「軽トラで突っ込んでやる!」
二人ともハイテンションのまま家路に着き、風呂に入るのもそこそこに爆睡してしまった。
明日もまた、4時起きだ。



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