■はしたないため息 -1-



週刊『グランドラインスクープ』(略してGLS)は、幅広い年代に愛読されているゴシップ誌だ。
推測や飛ばし記事、時に妄想及び願望を詰め込んだいい加減な新聞・雑誌とは一線を画し、地味ながらも信憑性のある手堅い記事を載せている。
それが、カラー画像を多用しページ数少なめだがお値段それなりな価格設定でも、長い間売れ続けている理由でもある。
ナミはもちろん、有料でゴシップ誌を買うことはないが、島に上陸した折には待合室や喫茶店などで探してざっと目を通していた。
単純にゴシップとして楽しめるし、特には有力な情報源ともなる。
そんな貴重なGLSが船上で手に入り、ナミはなによりのお宝だとホクホクしていた。

身の程知らずにも、麦藁の一味を襲撃してきた海賊を返り討ちにし、慰謝料代わりにいただいたお宝と一緒に甲板に置いてあった雑誌を目ざとく見つけ掻っ攫ってきた。
ここ数ヶ月分が束になっていて、しかも最新号まである。
相変わらず、巷ではつまんない色恋沙汰が起きてるのねえ〜と、ロビンと楽しげに話しながらページを繰っていた。
「・・・ん?」
他愛無いおしゃべりがピタリと止まり、一瞬の沈黙が甲板を支配する。
武器を分解して磨き直していたウソップが、風と波の音しかしないのを不思議に思い、顔を上げた。
「どうした?」
デッキチェアに腰かけて雑誌を眺めていたはずのナミとロビンが二人、額を付き合わせるようにして手元を覗き込んでいる。
なにやら、真剣な表情だ。
「なんだ、なんか面白い記事でも載ってんのか?」
興味をそそられ、ウソップは腰を上げて二人に近寄った。
「なになに?海賊狩り、夜のか――――ふぁっ?!」
読み上げようとして、ウソップは口を開けたまま固まった。

そこに写っていたのは、いかにも隠し撮りらしい不鮮明な白黒画像ながらよく見知った人物だった。
短髪にがっしりとした肩幅。
ぞろりとした長衣を身に着け、左耳には三本ピアスのシルエット。
「ゾロ・・・あ、や、海賊狩りだから、ゾロか」
強調された太文字の煽り文句が、ゾロらしき人物の斜め上に被さっている。
「夜の海賊狩りが、夜の海賊―――・・・狩り?」
ナミはブフッと吹き出した。
「うっそマジ?マジでゾロのスクープ?」
「まあ、随分と有名になったものねえ」
ロビンも感心しながら、しげしげと写真を眺める。
「これ、この間立ち寄った島じゃない?ほら、結構派手な歓楽街あったじゃない」
「そうね、私達は静かな岬のホテルに泊まったけれど、窓から賑やかな灯りが見えていたわ」
「ああ、俺らは適当に固まって安宿に泊まったんだけど・・・」
ウソップはおろおろしながら言葉を継いだ。
滞在費はナミに限定されているから、小遣いを増やすためには必要経費を削るしかない。
なので、ウソップはチョッパーとルフィと三人で一部屋に泊まった。
ゾロはどうしていたのか知らない。
なにかフォローしようと焦るウソップに、ナミは掌をヒラヒラと振った。
「いや、別にいいのよ。島でどんなふうに過ごそうが自由だし、下手に目立つ行動を取ってお尋ね者だって騒ぎにさえならなきゃ」
「ルフィと違って、ゾロは上手に気配を消して過ごしているようね」
いつもならばそうだった。
トラブルメーカーのルフィさえ見張っていれば、他の連中が海軍に目を付けられることはない。
ゾロなどは、もしかしたら賞金稼ぎ達と一戦交えているかもしれないが、仲間達にもそれと気づかせない内に自分で片を付けているのだろう。
むしろどこに滞在しているのか出発間際までわからないのが常で、そういう時は大体野山を放浪していた。
そんな、上手に気配を消しているはずのゾロがよりにもよってゴシップ誌にスクープされるなどお笑い草だ。
しかも場所は、夜の歓楽街。

「そりゃ、ゾロはどっちかというとストイックな雰囲気があるから、こういうネタって正直違和感あるけどさあ」
ああおかしいと身を捩るナミの隣で、ウソップは首を捻った。
「しかしゾロだって男だし、そもそも海賊が島で羽を伸ばすのは普通のことだろ?あ、まあ俺らは違うけど。けど、普通こんなんがスクープになるか?」
もっともな意見に、ナミはそうよねと同意を表した。
「あんたたちの真の姿がどうかなんて、生々しい話はいらないわ。でも、世間一般的に見て、海賊が歓楽街に行くことは不自然じゃないし、話のタネにもならないわよね」
「でも、女性を買ったとは限らないんじゃないかしら。この、“海賊狩り”の言葉を敢えて二回使っているということは」
ロビンが指さす文字を見て、ナミとウソップはうーんとなる。
「もしかして、歓楽街で賞金稼ぎしたとか?」
「それこそ普通じゃねえか、しかもだったら“夜の”なんて意味深な枕詞付けなくていいだろ?」
雰囲気が、いかにも性的なモノを感じさせる。
なので、これはゾロのスキャンダルなのだ。

「じゃあ、もしかして女海賊をナンパしたとか」
「サンジではなく、ゾロが・・・」
ロビンが眉間に皺を寄せて小さく呟く。
「この煽り文句が正しいなら、その線なんだろうなあ」
見知った顔が雑誌に載ってるなんざ、なんか有名人みてえだなとウソップは笑いながらページを捲る。
次に載っていたのは、4コマの連続写真だ。
いずれも白黒で不鮮明なシルエットしか見えない。

街の灯りをバックに、ゾロと思しき男の上半身が後ろ姿で映っている。
次のコマでは、もう一人誰かの手がゾロの肘を掴んだ。
ゾロは相手を睨みつけるようにして大きく振り返り、最後のコマでは後戻りしたかのように端に寄って見切れていた。
が、写っていない部分が実に気になる構図だ。
なぜならば、ゾロは立っていた時より頭の位置が低かった。
ちょうど屈むようにして背を丸め、引き止めたらしき人の手がその背に回っている。
見切れている分想像力が逞しくなるせいか、まるで引き止められたゾロが振り返り、屈んで相手にキスをしているように思えた。
「確かに、雰囲気だけだと色っぽい展開っぽいな」
「でもまさかぁ。ゾロが、あのゾロがよ?女の人相手にこんな甘い仕種する訳ないじゃない」
いやァナイナイと、ナミはニヤニヤしながら顔の前で手を振った。
「だよなー」
言いながら、隣のページに視線を移して再び一同は固まった。
今まで写していたのとは若干角度が違う構図。
見切れていた二人の姿が、こちらはバッチリと写っている。
とは言え、逆光になっていて先の写真よりさらに暗く見辛いが、その分シルエットはくっきりと際立っていた。

「――――これって・・・」
「ええ」
「あ、そういうこと」
合点がいって、一気にクールダウンする。
そこには、ゾロと同じように見知った影が映っていた。

同じくらいの背丈。
少し猫背で身幅が薄い、しなやかな身体つき。
くるりと丸いシルエットの後頭部は、ゾロと犬猿の仲のサンジだ。
「なるほど、知らない人が見るとまるで逢引してるみたいに見えるわね」
頬杖を付いたロビンの隣で、ナミは「つまんなーい」と声に出して背を伸ばした。
「なによこれ、いつものようにサンジ君と喧嘩してるだけじゃない」
ゾロが屈んで見えたのは、首を傾けてサンジと思しき影をねめつけているからだ。
二人の関係を知らない第三者が見れば、顔を寄せて愛を囁き合っている構図に見えないこともない。
だがナミ達には、これは額をぐりぐりと付き合わせて睨み合っているだけだとすぐにわかった。
「スキャンダルとは、こうして作られるのか」
しみじみ感心するウソップに、ナミは肩を竦めて見せた。
「真相がわかればつまんない話だけど、見ようによってはなかなかの美味しいネタよ」
意図的にか無意識か、ナミの親指と人差し指が円を描いている。
「なにか、お金の匂いがしそう・・・」
「おいおいおいおい」
「あの、海賊狩りのロロノア・ゾロが仲間の海賊【男】相手に愛を囁いているだなんて、確かにスクープね」
半笑いのロビンと困り顔のウソップの真ん中で、ナミは思案した。
「逆手にとって小金稼ぎができないこともないけど、そもそもこれって私達にもなにか影響あるかしら」
「もしかしたら、通りすがりの海賊なんかに侮蔑的な言葉を吐かれることもあるかもしれないわね」
ロビンは考えながら言葉にした。
「ただ、そもそも私たちも海賊なのだから、挑発や侮辱の応酬も日常茶飯事ではないかしら」
「だったら、別に訂正して回らなくてもいいわよねえ」
生真面目なナミの表情に、ロビンはふふっと微笑む。
「仲間が訂正したら、逆効果かも」
「よね。でもやっぱりちょっと迷惑だわ、まったくの他人事なら面白いだけなんだけど」

――――新進気鋭のルーキー、海賊狩りのゾロが仲間と過ごす熱い夜。
本誌だけが追う、その後の軌跡。
以下、次号。

「以下次号て、続く気か?!」
ウソップがどんぐり眼を見開いて突っ込む。
「・・・続くんだ」
「どう熱い夜を過ごす気かしら」
三人とも、ちょっとだけワクワクしてきた。
手にしたGLSは最新号だ。
ネタだとわかっていても続きが気になる。
「所詮海賊だからな。世間の話のタネになるのも有名税ってやつかもしんねえけど・・・」
「でも・・・――――」



「ナミっすわん、ロビンっちゅわん!おやつができたよー!」
ラウンジの扉が開いて、両手と頭の上に皿を載せたサンジがクルクル回りながら飛び出してきた。
三人は同時に首を竦め、一瞬動きを止める。
「あ、ありがとうサンジ君」
ナミはぎこちなく振り向いて笑顔を返した。
「どうしたの三人で固まって、なんかいい話?」
カップに紅茶を注ぐ優雅な手付きを横目で見ながら、ナミは膝に乗せた雑誌の上にそうっと膝掛けを置いた。
「うん、こないだの島でなにをしてたかって話」
「ちょ、あ、いや」
妙に慌てるウソップに、サンジは不審げに目を眇めた。
「あんだ鼻、なんかやらかしたのか?」
「俺はなんもしてねえよ!ただ、賑やかな街だったなあって」
「ええそうよ。私とロビンはスパでゆっくりできたし」
「ああ、そういや結構大きな街で、道行くレディ達もみんな美しかったなあ」
サンジは目をハート型にして、空中を見つめながらくねくねしている。
どこからどう見ても、女好きで夢想癖のあるいつものサンジだ。

「ナンパとか、成功したのかしら」
「いやーそれがなかなか・・・って、ナミさん!俺にはナミさんという人がいるんだから、そんな軽い行動はしないよう」
いきなりガバっと振り返ったので、ナミはハイハイとあしらった。
「別にサンジ君が陸でなにしようが私は構わないわよ。でも、くれぐれも問題は起こさないでね」
「もちろんだよ、ルフィじゃあるまいし」
ちょっと心外そうにそう言って、サンジはナミとロビンの前にデザートプレートを置くと踵を返した。
「おおおい、サンジ君俺のおやつは?」
「デリバリーはレディ限定だ。欲しかったら取りに来い」
サンジは横を向いて、手を添えて声を張り上げる。
「野郎ども、おやつだぞー!」
「ふほほ〜い、おーやーつー!!」
フィギュアヘッドから、ルフィが転がり落ちるようにして飛んでくる。
医務室からチョッパーが顔を出し、フランキーとウソップはそれぞれ自分のトレイを持ってラウンジから出て来た。
展望台から、ゾロも降りてくる。


甘いものは基本的に苦手なゾロだが、いつの間にかおやつタイムは定着したようだ。
サンジも、ゾロの分は洋酒を利かせたり甘すぎない工夫をしたりと、手を加えているらしい。
誰にだって何がしか心遣いをしてくれるサンジだから、天敵みたいなゾロに対しても誠意を尽くすのはコックとしての矜持なのだろうと思っていた。
けれど、こんなスキャンダルを目にした後ではなにか深読みしてしまいそうだ。
ほどなくして、ラウンジからいつものようにくだらない小競り合いの声が聞こえてきた。

「甘ったるい匂いが上まで届いてんぞ」
「文句あんなら食いにくんな!」
「俺ぁ、酒飲みに来ただけだ」
「昼間っから酒なんざ食らうんじゃねえ。てめえはこれでも飲んでろ!」
「――――…ズズズ」
「てめえなんか、切れっぱしで充分だ」
「――――…モグモグ」
「てめえ甘いの嫌いだもんな。小豆と生クリームも追加だ、これでも食らえ!」
「――――…オカワリ」

――――いやいやいや、ナイナイ。
ナミは一人で首を振って、脳裏に浮かんだおかしな妄想を振り払う。

そう、あんな風にしょっちゅう喧嘩ばかりしている姿も、傍から見えれば懇意にしているように見えるのかもしれない。
誤解と曲解と錯覚とは、かくも恐ろしい。

「私達も、行動には気を付けないといけないわね」
ナミの独り言のような言葉に、ロビンはデザートを味わいながら「そうね」と真顔で答えた。



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