ハコイリムスコ 5



「あー・・・ひでえ目に遭った。」
カンカンとリズミカルな音を立てながら、ウソップが船大工よろしく修理している。
砲弾を受けてあちこち穴だらけだ。
見張り台ではチョッパーが望遠鏡を片手に、ぐるりと周囲を見回していた。
「なんとか、撒いたみたいだな。」

「この速度で北に進むと、あと30分ほどで小さな島に着くと思うわ。」
闇雲に逃げたように見えて、ナミは正確に進路を取っていた。
「サンジ君たち、そこにいるといいけど。」
「ったく、手間かけさせやがって。」
ゾロが濡れたシャツを乱暴に脱ぐ。

船縁から水を絞る姿を横から見て、ナミは頬を赤らめた。
――――なんつー・・・恥ずかしい奴。
その肩には、くっきり赤い歯形がついている。
いつの間に、このアホ共はそういうことになってたのだろう。
「ゾロ、新しいシャツ着なさいよ。」
恥ずかしい跡、曝してんじゃないわよ。
しかめっ面を見せて、無言で自分の肩を指し示してやる。
ゾロは気がついて、悪びれる風もなく片眉をあげてみせた。
いとおしげにその跡を指でなぞっている。
――――だめだこりゃ。



「なあ、サンジと一緒にいたの、誰かなあ。」
ウソップが顔を上げて誰にともなく聞いてきた。
「そう言えば、もう1人乗ってたわね。」
「ありゃあ、ギンだ。」
ルフィの言葉に、全員が振り向いた。
「ギン?」
聞き覚えのあるような・・・ないような―――
「バラティエを襲ってきたクリークって奴いたろ?」
その辺の経緯は、実は皆知らない。
ナミは船を奪って逃げていたし、ゾロは鷹の目に切り倒されていたし、ウソップは瀕死のゾロとともにナミを追いかけていた。
「ああ、そう言えばレストランで食糧をくれって土下座してた人、いたわね。」
「飯食った途端、態度を豹変させてた奴だな。」
「あのでかいのがクリークだよな。そいで支えてた男が・・・ギンか?」
なんとか記憶の糸を打繰り寄せる皆に、ルフィは珍しくまじめな顔で頷いた。
「なら、心配ねえじゃねえか。確かサンジのこと命の恩人だっつってた奴だろ。」
ルフィの顔つきが気になって、ウソップはわざと明るく言ってみる。
「確かにギンはサンジが餌付けして、そりゃあ懐いてたぞ。ああ見えて滅茶苦茶強くてな。
 クリーク海賊団の総隊長だったんだ。相手が泣いて命乞いしても情け容赦なく殴り殺すんだと。
 たしか別名『鬼人』て呼ばれてるらしい。」
そう言われても、今いちピンと来ない。
「そんなギンが、生まれて初めて優しくしてくれたとか言って、サンジを庇って泣いたんだ。
 クリークに逆らって毒ガス吸って死にかけて、それこそ命張ってサンジを助けた。」
ゾロの眉間の皺が深くなって行く。
「もしそん時のギンの気持ちが、まだ続いてんなら―――」
ルフィはゾロの目を見返すように顔を上げた。
「マジでやばいぞ、ゾロ。」



拘束された両手を床に押し付けられて、無理な体勢のままのしかかられた。
精一杯首を傾けて顔を背ける。
固く閉ざされた唇の上を舌が這い、首筋を強く吸った。
鳥肌が立つ。

「サンジさん・・・」
ギンの吐息が耳に伝わる。
ぴちゃりと音が立って、耳穴を舐められた。
―――気色わりい・・・
サンジは身を固くして、ギンの愛撫に耐える。
浅黒い手が胸の突起を捉えて、指の腹で押しつぶすように撫でた。
耳元から吸い付きながら下りた唇が、もう片方の乳首を舐め取る。
軽く歯を立てて、舌で転がされた。
「ギン・・・てめえ―――」
抗う声が上擦っている。
サンジは唇をかみ締めた。


ざまあみろだ。

脳裏に緑頭が浮かぶ。
額に青筋立てて、歯噛みして怒る姿が見えるようだ。

ざまあみろ。
サンジの口元に笑みが形作られる。

元々ゾロが自分に興味を持ったのは、サンジが処女で童貞だったからだ。
どこの誰ともわからない男に犯られたサンジなど、もはや目もくれないだろう。
蔑まれて、馬鹿にされて、それで終わりだ。



ギンの手が下着の中に差し入れられ、やんわりとサンジのモノを揉みしだく。
サンジは頭を振って、閉じていた目を開いた。
ギンの、奇妙な色をたたえた目がサンジを見つめている。
「なんで笑ってる?サンジさん。」
切なげに歪められた顔が、ゾロのそれと重なった。

――――てめえが、好きだからだろう。

それは錯覚だ。
俺が導き出した答えだ。
てめえのじゃない。

サンジは再び目を閉じる。
身体の力を抜いて、ギンに身を委ねた。
「サンジさん・・・」
刺激されて、生理的に勃ちあがったそれをギンは丁寧に扱く。
声が上がりそうになって、サンジはギンの肩に口を押し当てた。

目を閉じても、浮かんでくるのはゾロだ。
サンジに蹴られても踏まれても諦めなかった。
―――錯覚にしちゃあ、根性あったよな。

ギンの指が後孔に差し込まれる。
何度かなぞられてサンジは身を捩った。
固く閉ざされたそこは、無意識にギンを拒む。

あの時、ルフィの声でゾロは身を起こした。
あの状況では仕方がない。
すぐさま応戦できる体制にならなければ、死活問題だ。
それでも、ゾロはサンジを引き寄せて口付けた。
苦しげに眉を寄せて、噛み付くように口付けた。
あの時のゾロの目が、忘れられない―――

―――ダメだ。

サンジの目が見開かれる。

ゾロがダメなんじゃない。
俺がダメなんだ。


投げ出されていた両手をギンに差し伸べる。
ズボンの上からでもわかる膨らみに、手をかけた。
「サンジさん!」
驚くギンに構わず前を寛げる。
「ギン、悪いがてめえに俺はやらねえ。」
身体を起こして、赤黒く張り詰めたソレを握りこんだ。
「そんかわり・・・俺はどうしていいか分からねえから、てめえちゃんと言えよ。」

とりあえずゾロにしたように手荒に扱いてみた。
「サ、サンジさ・・・」
少し躊躇いながら、顔を寄せる。
すえた匂いが鼻をつく、サンジは目を閉じて口に含んだ。
ゾロがしたように、口の中で舌を這わせる。
「―――う・・・」
ギンの手がサンジの髪を掴む。

「ギン、どうすりゃイイんだ―――言えよ。」
昂ぶった己を咥えてピンク色の舌をのぞかせたサンジが問い掛けるのに、ギンは喘いだ。
「・・・あ、あの―――手で扱いて・・・舐めたり吸ったりしてください―――」
頷いて手で包み込むように扱き始めた。
口の中で適当に舐めたり吸ったりする。
ギンのモノがより怒張するのが分かった。
先端からぬるりとした液が出てきて、サンジは舌を尖らせて舐めとった。
「うあ・・・サンジさん!」
荒く息を吐いて、ギンはサンジの頭を掴んで上下に揺さぶり始めた。
喉にギンのものが当たって何度かえずきそうになる。
「・・・ん―――、ぐ・・・」
ガクガクと揺すられて、目尻から涙がこぼれた。
「あ・・・サンジさん・・・サンジ―――」
ギンの腰がびくびくと痙攣し、サンジの喉奥に熱いモノが迸った。
それでもギンはサンジの頭を離さず、なお腰を押し付ける。
放出は長かった。



「う・・・ゲホッ・・・ゲホ――・・・」
ようやく解放されて、サンジは咳き込みながら床に突っ伏した。
喉の奥がビリビリと痺れ、口中に苦い味が広がる。
とにかく不味い。
―――舌、やられるかもしれねえ。
飲み込みきれず零れた液を手でぬぐった。

ギンは放心したように座り込んでいる。
両の目からほろほろと涙が流れ落ち、痩せこけた頬を濡らした。


「あんたに殺されるなら、本望だ。」

呟くギンの瞳には、恍惚の色が浮かんでいる。
「ゾロって人に殺られるのも、悪かねえ。」
はにかんだような笑みを向けられて、サンジは顔をしかめた。
確かに、今の自分の現状を知れば、問答無用で斬り捨てるだろう。
「元海賊狩りの、ロロノア・ゾロだ。確かにお前にゃ分が悪い。」
ギンは目を眇めた。
「力量の問題じゃねえ、あんたの気持ちの問題だ。サンジさん。」
ギンの言葉に一瞬きょとんとして、それから少し頬を赤らめる。


水平線の向こうに、目立つ船首が現れた。
さすがナミさん。
いいカンしていらっしゃる。

「お前に飯、食わせてやりたかったがなあ。」
魔獣が来る前に、このボートで逃げろと言ったのはサンジだ。
「今度あったら、ちゃんと飯、食わせてやるからよ。」
ふるふると頭を振って、ギンはボートに乗り込んだ。
「もう二度と、会いませんよ。もし会っちまったら、俺は今度こそあんたを連れて行く。」
ギンの瞳の奥に、狂気の色がちらりと浮かんで消える。
「そん時は、俺かゾロが死ぬときです。」
「ぞっとしねえな。」
肩をすくめたサンジの目の前で、ボートはゆっくりと岸を離れた。

「サンジさん。」
漕ぎ出したボートの上で、ギンは真っ直ぐにサンジを見た。
「俺は、あんたを傷つけただろうか。」
その瞳を見返して、睨みつけて、口の端を上げる。
「てめえなんぞに傷つけられるタマじゃねえよ、俺は。」
ほっとしたような、それでいて泣き出しそうな顔で、ギンは片手を上げた。
サンジは手を振ることもできず、ただギンの姿が波間に消えるまで海を眺めていた。



分厚い雲に覆われていた空のあちこちに隙間ができて、光の筋が幾筋も下りてきている。
時折、波に反射する輝きが目に眩しい。

船首の横で風になびく、オレンジ色の髪が見えた。
「ナミ、すわ〜んっvv」
両手足を拘束されたまま、エビのようにぴょんぴょん跳ねる。
「良かった、無事だったのね。」
心底ホッとしたようなナミの声。
サンジは嬉しくて跳ねまくっている。
「ああ〜ナミさん会いたかった!俺を助けにきてくださったんですね!!」
くねくね身を捩じらせているうちにバランスを崩してコケてしまった。
皆笑いながら船から下りてくる。
「バカね〜・・・・」
にこやかなナミの笑顔が、一瞬凍りついた。


地面に寝そべって、へらへらと笑っている男のシャツはボタンがちぎれ飛び、首筋から胸元にかけて打撲ではない赤い鬱血がそこかしこについている。
頬には殴られた後が残っており、髪に白い液がこびりついたままだ。

―――ゾロが下りなくて正解かも・・・
ゾロは今、倉庫の隅で座禅を組んでいる。
サンジが見つかっても見つからなくても、取り乱したくはないらしい。

「まあ、無事で何よりだ。」
ウソップが器用に両手足の枷を外してくれた。
「助かった〜。あーあ、こんなに跡ついちまって・・・」
赤くすりむけた手首を擦るサンジを、穏かな表情で見守るウソップ。
―――もっとすげえ跡があちこちついてんスけど。
喉まで出かかった突っ込みを、何とか飲み込んだ。

「ともかく、サンジ君はシャワーを浴びてらっしゃい。泥だらけよ。」
いつもより遥かに優しいナミの声に、多少違和感を感じつつ、サンジは言葉に甘えることにした。


「ゾロ、サンジ見つかったぞ。」
小さな蹄の音と共に、立派な角がひょいと覗く。
暗い倉庫の片隅で、背を向けたまま「ああ」と返した。
―――帰ってきやがった。
大きく深呼吸して、ゾロは腰を上げた。

「サンジのめーし、サンジの飯〜」
船長の浮かれた声が部屋の外まで聞こえる。
キッチンの扉を開けると、変わらぬ金髪が煙草をくゆらしていた。
入ってきたゾロに振り向きもしない。
何故かその出で立ちはタートルネックのセーター。

―――何故に?
何故にとっくり?

ゾロのココロの声が聞こえたのか、サンジは自分の肩を抱くようにしてナミに笑いかけた。
「雨に打たれたせいか、なーんか肌寒いんだよねー。」
「確かに、今夜から冷え込むわよ。みな上着は持った方がいいから。」
ナミの台詞に全員「?」な顔をする。
「生憎だけど、食事は陸でするわよ。皆、上陸の準備。」
驚きの声と共に、甲板へと飛び出した。
直ぐ近くに大きな島が見える。
「うまく進路に乗れたから、目的の島に到着できたわ。ログが溜まるのは5日よ。」
「ぅわっほーい!」
久しぶりの上陸に、空腹も忘れて皆はしゃぎだした。

「今回の船番は、言うまでもなくサンジ君ね。」
「そうだな、サンジだな。」
「異議なーし」
「なし」
みんな笑顔でサンジを振り返った。
本当に、輝くような笑顔で。
抗える術もない。

「もう、ゆっくりしてきてください。今回ほんと迷惑かけましたから。」
流石に今度ばかりはサンジも疲れた。
最終日に買い出しができれば満足だ。

「サンジ、朝から何も食べてねえだろ。俺らは上陸の準備するから食事作ってろよ。」
そう言われて初めて、空腹に気付く。
それでも自分一人分の食事の支度は、どうもやる気になれない。
「んー、そうだな。」
気のない返事にナミがにこりと笑いかけた。
「二人分作ったげてね。ゾロも置いていくから。」

――――!!
なんですと?

「な、なんでですかナミさんっ。船番は一人で充分でしょ。」
「用心棒よ。最近のサンジくん、どうもツいてないみたいだから。魔除けだと思って置いとくわ。」
「いや、いりませんよ。こいつ魔除けじゃなくて魔獣ですよ。」
「付いて来られちゃこっちが迷惑なのよ。また迷子になったらどうするの。」
滅茶苦茶な言われようである。
殆ど押し付け合いの押し問答を前にして、ゾロは腕を組んだまま黙って見ている。
二人の会話など耳に入ってはいない。
ともかく何故とっくりなのか。
今すぐひん剥いてあちこち確認したい衝動を、辛うじて抑えているのだ。

「今回サンジ君には大変っーな迷惑を被ったから、あなたに反論権はないわ。」
びしっと指を指されて、サンジは押し黙るしかなかった。
「私達は島でゆーっくりして来るから、後は二人に任せるわね。」
にっこり笑うナミの言外に「後は若い二人に任せて」のイミが込められていることなど、サンジに分かるはずもなく―――
心配げに振り向くウソップその他クルーの背中を、ただ見送るしかなかった。



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