Go! Go! Muscle!!  -2-


「レ〜ツ…ダンシンッ…っ!!」

 ドン…ダンっ!ドドンダダン…っ!
 ドン…ドンっ!タダンドドン…っ!

鮮やかな照明に浮き上がる舞台は、ゾロにとってまるで桃源郷だった。
 逞しい男達が勢い良く足を踏みならし、中央のポールに掴まってクルクルと回転したり、一斉に同じステップを踏んで見事な踊りを披露する。

筋骨逞しい男達は筋肉の流れを極限まで美しく見せるべく、オイルを全身に塗りつけている。彼らが身につけているのは細身の革製ブーメランパンツのみだから、盛り上がった大胸筋が胸板を分厚く飾るのは勿論のこと、腹直筋が板チョコレートみたいにくっきりと区画分けされているのも、腹斜筋が抉られたように明瞭な斜線を描くのも、両腕を上げてマッスルポーズを取ったときに、頸部から背部までをダイヤ型に覆う僧帽筋の下に、はっきりと菱形筋が浮かび上がる様子も息を呑むほどに美しく、全てを感嘆の想いで眺めた。

「あの金ラメパンツの奴が、《ネコ》なんだってさ。少し影がありそうでよ、てめェの好みじゃね?」
「そうだな…」

 黒い髪を短く刈り込んでいたり浅黒い肌をしているのが、思い出のロボ超人にも少し似ている。
 苦悩に満ちた表情で狂おしげに踊っているのも、実に雰囲気が出ていて良い。

「こっちに来たときに、パンツに札を入れてやれ。そん時にウィンクしてみて、相手も返してきたらOKのサインだってよ。舞台が引けてから隣の連れ込み宿に行きな」
「そうか。ナニからナニまですまねェな」
「イイってコトよ」

 気さくに答えて煙草を口にするコックだったが、その指は少し震えていた。顔色は青いのを通り越して、いまや真っ白になっている。

「寒いのか?」
「…っ!」

 両手でコックの右手を掴んでやると、ビクンっと弾かれたように震える。その手は凍てつくみたいな温度だった。人が密集して暑いくらいの室温なのに、どうしたのだろうか?もしかして、女好きなのにムリしてこんな空間にいるのが辛いのか。

「ここまでしてくれりゃあ、もう良いぞ?なんなら船に戻っとけ」
「バカ。てめェの迷子っぷり甘くみんなよ?約束の時間までに帰んなかったら、ナミさんにドヤされるぜ」
「だったら、俺ァこの店の奴に連れてって貰うからよ」
「そう…か」

 瞼がゆっくりと伏せられていくと、意外と長い金色の睫毛が頬に影を落とす。昼間は明るい陽射しに透けて殆ど分からないが、一緒に晩酌をするときには時々気付いて、しばらく眺めていたりしたものだ。ガチムチではないが、コックのパーツは時々えらく綺麗に見える。

「じゃあ、俺…帰るな?あいつ、イイ奴だと良いな…」
「おう」

 ちいさく手を振ってコックが背を向ける。はて、こいつはこんなに薄い背をしていただろうか?ゾロの好みではなくとも、それなりに幅があったような気がしたのだけど。それに足取りも不安定で、よほど体調が悪いらしい。

 気になりつつも後ろを振り返ると、例の浅黒い《ネコ》が近寄ってくる。端整な顔立ちをしたなかなかの男前だと思うし、筋肉に関して言えばかなりゾロ好みの筈なのに、どうしてだか心が弾まない。

 それよりも、人垣の向こうに消えてしまったコックの方が心配だった。あいつはゾロの嗜好に合わせてこんなところまで来てくれたのに、あのまま返して良いのだろうか?

「ねェ…あんた、俺の好みだ。…ヤらないか?」

 媚びを含んだ低音が耳朶に響く。とろりした目つきと舌舐めずりにガクリと興味が減じるのを感じた。こいつは外見だけの男だ。ゾロが惚れるほどの芯を持った男じゃない。
 それにこいつだけではなく周囲の男達も、至近距離で見ると何かが違うような気がする。確かに逞しいのだが、どこか空虚な印象があるのだ。

「悪いが、他を当たってくれ」
「なんだよ、つれないな。ちぇ…、緑頭の逞しい剣士が来たら優しく相手してくれって金髪の男に頼まれたんだけど、あんたじゃないわけ?」
「そいつは、黒スーツの男か?」
「そうそう。さっきのあの子、あんたの友達かい?ノンケっぽいけど、ちょっと危うい感じすんだよね。一人で行かせちゃって大丈夫かな?」
「…どういうこった」
「ああいう子が凄ェ好みだって連中がいんだよ。俺なんかはノンケには手を出さないってポリシーがあんだけど、そいつらはちょっと無理矢理系入ってくっから、ちょっと様子見たげた方が良いかもよ?」
「…っ!」

 小さく会釈をして謝意を示すと、さばけた表情で《ネコ》は手を振ってくれた。好みストライクではなかったが、意外と佳い男だ。

 さあ、それよりもコックだ。随分と顔色が悪かったし、集団で掛かられたら不覚を取ることもあるかも知れない。あからさまに敵対ムードを出してくれればまだ良いのだが、一見親切ごかした態度で臨まれると、あのアホアヒルはコロッと騙されることがある。

 前に立ち寄った島でも、《凄ェ珍しい調味料があるんだけど、寄ってかない?》なんて声を掛けられて、怪しい廃屋に連れ込まれそうになっていた所に、ゾロが殺気を飛ばしながら駆けつけるという一幕もあった。
 あの男は自分が性的な意味で狙われるという可能性に、どうも気付いていないらしい。どれだけバラティエで箱入りにされていたのかがよく分かる。

『あの無防備アホアヒルを、こんな場所で一人にするんじゃなかった!』

 ゾロは好みの体格をしているはずの男達を押しのけて、ひたすらヒョロっとしたコックを捜し回った。



*  *  * 



 一人になって俯いたら、目の奥が酷く熱くなった。泣くまいと唇を噛みしめたら、少し血の味がした。

『あ〜…これが失恋の味ってやつだ』 

 なんて鉄臭くて生々しい味だろう。
 周囲の喧噪をよそに、相変わらず全身が冷たい。大好きな男のために恋の橋渡しなんて柄でもないことをしたから、交感神経が異常緊張しているのかも知れない。

『ゾロはあいつを抱くのかな?そんで…よっぽど気に入ったら、メリーにも乗せんのかな?』

 あの男がサンジほど腕が立つとは思えないから、戦闘になったらウソップやナミと同じように庇ってやろう。もしも身代わりになってサンジが死ぬようなことがあったら、少しはゾロもサンジを好きになってくれるだろうか?

『そういった意味じゃあ、ムリかァ…』

 サンジがゾロを好きだと自覚したのは、よりにもよってゾロからガチムチ体型の男が好きだと告白された夜だ。以前から憧れめいたものを感じているのは分かっていたけれど、ゾロの好みと自分が懸け離れていると知ったとき、胸が引き裂かれるように痛かったことで、それがどういう気持ちなのかが分かった。

 その夜から、自慰のネタはがっちりとしたゾロの腕に掴まれて、激しくバックから突かれる自分だった。ゴリゴリと剛直で抉られて身も世もなく悶絶するのを夢想しては、ひょろりとした体型を呪った。

 晩酌の度にガチムチが如何に素晴らしいかを訥々と語るゾロに、調子を合わせて喋りながら、その実、自分がそうなることは出来ないという事実に打ちのめされていた。この島でゲイショーパブの話を聞いて、積極的にゾロ好みの男を見繕おうとしたのも、微かな望みに希望を繋ごうとする自分の浅ましさを何とかしたかったからだ。

 けれど、そいつをゾロが気に入ったらしいことが分かると、全身から血の気が引いていくのを感じた。みっともなくその場に座り込んでジタバタと手足を振り回し、《そんな奴じゃなくて、俺を好きになってくれっ!》と泣き叫びたかった。

 そうしなかったのはせめてもの矜持に取り縋ったのと、結局はゾロの幸せを優先したかったからだ。それが恋する者の努めだと…そう思ったからだ。

『あぁああ〜…でも、マジでイタい』

 締め付けられるような胸の痛みに堪えかねて、安普請の壁に肩を凭れさせる。《ギシ…》と軋む壁材の音が、サンジの胸から響くようだった。

「よう、仔猫ちゃん。具合が悪そうじゃないか。大丈夫かい?」

 声を掛けてきた男達を振り返って、パンツ一丁のぎらつくオイリー肌と、スキンヘッドの筋肉質な身体つきにぎょっとしてしまうが、それがゾロまで差別しているように思えて罪悪感を覚えてしまう。そのせいか、普段男に対してするよりもずっと優しい表情で対応した。

「あ…あ、すまねェ。邪魔だよな?」
「いいや、邪魔なんかじゃないさ。なあ、良かったらその辺で具合が良くなるまで横になっていかないかい?」
「でも…あんたらの控え室か何かだろ?まだ宵の口だしよ。今からが忙しいんじゃね?」
「いやいや、だからこそだよ。俺たちがショーをやってる間は寝てていいからさ」
「そっか。じゃあ…お言葉に甘えようかな?助かるよ、マジでしんどかったんだ」
「そうかそうか、大変だったな。おー…えらく冷えてるじゃないか」

 男は手を握ると、そのまま抱きしめようとしてきたが、生理的に受け付けなくてするりと身を引いてしまう。ゾロは逆にこういう身体の方が好きなのだろうから、ちょっと嫉妬も感じてしまった。

「悪ィ。このスーツ卸したてでさ、オイルがついちまうと洗濯が大変だから…」
「ああ、分かってるよ。気にしないでくれ」

 本当に気さくな男達だ。気分を害した風もなくサンジを小部屋に連れて行くと、手早くマットを敷いて寝かせてくれた。ただ、親切過ぎるのか、寄って集ってサンジのスーツを脱がせた上に、シャツやらズボンまで剥ぎ取って、しまいには下着まで剥ごうとするのには辟易した。

「いやいやいや…マジでもういいからさ、あんたらはショーに戻りなよ」
「いやぁ…俺らのショーはもう終わったんだよ」

 急にギラついた目つきで男の一人が嗤うと、カシャンと手元で変な音がした。見れば、別の男がサンジの手首に手錠を掛けたのだ。

「え?」
「今度はこの部屋で、あんたがショーをする番だ」

 《くく…》と男達の咽奥でくぐもった嗤いが響き、サンジの肩や足首が大きな手によってマットに押しつけられる。饐えた匂いのするそのマットは、何度もそういう用途で使用されているようだった。

「ノンケの金髪君がネコに目覚めるショーだ。こりゃあ見物だぜェ…」
「へへ、違いねェ」

 親切そうだった顔が一様に脂下がり、涎を垂らさんばかりにしてサンジの肌に触れてくる。

「…………それってつまり、俺…騙された?」
「ま、そーゆーこった。可愛がってやるから良い子で寝てなよ、仔猫ちゃん」
「俺たちのビッグマグナムで、すぐにケツ孔も腕が呑み込めるくらいに開発してやんよ。そしたらここで商売するって生き方もあるからなァー?安心して身を任せな」

 ビキ…。

 サンジのこめかみで、血管が怒張した。




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