Go! Go! Muscle!!  -3-



「おい、あんた。金髪黒スーツの細い男を知らねェか?」

 従業員らしい男の肩を掴んだものの、へらりと笑うばかりで返事が要領を得ない。コックの行方を知らないわけではなく、知っていて黙っているのだと直感した。

「言え」

 殺気走った眼差しで睥睨しながら襟元を掴んでやれば、ぎょっとしたように従業員の表情が変わる。斬り殺しそうにでも見えたのか。

 実際、どうしてこうもコックのことが気になるのか分からない。あいつは相当に腕が立つし、万が一のことがあっても男なのだから妊娠するような心配もない。なのに、あの人一倍ロマンチストで、いつか運命の恋人に出会うことを夢見ている男が、見ず知らずのホモに手出しされると思ったら、居ても立っても居られなくなってしまう。

「あいつに何かあったら…てめェも同罪として扱うぞ?」
「ひっ!」

 ちゃきりと鯉口を切ってぎらつく白刃を見せつけてやれば、堰を切ったようにペラペラと喋りだした。やはりコックはあの《ネコ》が懸念していたように、レイプ常習集団に連れ込まれているらしい。そいつらは深酔いした若い男を言葉巧みに誘い込んで輪姦するのだという。

 冗談じゃない。あのアホコックは大事な仲間なのだ。
 そう…他の連中には言えないような話まで出来る、貴重な相手だ。だからこんなにも心配なのだ。と、何故かわざわざ自分に言い聞かせる。

「あんの…アホがっ!」

 思った通りの展開で危機に晒されているらしいコックの元へ急ごうとすると、突然…目の前の壁が粉砕された。

 ドコォォン……っ!!

「ムぅ〜トン…ショットォーーっ!!」
「ヒイイイイイィィィィ………っ!!」

 壁を吹き飛ばして凄まじい蹴りを見せているのは、手錠を掛けられた半裸のコックだった。怒り心頭に達しているらしく、先程までの儚いような白さを払拭し、頬を赤く上気させて眦を般若の如く釣り上げている。蒸気を放ちそうな怒りの波動は収まることなく、逃げようとするガチムチマッチョメンを容赦なく追いかけては見事な跳び蹴りを喰らわせている。

 その姿に、思わずゾロ息を呑んだ。

『なんてェ綺麗な筋肉だ…っ!!』

 灰色のボクサーパンツを穿いているだけのコックは、細身ながらも無駄な脂肪一つ無い見事な筋肉をしていた。特に凄まじい蹴りを放つ脚は鞭のようにしなやかで、盛り上がった大腿直筋の上を斜走する縫工筋がするりとしたラインを描く様や、鼠経部にくっきりと腸腰筋や内転筋腱が浮かぶ陰影に見惚れてしまう。

『奴は筋肉の持つ潜在能力を、余すところなく戦闘に引き出してやがる…っ!!』

 コックの肉体は全体のバランスが調和して、類い希な魅力を醸し出しているようにも思う。個々の筋が極めて機能的に連動して、舞踏のような蹴り技に昇華しているのだ。
 それは見守る観客達の方でも同様であったらしい。

「凄ェなあの兄ちゃん!」
「おお、飛び込みの格闘ショーかっ!?細いが、実戦向きの良い身体してやがるぜっ!」
「確かになァ。戦う為に鍛えられた筋肉だな、ありゃあ。《完璧に機能する肉体は美しい》って言葉があるが…まさにその言葉通りの身体だぜ」

 その辺のオッサン達の言葉を聞いて、やっとこのパブで感じていた違和感の正体に気付いた。そうだ、この店で勤めている男達は誰もが《見せ物》としての筋肉を鍛えており、戦闘に向いている身体ではないのだ。隆起させることに重きを置いた筋肉は、見ている分には綺麗だが実際に動くと俊敏さに欠ける。

 ことに相手が俊速の蹴りを誇る凶暴コックと来ては、マッチョ男達に勝ち目など無いだろう。そもそも、コックを見くびって手首への拘束しかしなかった時点で勝負は付いている。

『そうだ…。あいつは、闘うコックだ』

 仲間達の命を繋ぐために手を使い、仲間達の命を護るために脚を使って闘い続ける、誇り高い戦士。
 ゾロが背を預けて闘うことの出来る希有な存在だ。

 胸の奥が熱い。
 かつてロボ戦士に感じたのよりも、もっと具体的で生々しい熱情が胸から全身へと駆けめぐり、ゾロの肉棒を痛いくらいに怒張させた。

『あいつが欲しい…』

 鍛え抜かれたあの肉体を押し開いて、情欲の証を最奥に溢れるほど注いでやりたい。そんな欲望を向ける対象ではないと分かっていても、本能的な衝動を感じることは止められなかった。

「おらァっ!!」

 ステージに乗り上げて他の従業員に救いを求めていた男に回し蹴りを喰らわせると、コックはやっと落ち着いたように身を逸らせる。狙っていた獲物を全て撃沈させたのだろう。しなやかな上体が反らされて気怠げに溜息をつくと、頭部を振ってさらりとした金髪を靡かせる。気を利かせた照明係がスポットライトを浴びせかければ、薄付きながら実戦的な筋肉が美しい陰影を浮き上がらせた。

「かっ…」
「…こ、良ィ……」

 一幅の絵画のような情景に、男達のハートは思いっ切り鷲掴みにされたらしい。ぼそりと感極まったように呟いた後、誰かが《ヒューっ!》と鼠啼きしたのを切っ掛けに、そこかしこから一斉に歓声があがった。

「兄ちゃん痺れるゥ〜っ!」
「抱いてェ〜っ!!」

 自分を襲おうとした男達以外の連中が好意的に受け止めているのが信じられないようで、きょとんとしたまま呆然としていたコックは、急に恥ずかしくなったみたいに頬を上気させて舞台から降りようとする。だが、男達に囲まれた状態では逆効果だ。ベタベタと素肌を触られて《若くてピチピチのお肌だ、羨ましいねェ〜》だの、《君、幾らだい?》等とコナ掛けられて困り果てている。距離を詰められているから上手く蹴れないらしい。

「退け。そいつァ、俺の連れだ」
「…っ!」

 ゾロは並み居るマッチョメンやオッサン達を押しのけて、ひょいと荷袋のようにコックを肩に乗せると、人気のない場所を目指した。

「え…え?おい、マリモ…。振られちゃったのか?」
「近くで見たら、好みじゃなかった」
「はは、贅沢言いやがる。よっぽど好みが煩ェんだなァ」

 コックは急に力が抜けたみたいに乾いた笑いを浮かべると、くったりとして暫く黙っていたが、破壊した壁を越えて小部屋に戻してやると、塵埃まみれのスーツやシャツをはたいてブツブツ文句言いながら身につけた。

「あーあ、卸したてのスーツだったのによ」
「悪かったな。迷惑掛けた」
「良いよ…別に。はは、これでまたてめェも当分は童貞だな?こんなデカい島は、ローグタウンまでねェぞ?」
「いや…もしかすっと、俺ァ…一生童貞のままかもしれねェ」
「あ?なんだよ、てめェらしくもねェ。ぶった斬られても諦めないような男のくせして、どうしたってんだよ」
「斬られるのも蹴られるのも構わねェが、てめェが嫌がるのに無理強いなんかできねェだろが」
「……へ?」

 虚を突かれたように目をまん丸にしているコックは、もう完全にスーツで肌を隠していたけれど、それでも変わらず愛おしいと思った。

「どうやら俺ァ、てめェに惚れたらしい。悪かったな…てめェは筋金入りの女好きなのによ」
「でも…でも、俺ァ…痩せっぽちだぜ?てめェの好みじゃあ…」
「いや、滅茶苦茶好みだって今日分かった。細くてもてめェの身体は、闘う男の肉体だ。命を賭けた遣り取りが出来るその身体と、侠気に惚れちまった」
「そ…そーかよ」
 
 コックはどこか落ち着かなげにもじもじして、居ても立ても居られない様子だ。仲間として、童貞のシンパシーも感じていた相手に欲情されたと知って、気持ちが悪いのかも知れない。
 
「安心しろ。仲間にゃ手出ししねェと決めた誓いは、絶対破りゃしねーから」
「………破らねェの?絶対?」
「ああ」

 コックはくるりと巻いた眉をへにょんと下げて、尚も上目遣いにゾロを見ながら唇を尖らせている。なんでそんなに拗ねたような顔をしているのだろうか?

「あのさ、それって…。俺が手出ししてくれって頼んでもダメか?」
「約束ってのは絶対だ」
「そっかァ…。でも、俺ァ…てめェと仲間じゃなくなるのもヤなんだけど…」
「だから、仲間にゃ手は出さねェと言ってるだろうが」
「だから、仲間だと手を出して貰えねんだろ?俺ァ…………出して、欲しいんだけど……」
「………………は?」

 目が点になっているゾロの唇を、《ちゅっ》と音を立ててコックのそれが吸っていく。小鳥が啄むみたいなそれがキスというものだと気付いたのは、真っ赤になったコックが耳朶まで染めて全力疾走を始めてからだった。

「お、おいっ!待てっ!!」
「ここまで頑張ったんだっ!これ以上待てるかァっ!!」
「待てっつってんだろうが!えいクソっ!……………二刀流、鷹波っ!!」
「こんなトコで技出す奴があるかァーっ!!」
「非常事態だ」

 逃げ足が速すぎる男を捕獲するために、長年鍛え上げた《必殺技》を駆使して足止めしようとすると、既にコックによって破壊された施設が更に崩壊していく。《止ーめーてーくーれェ〜っ!!》と悲鳴を上げる支配人を尻目に、ゾロは両手に抜刀した剣を掴むと、悪鬼のような形相でコックを追いかけ回した。

「待てーっ!」
「待たんっ!!」

 既に出来上がっているにもかかわらず、羞恥心と意地が邪魔をして大人げない追いかけっこを展開する二人が、ようやく足を止めてキスを交わしたのは、それから10時間が経過してからであった。




おしまい



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