Go! Go! Muscle!!  -1-


ゴーっ!ゴーっ!マッソウっ!
 リーンーグぅ〜にィ〜 いィ〜なずっまっはっしりィ〜♪
 ほーのーお〜のォ〜 せ〜んしを照らっすゥ〜♪

 シモツキ村の子ども達は手に手に水飴や薄焼き煎餅を持っていたが、みんな口にするのも忘れて銀幕に見入っていた。
 村の集会所前には祭事になると決まって移動映写団が訪れる。その演目の中でも特に子ども達の心を奪ったのは、筋骨隆々とした超人達がリング上で戦うアニメーション《キン○マン》だった。

 大都会で上映されているものをダイジェスト版にしているので話は切れ切れでよく分からないところもあったが、超人達の常軌を逸した必殺技や、ちょっと下品なギャグ、そしてなんと言っても極限の戦いの中で生まれる友情に、誰もが胸を熱くしたものだった。

 その後は数週間に渡って、寺子屋や剣道場でも《キン○マン》の話題が吹き荒れた。幼いロロノア・ゾロがとにかく沢山の剣を使ってトンデモ剣技を本気でやりだしたのも、このアニメーションの影響があるかもしれない。

 ゾロが好きだったのは、敵キャラの展開する渋めのドラマだった。
 高貴な紳士超人が主人公に負けたことを恨みに思い、殺人マシーンのようなロボ超人を鍛えるのだが、激しい鍛錬を繰り返す内に深い師弟愛が芽生えていくというお話などは一番のお気に入りだ。

 主人公との真っ向勝負に敗れたロボ超人は自ら仮面を外すが、その下にあったのは恐ろしい機械仕掛けの顔だった。
 《だ…誰かオレの顔を見て笑ってやしないか?》そう怯えるロボ超人に、紳士超人は力強く言うのだ。《だれもわらってやしないよ!》《よ…よかった…》安心したように息をつくロボ人間に、重ねて言う《この私が、笑わせるものか…!!》…と。
 冷徹に見えた紳士超人が涙を滲ませる様子に、ゾロはきゅうんと胸をときめかせた。

 そこまでなら、他の子だって共感してくれた。
 だが、ゾロの反応はそれだけではなかった。ロボ超人を見ているとチンポがウズウズするなんて、自分でもおかしいような気がした。それとなく遠回しに友達の反応を探ってみたが、やはりそんな反応はしないらしい。

『なんで俺は、ロボ超人を見てると紳士超人と替わりたいって思うんだろう?』

 あの孤独な魂を抱きしめて、ついでに肉体も抱きしめてやりたい。
 その衝動が成長と共に、明確な欲情に結びついてしまったときにはかなり焦った。ロボ超人を四つん這いにして後ろから突き上げる妄想をしながら初精通を遂げた時には、ティッシュを握り締めたまま硬直してしまった。

 どうやらこういう嗜好の男は、世間では《ホモ》ないし《ゲイ》と呼ばれ、女を対象とするのに比べると、極めて少数派であるらしい。ゾロの故郷のような田舎では尚更だったから、誰にも打ち明けられなかった。

 シモツキ村を出て大きな街に出てみると、ようやく新たな情報が入ってきた。世の中にはそんな少数派にも対応してくれる、《男娼》という職業があるのだ。また、そういう嗜好を持った連中が集まる酒場に行くと、上手く行けば恋人だって作れるかも知れないという。
 田舎を出て良かったとしみじみ思った瞬間であった。

 ただ、ゾロの好みは少数派の中でも更に狭い領域らしく、相当大きな街に行かないと好みの男娼は居ないそうで、未だに巡り会えていない。筋骨隆々としたガチムチ兄さん自体はいるのだが、そういう男は大抵抱く側の《タチ》という役回りで、抱かれる側の《ネコ》になることはあまりないそうだ。ゲイの多い酒場にも行ってみたが、やはり言い寄ってくる連中はタチばかりだった。

 たまにガチムチ体型でネコ志願の男も寄ってくるのだが、どうも仕草が女っぽくていけない。身体だけガチムチならイイというモノではなく、ゾロの好みは一己の男として頑とした芯を持ちながら、どこか危うげな魅力を持った《ネコ》なのだ。

『そういうコはなかなかいないねェ』

 娼館のオヤジも困ったように頭を掻いていたが、親切にそういう男娼のいそうな街の地図を書いて寄越してくれた。ゾロは鷹の目を探す道すがら、その地図を頼りに男娼も探したが、上手く辿り着けないまま海軍に捕まり、ルフィにスカウトされることになった。

 ルフィの侠気には惚れ込んだが、正直なところ、クルーの面子を目にするとかなり落胆した。ルフィはひょろひょろとした子どもらしい体格だし、ウソップも似たり寄ったりだ。ナミは女にしてはさばけた性格のようだが、当然ガチムチではない。ゾロ的にはむちむちプリンになど用はないのだ。
 ぶっちゃけ今まで倒してきた海賊達や海軍兵を見ている方が、視覚的には心が浮き立った。

 どのみち狭い船内で痴情の縺れなど起こったらややこしいから、クルーには手出ししないと決めてはいたのだが、それにしたって潤いがないことこの上ない。

 そのうち魚型をした海上レストランの副料理長が仲間に参入したが、こいつがまた輪を掛けてヒョロヒョロ体型と来ている。アーロンパークでは結構な侠気と岩をも砕く蹴りを見せてくれたので、仲間としては認める気になったものの、とても恋愛対象にはなりそうになかった。

 そんなわけで、未だもってゾロは童貞君だったりする。
 折角なので、いつか男前でガチムチ体型をした最高の《ネコ》と同衾できるその日まで、大事に取っておくつもりだ。


 * * *


金髪のコックとは、イーストブルーからグランドラインを目指して航行している内に、少し気心が知れてきた。日中は何かと言い争いが多いのだが、夜になると静かに酒を酌み交わして、それなりに会話もする。女相手には躁状態になるコックも、ゾロが相手の時には沈黙を苦にしないらしい。

 ただ、他の男連中が子ども過ぎるせいか、こうして二人で過ごすと話題がシモ方向に偏っていくのにだけは辟易していた。コックが当たり前みたいに女性の嗜好を語るのが、如何にもゾロの方が少数派であることを思い知らされて苦しいのだ。

 ある夜、とうとう我慢しきれなくなって酒杯を卓上に叩きつけると、吐き捨てるようにぶちまけた。

「女の胸だケツだと、ぶくぶくした脂肪の塊になんか用があるか!俺ァ、筋肉がガッツリついた男を抱きてェんだっ!!」
「男…?」
「ああ、誤解すんなよ?間違ってもてめェやルフィみてーなヒョロい奴に用はねェ。俺の好みはバッキバキに筋肉が盛り上がった逞しい男だ」

 コックは豆鉄砲を喰らった鳩みたいに目をぱちくりと開いていたが、思っていたような嘲笑が返ってくることはなかった。

「そーなのか!?えー、マジで?今までヤったことあんのか?」
「ねェ。なかなか好みの奴に会えなかったんだ。どうでも良い奴相手にヤりたくねェしな」
「なんだー。じゃあ、てめェも童貞かよっ!」

 にぱぁっとコックが笑うから、ゾロは心底驚いてしまった。どうやら散々女の好みを語っていたコックも、憧れが強すぎてなかなか初体験が果たせない童貞君であるらしい。

 急に童貞同士のシンパシーを感じてしまって、それからは深夜二人きりになると、畑違いながら互いの好みを語り合うようになった。
 コックは昔酷い飢餓に見舞われてからというもの、食べてもなかなか筋肉がつかなかったから、ガチムチマッチョ男に惚れるというわけではなくとも憧れはあるらしい。そのせいか、《イイ筋肉》について語り合うときには結構盛り上がった。
 ゾロも娼館やその道の酒場以外でそんな嗜好をさらけ出すのは初めてだったから、照れくさかったが嬉しかった。

 コックは軽薄そうに見えて意外と口が堅く、どんなにムキになって喧嘩をしても、ゾロの嗜好をからかうことだけはなかった。他人から見たら奇矯に見えたとしても、ゾロにとっては何よりも大切な気持ちだと認めているのだろう。 

『こいつァ、意外とイイ奴だ』

 そう思う日々の中、麦わら海賊団はかなり大規模なカジノや風俗産業の店舗が建ち並ぶ島に寄港した。
 買い物ついでに島の状況を偵察してきたコックは、戻ってくるなりにやんと笑ってゾロの胸板を突いてきた。

「おい、マリモ。俺様に感謝しろよ?てめェが好きそうな男がいる、ゲイ専門ショーパブの場所を聞いてきてやったぜ!」
「なにィっ!?」

 コックは《親切ついでだ》と言って、道案内まで買って出てくれた。

『どんな男なのかな?』

 心なしかいそいそとした足取りで向かう途中、ふとコックの表情を見やると少し顔色が悪いようだった。

「てめェ、風邪でもひいたのかよ?」
「ちげーよ」
「でも、顔色悪ィぞ?」
「日が暮れかけてっから、光線の加減でそう見えんだろ。大丈夫だ、気にすんなよ。てめェは一足先に童貞切っちまえ。凄ェ好みの奴なら、口説いて連れて来いよ」
「ルフィが認めねーだろ」
「てめェがヤりたいって思うくらいの奴なら、ルフィの眼鏡にも適うんじゃね?」
「バーカ。そこまでの奴がそうそういるか。取りあえず抱きたいくらいの奴がいれば御の字だ」
「そうかァ?」

 コックはへらりと軽薄そうな笑いを浮かべていたが、一瞬だけ切なげな眼差しを浮かべてから、素早くそっぽを向いた。
 
「頑張れよ」
「おぅ。てめェも好みの女が見つかると良いな」
「ああ…そうだなァ」

 先にゾロが童貞を切るのが淋しいのか、コックは少しはんなりとして淡く微笑む。その表情が酷く綺麗に見えて、胸の奥が変に疼いた。

「…?」

 コックの手がばしんとゾロの背を叩いて前へと促す。結局ゾロの感情は有耶無耶なまま、ぎらついたネオンサイン輝くゲイショーパブへと連れて行かれた。


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