ふたりのアイランド 1




愛する人と二人きり。
なんて甘い地獄。




【一日目】
打ち上げられたのは、白い砂浜だった。
どこまでもどこまでも、青い海に寄り添うように砂浜が続く島。
流木と一緒に汚い生ゴミが波に洗われてると思ったら、遭難マリモだった。
どうやら一緒にこの島に流れ着いたようだ。

俺は海水を含んで重くなったスーツを脱いで、申し訳程度に絞って枯れ木に引っ掛けた。
そこそこに日差しはきつい。
日当たりのいいところに一日干して置けばすぐに乾くだろう。
同じくぐしょ濡れのシャツの裾を絞りながら身体を点検する。
細かい擦り傷は至る所についているが、関節は曲がるし痛みもない。
両手足ぶらぶら、首もこきこき回して、無事であることを確認した。
遭難して無傷。
ラッキ〜。

改めて海を眺めた。
記憶的にはついさっきまでの大嵐が嘘のように凪いでいる。
風は穏やか。
日差しはそよそよ。
なんとも長閑な風景だ。
はるか遠くまで見渡せる水平線に、間抜けな羊頭の影はない。
自分がどれだけ気を失っていたかも、定かではない。
一体どこまで流されてしまったんだろう。

額に手で庇を作って目を凝らしていたら、のそのそと潮くさい気配が近付いて来た。
遭難マリモも気が付いたらしい。

「どこだあ、ここあ」
ゴキゴキと首を鳴らしながら、巻き舌で聞いてきやがった。
さくっと無視して今度は両手を翳す。
陸から眺める海は、なぜだか一段と眩しく見える。

「素敵眉毛、シカトすんなコラ」
「俺に聞くな筋肉ダルマ。ここがどこかだなんて、知るかボケ」
俺の言葉にふんふんと頷かれると、それはそれで癪だ。
「確かにな。まあちょーっと南に来たんじゃねえか」
なんてことを言うからびっくりした。
「なんでわかる?」
「あったけえじゃねえか」
ゾロは太陽を指差した。
どっからどう突っ込んでいいか、蹴りを出すタイミングも計りかねて、結局俺は無視を決め込んだ。
こんなところで気力と体力を削がれている場合ではない。

「ともかく、長期戦でナミさん達が見つけてくれんのを待つか」
俺は前を向いたままそう呟いて、両手をブルンと振り回した。
ゾロは隣にならんでまたふんと鼻を鳴らしてやがる。
ともかく、この島を調べなければ。





打ち上げられた浜辺の反対側は切り立った崖だった。
太陽が真上から斜めに沈むくらいの間に、ぐるりを一周できるほどの小さな島だ。
木は豊富に生い茂っている。
中心地に泉があって、雨水も溜まっていた。
ありがたい。

虫なんかもいるが、動物は爬虫類かネズミくらいだ。
獣の肉は期待できそうにない。
結局ゾロと、ほぼ無言で島を一周して元の砂浜に戻った。
いい具合に木がせり出してるところがある。
そこにスーツをテント代わりに張って、寝床に決めた。
水と寝床はOK。
食糧は海から採れるといい。
あれこれと脳内で算段していたら、いい具合に木を折り曲げていたゾロが手をはたきながらやってきた。

「次はなにをするといい?」
驚いた。
これがマリモの言葉かとも疑った。
いつもなんだかんだと人の言うことに逆らってばかり来た学習能力のない水生集合体が、俺に指示を仰ぐなんて・・・
「聞いて何が悪い。こう言う状況はてめえのが慣れてるだろう。」
ゾロは悪びれもせずそう言った。
まともに言われて、俺は頷かざるを得ない。

なんせ俺はサバイバル経験者だ。
さらに生き延びた後も、次にまた同じ目に遭ったらと今後を想定してさらに勉強した自主性もある。
その辺適当に迷子してたのを放浪と言い換えてのらりくらり生きて来た剣士バカとは訳が違う。

「しょうがねえ、手伝わせてやる。」
俺は腕を組んで顎をしゃくってみせた。
ゾロはちょっとむっとした感じに口を尖らせたが、特に文句は言わなかった。







【二日目】
今日は朝からいい天気だ。
相変わらず海は凪いでいる。
昨夜は寝床を整えただけで日暮れとともに眠ってしまったから、今日は一日食糧確保に励もう。
裏手の岩場に潜れば、雲丹やらサザエやらが簡単に取れてゾロと二人で大喜びした。
森の中も、木に登る生き物がいないせいか木の実が豊富になっている。
見たこともない実でも、特に舌が痺れるようなものはなかった。
天敵がいないから、植物も毒を持つ必要がないんだろうか。

腰につけていたサバイバルナイフが無事だったので、それで調理をする。
ゾロはまるで遊んでるように楽しそうに海に潜っては、いろんなものを採って来てくれた。
小型の鮫も素手で掴んで獲って来る。
いつでも食糧が手に入ると過信してはいけないが、この調子なら食う物には困らないだろう。

「あ〜タバコ吸いてえ〜」
雲丹を叩き割りながら、つい呟いてしまった。
俺に指示されて枝の間に海草を干していたゾロが、背中でくくっと笑う。
「仕方ねえからこれでも齧ってろ。」
硬い根っこを差し出されて、こんにゃろうと足で叩き落す。
「ニコチン切れでイラついてんだ。ケンカ売んなコラ」
「上等だ。こっちも酒が切れてイラついてんだよ」
ぼきりと指の関節を鳴らしながら、ゾロが海草を放り出して近付いてくる。
俺は中指を立てて、にやりと笑った。

昨夜は良く寝た。
今日は腹いっぱい食べた。
こうなりゃ後は、適度な運動だ。
ゾロの拳を紙一重で避けながら砂に足を取られつつ蹴りを繰り出す。
綺麗にヒットしないのはつまらないが、バランスを崩して砂だらけになって転がるゾロを見るのは愉快だ。
馬鹿笑いしてやったら足を捕まれてひっくり返された。

ガキ同士みたいに縺れ合ってゴロゴロ転がる。
端から見たら寒いくらいに恥ずかしいじゃれ合いだが、案外身体を動かすのは楽しかった。
船の上でやり合ってた険悪なケンカとはまた違う、お互い距離を測り力を抑えつつの取っ組み合い。
小さな擦り傷と打撲をこさえた程度で、二人で並んで砂浜に転がった。

もう少し太陽が上に昇れば、熱くて寝っ転がってなんかいられなくなる。
見上げれば雲ひとつない青い空。
耳には絶えることない波の音。
視界の端に放射熱を伴った筋肉の塊。
全体的に暑苦しい。

「あああ〜なーんでてめえと、なんだろなあ。もしもナミさんvやロビンちゃんvvだったら、
 南の島の青い珊瑚礁になるのに・・・」
「訳わかんねーぞ」
「いんやもしかすっと、俺もちょっぴり野生に目覚めちゃうかも〜v」
一人でぶつぶつ呟いてる俺に呆れたように、ゾロは勢い良く身体を起こすと立ち上がった。
ばらばら砂が舞って大迷惑だ。

「あんまり日が照って水が干上がると厄介だな。」
ゾロの言葉にぎょっとして、それから俺も真顔で起き上がった。
「てめえが邪魔すっからうっかりしてたんじゃねえか。見てくるよ」
いらぬ言い訳をしながら森の中に入った。



泉は、雨水が溜まっただけではないらしい。
酷く透明で綺麗な水だ。
たいした量ではないがコンコンと湧き出ているのかもしれない。
別の場所で柔らかな砂地を手で軽く掘ってみた。
底の方からじんわりと水が湧き出てくる。
この島自体の保湿力がいいのか。
なんにしてもありがてえ。

確認してから浜辺に戻れば、もうお天道さんは真上に上がってゾロはちゃっかり木陰で昼寝をしていた。
無駄な体力を使うこともないし、こいつには夜間の見張りを任せよう。
そう思って、自分のスーツの下に腰を下ろし輝く海面をずっと眺める。

GM号じゃなくても、この際海賊船でもいい。
どこか、誰かが通りかからないだろうか。










【三日目】
「お前、夜の部、見張り」と言ったら、ゾロは素直にそれに従った。
故に今、夜明けとともに寝くたれてやがる。
寝るのはいいが、砂浜に大の字に寝転がって高鼾だ。
こいつは時間とともに太陽は移動するって知らないんだろうか。

じりじりと日差しが照りつけるのに、大口開けてがあがあ寝たきりだから、仕方なくツギハギだらけの足を持って木陰まで引き摺ってやった。
焦げマリモはあんまり見てても楽しくない。

今日は一日どんよりとした日だ。
新たに採って来た木の実をどう調理すれば美味いか、あれこれ試作する。
硬い木の実を削って簡易の鍋も作った。
昆布はいい具合に乾燥している。
もう少し魚の干物を増やしておこうか。

午後になって、寝ぼけ腹巻が起きて来た。
ちょうど竃を作るのに四苦八苦していたら手を貸してくれる。
お前の馬鹿力はこんな時にしか役立たないんだから、せいぜい励めよと肩を叩いたらやはりむっとした顔をしたが、別に文句は返ってこなかった。
昨日の調子でケンカに縺れ込めるかと思ったのに、肩透かしをくらった気分だ。


夕暮れになって、急に風が強くなった。
空に暗雲が立ち込め、遠くから雷鳴が響いてくる。
「嵐かよ」
簡単な塒じゃ吹き飛ばされそうで、とりあえず森の中に身を潜めた。
「本当は洞窟なんかあった方がいいんだろうな」
ゾロの言葉に頷いたが、ないものは仕方がない。
それにずっと雨ざらしでも、人間なんとかなるもんだ。

あの、何にもないつるっとした地面の上で、膝を抱えたままで生きてこれたんだ俺たちは。
そのことを思い出して、そうして空を見上げたら、不意になんとも言えない気持ちになった。

目の前にはどこまでも続く海。
白い飛沫を撒き散らしながら、狂ったように荒れている。
黒く墨を刷いたような空は時折稲妻が光って、不気味な陰を落として揺れる。
風に煽られた樹々はざわめき、ぬかるんだ足元はスコールのような雨で濁流になっている。
大丈夫。
大丈夫だ。
雨が降れば、水が溜まる。
飲み水の心配はなくなる。
どんなに荒れたってこの島が沈む訳じゃない。
この森も、何度もこんな嵐を経験して乗り越えて、ここまで繁って来たんだ。
たった一晩耐えたなら、また南国のリゾート地みたいに青々と風に揺れるんだろう。

不思議な気分だった。
遭難したのに、無人島に打ち上げられたのに。
自分でも呆れるくらい落ち着いている。
サバイバルを経験した自信から来るもんじゃない。
飲み水にも食い物にも心配のいらない、恵まれた島にいるからだけじゃない。
俺はでかい葉の下に頭を隠しながら、そっと隣を伺い見た。
木の根元に腰を下ろして、腕を組んだままゾロはじっと辺りに目を配っている。
今俺たちが襲われてるのは嵐であって、他に敵なんていねえよと窘めたくなるくらい、真剣な眼差しで海を睨んでいる。

――― 一人じゃねえからか。
あの時も、本当はそうだった。
ジジイに助けられて、二人きりで島にいたのにずっと敵同士みたいに背を向け続けて、口も利かなかった。
ジジイの傍らにあった大袋が食いもできねえ宝の山だったって知ってから、ジジイがてめえの足食ったって気付いてしまってから、ようやく側にいたけれど。
もうその頃からの記憶はあんまりはっきりしねえ。
もっと早くに気付いていれば、お互い励ましあってもうちょい元気にいられたんだろうか。
それとも意地で張り詰めてジジイを憎む執念があったからこそ、あそこまで生き延びてられたんだろうか。

あの時と、あまりにも状況は違う。
ここはちゃんと緑も生えてる、水も確保できる島だ。
俺は一人じゃなくて、気に食わないとは言え一応仲間の馬鹿力野郎が側にいる。
そのことが、こんなにも頼もしいだなんて―――

そこまで考えて、俺はうがあと叫んで頭を椰子の木に叩きつけたくなった。
今、何考えた?
頼もしいだって?
何がだ誰がだ。
こんな、人の言うことしかできねえような、腐れ迷子ぐうたら腹巻が、頼もしいだなんて・・・
熱さで脳味噌やられたのか俺――!

つい手で顔を覆って呻いた俺の肩を、何も知らない三白眼ががしっと乱暴に掴む。
「どうした、具合悪いのか」
なにがどうしただ。
何が具合悪いだ。
似合わねえことほざくんじゃねえよ。
「うっせ、馬鹿!」
俺は腹立ち紛れに、心配そうに覗き込んできたゾロのでこっぱちめがけて頭突きをしてやった。
ちょっと狙いが逸れて、鼻まで打ったらしい。
両手で顔全面を押さえて悶絶してる。
ざまあみろ。

「・・・何しやがんだ〜クソコック〜〜〜」
「うっせ、ケンカは明日だ明日」
なんだかどうにも馬鹿馬鹿しくなって、俺は雨に打たれるのも構わずその場で不貞寝した。

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