first contact 1




寒気が近づいているのだという。
夜は特に冷え込み、見張り台で過ごすのも辛い季節だ。
ゾロは寒さしのぎの筋トレを終えて、コートを着込んだ。
そろそろサンジと交代の時刻だ。
それにしても、今夜は冷える。
酒でも引っ掛けてえなあ。

降りていくとキッチンの灯りが見える。
サンジは徹夜のつもりらしい。
ドアを開けるといい匂いが漂っていた。



「おう、ご苦労さん」
サンジはくわえ煙草のまま、ひょいと顔だけ覗かせた。
ゾロがイスに座ると、こんなもんかなーと呟きながら、両手に盆を持って歩いてくる。
「お前、それ・・・」
盆の上には徳利と猪口、それに塩辛と蛸のマリネ・・・。
「あーやっぱお前知ってんな。こないだの島で米の酒、見つけたんだ。珍しーから買ってきた。」
で、熱燗、とゾロの前に徳利を置く。
「あちーな、ちょっと加減がわからなくて熱くしすぎたかもしれん。」
「よく徳利なんかあったな、猪口も」
「前に骨董屋で見つけたんだ。」
一遍やってみたかったんだ、こういうの。
そう言って、ゾロに箸を渡す。

サンジはいつもゾロと喧嘩ばかりしているようだが、案外二人きりの時は突っかかって来ない。
ゾロが勝手に酒をくすねて飲んでいるのに最初は目くじらを立てていたが、あきらめたのか隠れて飲まれるよりはと晩酌に酒の肴を用意してくれるようになった。
それから、こうして夜も更けるとキッチンで酒を傾けるのが日課になった。
昼間とは違う、穏かなこの時間をゾロは気に入っている。

「まだ、見張りは大丈夫だろ。」
ちらちらと外を気にしながら、サンジも腰をおろす。
「ああ、大丈夫だ。」
ゾロは早速猪口をサンジの目の前に突き出す。
「ああん、俺に注げってのか」
不服そうなサンジに苦笑しながら、ゾロは徳利を手渡した。
「そういうもんなんだ。後で俺もするから、先ずは注げ。」
「あちいぞ、これ。」
「ちょっと熱すぎんだよ。すぐに冷める。こうして、首のとこ持って・・・片手も添えて」
こうか、とおずおずと徳利を傾ける。
とくとくとく・・・
「そう、もっとなみなみと・・・そうだ」
くいっと猪口を上げて、徳利を押し上げる。
「おっとっと・・・って感じだな。次は俺だ。」
徳利を持ち替えて、サンジの猪口に注ぐ。
サンジもくいっと猪口を上げて、
「おっとっと」
と、言ってみる。
「うまいな。それでいい。」
サンジは猪口を近づけて、すげー匂い・・・と目をしばたかせた。
「熱燗の匂いは嗅がない方がいいぞ。すぐ酔っ払うからな。嗅がないようにして、一気に飲め。」
「あちーよ。」
「だから、熱すぎんだよ。ちょっと待ってろ。」
箸で塩辛をつまむ。
まさかここでこんなものが食えるとは思わなかった。
「どうだ?」
言いながら、サンジも箸でつまむ。
「お前が箸を使えるとは、思わなかったな。」
正直、ゾロはびっくりした。
「昔、バラティエの常連さんに教えてもらったんだ。箸はなんでもできる万能道具だってな。」
「確かにそうだ。だが、だからこそやっちゃなんねえことも結構多いんだぜ。」
「へーそうなのか。」
程よく冷めた酒を口に運び、ゾロはサンジの手元を見る。
「ちょっと、違うな。中指はこの位置だ。」
向かい合ったままサンジの右手に己の手を添える。
「支点がこう。作用点がこっちだろ・・・」
サンジの指は自分のものとまったく違う。
色も違うし細さも違う。
こうして手を添えると、まるで違う生き物のようだ。
「なんか、参考になんねえぞ。てめえの指、太いし・・・」
サンジも同じことを考えたらしい。
「理屈は同じだ。綺麗に持てると、もっといいぞ。」
ふーん・・・。
いつになく素直に、サンジはゾロの教えた持ち方で練習している。

「さっき言ってた、やっちゃいけねえことってのはなんだ。」
箸を空中で開け閉めしながら、聞いてくる。
「例えば・・・箸で食い物を刺すとか、何食おうか箸で食い物を指しながら迷うとか、箸だけ口で舐るとか・・・」
「へえ・・・」
細けえな、と感嘆したように言う。
「ようは礼儀作法なんだ。いかに綺麗モノを食うか、テーブルマナーと同じようなもんだろ。」
偉そうに講釈をたれているが、ゾロ自身そんなものクソくらえだ。
うまく食えたらそれでいい。
いちいち感心して聞くサンジが意外だったが、そう言えばこいつは、人に物を習うのが
うまかったと思い直した。
コックとしてこの年で一流になるには、一にも二にも勉強だっただろう。
人の話を素直に聞いて、確実に自分のものにしていく。
何事も自己流で済ませる自分とは、多分違う。
料理人としてプロを自負するサンジならではの、ひたむきさだ。



「んー、やっぱこの酒にはこれがあうな。」
サンジは上機嫌で盃をあおる。
「本で読んでて、一度こういうのやってみたかったんだが、ルフィの前じゃ、こんなもん前菜にもならねえだろ。」
確かに。
小鉢に盛り付けられたあてなど、奴にとって食事ではない。
サンジに徳利を進めると、まだ猪口に入ってるぞ、と言う。
「酒は注ぎ足しでいーんだよ。常に一杯になってなきゃいけねーんだ。」
そうなのか。
「なら、お前のもだな。」
両手でしっかり徳利を持って、ゾロの猪口に注ぐ。
「こーいうのを、さしつさされつってんだな。」
いやー、やってみてえなあ、ナミさんと。
くだらない妄想に入りながら、盃を交わす。
紅潮した頬をして、サンジはすっかりできあがっていた。



「だから、匂い嗅ぐなってのに。大丈夫か、見張り。」
「あー・・・そうだった。見張り見張り。行ってくらあ。」
皿は流しに置いとけよ。
そう言ってコートも着ずに外へ出て行った。
―――ありゃあ、だめだな。もう酔っ払ってる。
米の酒は口当たりがいいから、調子にのると足に来るぞ。



ゾロはゆっくり熱燗を堪能して、皿を片付けると見張り台に上った。
案の定、サンジはマストにもたれたまま熟睡している。
―――どうする、蹴り倒して起こすか。
いつもサンジにやられていることをやってみたい気もしたが、やめておいた。
―――うまい酒、飲ませて貰ったからな。
こう見えて、ゾロは義理堅い。
こんな夜は熱燗が飲みたい、と思っていたのだ。
まさか本当に実現するとは思ってなかったが。
ゾロは下から持ってきた毛布をサンジに被せた。

長いこと寒気に晒されていたのだろう、指先は真っ白になり小刻みに震えている。
―――これだから酔っ払いは凍死するんだよ。
触れてみると氷のように冷たい。
ゾロの体温が高いせいもあるが、サンジは死人のように冷たかった。
さっきまで赤く染まっていた頬も、血の気が引いている。
―――あほが。
毛布の中に自分の身体を滑り込ませた。
サンジに肩を寄せると、向こうから擦り寄ってくる。
ゾロの熱が気持ちいいのだろう。
首筋に顔をうずめるように、寄り添う。
―――なんだこいつ。
甘い息がかかる。
ゾロはむず痒いような、妙な気持ちになった。

目の前には紙のように白い顔。
いつも片方しか見えない瞳は硬く閉じられ、くわえ煙草でゆがんだ唇はまっすぐに引き結ばれている。
顔半分を覆う長い前髪。
夜目にも輝くような金糸が渦を巻いている。
―――やわらけえんだろうな。
思わず手が出て、その髪を梳く。
思った以上に柔らかな感触。
その下の白い顔に、影を落とす睫。
ゾロはしばし見蕩れてしまった。
波の音で我に帰る。
空も海も闇に包まれ、星も見えない。
―――なんか、やべえ。
この世にサンジと自分しかいないような錯覚に陥る。
唾を飲み込む音さえ、響く気がする。

―――邪念を払わねば。修行だ、修行。
サンジの代わりに見張りをするつもりで、ゾロは修行を始めてしまった。




明け方は特に冷える。
肌寒さを覚えて、サンジは目を覚ました。
―――あれ、俺・・・寝てた。
やべえっと跳ね起きる。



空が白みはじめている。
―――なんてこった、見張り失格だ。
何事もないようだが、これでは見張りの意味がない。
らしくない失態に、舌打ちをする。
―――つーか、ここに上がったこともあんま覚えてねえんだけど。
見回して、自分が毛布と、その下にゾロのコートを掛けていることに気がついた。
―――なんだこりゃ?
なんでゾロのコートがこんなとこに・・・それに俺、毛布なんて持ってきたっけ?
甲板を見下ろすと、ゾロが大の字で寝転がっているのが見えた。
―――馬鹿かあいつ、風邪引くぞ。
皆が起きてくる前に、朝飯の支度をしよう。
サンジはゾロのコートと毛布をもってマストを降りた。




とりあえず、親父シャツのまま寝転がっているゾロの上にコートを掛けようとして、凍りついた。

―――――!

水平線から太陽が顔を出し、白い光が甲板を照らす。
その一種神々しささえ感じられる風景の中で、サンジはゾロの中心部に目が釘付けになっていた。



なんつーもん持ってんだ・・・こいつ―――
朝日に照らされてそそり立つ巨大なモノ。
いや・・・朝だから・・・仕方ないけど―――
目を反らしたいのに反らせない。
でかすぎる・・・こいつ、こんなにでかかったのか・・・。
一緒に風呂に入ることなど、まずない。
いちいち確認したこともない、が・・・少なくともサンジが知っている様々なモノの中で、
恐らく一番でかい部類に入るだろう。
ズボンの上からでも容易にその大きさは確認できる。
清冽な空気の中で、ひときわ異彩を放ち、存在をアピールしている。




朝だから・・・仕方ないんだけどよぉ。
なんだか泣きたくなってきた。
なんだって朝っぱらからこんなもん目にしなきゃいけないんだ。
腹立ち紛れに蹴り込んでやろうか。
きっと悶絶するにちがいない。
それはそれで見てみたい気もしたが、それよりも哀れさが先に立った。
こんな立派なもん持ってて、使い道ないもんな、この船じゃ。
可哀想になあ。
どんな夢を見ているのか、顔だけはストイックに引き結ばれているが、下半身は如実に反応している。
こんなもん、ナミさんの目にでも触れたら、あの愛らしい瞳がつぶれちまう。
サンジはゾロの上にそーっとコートを被せた。



何も見なかった。
俺は何も見なかった。
ぶつぶつと呪文のように唱えながら、サンジは重い足取りでキッチンへと向かった。


















最近、二人の様子がおかしい。

二人・・・とはゾロとサンジだ。
なにがどう、おかしいのか―――。

サンジ特製のデザートを前に、ナミは検証してみた。
ゾロは四六時中、寝ているかトレーニングをしている。
サンジは一日の大半を台所で過ごし、食事の支度や後片付け、仕込みなどをしている。
二人の接点はほとんど喧嘩や言い争いだ。
食事時にゾロが起きてこないとか、ナミに失礼な口を利いたとか、サンジの台詞をゾロが茶化すとか・・・
いつものパターンで喧嘩が始まる。
ウソップははた迷惑だと言っているが、自分から見たら只のじゃれ合いだ。
ところが、そのじゃれ合いに変化が現れた。

最近、目立ってサンジの蹴りがゾロに決まるのだ。
ルフィやウソップならいざ知らず、あのゾロに見事にクリーンヒットする。
ゾロはほとんど毎日、一度は水平線の彼方まで蹴り飛ばされて、泳いで帰って来ている。
妙だ。
もっとよく観察してみると、二人の目線が全然合っていないことに気づいた。
ゾロもサンジもお互いの顔を見ない。
わずかに視線を反らしたまま会話だけ威勢がいい。



何か変だ。
ぎくしゃくしている・・・と言う程ではない。
微妙なずれ。



まあ大勢に影響はないから、私には関係ないんだけど。
やはりそっぽを向いたまま、ルフィやウソップと会話している二人にちらりと目をやり、ナミはオレンジジュースを飲み干した。


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