first contact 2





ゾロは、戸惑っていた。

いつからか―――
熱燗を引っ掛けたあの夜からだ。
恐らく自分も酔っていたのだろう。
目の前のサンジの白い顔も、冷たい肌も、久しぶりに口にした米の酒が招いた幻だ。
酒は飲んでも呑まれるなって・・・
人に言ったことはあるが、自分に返るとは思わなかった。
見張り台で二人で過ごしたことは、まあいい。
酔いつぶれたサンジの代わりに見張りをしてやっただけのことだ。
ついでに冷たくなった奴の身体を暖めてやった、それだけのことだ。
感謝されこそすれ、責められることはないだろう。
サンジには言わないが。
只、その後が問題だった。

一晩中微動だにせず座禅を続けて、空が白みはじめたからマストを降りた。
そのまま冷えた甲板に寝転がった。
冷たさが心地よかった。
座禅を組んだから心の迷いはすっかり抜けた。
そう思って安心して眠りについたのに―――
こともあろうに夢の中にあいつが出てきやがった。

しかもいつもの生意気な面じゃねえ。
穏かな表情で目を閉じている。
柔らかな金髪が顔にかかっている。
煙草をくわえていない唇がついと開き、舌が見えた。
緩やかに瞳が開けられ、蒼いガラス球が俺を捕らえる。
そいつに俺は、なにをした。
夢の中で奴は笑っていた。
誘うように肌をすり合わせてくる。
俺は体中の血が逆流するのを感じて、衝動的に抱きしめる。
奴が応える。
唇が何か言う。
声は聞こえねえのに俺は夢中になって奴の身体を貪っていた。



―――つまり・・・
夢精しちまったわけだ。



我知らず、大きなため息をつく。
ガキじゃねえんだから・・・何年ぶりだよ、おい。
たまってたのか、俺。
だからってよりによって、なんであいつなんだよ。
こともあろうに女しか目に入らねえような暴力コックをなんでおかずにしちまったんだ。
無意識だから、余計に怖ええ。



怖い?俺が?
そう、怖いのは俺自身だ。
今回ばかりは、てめえが信じられねえ。
珍しくゾロは、深い自己嫌悪に陥っていた。









サンジもまた、別の意味で自己嫌悪に陥っている。

朝日を受けて燦然と輝いていたあの光景が、頭から離れない。
・・・おかしい・・・あんなもん、覚えている価値もねえもんなのに―――
調理している間ならまったく失念しているが、顔を突き合わせる度にあの光景を思い出す。
腹立ち紛れに蹴りにも力が入るが、これがまた良く入る。
なんだってんだ、一体。
クソマリモには、罪はねえ。
おかしいのは多分俺の方だ。
クソ剣士がでか○ラだからってなんだってんだ。
ナニがでかかろうが、小さかろうが、俺には関係ないことなのに。
あのすかした面で居眠ってても、人を小馬鹿にしたようなこと言ってのけても、あのモノがオーバーラップしてきちまう。
おかしい・・・俺はおかしい。





苦悩するサンジの前に、黙々と食事するゾロが居る。
ふとサンジは考えた。
あれと鼻は比例するって聞いたことあるな。
けど、ゾロは別に鼻筋は通ってっが・・・でかくはないぞ。
それを言い出すとウソップはどうなるんだ。
馬並みかよ、おい。
自分の思考が情けなくなる。
これというのも、あの光景が頭に焼き付いてしまったからだ。
もっとこう刺激的な、楽しい光景を上書きすれば消えるかもしれない。



サンジはまじめに考えた。











夜も更けて―――
ナミは一人、シャワーを浴びている。
今日も静かな夜のようだ。
波も穏かで、空には三日月が浮かんでいる。
かすかな気配に、ナミは身構えた。
いくら気心の知れた仲間とはいえ、自分以外の乗組員はすべて男である。
常に警戒は忘れない。
音を立てないようにタオルを身体に巻きつけ、扉の影に見を隠す。
きしり、と音を立てて、誰かが扉の向こうで息を潜める気配がする。
ナミは気づかれないように鍵を外し、渾身の力をこめて、扉を開け放った。


どぐおぉん!


いきなり開かれた扉に顔面を強打して、倒れるサンジの姿があった。
「・・・サンジ君・・・」
どす黒いオーラを漂わせて、ナミはタオルを巻いたまま仁王立ちになっている。
「あたしを覗くとは、ずいぶんいい度胸しているわね」
「ち、ちち違うんですっナミさんっ!誤解です!!」
額に青筋を浮かべたままナミがせせら笑う。
「この状況でどう誤解だと説明するわけ?」
サンジは半泣き状態で床に這いつくばっている。
「いや、覗くなんて滅相もない!ただ鍵穴からちょっとお姿を拝見したいと思っただけで」
「それを覗きというんじゃあ!!」

がこんっ!

床に響く物音に、トレーニングを終えたゾロが通りかかる。
「何してんだあ、お前ら」
ゾロが見た光景は、タオル1枚の姿で腕を組んで怒っているナミと、目の前で土下座体勢のまま床に顔をめり込ませているサンジだった。
「ゾロ、いいところに来てくれたわね。聞いてくれる?」
「わあああ、ゾロ、何でよりによってお前なんだ!せっかく上書きしたのにィ」
「上書き?」
「ああっナミさんっ!その刺激的な姿!それを俺の脳裏に焼き付けて、忌まわしい光景を消し去ってしまいたかったんです。ただ、それだけだったんです!」
まだ床にへたり込んでサンジは泣いている。
どうやら消去に失敗したらしい。
「サンジ君、どうしてもっと早く言ってくれなかったの」
ナミの声のトーンが、変わる。
「5万ベリーで手を打つわ」
「あああ、ナミさんっ!そんな現実的なナミさんも素敵だ!」
「アホか」
ゾロがしゃがみこんでサンジの頭に軽く一発食らわす。
「なにすんだこのクソ腹巻!」
サンジの抗議に目もくれず、ゾロはナミに向って言った。
「こいつの事情は知らねえが、頭の中から消したいもんが消せねえってことは、たまにあることだ。俺に免じて今回は見逃してやってくれ。」

あらま、珍しい。
初めてかもしれない、ゾロがサンジ君を庇うなんて。
話の成り行きに、ナミは面白くなってきた。
もともと覗きにマジで怒っていたわけではない。
最初にきちんとお灸を据えておかなければ、今後のしつけにかかわる、それだけのこと。
「ゾロも、消すに消せないものがあるみたいね。」

とりあえずシャワー室の中に入り、手早く服を着る。
「あなた達の態度が最近変なのは、それが理由?」
ナミの声にゾロとサンジは目を合わせる。
すぐにお互いそっぽを向いて、それぞれナミに抗議した。
「変ってなあ、なんだ。」
「な、何にも関係ねえよ、ナミさん!」
「じゃあ、質問を変えるわね。」

きちんと服を着て、二人の前に姿を現す。
「あなた達の頭を占めている、消せないものは、実在するもの?」
二人同時に固まって・・・軽く頷く。
「じゃあ、それを見ないようにできる?」
「できん。」
「できます。」
今度は答えが分かれた。
「それをこの世から消し去ることは?」
「無理だ。」
これは二人同時に即答だった。
いつのまにか、ナミの前に二人並んで正座する格好で質疑応答している。
「それを今後どうにか進展させることはできるかしら」
また固まって、しばらく考えている。
『進展させるって・・・あれだよな。それはやばいんじゃねえかな。』
『とんでもねえ、どう進展させるってんだよ、見慣れろってことか』
ゾロは考えて頭を縦に振り、サンジはぶんぶんと横に振りまくる。



おもしろい・・・
二人の反応はバラバラだが、多分根っこは同じモノだろう。
ナミは直感でそう思った。
今まで、二人の態度がおかしかろうが、自分に直接影響がなければ放って置こうと思っていた。
しかし、覗きという直接手段に出られるのは予想外だった。
問題を解決しても一文の得にもなりそうもないが、実害が出ては放って置くことも出来ない。



「覗きの件は不問にしてあげるわ。ただし、私の言いつけが守れたらね。」
ごくり、とサンジが唾を飲み込む。
ナミの言いつけとはなんなのか、緊張が走る。
「消せない気になるものを、自分にとって当たり前のものにしてしまいなさい。」



しえ―――――!



「ナ、ナミさん!何を・・・そんなっ」
「おだまりなさい。大体こんな狭い船の中で忌まわしい光景だの消せないモノだのあったら鬱陶しいだけでしょ。さっさと慣れるのよ!いいわね!!」
ナミさんは、今俺の頭を占めているものがなんなのか、分かっているんだろうか。
いや、分かってたら怖いけど・・・分かってなくても酷だよなあ・・・
サンジは一言も言葉を返せないまま、がっくりと肩を落とし涙を流している。
「わかったようね。じゃあ、私はもう寝るわ。」
おやすみなさい、と何事もなかったように踵を返し、ナミは部屋へと消えて行った。




後に残されたのは呆然と座り込むサンジと腕を組んで何事か考え込んでいるゾロ。

意思の疎通はないが、今二人の頭の中を占めているものは、ゾロにとってはサンジの上半身であり、サンジにとってはゾロの下半身だった。



しおしおとうな垂れるサンジの丸い頭を見て、ゾロは考える。
どうせ俺の頭の中のこいつは、夢のこいつだ。
現実のものとは違う。
顔を歪めて、唇をひん曲げて、額に青筋立てて歯あ剥き出して怒鳴る凶暴コックだ。
間抜けな面を拝めば、こいつの言う上書きってのもできるかもしんねえ。
「おい」
声を掛けられてサンジは悄然とゾロのほうを向く。

―――げっ―――

目尻に涙を浮かべたまま、上目遣いに白い顔が上げられた。
乱れた前髪の奥に垣間見えるのは、夢で見た蒼いガラス球。

・・・やべえ!
かーっと身体が熱くなる。
消去するつもりが、またしても上書きしてしまった。
現実のモノとして。




そんなゾロの気も知らず、いきなりサンジはゾロに掴みかかった。
「元はといえば!ぜんっぶてめえのせいだからなっ!ナミさんにまで誤解されてっどうしてくれる!」
ゾロの首元を両手で締め上げ、ほとんど涙声で訴えてくる。
「誤解じゃねえだろうが、覗いたのは事実だし。」
「うるせえ!!」
接近体勢体制のまま蹴りを繰り出してきた。
狭い廊下で何しやがる。
サンジの片足を片手で受け止め、抱え込むとぎゃあぎゃあ喚き始めた。



ああ、うるせえ。
うるせえなこいつ。
何言ってるのわからねえ。
ただ、あんまりうるさいから止まらない口に噛み付いた。



――――!

サンジはゾロの首を両手で締め上げたまま固まっている。
ゾロは片足を拘束したまま壁に押し付け、空いた手で自分を締め上げてる両手を鷲掴む。
自分の口の中にある、やかましいサンジの唇を強く吸った。
「・・・・ん、ん―――・・・」
まだ何か喚いてやがる。
声はゾロの口中に吸収されて、只くぐもった息だけが隙間から漏れる。
たぶんパニックを起こしているであろうサンジは、ゾロと壁に挟まれたまま硬直していた。
ゾロは自分の熱を確かめるように、サンジの身体に自分の腹を押し付ける。
サンジの身体がぴくりと跳ね、目が見開かれる。
大きく頭を振ってサンジはゾロの唇から逃れた。
「て・・・めえ―――!ナミさんのタオル姿に欲情しやがったな!」
ガクンっとゾロの膝から力が抜ける。
こいつ、この期に及んで何とち狂ったことを・・・
「アホか、てめえは」
怒りに似た感情が体中を駆け巡る。
ここまでアホなのなら、身体に分からせてやる。
余計なことばかり喋る口に再び噛み付いたまま、身体を抱え上げる。
サンジの背中でキッチンの扉を開け、そのまま壁に激突させた。
「―――つう・・・」
衝撃でサンジの頭が跳ねる。
ゾロの目の前に晒された白い首筋に、ゾロは唇を押し当てる。
サンジの片足を踏みつけ、両手を重ねたまま頭の上で片手で押さえつける。
こいつの蹴りは厄介だが、接近戦に持ち込めば封じるのはたやすい。
あまりの状態に息もつけないサンジは、信じられない、と言うような目でゾロを凝視した。
「ナミに欲情したわけじゃねえ。」
鼻が触れ合うほど顔を接近させて、唸るようにささやく。
「てめえに欲情してんだ、俺は」

首を傾けて、今度は深く口付ける。
歯列を割って舌を滑り込ませ、サンジの口中を貪る。
舌根をきつく吸われて、サンジは声にならない唸り声を上げる。
きつく目を閉じて身を硬くする。
―――舌ぁ噛んでやりてえのに・・・
それすらできない。
ゾロの激しい口付けに翻弄される。
片手でサンジの両手首を拘束したまま空いた手で髪をかき寄せる。
なんかっ、こいつ・・・無茶苦茶やらしい―――





ゾロの大きな手が自分の髪を鷲掴んで無理やり顔を傾けさせる。
―――この、スケベ親父!全開で欲情すんな―――
言いたいことは山ほどあるのに、声すら出せない。
湿った音を立てて何度も繰り返される口付け。
髪をまさぐっていた手は肩から背中へと撫でるように降りていき、腰をぐいと引き寄せられた。
伝わってくるゾロの熱。
熱い塊に身が竦む。
あれだ、あれ―――
思わずサンジは目を見開いた。
眼前にゾロの顔がある。
サンジの顔を睨みつけたまま、唇を離さない。

――なんで目え開けたままキスすんだ!あほ―――
恥ずかしさと怒りで真っ赤になる。
その顔に満足げに目を細めて、ようやくゾロはキスをやめた。
音を立てて、開放される唇。
まだ舌がしびれて、うまく呂律が廻らない。
「・・・て、めーがぁ・・・なに―――」
「余計なこと言うと、また噛むぞ」
ゾロにぴしゃりと言われ、思わず口を閉ざす。
悔しそうな口元をなめ上げて、首筋を噛む。
ひやっとサンジが身を竦める。
「手・・・離せ」
拘束されたままの両手が痺れている。
「逃げるなよ。」

あ、またその声だ―――
少しかすれて、上擦った声。
背筋がぞくぞくする。

「逃げねえ。約束する。」
自由を奪われて好き勝手されるのは嫌だ。
約束、と聞いてゾロはようやく戒めを解いた。
ゾロの背中で、血が下がって感覚のない両手をひらひらと振ってみる。
その間にも、ゾロはサンジのシャツをたくし上げ、胸元をまさぐって歯を立てる。
「ば・・・ちょっ・・・」
本気か?
こいつ本気で俺をヤる気?

乳首を甘噛みされて、声が漏れる。
ゾロの手が、サンジの前を開いて差し込まれた。

やべっ!
すでに硬くなっていたモノに触れて、ゾロは満足げににやりと笑った。
―――むかつく!!
緑の髪を両手で掴んで引き離そうとするが、びくともしない。
ゾロの手が性急に動き出した。
背筋が跳ねる。
前をはだけられて剥き出しにされた肩や胸に次々と喰らいつきながら、サンジ自身にも刺激を与えていく。
―――こ、こいつ・・・こんなにマメだったのか―――
あちこち刺激されて、もうどうでもいいような感覚に陥る。
何がなんだか、わからなくなってきた。
目に映るのは、天井だったり、ゾロの頭だったり、自分自身の膝だったり・・・

「・・・あっ・・・・あ―――」
乱暴に扱われて、思わず声が漏れる。
今の、誰の声だ。
まさか俺かよ。
信じられない思いで目を上げると、真正面にゾロの顔があった。
目の色が変わるってこういうこと・・・。
場違いに冷静に考える自分がいる。
ゾロの瞳にともる強い光。
それは敵と死闘を交わしている時だったり、獲物見つけて追いつめる時だったり―――
それが今は、自分ひとりに向けられている。
そして、その視線にひどく高揚する自分がいる。

―――俺、感じてる。
認めたくはないが、ゾロの興奮が伝染したかのように、自分自身も高まっている。
―――肉食獣に喰われる動物って、結構快感かも・・・
ゾロに喉元を食い破られて、血しぶきを上げる自分を想像して、サンジは果てた。









「・・・は・はー・・・は・・・・」
息が整わない。
全身の力が抜けて、ずるずるとへたり込む身体をゾロが支える。
「―――は、離せ・・・あ・ほー・・・」
大きく息を吐くサンジの身体を抱えたまま、ゾロはさっき己の掌に吐き出されたサンジの精を後ろに塗りつけ始めた。
「ば!何すんだっ」
いきなり触れられて体が跳ね上がる。
「まだ、終わってねえぜ。」
「いや・・・もう俺、終わったし・・・」
勘弁して欲しい、いやほんとに。
マジで。
泣きつくサンジに構わず、ゾロは指を入れ始めた。
「うわっっ、やめろって・・・ゾロ!」
気持ち悪りィとサンジが喚く。
うるさいのでまた口を塞いだら、身体をのけぞらせて抵抗している。
口中を嬲りながら、指の出し入れを繰り返す。

びくんびくんと身体が跳ね、背中に回した手がゾロのシャツを破れんばかりに握り締めている。
何度か繰り返す内にサンジの身体から力が抜けてきた。
唇を離してサンジの顔を覗き見ると、硬く目を閉じて顔を歪めている。
「俺が、いじめてるみてえじゃないか。」
「いじめてんだよ!阿呆!」
一瞬目を開けて吠えたが、さらに刺激を加えるとまた目を閉じてしまった。
「う――――」
低く唸り声を上げてしがみついてくる。
なだめるように背中を撫でて、ゾロは前を開いて己を取り出した。

サンジに戦慄が走る。
これだ・・・これだよ。
やべえ、直で見ちまった。
すごすぎる。

うっかり目を開いたら、目線に飛び込んできた巨大なブツ。
このまま気を失ってしまえたら、どんなにいいだろう。
今すぐピンクの象がやってきて、踏み潰してくれないだろうか。
頭の隅で現実逃避を始めた自分がいる。



気がついたら、夜明け前だった。
空が白みはじめ、朝日が顔を出そうとしている。

「あー、朝かよ」
のんきな声を出して顔を上げるゾロの横で、サンジは横倒しになったままピクリとも動かない。
意識ねえのか、と覗き込んでみると、こっちを睨んだまま息を切らしている。
とりあえず抵抗もない体を担ぎ上げてシャワー室に放り込み、ゾロはキッチンの床掃除を始めた。

普段は率先して動くこともないが、ゾロは物事をやり始めると徹底的に凝るタイプだ。
雑巾で拭き掃除してモップを掛ける。

ひととおり掃除し終えると、妙な充実感を感じた。
―――そういや、昔早起きして道場の掃除をしたな。
朝のすがすがしい空気の中で体を動かすのは実に気持ちがいい。





大きく伸びをして凛とした空気を深呼吸していると、キッチンのドアがゆっくりと開いた。
およそ“さわやか”とは程遠い顔をしたサンジが、入ってくる。
とりあえず服は着替えたようだが、まだ足取りはおぼつかず、近くのイスに両手をついて不自然な動きのまま静かに腰をおろす。
いったん息を大きく吐いてずるずるとイスからずり下がり、両足を投げ出したまま寄りかかった。



「そんな座り方すると腰に悪いんじゃねえか。」
「・・・・」
物凄く何か言いたそうな顔をして無言で睨んでいる。
「もう寝た方がいいぞ、みんなには風邪引いたとかなんとか言っといてやるから」
あまりに他人事なゾロの台詞にサンジが切れた。
「・・・てめ、誰のせいでこうなったと・・・」
勢いつけて絞り出す声が、酷くかすれている。

―――夕べ、あんだけ騒げばなあ・・・
どこまでも他人事のゾロである。

「・・・こんなもん、ちょっと休めば治る。俺はこれから朝飯の準備しなきゃならねえ。」
息をついて、ポケットからタバコを取り出し火をつける。
面白くなさそうな顔で煙を吐き出してそっぽを向いた。



―――いけすかねえ面なんだが・・・
ゾロはモップをしまって、床に腰を下ろし壁にもたれかかる。

「あのなあ、俺が気にしてたのは・・・てめえの面だ。」
唐突に言われてサンジはタバコを持ったまま固まった。
「てめえの面が目の前ちらついて、気になって仕方なかった。」

なんだそれ。
本人を前にして言うか、そんなこと。
俺なら口が裂けたって言えねえぞ。
「じゃあ何か、てめえは俺様のウツクシー顔をどうにかしたくて・・・、こうなったってこと?」
前を向いたまま頷くゾロに、力が抜ける。
別に顔に限ったことじゃあ、ないんだろう。
きっかけは何か知らないが、ゾロは俺が欲しくなったってことだ。
求められるのは、正直悪い気はしねえ。
サンジはそれ以上追求できなくて、黙ってしまった。
ゾロは座った途端、眠気に襲われた。





睡魔を振り払おうと、サンジに聞いてみる。
「お前は何を気にしてたんだ。」
何をって・・・思い出してサンジの顔がぼっと熱くなる。
「それは、あの・・・なんだ。もうどうとでもしろってえか、どんと来いってんだ・・・ははは」
うつろな目をして、訳のわからないことぶつぶつとを呟いている。
とうとうイっちゃったか、コイツ・・・。
不安げなゾロを尻目に、サンジは乾いた笑いを顔に貼り付けたまま蒼くなったり赤くなったりしていた。
―――何がどうって、思いっきり見ちまったもんな。見たどころじゃなくてあれもこれも・・・あああ・・・
ここ数日頭を占めていた光景は、より強烈なものとなって頭にインプットされてしまった。
頭のみならず、身体も。
「あーもう!」
頭を抱える。
指にはさんだタバコから、灰が落ちる。
「てめえはもう寝ろ!眠てえんだろっ。いやそうに決まってる!寝ろ!!」
言われるまでもなく、ゾロは壁にもたれてもううつらうつらしていた。
半分寝ぼけながら、
「まあ・・・いいけどよ。頼みがあんだけど・・・」
ゾロの頼み、という言葉にサンジは身構えた。

頼みだと。
こいつから頼むなんてろくでもねえ。
まさかもっかいやらせろとか・・・いうんじゃねえだろうな。
戦慄するサンジなど気にも止めず、ゾロは猛烈な睡魔と闘いながら言葉を搾り出す。
「・・・こないだのあれ、酒・・・まだあったら、またやってくれよ。・・・熱燗」
サンジの肩から力が抜ける。
「今度は・・・見張り番の時・・・じゃなくて・・・な。」
なんだ、そんなことか。
安堵すると同時に猛烈に嬉しくなってきた。
一度作ったメニューのアンコールは料理人冥利に尽きる。
ましてやゾロからのリクエストだ。
何を作っても、何を食わせてもうまいとも言わない男が、気に入ったといってくれた。
根が単純なサンジはそれだけで上機嫌になった。
「おう、いいぜ、お安い御用だ。」
まだきしむ身体を起こして、イスから立ち上がる。
「さて、うるせえ奴らが起きてくる前に、準備でもするか」
一転、鼻歌でも出そうな軽いノリで炊事場へと向かった。






―――眠みいな・・・どうせ、皆が来たら・・・起こすだろ。

こくり、と首が傾く。





「・・・酔っ払ったてめえとも・・・やりてえから・・・な・・・」
眠りに落ちる直前ゾロが呟いた言葉は、幸いサンジの耳には届かなかった。


END

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