遠雷 -4-



ピンポンパーン・・・
本日ー午後7時30分からー公民館前にーおきましてー納涼祭をー行いますのでー皆様ーお誘い合わせのうえー多数ーご来場くださいー
ピンポンパンポーン

「ゾロ、電話が喋ったぞ」
「町内放送だ」
先ほどから浮き足立っているサンジが、台所まで知らせに来た。
ゾロは洗い物を済ませた手を拭いて、やれやれと振り返る。
「こっから歩いて10分程度だから、すぐに着く」
「歩いて行ける距離か」
「もうすぐ盆踊りの音楽が聞こえて来るから、それから行けばいい」
のんきにそう言って冷蔵庫から新しいビールを取り出そうとするのに、サンジは横から手を伸ばしてぴしゃんと扉を閉めた。
「もう行けばいいじゃねえか。それに浴衣とか着ないのかよ」
「あり得ねえ・・・つか、そもそも持ってねえし」
「えー、祭りっつったら浴衣だろうが」
ゾロはガリガリと頭を掻いて、幾分申し訳なさそうに首を竦めた。
「昼間も言ったが、本当にショボい小さいごくごく小規模な祭りだ。お前が頭に思い描いているような綿飴も
 たい焼きもお面売りも花火もねえよ」
「それは、聞いた。小っさな村祭りだろ」
「寧ろ手作り感が溢れている。そして、男で浴衣を着ているのは区長ぐらいしかいねえ」
「は?」
サンジは首を心持ち傾げた。
「男は区長しか浴衣着ちゃいけねえのか?」
「逆だ。村祭りではその年の区長は浴衣を着なきゃなんねえんだよ。それ以外は自由だから、浴衣を着るような物好きはいねえってこった」
「えーつまんねえの」
口先を尖らせてから、サンジは生真面目な顔つきになった。
「けど、女性は違うよな。浴衣姿有りだよな」
問題はそこか。
「確かに、婦人会とかほぼ強制的に浴衣姿だから、有りだろう」
冷静に考えれば、20〜30年前にレディだった年代だろうが、それもよしとしよう。
一転して上機嫌になったサンジが、早く行こうとゾロを急かす。
「しょうがねえな」
渋々と言った風に腰を上げるゾロだが、実のところはしゃぎ気味のサンジをからかって遊んでいたことは否めない。



下駄箱の上に置いてある懐中電灯を持って、ゾロは家を出た。
「懐中電灯なんて、大げさな・・・」
そう呟きながらサンジもその後に続き、表を見て絶句する。
暗い、あまりにも辺りが暗い。
街灯は無論、外灯も農道の中にぽつんぽつんとしか見当たらない周辺は、明るい室内から眺めれば真っ暗闇だ。
「なんか、すげえな」
そう言えばいつも雨が降ったり酒盛りしてたりして、夜は家の中で過ごしてばかりいた。
「俺の後について来い」
「偉そうに」
とは言え、勝手のわからない田舎道では分が悪い。
サンジは大人しく、ゾロの背中を見ながら農道を歩く。
右側からせせらぎの音がするが、懐中電灯で手近に照らされた草くらいしか見えなくて、どの辺りに川があるのかもさっぱり見当が付かない。
なんとなく閉塞感を覚えて、煙草を咥えながら仰向いたら、満天の星空が目に飛び込んできた。

「おお」
思わず声に出して立ち止まる。
ゾロが数歩歩いて気付き、振り返った。
「どうした」
「星、すげえいっぱい見える」
サンジの声に、ゾロは後戻りしてきて懐中電灯を足元に向けた。
光源が弱くなったせいか暗闇に目が慣れたのか、瞬く星空の数が見つめる間にどんどんと数を増していくようだ。
「あ、あれ天の川か。すげえ、本当に川みたいだ」
「そうか、お前こっちで空を見るのは初めてだったな」
そう言えば、先月は雨だった。
「あれ、カシオペアか?ほんとにWだな」
「ゆっくり星見もいいが、あんまり草むらに近付くなよ」
ゾロが懐中電灯の明かりを動かして、足元を照らした。
それにつられるようにサンジが視線を落とし、また「お」と声を上げる。
「なんか光ったぞ。もしかして蛍いるのか?」
いくらなんでも、蛍の時期はとっくに過ぎた。
「草むらで2つ光ってたら、蛇の目だ」
サンジはくるりと身体の向きを変えると、ゾロの背中に引っ付くようにして早足で歩き始めた。



途中から民家がぽつぽつと増え始め、ほどなく盆踊りの音楽が聞こえてきた。
田舎の集落の中で、そこだけやけに明るい広場がある。
そこが公民館前だった。
「おう、やってるやってる」
一応櫓は組み立ててあるが、人が乗れるほど大きくはない。
それでも四方に提灯を吊り下げ、なかなか祭りらしい風景だ。
すでに多くの人が集まっていて、テントの中からはいい匂いが漂ってきていた。
「え、たこ焼きあるじゃん。金魚すくいもある」
「青年会のテントだ、隣が婦人会、んで壮年会・・・」
説明するゾロの脇から、サンジがあちこち見て回る。
その場に集まっていた村人たちの動きが止まった。

「ゾロ、来てたのか」
声を掛けてきたのは青年会のテントだ。
「今年も盆に里帰りしないんか?」
「親不孝だなあ、まあいっぱいやってけ」
生ビールの入った紙コップを差し出すのを、ゾロは手で制した。
「あっちで券を買ってくる」
「固いこと言うなって。お連れさんにも」
勢いでサンジも受け取って、慌てて礼を言った。
「ありがとうございます」
「あんたが金髪の兄ちゃんか」
「ちょくちょく来てんだよな」
「今揚げたてだよ、どうぞ」
今度は隣から、同じく紙コップに入れたフライドポテトが差し出される。
「あ、どうも」
エプロン姿のおばさんが、ニコニコしながらゾロの分も渡してくれた。
「ほら枝豆」
「たこ焼き焼けたぞ」
「カキ氷あるよ」
次々と声を掛けられ、ゾロが塞がった両手を掲げて見せた。
「また改めて買いに来ます、ご馳走になります」
そう言ってスタスタと広場脇の公園の方に向かう。
サンジも小さく会釈しながら、その後に続いた。

「おいおい、お前大人気だな」
「そりゃお前だろ」
水飲み場に腰を下ろして、ゾロと二人で喉を潤した。
「あー美味い。こんなに貰っちゃっていいのかなあ」
「くれるもんは貰っときゃいいさ。後で欲しいもんがあったら、券で買うから」
「券?」
そう言えば、さっきも言ってたっけ。
「ここでは現金じゃなく本部のテントで引換券を買うんだ。余ったら換金してくれる」
促されて「本部」を見る。
公民館の前に陣取っている小さなテントに、浴衣姿のおっさんがいた。
どうやら彼が区長らしい。
「ちなみに、全部50円」
「50円?このビールも?フライドポテトも?枝豆も?」
「たこ焼きもだ。6個で50円」
「・・・価格破壊」
ヨーヨー片手の女子中学生が、サンジをチラチラ見ながらはしゃいだ声を上げている。
小さな櫓の周りを、予想通り20〜30年前のレディ達がぽつぽつと輪を形作りながら踊り始めた。

「こんばんは」
暗がりから声を掛けられ、二人して振り返った。
「たしぎちゃん」
「おう」
たしぎが少し気後れした感じで、茂みの中に身を寄せている。
「賑やかな音がするので来てはみたんですが・・・なんだか近寄りにくくて」
「大丈夫だよ、こっちこっち」
何故かサンジが手招いて、ベンチに腰掛けさせた。
「これ貰ったんだ、食べなよ」
「券、買ってくる」
立ち上がるゾロに任せて、ちゃっかりたしぎの隣に座る。
「俺も、ゾロがいなかったら絶対こんな場所には来れなかったと思う。けど、たしぎちゃんはこっちに住んでるんだから知り合い多いんだろ?」
差し出されたフライドポテトを、遠慮しながら摘まんだ。
「そうなんですけど、どうしても祭りの時は手伝いなんかの声を掛けられないんで、却って来にくいんです。なんだか、お客さんみたいだなあと思えて」
「・・・なるほど」
村人にしたら、帰省の邪魔をしたくないから敢えて裏方の声を掛けないのだろうが、それはそれでたしぎ達の立場としては微妙なのだろう。
「おい」
換券して帰ってきたゾロが、新しい生ビールをたしぎに手渡した。
「あ、ありがとうございます。お金払います」
「いい、後でカキ氷奢ってくれ」
すかさず言われ、たしぎはためらいつつも受け取って「はい」と返事した。
「ゾロがお祭りに来るのも、珍しいですね」
呼び捨てでありながら敬語が混じっている辺り、親しさの割合が微妙なのかたしぎの性格がそうさせているのか。
サンジには興味深いところだ。
「こいつが行きたいっつって聞かねえから」
あからさまに指差され、しかも図星なので反論もできず、サンジは大人しくビールを啜っている。
「いいじゃねえか、田舎の夏祭りってどんなんか興味あるし」
「ですよね、私も最初そう思いました」
たしぎに同意されて、俄然元気が出た。
「だよねだよね、実際すげえアットホームだし」
「手作り感、溢れてますし」
「安いし」
「案外、美味しいんですよ」
仲良くベンチに座って意気投合していると、頭にタオルを巻いたおっさん集団が近付いてきた。
「ゾロ、珍しいな」
「あ、どうも」
ぺこりと頭を下げるゾロにつられて顔を上げる。
後の方に、川向こうのお隣さんの顔が見えた。
「あ、今日はどうも」
慌ててサンジも立ち上がり、頭を下げる。
「いやいや、来てくれてありがとね」
「こいつを拾ってくれたそうで、ありがとうございます」
ゾロからも礼を言われ、お隣さんの周囲にいたおっさん達がどよめいた。
「なんだなんだ、抜け駆けか」
「ずるいぞ」
「ずるいってんならゾロの方だろ、両手に花だ」
「年を考えろ」
勝手にやいのやいのと言い始めたおっさん達を、ゾロがまあまあと大げさな素振りで宥める。
「ちょっとあっちで飲んでくる」
指し示したのは公民館の中だ。
煌々と明かりがついて、中でおっさん達が酒盛りをしているのが見えた。
「いってらっしゃい」
あの中には入りたくないと本能が言っていて、サンジはたしぎと二人並んで笑顔で見送った。

名残惜しそうなおっさん達を引き連れ、ゾロは堂々と公民館の中に入っていく。
その後ろ姿を見送ってから、たしぎがほうとため息をついた。
「私、ああいうのが苦手なんです」
「あーそうだね」
サンジも得意な分野ではなさそうだ。
と言うか、もっと苦手かもしれない。
「ゾロはどんなんでも平気そうだな。ああいうおっさん達の中でも堂々と渡り合ってそうだ」
「そうですね」
頷くたしぎに振り返って、サンジはにこりと笑う。
「たしぎちゃんがいてくれてよかったよ、俺こうして一人で放って置かれたかもしれない」
「そんな、私の方こそ助かりました」
ビールに酔ったのかそれとも照れているのか、たしぎの頬が仄かに赤い。
「しかし、あのスモーカーっての?あのおっさんでも違和感なさそうだな。つか、ああいうのの中心にいそう」
サンジの呟きに噴き出して、少し冷めたフライドポテトを頬張る。
「スモーカーさんはああ見えて、結構人付き合いが苦手なんですよ。一人で放浪してた人なんて、一つ処にはあんまり馴染まないもんです」
「あー放浪癖ね、まあああ言うタイプはどこででも生き抜けそうだし」
散々なサンジの評価に、たしぎはくすくす笑いが止まらない。
「どんなところでも生きていけそうなのはゾロも同じですよ。ただ、彼はどこかするりと人の心の中に入り
 込んでしまうような部分がある。巧妙にと言うのではなく、こちら側がつい胸襟を開いてしまうような」
「・・・そう?」
口では問い返しながらも、内心でどきりとした。
「決して愛想があったり器用に立ち回りできるような人じゃないのにね。雰囲気かしら、それとも話し方?」
逆に問われて、サンジはさあと首を竦めた。
自分自身、こんな風に一方的に懐いて足繁く通うような間柄になるとは思っていなかったのだ。
それがゾロの魅力だから、なんて口が裂けても言いたくないし認めたくない。

「ウソが、ないんだと思う」
サンジは「失礼」と一旦断ってから煙草を咥えた。
「バカ正直ってのとはまた違うんだろうけど、ゾロは裏表ねえしな」
そういう部分が、付き合ってて楽なんだろうとは思う。
「余計なことは言いませんしね、勘がいいのかしら」
「・・・それもあるかも」
たしぎは広場をぐるっと見渡して言った。
「この村は、私くらいの年齢の女性って見当たらないでしょ?」
唐突な切り出しだったが、サンジはほぼ条件反射のように頷いた。
確かにそうだ。
すでにサンジの脳内ではチェック済みだったが、女性という性別に括れば若くて小学生から中学生。
そこからぐんと飛ばして、新妻からかつて新妻だったろう人まで、幅が広がっている。
つまり中間層がない。
女子高生や女子大生、そしてそれ以上、ぶっちゃけ20代が見当たらない。

「だからかな。それに農業をやりたくて研修生として入ったから珍しくて、そのせいもあると思うんですけど、私って目立つんですよ」
そりゃあ、そんだけ可愛かったら嫌でも目立つよvと言い掛けてぐっと堪える。
たしぎにとってはいくら本心でも不快だろう。
「目立つって言っても、サンジさん程じゃないですけど」
くすっと笑って言い足すのに、サンジは首を傾げた。
背後で小学校高学年女子が一塊になって、きゃあきゃあ騒いでいることには気付いていない。
「でね、実は私今年に入ってからでも既に6人の方からプロポーズされました」
「―――は?」
いきなりな展開で、さすがに頭がついていかなくて動きが止まってしまった。
モテるのは当然としても、いきなり複数からプロポーズとは何事か?
「プ、プロポーズなの?ってかお付き合いは?」
「まあ、結婚を前提にしてのお付き合いのお申し出ですね」
たしぎは恥ずかしそうに訂正し、それでもあんまりでしょ?と同意を求めてくる。
「うん、まあそりゃあ・・・なんと言うか皆さん積極的と言おうか・・・」
「結局ね、愛だのなんだの言うよりも、現実なんですよ」
ほうと溜息を吐かれ、サンジはオロオロしながら煙草を揉み消した。
「こんな田舎に、しかも農業をすることを目的に来た若い娘を嫁にしない手はないじゃないですか。だから皆、結構当たって砕けろなんですね。あはは」
ここに至って、サンジはようやく気が付いた。
たしぎは、酔っているのだ。

「結局ね、嫁とか妻とかも、農家から見たら労働力なんですよ。よく働いて家のこともちゃんとやって子どもを産んで?それで安泰。家を守るってそういうことでしょ?だからみんな躍起になって当たって砕けて来るんだ」
数々の男を撃破して来た?らしいたしぎの、黒縁眼鏡の奥が提灯の明かりを受けてキラリと光る。
そのまま残りのビールを一気に呷り、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ今度は私が奢りますね〜、待っててください」
そう言いながら、サンジの手から券を奪い取る。
奢るも何も、それはゾロが換券したものじゃないかと思ったが、突っ込まなかった。


所在無く一人でベンチに腰掛け一服していると、先ほどから周囲をウロウロしていた小学生がわざとらしく前を通り過ぎ様に声を掛けた。
「こんばんはー」
「こんばんは」
笑顔で返すと、おおうと歓声を上げて一気に駆け出す。
広場の林の中に待っていたのであろう友人達の元に駆け込んで、日本語上手いとかなんとか騒いでいるのが聞こえた。
気分を害するよりなんだか微笑ましくて、組んだ足をブラブラさせながら盆踊りの輪を眺めてみたりする。

「お待たせしました」
ふらつく足取りで、たしぎが帰ってきた。
両手に生ビールの紙コップを二つ掲げ、後ろからついてきた兄ちゃんがたこ焼きとカキ氷を持っている。
「はいどうぞ」
「あ、すんません」
ここまで運んでくれたのだろう。
たしぎが丁寧に礼を言って頭を下げ、その拍子によろけているのを支え、兄ちゃんは帰っていった。
「たこ焼き、熱々ですよ。やけどしないで」
「いただきます」
結果的には全部ゾロの奢りだが、まあ構うまい。
二人でしばらくはふはふと熱いたこ焼きを頬張り、今度は熱さましとばかりにカキ氷を口に入れた。
熱かったり冷たかったり忙しい。

「でね」
たしぎの口火はいつも唐突だ。
だが慣れてきたサンジは、何事もなかったようにうん?と問い返す。
「プロポーズしてきた人達って、大概いい年してんですよ」
「ああーそうだろうね、だからこそ当たって砕けろなんだ」
そうそうそう、と頷く回数がやけに多い。
「私と同じくらいか、年下って言うと研修生仲間くらいなもんなんですよねー」
「あーそうだろうねえ」
そう言ってビールを飲みかけて、ぐっと喉に詰まった。
何とか咽ずに飲み下すも、しばらく酷い苦味が残る。

「えっと、研修生・・・仲間?」
「そう」
こちらは飲みすぎか、とろんとした目で正面からサンジを見返した。
「スモーカーさんも、ヘルメッポも、コビーも」
「・・・わあ」
つまりあれだ、今日来た野郎共みんなが、揃いも揃ってたしぎにプロポーズした訳だ。
けれど、サンジから見る限り彼らにそんな甘い雰囲気が感じられた訳ではない。
あくまでもいい仲間、同士のようにさえ見えたのに。

「だからね、結局愛だの恋だの情熱だのじゃなくって、利便性。手近なタイプ、結局、そう言うこと・・・」
呂律の回らない口調で、くたんとサンジの肩に凭れ掛かる。
少し汗で湿った髪が、さらりと肩口から流れ落ちた。
「たしぎちゃん」
なんと慰めていいかわからず、せめて少しでも寝心地がいいようにと頭を置きやすい角度にならないか肩を動かしてみた。
自分でもかなり固くて骨ばっていると自覚しているから、痛くないか心配だ。

「でもねーゾロだけは、違うんです」
田しぎが目を閉じたままそっと呟いた。
「ゾロだけ、私にプロポーズしてないの」
流れる黒髪越しに、アーモンド型の大きな瞳がちらりと見上げた。
眼鏡は鼻先にずり落ちてしまっている。
「結婚に興味ないんでしょうね、安定した生活とか、将来設計とか・・・」
なんと答えていいかわからず、サンジはどぎまぎしながらたしぎの綺麗な瞳を見つめ返した。
「でもね、だから・・・なんか、特別」
そう呟いて、すっとたしぎは視線を逸らした。
その仕草が、ちょうちんに照らされて茜色に染まった頬が、なんともいじらしくも艶っぽい。

―――ああ、そうか
たしぎちゃんは、ゾロのことが好きなんだ。

なんとなくストンと腑に落ちて、サンジは煙草の箱を片手で弄んだ。
自分のことばかり考えてガツガツしたところを見せない、敢えて素っ気無い態度の男の方が気になるってことはよくある話だ。
そうでなくても、自分自身の魅力じゃなくその存在自体に必要性を感じられて求婚されたら、誰だって凹むだろう。
けどゾロはそんな真似はしない。
目先の利益や体裁にとらわれることがないから、不自然に焦らないし人に対して能動的になることもないのだ。
あるがままに一人生きる。
そんなゾロに惹かれるのも、無理はないこと。

「・・・たしぎちゃん」
何か言おうとして、でも何をいっていいかわからなくて、サンジは開けた口をそのまま閉じて黙ってしまった。

不意に、広場に流れるBGMの雰囲気が変わる。
いきなりガバッっとたしぎが顔を上げた。
先ほどまでの悄然とした表情がすっぱり消えていた。
「サンジさん、踊りましょう」
「は?」
豹変振りにうろたえるサンジに構わず、たしぎは立ち上がりその手を取った。
「ほら、一緒に」
「一体どうし・・・」
たしぎに手を引かれ腰を上げて初めて、サンジはこの豹変振りがたしぎだけではないことに気付いた。
先ほどまで輪になって踊っていたのは浴衣姿のご婦人方ばかりだったのに、何故か屋台の兄ちゃんやらタオル巻いたおっさんやら、女子中学生やらが広場にわらわらと出てきている。
そしてバックに流れる音楽は、盆踊りと言うよりフォークダンス。
しかもものすごくレトロなメロディ。
どこかで聞いたような、初めて聞くような哀愁に満ちたフォークソングをバックに、老いも若きも憑り付かれたように踊りだした。

「え?なに、なに?」
「ほら、簡単ですから。ステップはこう、これの繰り返し」
足を四歩、手拍子ひとつ。
反対に四歩、また手拍子・・・
「え、だからなんで」
「この曲は踊るもんなんです」
きっぱりと言い切られ、たしぎを正面にして見よう見まねで踊ってみる。
―――え?正面って?
自分の位置が盆踊りにしてはおかしいのに気付いて、隣を見た。
やっぱり、向かい合わせの輪になっている。
これはまるきりフォークダンスだ。

「なんでこの曲の時だけ、目の色変えて踊る訳?」
「さあ?」
たしぎは大真面目な顔つきで首を傾げながらも、楽しそうに踊っている。
身体を動かしているうちにサンジ自身もどんどんハイになってきて、その内見知らぬ村人達とも調子を合わせて仲良く踊り始めた。


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