End game  -2-



「精々がんばるんだな」
「後で吠え面かきやがれ」
お互いに憎まれ口を残して、逆方向へと早足で歩き去る。



サンジはポケットから取り出した煙草を咥えると、さてと街中を見渡した。
大通りにはそれなりに市も立っているが、なんだか活気がない。
どんよりとした曇り空をそのまま映したような野暮ったさだ。
「金儲けもしつつ、買い出しも必要だよな」
まずは先にお仕事と、手始めに生鮮食料品を見て回った。
が、すぐに現状を認識し愕然とする。
「・・・こりゃ酷え」
山と詰まれた果物や野菜の価格は、驚くほどに安かった。
がしかし、売られている食材もその値に同等もしくは下回るほどに品質が悪い。
到底売り物にならないようなものが、堂々と店先を飾っている。
「物価が安いつっても、ほどがあるぞ」
いくら倹約家のナミでも眉を顰めるだろう。
安ければいいってモンではないのだ。
まさに安かろう悪かろうを地で行く島内の景気に、サンジは先行きの不安を感じた。
「この島で金稼ぐって、相当難しいんじゃないのか?」

金を稼ぐ目的でなければ、たった2日間の滞在はむしろ大歓迎の島だったに違いない。
適当に安いものを食して遊んで、さっさと立ち去るだけの島だ。
だがここである程度金を稼ごうと思ったら、まず儲かっているところを探さなければいけないだろうに、どう見てもそれらしき場所は見えない。
まさに島一体が貧乏島だった。


自分自身が賞金首である都合上、強盗やカツアゲは手段に入れてなかったが、それにしてもターゲットにする相手すら見つからない貧民ぶりだ。
仕方なく一番大きな通りの、一番繁盛していそうな店に入る。
が、それでも店内はどこかうらぶれた雰囲気で、食事を取る客たちも貧相で不景気な顔ばかりだった。
サンジがテーブルに着いても、いらっしゃいの声一つない。
店主は面倒臭そうに顔を上げ、なににします?と小さな声で聞いた。
「メニューは?」
「壁に書いてありまさあ」
顎でしゃくった先に、汚い字で3種類の料理が殴り書きしてあった。
つまり、3種類しかないのか。
「んじゃーオムライス」
どこのガキ向けメニューだよとボヤかずにはいられないが、他がハンバーグとスパゲッティだったのだから選択の余地はない。
俯いてモソモソと食事する男たちの横顔を盗み見ながら、サンジは灰が溜まったままの灰皿を引き寄せ煙草に火を点けた。
昼間から酒を飲んでるおっさんもいるが、どうにも陰気な表情だ。
表を歩いていても子どもをあまり見かけず、唯一元気そうだったのは道端でお喋りしているおばちゃんくらいだったか。
サンジにとって上陸唯一の楽しみであるうら若き乙女は影すら見えない。
「つまんねー島」
いっそ切ない気持ちになって、カウンターの中で調理に励む店主に視線を移す。

汚いキッチン、薄汚れたコックコート。
それでも、彼の手付きは傍から見た印象ほどには悪くない。
寧ろ、丁寧な仕事をしている。
「・・・」
湯気の立つオムライスが乗った皿を、無言でサンジの前に置く。
隣のテーブルの男が小声で何か言うのに、相槌も打たずカウンターの下から酒瓶を取り出し、乱暴にどんと置いた。
また別のテーブルから声が掛かり、店主は無言でキッチンへと戻る。
「・・・ふむ」
卵はところどころ焦げて、皿の端にソースが飛び散っているオムライスをスプーンで掬い一口食べた。
黙ってモグモグと口を動かし、また一口食べる。
「ふむ」

サンジが食事をしている間にも、結構な数の客が出入りしている。
そのどれもに声をかけるでもなく挨拶するでもなく、店主はただ黙黙と不景気そうな顔で働くばかりだ。
入ってくる客は、いずれも貧乏そうなおっさんばかり。
オムライスもハンバーグもスパゲッティも、一律500ベリー。
サンジはじっと店主の動きと客の動向を見ていた。
客が帰っても片付けられないテーブルに、次の客が勝手に座る。
店主は慌てるでもなく、散々待たせてから注文を取るついでに皿を引き上げる。
汚れた皿はカウンターの上に山積みにして、放置だ。
客たちも急ぎの仕事がある訳でもないのか、いずれも動きが緩慢でそうせっかちでもなかった。
店全体が倦んだような雰囲気に包まれているが、これこそが島全体の縮図なのかもしれない。
昼時が終わってほとんどの客が引けてしまった後、サンジは自分が食べ終わった皿を持ってカウンターに近付いた。

「ごちそうさん」
そう言うと、店主はなぜかビックリしたような顔でこちらを振り向き、無言のまま眉を下げている。
「急に変なこと言うけど、俺をここで働かせてくんねえかな」
「・・・」
剣呑に目を眇め、首を振った。
「あんたに払う給金はねえよ」
「別に給料はいらねえ」
サンジは短くなった煙草を灰皿に押し付けて、胸元に手を当て姿勢を正した。
「俺はここでできるだけ働かせて貰う。その代わり、賄いで飯食わせて貰って、どこか店の隅っこででも寝かせてくれりゃぁいいんだ。つまり、この島での滞在費をチャラにしてえ」
ログが溜まるまでの2日間だけでいいと言い添え、店主の表情を窺った。
双方共に悪い話ではないはずだ。
サンジが、得体の知れない強盗や凶悪犯でさえなければ。
店主はマジマジとサンジの顔を見据え、ふと肩の力を抜くように投げやりに布巾を放った、
「何を企んでんのか知らねえが、旅のもんの退屈しのぎにもなんねえぜ。この店ん中漁ったって金目のもんはなにもねえ」
「寝る場所は?」
「昔は宿屋もしてたって、部屋だけはある」
「じゃあ上等だ」
返事をせずに洗い物を始めた店主の背中に、ダメ押しした。
「一旦店を閉めんだろ?あんたの昼飯を俺が作る。それを食ってから判断しちゃくれないか?」
店主の返事を聞く前に、サンジはさっさと表に出て店の看板を裏返した。
ランチタイムは14時までと書いてある。
時間を計ったように客が引けたから、多分そうだろうと思ったのだ。
「店ん中の掃除もするぜ。まずはあんたがテーブルに着いて休めよ」
どちらが店主だかわからない指図をし、サンジは勝手にキッチンの中に入る。

やはり、雑多な印象だが使うべき場所はきちんと手入れされている。
サンジは上着を脱いでシャツの袖を捲ると、捨てられていた野菜くずを拾い冷蔵庫の中のものを吟味した。
店主は抗う気力もないのか、肩を竦めて見せただけで黙って客用のテーブルに座った。



ほどなく、店の中にいい匂いが立ち込め始める。
店主はいつしか、サンジの鮮やかな手つきに目を奪われていた。
今まで自分がいた小汚いキッチンが、まるで魔法みたいに輝いて見える。
「お待ちどうさん」
さほど待たせることなく、目の前に料理が置かれた。
見た目にも美味そうな、凝った料理ばかりだ。
「こんなの、どうやって?」
「冷蔵庫の中に仕込みしてあった分には、手を着けてねえぜ。そろそろヤバそうなもんばかり使わして貰った。あと、野菜のくずとか拾って」
それは確かに、店主も見ていた。
それでも尚、そんな食材から目の前の料理ができるなどと信じられない。
「食ってみろよ、クソ美味いぜ」
長い足を組みながら煙草を咥えるサンジを見やり、店主はおずおずとフォークを手にする。
「・・・美味い」
「だろ?」
ニカっと、悪戯っぽく笑った。
その笑顔に店主の表情が緩んで、後はただ黙ってガツガツと食べ続ける。

「あんた、相当名の通った料理人じゃねえのか」
「いや、ただのしがないコックさ。海の料理人だから、食材を無駄にしねえことだけは心掛けてるがな」
ふーと中空に向けて煙を吐く、反らされた首の白さに目をやる。
「ノースの出か?」
「生まれはな、育ったのはイーストだ」
バラティエって知ってるか?と小さく問えば、意外なことに店主は頷いた。
「行ったことはないが聞いたことはある。確か、元海賊のコック長がいるとか」
「そこの副料理長だった」
「へえ!あんた若く見えるけど、もしかして若作りなだけか?」
「なんだそりゃ」
仰け反ってケラケラ笑う様は、まだ10代の若造にしか見えない。
「すげえな、バラティエの副料理長がうちにバイトかよ」
「で、合格かい?」
無愛想な店主だが、根は捻くれた男ではないらしい。
話してみれば反応が一々素直で、サンジはすぐに好感を抱いた。
例え2日間でも、ここで働ければ楽しい滞在となるだろう。
サンジの想いを余所に、店主は逡巡するように押し黙り何もない場所に目を留めている。
「なんでさ、こんなシケた店で働こうってんだ。あんたほどの腕なら、どこでだって仕事探せるだろう?」
「言ったろ、この島にゃログが溜まる2日間しかいねえんだ。その間にちょっと動けりゃいいだけだからさ」
それに・・・と付け加える。
「ここであんたのオムライス食ってよ。なんの変哲もねえただのオムライスだったけど、俺には美味いと感じたぜ。俺の舌を満足させやがったんだ。あんただって中々のモンだろ?」
店主ははっと目を見開いて、サンジの顔を凝視した。
「俺の、オムライスが?」
「ああ、美味かったよ」
まさか、と半笑いになりながらゆっくりと頭を振る。
「若い頃は余所の島で修業もしたが、親が年食ってからはこの街に戻ってきた。味もわからねえような客相手に適当にしか作って来てねえんだ。そんなもん、美味い訳ねえ」
「なんだ、俺の舌を疑うってのか?」
サンジは目を眇めて顎を突き出し、剣呑な表情を作る。
「確かに不細工で粗雑なオムライスではあったけど、あんた手順を踏むところはキチンとやってる。そう言うのが料理に出てる。捨てたモンじゃねえ」
店主はうな垂れて、両手で前掛けをモジモジと弄り始めた。
その下がった肩を思い切りどやしつける。

「で、俺は合格か不合格か、どっちだ」
「・・・合格」
店主は根負けしたように呟いて顔を上げ、顔を歪めて笑った。


「この店は昔宿屋もしてたようで、2階には空き部屋が幾つかある。たまに掃除もしてるから使える筈だ」
「そりゃありがてえ」
金儲け勝負と決めて島に降り立ったつもりだったのに、サンジは早々に稼ぐことを諦めた。
島の惨状を見るにつけ、ゲーム感覚で貧しい島民から金を巻き上げるような真似はできないと思ったからだ。
その代わり、自分の金は一切使わないことにする。
滞在費として買出し用の費用とは別に3万ベリー支給されているから、これを丸々島での利益とすることにしよう。
ゾロはどうせ、賞金首の1人や2人を狩ったらべらぼうな金を稼ぐに違いない。
端から勝負にならなかったと今頃気付いたが、そう悔しい気持ちにもならなかった。
逆に言えば、それ以外に地道に金を稼ぐ方法なんて奴は知らないだろうから、大負けするか小銭で勝つか、どちらかだ。
こうなったら、運を天に任せる以外ない。

「早速だが、この店のディナータイムは何時からなんだ?」
「5時だ」
「じゃあそれまでに、掃除だけ済まちまうか。あんたは仕込みをやっててくれ」
「わかった」
サンジの勢いに釣られてか、店主は明るい声で返事をしてテキパキと動き始めた。



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