End game -11-



「いつから大道芸の団長になったんだ?」
思わぬ再会に棒立ちになったサンジの肩に愛らしいヌメートリアがチョロリと飛び乗って、その首に襟巻きのように尻尾を巻き付ける。
「うっせえな、てめえこそなんでこんなところで暢気に酒なんか飲んでやがる」
「俺は仕事してんだ」
「どう見たって寛いでるじゃねえか」
喧嘩腰で話しつつ、纏わり付く尻尾で頬を擽られてサンジはつい笑顔で首を竦めた。
「ここで警護の仕事してんだよ。警備兵にも稽古を付けた」
「へえ、一応真っ当に働いてんのか」
ヌメートリアの小さな頭を指先で撫でながら、サンジははっとしてゾロに顔を向けた。
「俺だって普通に働いて金稼いでんだからな」
「ほお、そりゃあさぞかし稼ぎがいいんだろうな」
ゾロに言われて初めて、ヌメヌメ団結成は成り行きだったがこれも小遣い稼ぎになるだろうかとせこい考えが頭を過ぎった。
がしかし、まずは目的達成が先と気を取り直す。
「てめえに構ってる暇はねえんだよ。まずは馬鹿領主に説教しねえと」
「領主はとっとと部屋に戻ったぞ」
大広間をぐるりと見渡しても、もはや領主とアンナの姿はない。

「ちっ。まあ、あのお姉様に任せたんでいいか。後は大酒食らいの客人とやらと話をつけねえとな」
とは言え、宴の席はヌメヌメ団の曲芸を中心に輪ができていて、実に和やかだ。
少しぐらい酒が足らないからと怒り出すような人物はいそうにない。
「警備で雇われてんならお前は知らないだろうな、この館に客人が来てんの」
「ああ?」
「普段から美味いもん食い慣れてるとかほざく、大酒飲みらしいぞ。お前以外にこの館に来た奴っているのか?」
「さあな」
ゾロはぐいっと酒を飲み干した。
「昨日から酒飲んでるのは俺くらいなもんだ」
「そりゃそうだろうが・・・」
言い掛けてふと止まる。
・・・まさか、な。

「まあお前も飲め、今日の仕事はこれで仕舞いだろう」
「んー」
元はといえば、ヨハンの店が繁盛すれば少しは給金が出るか程度の目安しかなかった稼ぎだ。
いっそここで飲み食いして腹を満たせば、当初の予定通り一銭も自腹を切らずに2日間滞在の目的は果たせる。
けど、それで金儲けと言えるだろうか。
考え込んでしまったサンジの手に勝手にグラスを持たせて、ゾロは調子よく酒を注いだ。
「明日には出港なんだから、今更足掻いたってどうしようもねえだろ。景気よく行こうぜ」
「そうだな」

賑やかな大広間で、今日初めて会ったような人達ばかりが和やかに杯を交わしている。
その中にあって、ただ一人の顔見知りであるゾロが傍にいることが、なんとなく不思議だった。
一応仲間だし、毎日顔を突き合わせては喧嘩ばかり繰り返してきた相手なのに、今日のゾロはなんだか別人みたいに思える。
ゾロなのに、ゾロではないような。
穏やかに微笑んで、サンジの肩から覗き込むヌメヌメの細い顎を指先でくすぐる仕種に、訳もなくドキリとした。



「団長!俺らはそろそろ失礼します」
カーテンの影に隠れるようにして飲んでいたら、いい感じに酔っ払った団員がいきなり飛び込んで来た。
サンジの肩に巻き付いていたヌメヌメが驚いてゾロの肩へと飛び移る。
「あーもうそんな時間か?」
「おかみさん、10時までに帰ってこないと寝るとか言ってたじゃないですか」
厳格な農家のおかみさんは、ヌメートリアの夜更かしを許してはくれなかった。
そろそろ連れて帰ってやらないといけない。
「ああそうだな、じゃあ俺も」
グラスを置こうとしたサンジに、ゾロは軽く目を見張って引き止めるようにその手を取った。
「お前ほんとに団長やってるのか」
「・・・ええと」
二人の間に流れる何か(というか主にゾロの気迫)を察したのか、団員がおずおずと申し出る。
「もしなんだったら俺らで返して来ますから、団長はゆっくりしてってください」
「おかみさんにもうちょっとコツを教えてもらいたいし」
「隣の島の領主さんからも、公演の依頼を受けちまったんですよ。その打ち合わせもしたいし」
そんなことを言いながら、身なりのいい紳士と意気投合したように頷き合っている。
どうやら本気で、ヌメヌメ団は存続してしまいそうだ。

「そうか。それじゃあ俺は明日、もうこの島出発しちまうから、団長は任せてもいいのかな」
一番最初にサンジに蹴られたリーダー格の男に視線を合わせ、ゾロの肩のヌメヌメを差し出した。
「勿論です団長、後のことはお任せください」
「どうせ急ぐ旅じゃなかったし、俺らもここらで腰を落ち着けるのもいいかなあと」
「何よりヌメヌメが可愛くて、仕方ねえです」
色違いの2匹のヌメヌメを首に巻き付けて、悪人顔を子どもみたいにほころばせている。
「じゃあ団長、頼んだぞ」
「はい」
「みんなも、頑張れよ」
「はい兄貴!」
「ありがとうございます」
「兄貴もお元気で」
いかつい男達が最敬礼しながら、広間を去っていった。
客達は惜しみない拍手を送り、再公演を依頼する声が絶え間なく響いている。


「・・・たいしたもんだ」
半ば呆れたゾロの声に、サンジはへへへと自慢げに笑い返す。
「どうだ、すげえだろ。なにがすげえって全部成り行きってとこがすげえんだ」
赤い顔をしてへらへら笑っている辺り、相当酔いが回っていることが知れる。
当主が不在の宴会はいつ終わるともわからず、ゾロは切りのいいところで酒瓶を空けてしまうとサンジの耳元にそっと顔を寄せた。
「てめえこれからどうすんだ、ねぐらはあんのか?」
「ああ、うーん。昨日まであったんだけど、さすがに今日は遠慮しねえとな」
多分アンナちゃんがいるのだ。
ここでホイホイ帰ったりしたら野暮天の極み。
「ああ、あいつらと一緒にヌメヌメ連れてった方がよかったか。農家になら納屋くらいで泊めて貰えたかも」
そうすっとあいつらと雑魚寝かなーと呟くと、ゾロの額にぴきりと青筋が立った。
「寝るとこねえなら、俺の部屋にくればいいじゃねえか。俺はこの屋敷で部屋貰ってるし」
「え、あ、そうなのか?警護なのに?」
「警備兵はいるからな、指導しただけだ。客間を当てられてっぜ」
へえほおと、サンジが潤んだ瞳で見返す。
「客間ってことはいい部屋なんじゃねえの。そりゃお前が独り占めしてんのずりいなあ」
「しょうがねえ、泊めてやる」
「違うだろ、俺が泊まってやるんじゃねえか」
くだらない言い合いをしながら、二人は縺れるようにして広間を後にした。





「うお、いい部屋だな」
客間に通されて、サンジははしゃいだ声を上げた。
ダブルサイズのベッドがどんと備え付けられ、調度品もなかなか凝ったデザインだ。
夕べは寝に帰っただけだったから、ゾロもこの部屋をちゃんと見るのは初めてだった。
なるほど、いっぱしのホテル並みに快適だ。
「この野郎、ほんとに客扱いじゃねえか。なにお前、この屋敷の客っててめえ?」
言いながら、ぽんとベッドに身を投げる。
ほどよいスプリングがサンジの身体を優しく受け止めて、金糸を散らしながら小さく跳ねた。
無防備に横たわる痩躯の横に、ゾロが静かに腰を下ろす。
「おうよ、客人ってことになってっぜ」
「なにそれ、まあ確かにてめえは大酒飲みだからなあ。なるほど納得だ。それなら説得するまでもねえし・・・」
そこまで言って、ん?と赤い顔を擡げた。
「えっと、美味いもん・・・」
「あ?」
「客人は、普段から・・・その、美味いもん食い慣れてるからって」
聞いた―――と続ける声は、恥ずかしげに口の中に消えた。
「ああ、そう言ったな」
こともなげに認めるゾロに、元から赤かったサンジの頬は火が点いたみたいに更に紅潮した。
「え、いや、でも」
「ほんとのことを言ったまでだ。いつも美味いもん食ってるから、特に馳走なんていらねえって」
「そんなこと・・・」
今まで一言だって、言ったことねえクセに。
「当たり前だと思うことを、わざわざ口にする習慣がねえんだよ」
わかれよと、ゾロの指がさっきヌメヌメをあやしたように優しくサンジの髪に触れる。
あれ、俺酔ってんのかな?と自覚できるくらい、サンジの頭はポワポワしてきた。

「大体てめえ、食堂で働いてた筈がなんでチョメチョメの団長とかしてんだ」
「え、なんで知ってんだ?」
今日はサンジが驚くことばかりだ。
つい擡げた頭をもう一度寝かせるように、ゾロの手がうなじを撫でた。
「俺あ最初、娼館の用心棒してたんだ。あそっから下の食堂はよく見えたぜ。鈍臭そうな野郎と一緒に働いてたじゃねえか」
「なに、見てんだよ」
気恥ずかしさからかシーツに顔を埋めるようにして、くぐもった声を上げる。
ゾロはうなじから手を差し込み、ゆっくりと髪を梳いた。
「店はえれえ繁盛してたようだからな、あそこじゃねえとてめえの飯は食えねえかと思ってた」
「・・・バカやろう」
悪態は尻切れトンボだ。
サンジは酔いと恥ずかしさで沈み込みそうになる頭を振りながら、枕を抱きかかえた。
「別に俺は料理とか作っちゃいねえよ、あそこは・・・なんだっけ?そう、ヨハンの店だ。野郎がこの先もやってく店なんだから、俺が手出ししちゃなんね」
ゾロの手のひらが、火照った頬を包み込むように触れる。
同じように体温が熱くてちっとも気持ちよくないと、頭の隅で笑った。
「アンナちゃんが野郎の想いを受け入れてくれて、嬉しかった。今日からあの店は二人のもんだ。もう新婚さんなんだもんなあ、今夜は初夜か?そりゃあ邪魔しちゃなんねえだろう」
「初夜」の辺りで、自分で言ってボボボと熱を上げていた。
呆れた奴だと、爪の先で軽く頬を掻いてやる。
「あのクソバカ領主にも言いてえことが一杯あったんだが、あいつも今頃アンナお姉様と・・・だよなあ。ああ・・・どんだけ濃密な、夜、を・・・」
ゾロの手が頬から耳元を撫で、首筋へと下りた。
話す度に震える喉仏を擽り、シャツの胸元から鎖骨へと移動する。
「ゾロ、な・・・」
「ん?」
いつの間にか、酷く近い場所にゾロの顔がある。
ほんの僅か、数ミリ顔を上げただけでぶつかりそうなほど、唇が近い。
自分の息がゾロに掛かりそうで、サンジはぐっと唇を閉じて息を止めた。
「どうした」
「や、だって、よ・・・」
なんか熱いと、顔を背け身体をずらした。
冷たいシーツの感触は心地いいが、気が付けばサンジの上にゾロが覆いかぶさる格好になっている。
ゾロの厚い胸板で視界を遮られていて、さすがにこの状態は妙なんじゃないかとそのシャツに手を掛けた。
「あのよ」
「ん?」
「なんか、近く、ね?」
ゾロの息が頬に掛かる。
「で、なんでグルグル団の団長になったんだって?」
かさついた感触で、ゾロの唇が頬に触れたのが分かった。
くっ付けたまましゃべるから、かすかな振動が伝わってなんともむず痒い感じだ。
「えっと、それが成り行き、で」
「あんなに野郎ばかり引き連れやがって」
耳元で囁かれ、耳朶を甘噛みされた。
ぶるりと震えが走り、サンジは小さく首を竦める。
「あいつら、食堂で悶着起こしたから、俺が、教育的指導を」
「んで、手懐けたのか」
「手懐けたのは、ヌメヌメで・・・」
「ヌルヌルしたのか?」
ねろりと、口端を舐められた。
抗議するために開けた唇に、ゾロの唇が重ねられる。
あれ、これってキスじゃね?と頭で理解するより先に、口内に舌が滑り込んで来た。
「んぐ、ん・・・」
ちゅ、ちゅと音を立てながら口内を舐め上げられる。
きつく舌根を吸われ、サンジは唇をわななかせた。
「ヌルヌル、なんかして、ね・・・」
「じゃあ、ネチョネチョか?」
舌を絡ませたまま息継ぎして、再び口内を蹂躙される。
ゾロの舌の動きについていけず、サンジは「あ、あ」と声を漏らしながら首を傾け仰け反った。
「そんな、の・・・」
「無駄にエロいんだ、てめえは」
濃厚なキスを繰り返され、そうでなくても酔いが回った頭はさらに思考不能なほどにぼうっとしてきてしまった。

とにかく熱い。
胸はドキドキするし、なんだかわからない衝動が中から突き上げてくるようで、叫びたいような逃げ出したいような暴れたいような、凶暴な気分だ。
「ん、もっ」
焦れて、サンジは自分からゾロの首に抱き付いた。
合わせた唇を自分から噛み付くように押し付けて、腰を浮かし膝立ちになったゾロの身体にぴったりと寄せる。
「なんか、やべえ」
「俺もだ」
浮かした腰の下に腕を差し込み、ゾロもしっかりと抱き返した。





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