End game -12-



お互いに服を脱がせ合いながら、瞬く間に全裸になってベッドの上で重なった。
じかに肌が触れて手や足が絡み合い、ぴったりとくっ付く。
何の隙間もないほどの密着具合に、人間の身体は最初からこんな風にできてるんじゃないかと納得さえしそうになる。
いつの間にか羞恥心や道徳心はどこかへ消え去ってしまって、お互いに獣のように貪り合った。
何度か唇を重ねながら、ゾロの顔が少しずつ下がって行く。
首元から鎖骨、胸を辿り、小さな乳首を探り当てて舌先で転がすように舐めた。
初めて受ける刺激に、サンジは息を詰め首を竦める。
「ばか、か・・・てめ」
女性じゃないのにそんな、つまんない乳首なんて。
頭ではそう思うのに、ゾロの舌先がツンツンと突ついて来るとあらぬ感覚がざわざわと首筋の毛を逆立てさせた。
「ちょっ・・・くすぐっ・・・た?」
くすぐったいのか気持ち悪いのよくわからないが、なんせ背筋あたりに震えが来る。
が、止せと身体を押し退けて胸を手で隠すもの抵抗のある仕種だ。
「妙なとこ、舐めんな」
「ああ?硬くなってんぜ」
言いながら、見せ付けるように舌を伸ばして舌先でグリグリと乳首を捏ねた。
反対側は指で摘まれて、痛いくらいに捻られる。
サンジはふなっと妙な声を上げて肩を強張らせた。
「へ、んだって」
「感じてんだろ」
チュパチュパクニクニ・・・
好きなように吸われ噛まれて弄くり倒され、止めろと口で抵抗しながらもいつの間にか背を撓らせてゾロに胸元を押し付けていた。
中途半端に弄られるより全部食まれてしまった方が、よほどマシだ。
頭で考えるより身体が勝手に動いてしまったが、その行動自体が既に快楽を享受していることにサンジ自身気付いていない。
「コリコリだな」
唾液でヌルついた乳首を戯れに引っ張られ、サンジは焦れて膝頭でゾロの腹を蹴った。
「も、いいから」
「ああ、こっちもか」
開いた足の間に手を這わされ、すでにヌルついたそこを軽く握られる。
「もうヌルヌルじゃねえか」
「だから、ヌメヌメって」
「ああ、奥の方までヌメってやがる」
先走りの汁を擦り付けるように、人に触れられたことのない場所にまでゾロの指が這う。
膝を割られて開かれた場所に、ゾロが顔を伏せた。
「ふあ・・・」
慌てて閉じようとする膝をがっちり掴まれ、ずり上がる身体も押さえ付けられた。
興奮して勃ち上がった己がぬるりとした温かさに包まれて、あまりの気持ちよさに思わず声が出る。
「ぞっ・・・馬鹿、やめろっ」
なにか答えたようだが、サンジのモノを咥えたまま口を動かしたから声よりも振動だけが響いた。
「や、やだ・・・やめっ・・・」
その響きがヤバいと、ベッドの上で身を捩る。
いやらしく腰をくねらせるのを了解と勝手に取って、ゾロはサンジの尻を揉みしだきながら、太股の内側や臍、膝裏にも吸い付いた。
「どこもかしこもグチョグチョだぜ」
「は・・・やっ・・・」
薄く色付いた蕾に指を這わせ、探るように撫でる。
「こっちはキチキチだ」
「ばっ」
なんかねえかと首を巡らせ、ベッドサイドの引き出しに妖しげなチューブを見つけてニヤリと笑う。
「さすがエロ領主、備えがいい」
「ああああバカ野郎」
あの馬鹿、エロ、ろくでなし!と領主を罵るも、ゾロは勝手にサンジの足の間でことを進めている。
「他の男の名前なんて呼ぶな」
「そういう問題じゃねえだろ!つかなに言ってんだてめえは」
くわっと踵を振り下ろしかけて、奥まで呑み込まれた指の感触に身体を跳ねさせた。
「うあっ、い・・・いた・・・」
「力、抜け」
ゾロにしては慎重にことを薦めているのだろうが、いかんせん慣れぬ場所はそう簡単には開いてくれない。
全身を包んでいた酔いとゾロから与えられた快楽で弛緩していた身体は、直接的な痛みで少し現実に引き戻された。
サンジはあれ?と今更ながら間抜けた声を出す。
「なんで、なんで俺らこんなこと・・・に、なってんだ、よ」
「ああ?」
ゼリー状の液をたっぷりと指に搾り出し、ゾロはせっせと開発に励んでいる。
「なんで、あ・・・なんで、てめ・・・」
「なに言ってやがる」
ゾロは伸び上がって、うつろな瞳のサンジに顔を寄せた。
「俺がてめえに触れてえって思ってたんだ」
「は、あ?」
「こんな風に、あちこちグチャグチャにしてえって」
言いながら、ぐいっと指で押し広げられた。
ああっと短く上がる悲鳴は語尾が掠れて、拒絶の色はない。
「てめえに触れて、てめえん中入りてえ」
「あ・・・あ・・・」
耳を舐められ、頬に歯を立てられた。
半開きの唇は吸われすぎて腫れぼったい。
「てめえん中入って、隅々まで俺で満たしてえ」
「・・・な、んで」
「ずっと見てた」
熱い吐息を耳に掛けられ、サンジの奥がじゅわりと濡れた気がした。
イった訳でもないのに、腹の底がなんだかほかほかする。
「そん・・・なこと、いま・・・さら・・・」
「今だから、だ」
ゾロの声に切なさが滲む。
もう限界だと、呟いたのはどちらの方だったか。
片足を抱えられ、散々弄られた場所に熱い塊が押し当てられた。
円を描くようにグリグリと押し付けられ、やがて少しずつ先端が減り込んでいく。
サンジは息を吐いて意識して力を抜き、覆い被さってくるゾロをさらに引き寄せるように両腕を回した。
「あ、あ・・・」
「お前ん中、あちぃ」
汗に濡れたゾロの背中を撫でながら、サンジは逞しい肩にぎりっと歯を立てた。
「もっともっと、てめえん中入りてえ」
「これからも、ずっとやんぞ」
「これきりじゃあ、ねえからな」
この期に及んでそんなことを呟きながら、ゾロはサンジの中で暴れ捲くった。
ほとんど夢うつつの状態で、サンジはその言葉の一つ一つに了解を与えた。









いつもより少し遅いくらいに目が覚めたが、それでも太陽はまだ昇りきっていなかった。
柔らかなベッドの上で大きく伸びをして、あらぬ場所の痛みにうぐっと動きを止める。
ついでに、ぴたりと身体を添わせるように寝そべっている緑頭に気付いて、うぐぐぐと飛び出そうな悲鳴を口の中で噛み殺した。
憶えてる、憶えているとも。
綺麗さっぱり忘れてしまいたかったけれど、残念なことに憶えている。
それはもう鮮明に、細部に渡りあれやこれや。

サンジはガシガシと頭を掻くと、下半身にシーツを巻きつけたまま腕を伸ばしあちこち脱ぎ捨てられた衣類から煙草を取って、火を点けた。
ふーっと深く吸い込み、鼻からぽわんと煙を吐く。
目覚めの一服で、ちっとは思考がクリアになった気がする。
がしかし、状態は変わらない。
キングサイズのダブルベッドに、男が二人。
しかもマッパで。
「ああああああ」
今度は声に出して、両手で頭を掻き毟った。
認めたくはない、認めたくはないが―――
「やっちまった・・・」
どう足掻いても事実は変わらないと、再認識して肩を落とす。



昨夜のあれは、完璧に酒の上での過ちだった。
賑やかな宴会だったしヌメヌメは可愛かったし、興行はうまくいったし酒も美味かった。
ろくに食事もしないで薦められるままにガンガン飲んで、気が付けばゾロにあれこれ・・・あれやこれや―――
「うあああああ」
羞恥に耐え切れず、サンジはシーツを引っ被ってわあわあ一人身悶えていた。
隣に眠る男は、そんな気配にもまったく頓着せず高鼾だ。
「コノヤロウ」
どこまでも他人事な態度に殺意さえ沸いたが、ここでたたき起こして乱闘に縺れ込むつもりはサンジには毛頭ない。
寧ろ今、この状態で寝た子を起こして不埒な悪行三昧を問い詰めたところで、返り討ちに遭うのが落ちのような気がしたからだ。
サンジの憶え違いでなければ、こいつは確かにこう言った。
『ずっとてめえに触れたかった』
『これからも、やるからな』
なんかこう、素面ではとても聞けないこっ恥ずかしい“告白”のようなものを聞いてしまったから。
聞きようによっては告白と言うより脅迫なんだけれど。
そんなこと、あれこれいたされながら聞かされて、こっちがどう答えられるってもんでもないだろう。
つか絶対、サンジの言い分なんて最初から聞く耳持たないんだ。
自分の想いだけさっさとぶつけて、ついでに激情も欲情も一緒くたにぶつけたままで、一人満足そうに寝てるだなんて。
「俺の気持ちはどうなるよ」
口に出して抗議して、眠るゾロの口端をむにっと摘んで引っ張った。
間抜けな顔だ。
間抜けな顔なのに、無防備であることがなんだか嬉しい。
重症だ、と自分で思う。
一番ダメなのは、眠るゾロと戯れているこんな自分だと、サンジはちゃんとわかっている。



取り敢えずベッドから抜け出して、部屋付きの風呂でシャワーを浴びた。
さすが領主の館の客室、ホテル並みに設備が整えられている。
最後にちっとはいい思いさせてもらったぜと、さっぱりして風呂場を出て服を着替えた。
集合は夕方と言っていたが、金儲け?に感けて買い出しなど出港準備がまったくできていない。
「働くコックさんは忙しいんだ」
まだ眠り続けるゾロに悪態を一言ついてから、サンジはそっと部屋を出た。



昨日と同じように市場に足を向ける。
今日はさすがに領主の買い占め命令が出ていないのか、どこに行ってもそれなりに商品は豊富にあった。
ちょうど大きな輸送船が入ったとかで、市場も活気付いている。
ここ2日ですっかり顔馴染みになった店主達とあれこれ談笑しながら、いい値段で仕入れることができた。
酒もたっぷり買い込んで、全部港の船まで届ける手筈を済ませてしまう。

買い物途中で、ヨハンとアンナが仲良く連れ立って買い出しに来ている姿を目にした。
声を掛けようとして、思い止まる。
自分は今日出港する身で、なにより海賊だ。
これからの若い二人には、これ以上関わらない方がいい。
「幸せに、な」
何事かを囁きながら笑い合っている二人にそっと呟いて、サンジは足音を立てず市場を後にした。

さて待ち合わせまでどうしようかと逡巡はしたものの、結局行く場所もなくそのまま領主の館へと戻ってしまった。
今から別の金儲けの手段なんて思いつかないし、この島で荒稼ぎする気など毛頭なくなってしまった。
ここまで来たからには意地でも自分の小遣い分は使わないで置こうと心に決め、領主のところならなにがしかタダで食えるだろうと算段する。
またゾロの元にうかうかと戻るのは癪だが、あれを責任を持って連れて帰るのも自分の使命のような気がした。




もはや太陽は中空近いと言うのに、部屋に戻ったらゾロは出て行くときと同じ格好でぐうぐう眠っていた。
こんだけ寝ていて、よく耳から脳みそ垂れないなと本気で思う。
朝からウロウロしてさすがに腹も減ったし、こいつだってここに雇われていると言うなら、今日ももう一働きくらいするべきだろう。
そう理由を付けて、まずはと足を振り上げた。
「起きろ、クソマリモ!」
声をかけるのと唸りをあげて足が振り下ろされるのはほぼ同時。
起きるより先に力が篭もった腹筋で受け止めながら、それでも反動でベッドに沈んだ身体から「んあ?」と間抜けな声が上がる。
「・・・もう、朝か?」
サンジに蹴り付けられてくの字になっていながら、なんとも暢気な半眼のままくわあと大きく欠伸をする。
「もう昼だ」
やれやれと、サンジはゾロの腹を踏みつけたまま肩を竦めた。



「おはようございます」
そんな挨拶をされるのも気恥ずかしいほど、外はいい天気だ。
一応身支度を整えてこざっぱりした顔で、ゾロとサンジは食卓に着いた。
「遅くからすんません」
殊勝に詫びれば、ウェイターはいえいえと愛想よく返事する。
「領主様方はまだお休みでございます。お気になさらずに」
「・・・はあ」
領主様「方」と言うことは、アンナ姐さんもいっしょなのだろう。
まだ起きてこないのか、それともまだ・・・
もはや昼も間近と言うのに隠微な妄想に耽りそうで、サンジは一人首を振った。
アンナはともかく、領主のあれこれなど想像したくもない。
しかもそれらはすべて、昨夜の自分達の記憶に結びつきそうだから慌てて思考を中断させる。
そんなサンジの胸中など知らず、ゾロは朝から酒瓶を開け満足そうに喉を潤した。
「なかなかやり手らしいからな、領主は寝かせて貰えなかったんだろう」
そう言って、チラリと意味ありげに視線を投げてくる。
「お前、よく眠くないな」
「ん?なにが」
サンジは笑顔のまま手元のフォークをゾロの左胸向かって投げつけた。
それをはしっと寸前で受け止めて、今更でもないのに頬を赤黒く染めている。
「照れるなよ」
今度はナイフが飛んで来た。



あのコックも腕がいいなと、昨夜のことを思い出しながら遅い朝食を堪能していると、食堂の扉が豪快に開いた。
「いやあ、失礼失礼!」
満面の笑みで入ってきたのは、あのお調子者の領主だ。
なんと言うか、非常に機嫌がよくて色艶もいい。
大変お元気そうですね、と挨拶の一つもしたいくらいの晴れやかさ。
「お客人より遅く起きるとは、ホスト失格ですな」
領主が一人なのを訝って、サンジは剣呑な瞳でねめつけた。
「麗しい婚約者は、ご一緒ではないのですか?」
「ああ」
領主は胸を張るようにして、にんまりと笑う。
「失礼、妻はまだ休んでおります。どうも疲れが溜まっているようで」
「・・・妻?」
「・・・」
ゾロもサンジも、ぐっと喉を詰まらせて目を丸くした。
「ええ、妻ですよ。昨日確かに私は集まった皆に宣言した筈です。このアンナを生涯幸せにすると。そうして昨夜、新床で婚姻届も提出しました」
いやもう、せがまれましてなあ・・・と、聞いてもいないことをベラベラと喋り出す。
もはやこれは、惚気だ。
「・・・やるな」
ゾロの呟きに、サンジは口に含んでいたスープをごくんと飲み下し頷いた。

「領主様、俺はしがないヌメヌメ団の元団長でしかありませんが、それでも一言言わせてください」
サンジは手にしていたカップを置いて、改まり姿勢を正す。
朝食を咀嚼しながら、領主も真面目な顔付きで向かい合った。
「今のお言葉通り、美しい奥方様をいつまでも幸せにしてあげてください。これは約束です。昨夜ご親戚方の皆さんの前で誓われたことも、約束です。これらは叶えなければいけません、この街の領主として」
サンジの言葉に、神妙な顔で頷く。
「今まで、恋多き方だったと聞き及んでおります。目新しいことが好きで、珍しい客が来ると市場の商品を買い占めてでも持て成したりすると。けれど、そうされて困るのは普段市場で買い物をしている島民達。貴方の気まぐれでその日の生活を乱されるのも街の人達です。領主であるなら、まず自分のことより領民の生活のことを、そして愛する女性と同じように人々の暮らしにも目を向けてやってください」
ほぼ初対面でありながら生意気なことを言ったと自分でも思うが、どうせ夕方には出港する身だ。
言い捨てだって構わない。
ここで自分が言わなければ、この島の優しい人達はいつまでだってこの子どものような領主を許してしまうだろう。
「いやまさしく、その通り」
予想に反して、領主は素直に聞き入れた。
「昨夜、妻とも話していたことだ。わしは確かに、今まで何も考えずに己の楽しみだけを追求し続けてしまった。若き花を何輪も散らし、哀しい思いもさせてきた。色んな経験を経てきた妻が率直に語ってくれた言葉が、なによりわしの心に沁みた」
真摯に語る領主は、粗野な赤ら顔ながら子どものように可愛らしい瞳をしている。
そこに落ち着いた光が見て取れて、ああこれで大丈夫だと何の根拠もなく安心できた。
「今頃気付くのは愚かだが、己が愚かであると自覚できたことは大きい。改めてそう苦言を申してくれるそなたにも、心から感謝いたす」
「わかってくれたんなら、いいですけど・・・」
拍子抜けするほど素直で、呆気に取られる。
我を通そうとする姿は子どもより性質が悪いと腹も立つが、こういう単純さが領主の魅力なのだろう。
だからつい、領民たちは領主を許してしまう。
根は悪い人じゃないんだよと、庇い立てするようなことを言ってしまう。
同じことの繰り返しかもしれないが、これからはあのアンナが傍にいてくれる限り、大丈夫かもしれない。

「なにより島民の安全のことを考えてな、この島に海軍を常駐させてくれることを申請することにしたのだ」
領主はどこか自慢げに、したり顔でそう言った。
「わしを襲おうとしたゴロツキ共がいつ流れ着いてくるとも限らんのでな」
「そりゃあ、治安のためにはその方がいいかもしれないけど」
「こんな小さな島ではそうそう海軍も話しに乗ってくれんと思っての、知恵を働かせた」
そう言って、悪戯っぽく瞳を輝かせる。
「今、海賊狩りのゾロが島におると知らせたら、すぐにでも駆けつけると返事があったわ」

「・・・・は?」
さすがに二人で動きを止めて、ポカンと口を開けた。
「今朝方早くじゃから、昼過ぎには着く頃かのう」
「・・・は?!」
椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がる。
「て、てててててめえ一体どういうつもりだ、つうかなにしてくれてんだコラ」
「おやどうした、食事は落ち着いて食べないといかんぞ」
領主はキョトンとして、手にしたパンを小さくちぎった。
「名立たる賞金首がおるのだから、賞金稼ぎ共が島に来たらそれこそ大変治安が悪くなるじゃろう。だから海軍を呼んだのじゃ。賢明な選択だろうに」
まったく悪気はなく、なにをいきなり慌てておるとばかりに目をパチパチさせている。
「ってことは、この島に海軍が来るんだな?」
「おお、なにやら張り切っておったぞ。戦艦3基がどうのとか・・・」
「ふざけんなー!」
喚くサンジの隣で、ゾロは大きく笑い声を立てた。
「それじゃゆっくりしてられねえ」
言いながら酒瓶を3本鷲掴みにし、立ち上がる。
「なんだもう行くのか?ゆっくり食べていけばいいのに。あ、パンを持っていくか?」
「それどころじゃねえよ」
「邪魔したな」
バンっと勢いよく扉を開け放って廊下に出ると、西側の海に黒々とした戦艦の影が見えた。

「ええ?!もうやって来た?」
「そういや、昼過ぎだなあ」
「暢気に言ってる場合かあ?!」
どこから出れば一番早いかと、闇雲に扉を蹴破って部屋に入った。
客間と同じくキングサイズのベッドの上に、アンナがしどけなく横たわっている。
「あら、おはよう」
「ああ、おはようございます、なんて麗しくも色っぽ・・・」
ガフンと鼻血を出し掛けて片手で顔を覆ったサンジの脇をすり抜け、ゾロはベッドに飛び乗り飾り窓のカーテンを開けた。
「こっちの窓からなら、屋根伝いに降りられるぞ」
「あらもう行くの?」
アンナは素肌にシーツを巻き付けて、飾り窓を枠ごと外すゾロの背中にそっと手を当てる。
「そう言えば海軍を呼ぶとか言ってたわね、馬鹿な人でごめんなさい」
「あんたがついてりゃ、大丈夫だろ」
ゾロの言葉に、アンナは妖艶に笑った。
「それじゃ、気を付けて」
「貴女もどうか、お幸せにー」
アンナに見送られて窓から飛び降り、ゾロとサンジは港へと続く道へ消えていった。








「面倒ごとを起こすなと、あれほど言った筈よね」
当然予想できたナミの叱責を、二人は敢えて受けている。
甲板に正座で並ばされ、頭からお小言を頂戴するのはもう慣れた。
不本意だが、慣れてしまった。
取り囲む仲間達の同情の眼差しの方がなんだか痛い。

領主の館を飛び出して船に掛けつけると、海軍接近の情報を得ていた仲間達が既に集まっていた。
幸いログは溜まっていたので、そのまま慌しく出港する。
途中追って来た海軍を巻いてなんとか振り切ったのは、夕方のことだ。

「なんにもない島でのどかだったのに、結局最後はバタバタになっちゃったじゃない」
「ほんとになんもない島だったよなあ」
「平和でしたねえ」
サンジの心ばかりのお詫びで、夕食後はちょっとしたティータイムになった。
ゾロは島滞在中ずっと呑み続け立ったから、しばし飲酒禁止令だ。
「俺は面白いもの見つけたぞ」
ふわふわスポンジをフォークに刺しながら、チョッパーが意気込む。
「一面に咲くキジナバナカナだ。そりゃあ綺麗だった」
「キジナバナカナ?キジナバナじゃなくてか」
煙草を咥えながら目を細めるサンジに、元気よく首を振った。
「あれはキジナバナによく間違えられるんだけど、油が採れない代わりに実を乾燥させて磨り潰すと薬になるんだよ。胃痛や胸焼け、風邪の初期症状にも効果的なんだ」
「へえ」
「あまり知られてないから、たまにああやって自生してたりする。親切な農家のおばさんがいたから、生薬の作り方を教えてあげたら喜んでもらえた」
ずずっとホットミルクを啜るチョッパーに、そりゃあ・・・と言いかけるサンジの隣でナミが手を上げた。
「私もその花見たわ。今朝散歩がてら岬に行ったら、一面の花畑でとっても綺麗だった」
「そうだろそうだろ」
「そしたら、なんだか可愛らしい生き物を連れてる人達がいたのよ。なんだか身体は大きいし人相も悪いのにね、その動物扱ってる顔がすっごく優しくて。あの動物も可愛かったなあ」
言いながら、うっとりとした目付きになる。
「あんまり可愛いしすばしっこいし、なによりよく懐いてたから、どうせならこの花畑をサークル状に整地して、賭けレースでもやってみないって言っちゃった」
「え」っと驚きの声を上げるサンジに、ナミはなあに?と可愛く首を傾げて見せる。
「あの島、娯楽がなんにもなかったんだもん。ああいう可愛い動物に賞金賭けたら、ちょっとは楽しめるじゃない。そしたら飼い主が農家のおばさんだってんで、それがまた乗り気でさあ。あれこれ色々話しちゃった」
「そのおばさんって、チェックの前掛けしてこう・・・恰幅のいい」
「ええ、白い布巾を頭に巻いて」
「そうそう、俺と同じおばさんと話してたんだな」
すっかり意気投合したナミとチョッパーの向かいで、ウソップがそういやあと口を開いた。
「あの遠目に見えてた黄色いのは、花畑だったのか。いやな、俺はそっから離れた反対側の丘にいたんだけどよ、なんでも島の警備兵ってのが自主練だとかで集団で訓練してたから、つい冷やかしちまった」
暇だったからと、言い訳する。
「奴らが的に当てる前にパチンコで倒してやったら、怒られるより感心されてさ。それから標準当てるコツとか色々伝授しちまったなあ」
これで俺様の部下は8千10人に増えたぜと、嘯く。
「ウソップが彼らに取り囲まれているのを見て、あらっと思ったのだけれど」
引き継いだのはロビンだ。
「様子を見ていたらトラブルに巻き込まれた風ではなかったから、そのまま通り過ぎたの。そうしたら、私スカウトされちゃったのよ」
「は?誰に?」
「スカウト?」
ふふふと、ロビンは思い出し笑いをする。
「島で唯一の娼館ですって。看板娘さんがいなくなっちゃって、頼りになる用心棒もどこか行っちゃったからこのままでは立ち行かないって。仕事をしなくてもいいから、黙って座っててくれないかって、気弱そうなのに押しの強い館主さんに迫られちゃった」
「信じらんない!」
手を叩いて大受けするナミに、ロビンの隣に座ったフランキーがなぜか偉そうに腕を組んだ。
「アウッ!そこにスーパーな俺が偶然行きあったんだ。や、偶然なんだぜあくまで偶然。いまどき女だけが看板の娼館なんて流行らねえだろっつって、結構でかい屋敷だったから簡単なからくり屋敷の設計図を描いてやった」
「からくり屋敷?」
「つか、からくり娼館?」
「おうよ、玄関当たりをちょちょいと直してな。ロビンも手伝ってくれたし、商売のお姉ちゃん達も楽しそうに集まってきて賑やかだったぜ。なんでも島の領主ってのが目新しいもの好きで、こういうのも気に入ってくれるかもしれねえって館主は大喜びだったなあ」
「それで、私はお仕事せずにすんだの」
ふふふと笑う二人の背後で、ブルックがヨホホ〜と奇声を上げた。
「ワタシ、そのお店の裏手にある食堂でお昼ご飯いただきました!」
え?とゾロとサンジの二人だけが、黙って目を剥いている。
「お若いご夫婦・・・いやまだカップルでしたか。仲の良いお二人で営まれてる食堂でして、今後は2階部分を宿に改装するとかいってらっしゃいましたねえ」
「お前、その格好で飯食いにいったのか?」
「いえ、さすがに頭からフードを被っていきました、はい。でもそんな不審な私にも、お二人はお優しかった。娘さんはパンツを見せてくださいませんでしたが」
「当たり前だ」
「美味しいお食事のお礼に、二人の門出を祝して一曲披露させていただいたのです。常連客がたくさんいて、それは賑やかで和やかなランチタイムでしたよ」
目に浮かぶようだった。
花のように笑うアンナと、寡黙なまま瞳だけ優しく笑んでいるヨハン。
常連のじいさん達も、きっとブルックが奏でる音色に耳を傾け楽しく食事をしたに違いない。

「なんにもない島でしたが、人のいい方ばかりでしたね」
「ほんとにね」
「心配になるほど、お人よしばかりだったわね」
「これからは心配ないだろ、海軍が常駐するそうだし」
「あら、そうなの」
「それならよかったな」
よかったねーとみんなでほっこりしながら、温かい飲み物を口にする。



「ところでゾロ、サンジ君」
「はい」
条件反射的に返事したサンジの隣で、ゾロは閉じかかっていた瞼を開けた。
「勝負は、どうなったのかしら」
「・・・・・・」
しばし黙り、お互いに視線を交差させる。
サンジは上着のポケットに手を入れると、中から紙幣を3枚出した。
ゾロも腹巻の中に手を入れて、皺くちゃの紙幣を取り出す。
「3万ベリー」
「俺もだ」
ナミはじっと手元を見つめ、はあとこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
「これって、二人に渡したお小遣いじゃない?」
「はあ」
「おう」
「つまり、あの島ではお金を使ってないってことね?」
「はい」
「でもそれって、稼いだってことにならないんじゃない?」
仰るとおりです。
サンジは途中で金儲けを諦めたけれど、ゾロが何も得ていないことは意外だった。
とは言え、領主の最後逆襲?では致し方ないことか。

「仕方ない、今回の勝負はなしにしましょう」
言いながら、ナミは合計6万ベリーを懐に収めてしまった。
それは稼ぎにならないとは言え、徴収ですか?
つい突っ込みたくなる言葉を、ウソップが危うく呑み込む。
「なんにもない島で得るものなんて、たかが知れてるものね。勝負は持ち越し!次の島・・・いいえ、どうせならどーんと稼げそうな島で、勝負再開としましょうか」
「だから誰得だよ」
思わず飛び出たフランキーの突っ込みは黙殺される。

何もない島だったのに、あまりにも目まぐるしく多くのことがありすぎた。
得たものとか失ったものとか、ほんとのことを言えば計り知れない。
けれど言えない。
誰にも言えない。
ゾロもサンジも視線を合わせず、神妙に前を向いている。
「その時は今度こそ真剣勝負よ、いいわね?」
「「望むところだ」」
二人声を合わせ、同時に振り向いて睨み合った。


―――まだ勝負は終わらない。




END




ほしづきさき様に捧げますv

【リクエスト】
海賊ベースでゾロスキーさきさんらしく「サンジがゾロにもうめっちゃやたらとメロメロさせられてしまってる話が読みたいんですが…(←カッコイイゾロ慢性禁断症状)海賊らしく、勝負している二人の話はどうでしょう。」というリクエストだったのに、ふたを開けてみれば「メロメロ」が「ヌメヌメ」になっていた謎…
ひいいいいいいいいい〜〜〜〜ごめんなさい〜〜〜〜〜〜〜!!

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