DOUBLE 8


「あの空の上に、でっけえ島が浮かんでんだぜ。」
指差した手の先から、煙草の灰がはらりと落ちる。
「嘘じゃねえって、背中に羽の生えた、頭に触覚みたいなのが生えてる人間がいたんだ。
 雲の上でよ。そりゃあふかふかした足元で、気持ちイイんだv」

カールは寝物語に、よく冒険談を語る。
ある時は巨人族の話だったり、ある時は巨大な鯨の腹の中の話だったり。
そこまでガキじゃねえんだからよ、と半分呆れながら、ルイジは耳を傾ける。
「確かにここは平和でいい島だが、てめえみたいなのがいつまでも燻ってるところじゃないぜ。
 なあルイジ。世界へ出ろ。てめえも家出て流離う身だろ。なんもしがらみなんかねえんだろ。
 でっかい夢見て前へ進めよ。俺らがてめえくらいの年の頃は、幻みてえに一杯夢見ていたぜ。」
話して聞かせるカールの顔つきの方が、余程ガキ臭い。
こんな時、カールの蒼い瞳は一層輝いて、色が透けて見える。
そんなカールの顔がルイジは好きだった。

「海は広い、空は果てがない。ルイジ、外へ出ろ。行っててめえの夢掴め。」
軽く煙草を銜えて、きょろりとルイジに目を向ける。
「そんな眉間に縦皺つけてじじ臭い面、してんじゃねえよ。ガキはガキらしくしろよな。」
「ガキはてめえだ。」
ルイジは軽く息を吐いてカールの煙草を奪うと、半開きの唇に口付けた。
強い煙草の匂いが鼻を擽る。
「俺よりよっぽどガキ臭え顔して、夢を見てんのはあんただろ。ずっと醒めねえ夢をよ。」
ルイジの言葉が胸に痛い。
いい年をして叶わない夢を追って、田舎で燻ってんのは俺自身だ。
「あんたはよく、俺らって言うよな。あんたの側にはいつも誰が居るんだ?」
奪われた煙草を取り戻そうと手を伸ばし、逆に絡め取られた。
ルイジの熱い手がカールの冷えた掌を握り込む。
「あんたは俺の中に、一体誰を見てるんだ。」

多分それが、最近ルイジに刻まれる眉間の皺の原因だろう。
ガキに気を廻らせるたあ、俺も耄碌したもんだ。
「ルイジ、てめえは若え。」
握り締められた拳に、キスを落とす。
「いい身体を持ってる。飲み込みが早い。蹴りもうまくなった。いつまでもこんなところで
 ちんたらしてるような奴じゃねえんだよ、てめえは。」
それきりカールは俯いて、ルイジが何を言っても耳を貸そうとはしなかった。


気のいいマスターが通常の倍以上汗をかきながら、サンジに婚約の報告をした。
どうやら隣のルミちゃんと一途な愛を育んでいたらしい。
「そりゃ凄えやマスター、おめでとう!」
サンジは人の祝いごとが大好きだ。
どこかでハッピーな情報を聞くと手放しで喜んで精一杯祝福する。
「披露パーティはいつやんだ。畜生、ルミちゃんかよ。わかんなかったな―おい。すんげー美女と野獣だよな。」
けらけら笑うテンションの高い二人を放っておいてルイジはカラの酒樽を担いで裏口を出て行った。
「ウェディングケーキをカールに作って欲しいんだけど。」
「お安い御用だぜ、すんげーの作ってやるよ。」
笑顔全開のサンジの顔を眩しそう見つめて、マスターはふっと目を伏せた。
「・・・カールは、ルイジ君とは、どうなの。」
遠慮がちな声に、サンジのステップがぴたりと止まる。
ぼうっとした熊のフリして、見ているところは見ているらしい。
サンジはぽりぽりと鼻の頭を掻いて、煙草を銜え直した。
「あー・・・そだなあ、そろそろ手切れ金でも渡して追ん出そうとは、思ってるよ。」
マスターはなんとも言えない複雑な顔をしている。
「大丈夫、俺だって弁えてるって。15やそこらのガキに道踏み外させる訳にはいかねーしな。」
「15・・・だったの。」
マスターの細い細い目が、少し見開いた。
「でも彼、変ったよ。カールと出逢って、印象ってか雰囲気が随分変った。良い方にね。」
そんなのは俺のせいだけじゃねえ。
多分マスターやクソヤブや、いろんな人との関わりで変化したモノだ。
そうやって力を貰って前を向くことができる。
昔の俺のように―――
「だから、手を離すタイミングを見誤っちゃあいけねえんだ。そろそろ潮時・・・」
バン!と乱暴に戸が開いた。
悪鬼の如き形相でルイジが立っている。
眉間の皺は恐ろしく深い。
「ル、ルルルイジ君っ」
慌てるマスターを他所に、サンジは余裕でそっぽを向いて煙で輪っかを作って見せた。
「今更俺を追い出そうなんて、都合のいいことできると思うなよ。」
顰めた声が低い。
あーほんとにいい声だ。
吠えるルイジにふふんと鼻先で笑って見せた。
「俺がその気になったらてめえ一人叩き出すのは簡単だぜ。」
ルイジは睨みつけるだけで動かない。
闇雲につっかからずに、相手を見る力量だけは身についたかと、サンジは密かに安心した。
ぎりぎりと音が立ちそうなほどきつい目で睨み続けてから、ルイジはふいと目を逸らした。


それっきり口を聞かない。


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