DOUBLE 7


なんてこった。
サンジは天を仰いで嘆息した。

空が白み始めカーテンの隙間からほのかに白い光が揺れている。
ソファに身を投げ出したまま、傍らには巨大な猫・・・ならぬ男が一人、張り付いて首筋を舐めている。


なんてこったなんてこったなんてこった。

起こってしまった事実が、頭の中をただぐるぐると駆け巡る。
やっちまった。
こんなガキと。



この島で暮らし始めて、女性とは何度かベッドを共にはしたが、男を引き入れたことなどない。
なのに、すっかり犯される快感に溺れてしまった。
俺は男日照りの年増かよ。
がしがしと髪を掻き毟っても、取り返しがつくものでもない。
一人で唸る痩躯をひしと抱きしめて、ルイジは鎖骨に歯を立てた。
サンジがぶちっとキレる。
「てめえも大概にしやがれ、しつこいぞクソガキ!もうお天道様も昇ってんだ、朝日を受けて目ん玉
 開いてよく見やがれ、俺は男だぞ。男絡めて何やってんだてめえ!!」
耳を劈く怒号と言いたいところだが、実際には喉が掠れてろくな声など出ていない。

「別に女と思って抱いてねえよ、俺は。」
ちゅっと音を立てて、その唇を奪う。
「あんたすっげえいいな。女なんか目じゃねえや。」
ルイジは挿れてすぐイってしまった、にもかかわらず、そのまま抜かないで3発も続けてしまった。
ああ、若いって素晴らしい。

「くそ重てえんだよ、どけ。シャワー浴びっからよ。」
押し退けて身を起すのに、腰が痺れてうまく動けない。
ソファもバリバリだ。
ナイロン張りでよかったよ。
なんて考えていたら、ルイジにひょいと抱え上げられた。

「って、うわあ何すんだコラ!」
じたばた足掻く身体をものともしないで、ルイジは浴室の扉を足で開けてサンジを運び入れる。
「どうせ腰立たねえんだろ。洗ってやっからよ。俺も洗ってくれ。」
「なにっを・・・何を・・・」
抱きしめられた腹に、硬いものが当たる。
こいつ、こいつ―――
若すぎる!!
サンジの青褪めた顔をそのままに、浴室の扉が閉まった。


「おい」
「・・・」
「おいってばよ」
「・・・」
無言で蒼い瞳が睨み返した。

「・・・俺は『おい』って名前じゃあねえ。」
お玉をかき混ぜながら凄んで見せるが、ルイジは馬鹿にしたように片眉を上げて見せるだけだ。
その仕草が、まずいんだってよ。

「カールっつったって、てめえの名前じゃねえじゃねじゃねえかよ。」
「つまんねーことに拘るんじゃねえよ。カールって呼ばなきゃ、振り向かねえぞ。」
くるりと背を向けてコンロの火を止めるとルイジの腕が腰を抱いた。
「拘ってんのはどっちだよ。呼ばねえと、やらせてくれねんだろ。」
耳朶に口付けて「カール」と囁く。
「わかってんじゃねえか。」
静かに蓋を閉めて、ルイジに向き直るとその首に手を廻した。

あの夜からすっかり爛れた関係になってしまった。
ルイジは若くてヤリたい盛りだから仕方がないとして(っていうか、男を知るにはちと早え。)
タガが外れた自分はどうよ、とサンジは自己嫌悪に苛まされる。

実際ゾロと抱き合った日々より、離れた時間の方がずっと長い。
はなからホモと言う訳じゃないから、好きで男と寝たりなんかしない筈なのに。
ルイジが来てから、変っちまった。
こうして目が覚めると当たり前のように身体が包まれていたり、キッチンに向かう背中越しに
抱きしめられたり、帰りが遅いと怒られたり・・・
もしもゾロと出会ったのが海の上でなくて、海賊でもなくて、仲間でもなかったら、或いはこんな
日々が送れただろうかと腐った想像が頭を過ぎる。
そんな訳ある筈がない。
ゾロとああなったのは、女性との接点がない海の上での極限状態から端を発したもので、そうで
なければ、自分もゾロも男とヤルなんて想像もしなかっただろう。
言うなれば都合のいいセックスフレンド。
そしてルイジとのままごとみたいなこの関係も、それ以上の何モノでもない筈だ。

かぷりと、下唇を噛まれた。
間近い顔に焦点を当てると、まだ少年のルイジの額に深い縦皺が刻まれている。
胸の奥がきりきりと痛え。
暫くがじがじと歯を立てられてから、ようやく解放された。

「あにすんだ、アホ。」
強く吸われてぶくりと充血した下唇を抑えて、サンジが軽く脛を蹴る。
「てめーがほかのこと考えてやがるからだ。」
ぐるると唸って、ルイジはその痩躯をひょいと抱え上げた。
乱暴にベッドに投げ落とす。
こいつ、ガキの癖に感が良すぎ。
内心舌打ちしつつ、サンジはあ〜れ〜と裏返った声を上げた。
「たーすけてーv犯される〜」
「言ってろ。」
再びサンジの口に噛み付きながら、手早く1枚まとったきりのシャツを引き剥がす。
最近のサンジはボタン付けにも忙しい。
袖口が手首に絡まったまま腕が引っ張られて、痛えと短く叫んだ。
ルイジは舌を絡めたまま不自然な体制の右腕に目をやる。
身体を起して、丁寧にシャツを脱がした。

サンジの右腕は肩から肘に掛けて捩れたような傷が幾筋も残って、痛々しい。
白い肌の上でそこだけ濃いピンクの引き攣れをルイジは丁寧に舐め始めた。
くすぐってえとサンジの身体が揺れる。
「舐めても、消えねえぞ。」
醜い跡だと、自分で見ても思うそれを、ルイジは舐めれば治るかのように何度も舌を這わす。
母犬が子犬の毛づくろいをする様に似て、ただ見つめているしかなかった。

遠い昔、ゾロと二人で崖崩れに巻き込まれたこともあったっけな。
雨ばかり降る陰気な島で、行方不明になったルフィを探して山を登った。
崩れた木と一緒に落ちて傷ついた肩を、あいつもこうして舐めていたっけ。
痛えとかしみるとかぎゃぎゃあ喚いてやったのに、舐めりゃ治るとばかりに、血と泥で汚れた
傷をひたすらに舐めてやがった。

鼻先がツンとして、じわりと熱いものが沸いてくる。
そんなサンジの表情を見下ろすルイジの額の皺は益々深くなり、つまらなそうに痩せた肩を
抱き寄せた。
「んな面、すんな。」
一体、俺は今どんな情けねえ面、晒してんだろうな。
サンジは自嘲気味に笑って、ルイジの首に顔を埋めた。

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