DOUBLE 2


つまらない相手だった。
徒党を組んで、旅の途中の二人連れから金を巻き上げていた。
助けるつもりは毛頭なかったが、道を塞いでいたのが邪魔だったから適当に殴りつけた。
素手で殴って、腹を蹴り上げて、落ちていた角材で張り倒して、殴って、殴って・・・

十数人居たはずなのに、気がつけば立っている奴がいなくなっていた。
絡まれていた旅人はとうに逃げ出して、表通りから先に逃げた男が仲間を連れて帰ってくる声が聞こえた。

面倒臭え――――

路地を抜けて、闇へ逃げる。
初めての街だから方向も分からない。
ただ声のする方に背を向けて、ひたすら暗い道を走った。

途中から、脇腹の熱さに気付く。
いつの間に刺されていたのか、足元がぬかるんで初めて血が出ているのが分かった。
そう言えば、痛い気もする。
靴の中に血が溜まって、素足が滑る。
走りにくい。
声がうざい。

山道に入って、崖下を転がるように降りた。
振り返れば街の灯り追いかける声も聞こえない。
それでもひたすらに走る。
何処に行く当てもない、怖いわけでもない。
闇雲に走りたかった。

脇腹が熱い。
足がもつれる。



また街の灯りが見えた。
違う街。
違う道。

ぽつぽつと頬に雨が当たる。
雨の街。
暗い夜空に雷鳴が轟いて、バケツをひっくり返したような雨が落ちてきた。

真夜中の街灯だけの街。
誰もいねえ。
ほっとするような、寂しいような妙な心地だ。

ゴミ箱の隅が一番暗い。
ここがいい。
ここで朝まで寝ていよう。
そうすりゃ、また傷は治る。
猫もいねえ。
誰もいねえ。
俺もいねえ。
いつか、いなくなる。
誰も、いらない。


「――ってけよ。」

最初に届いたのは声。
「俺は店にいるから。悪いな。」

それから、光。
白い、天井。
風に揺れるカーテン。

「おや、目が覚めたようだな。」
見知らぬおっさん。

「驚いた。カールの言ったとおり、殆ど回復しとるじゃないか。」
胡麻塩頭の男が、汚い白衣を着てルイジに手を伸ばした。
反射的にその手を弾く。
「痛っ・・・。脈を診るだけだ。」
やれやれといった風に肩をすくめる。
ルイジは寝転がったまま、目だけで威嚇した。
「それだけ元気があれば、もう大丈夫だろう。起きれるなら起きて、何か食べなさい。」
昨日、カールと名乗った男がしていたように、コンロに向かって小さな鍋から何かをよそっている。
不慣れな手つきでトレイを運び、自分の分も用意してベッドの横に座った。

――――なんでこいつと、喰わなきゃなんねえんだ。

「あいつは。」
目が覚めても睨みつけるだけだった男が口を開いたことに、医者は相好を崩した。
「カールはもう仕事に行ったよ。奴は朝が早い。夜は遅い。働き者だ。」
手元のリゾットをスプーンでゆっくりと掻き混ぜる。
「そして作る飯が美味い。私が保証する。」

どこか飄々とした風情で医者はもぐもぐ食べ始めた。
「・・・なんであんたがここで食べてんだ。」
「カールが朝食を食べて行けと誘ってくれたんだ。厄介な拾い物の手助けをしてもらった礼のつもりだろう。」
厄介な拾い物は軽く舌打ちをして、自分のトレイを引き寄せた。
恐らく自分のために作った、消化の良い温かなリゾット。
不自由な片手でここまで細かく刻むのは、大変なことじゃないだろうか。
「口は悪いが、優しい男だ。」
ルイジの考えを見透かすように、医者は独り言を言う。
「情に厚くて分け隔てをしない。女に対しては呆れるほど軽い態度をとるが、決して過ちは犯さない。この島に流れ着いてそろそろ5年になるが、辺鄙で閉鎖的なこの街にいつの間にか溶け込んでいる。」

流れ着いて?
ルイジが手を止めて医者の顔を見た。
「奴も死に損ないだ。意識のないままこの島に流れ着いた。奴をカールと名づけたのはこの私だ。」
まるでいたずらっ子のように、にやりと笑った。
「半月も奴の寝顔をみていたら、カールと呼びたくなるだろう。」
そういってこめかみのあたりを指でくるくると廻してみせる。
そう言えば、随分特徴的な眉をしていた。

「それじゃ、カールってのはあいつの本当の名じゃ、ないのかよ。」
リゾットで温められた腹の底が、ぐっと冷えた気がした。
騙された、気がする。
ルイジの瞳に、不穏な光が潜んだのに気付いて、医者は無意識に身を引いた。
「・・・奴の名前など誰も知ん。あいつが言いたくないのなら聞かないことだ。他人の詮索はするもんじゃない。」
諭すように穏かに言って、後は黙々と食事に専念する。
ルイジは不満そうに片眉を上げて、それから黙ったきりだった。


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