Call me
-7-



「なんでだ…」
半ば呆然として立ち尽くすゾロの後ろで、ナミは大きくため息を吐いた。
「あーあ、やっぱり無理なのよ。ってか、通りすがりの幽霊勧誘しようなんて一銭の得にもなんないことするもんじゃないわ」
「うーん、名前は当たってたと思うんだけどなあ」
「名前を呼んで呪縛が解けないのなら、もう手立てはないわね」
「諦めよう、な」
「コック〜〜〜」

ルフィは名残惜しげに指を咥えているが、他の仲間たちは見切りをつけている。
そもそも、幽霊を仲間に加えることになんのメリットもないのだ。

「もう、あるのかないのかわかんないお宝探しも、止めようか」
天地がひっくり返ってもナミの口から出ないような言葉が、するっと出た。
その事実をからかうこともなく、ウソップも頷いている。
「そうだな、それより俺、新しい武器の調達してえ」
「俺は、薬品を揃えないと」
「オウッ!サニー号もあちこち傷んでっから修理すっか」
「お手伝いしますヨホホ〜」
「ロビン、買い物行かない?」
「いいわね」

三々五々に散ろうとする仲間を、ゾロが呼び止めた。
「待て」
「―――?」
足を止め、一斉に振り返る。

「もう本当に、手はねえのか」
「それは…」
ロビンは困ったように、小首を傾げる。
「もう少し調べればあるいは、なにか方法があるかもしれないけれど」
「ゾロ、あんたどうしてそんなにこだわるのよ」
ナミの言葉に、ほかの仲間達も小さく頷いた。
「そうだよ、なんか変だぞゾロ」
「ゾロさんは、ほかの人に対してさほど興味がない性格のようにお見受けしておりましたが」
「そうだよな。よその島に上陸したときも基本、我関せずだ」
「なんか、変だぞゾロ」

この島に着いてからゾロはずっと違和感を覚えていたが、そんなゾロに対して仲間たちが疑念を抱いている。
「俺が、おかしいのか?」

言われてみれば、上陸した島で行き会っただけの幽霊にここまで固執することはありえない。
普段の自分であれば、こんな行動は絶対しない。
おかしいと言われるのは、自分の方だろう。
だが――――

「俺の、誕生日だよな」
「は?」
誰もがうっかり忘れかけていたことを、ゾロ自身が取り上げた。
「俺の誕生日を、宝払いで祝うつってたじゃねえか」
「ああ、そういえばそんな風なことも…」
ナミは口ごもった。
お宝伝説に浮かれて、そんなことを言ったような気もしないでもない。

「だったら、俺への誕生祝いだと思ってもう少し力を貸してくれ」
伝家の宝刀を持ち出したかのように居丈高にだが、ゾロはしっかりと頭を下げた。
その振る舞いに誰もが戸惑い、動きを止める。
「もう!ちょっと止めてよ、あんたらしくない」
「そんな、ゾロに頼まれたらなァ」
「ってか、ゾロへの誕生祝いが幽霊でいいのか?」
「ゾロさんがそこまで仰るのなら、粉骨砕身協力いたしますヨホホ〜」
「どうせ宝探し以外することねえんだ、もうちょっと考えてみっか」
「そうね」

なぜそんなに拘るのかと、問われてもゾロ自身答えられない。
ただ、どうしても諦めきれなかった。
幽霊でも、口さがないお喋り野郎でも、あの男をこの地から連れて出ない訳にはいかないと思えてきた。

「ししし、俺もなんか気になってんだ。とことん考えてみねえか?」
ひとかけらも「考える」ことをしない船長が、能天気に呼びかける。
仕方がないと、ナミは何度目かのため息をついて周囲を見渡した。

「どちらにしろ、もう日が暮れたじゃない。宿に帰って、もっかい作戦会議を開きましょう」






宿に帰る道すがら、屋台で食事を摂った。
宝探しでにぎわう街は、いつも多くの人出だ。
島民達も活気づいていて、さぞ儲かるだろう。

「ログ溜まるの、いつだっけ?」
いつもなら、上陸した途端散会し約束の日時に船に戻るのが常だった。
だがこの島では、ずっと一塊になって行動している。
いつどの場所に集合すればいいか考えないでいたから、人任せだ。

「えっとねえ、ひいふう…あら、明日かしら」
「幽霊を連れて出るなら、明日中に決着をつけないと」
ナミが、ログが溜まる日にちを意識していなかったのも、不自然な話だ。
なんとなく全員が「?」という顔をする。

「お客さん達、明日で出発かい?だったら大皿2枚、サービスするよ」
「やったあ」
「飲み放題も、つけてくれないかしら」
「お嬢ちゃん、しっかりしてるねえ」

屋台の主人の気前の良さに、ふと湧いた違和感はすぐに霧散した。
この島は気候に恵まれ、穏やかで過ごしやすい。
島民も気立てがよくて活気に溢れ、居心地がよかった。

「ずっとここに、いたくなっちゃうわね」
「ナミなら、どんな商売してもボロ儲けそうだな」
「あら、ウソップだってその器用さならなんだって生計立てられるわよ」
「やっぱり宝探し目当ての観光客相手にさあ…」

なぜか島での暮らしに話題が移行したのに、ゾロは顔をしかめた。
「お前らが一とこに足を着けられるタチかよ。大体、俺たちの夢はどうなる」
「冗談だって」
「そうだよ、俺たちの夢は変わらねえ」
そうだ、あの幽霊がずっと語った夢のように。

「お前の夢は、なんだ?」



ゾロの問いに、誰も答えることができなかった。
しばし動きを止め、視線をめぐらしてお互いの顔を見る。

夢。
夢があった。
夢を叶えるために、海に漕ぎ出した。
そのはずなのに、なにが夢だったのか思い出せない。

「――――どういうこと?」
「いったい…」
今まで漠然と漂っていた違和感が、一気に現実味を帯びてくる。

「俺の夢って、なんだったっけ」
「俺も、俺もだ」
「思い出せない」
「夢が、あったはずよ!」

一気に恐慌を来した仲間を前にして、ゾロもまた愕然としていた。
己の夢がなにか、わからない。

『オールブルーを見つけるのが、俺の夢だ』

そう言ってニカリと笑った彼とともに、みんなで夢を語り合ったはずだ。
語り合った?
あの幽霊と?
この島で初めて出会ったはずの、あの男と?



「おい」

ゾロは片手でこめかみを押さえ、喘ぐように顔を上げた。
「この島で、俺らは確かにおかしかった。お宝を探す、幽霊の話を聞く。その相手はいつも、この街の、島のやつら…そうだったな」
「あ、ああ。そりゃ、地元に聞かなきゃわかんねえだろ」
うろたえるウソップを、睨み据える。
「そうだ、島のモンに聞くのが一番だ。だが、今まで俺らは上陸すると、ほかの海賊と悶着おこしたり海軍に追いかけられたり、したよな」
「そうね」
「まあ、この島は海賊だらけで海軍は鳴りを潜めてるかんじじゃねえか?手配書もねえし」
「ルフィも今回は、トラブルメーカーになってないわよねえ」

それは、単独行動をしていないからだ。
他の誰とも衝突していない。
他の誰とも接触していない。

「おい」
ゾロはおもむろに、隣のテーブルに手を伸ばした。
仲間と楽しげに笑い合う、でかい図体の男の後頭部を掴もうとする。
だが、その手は空振りした。
ゾロにいきなり掴まれそうになったはずの男は、知らん顔でバカ笑いをしている。

「ゆ、幽霊?!」
驚きのあまり腰を浮かしたウソップは、椅子を倒してしまった。
音が鳴り響くが、誰もこちらを向かない。
どの屋台もほぼ満席なのに、客たちの誰もが自分たちを見ない。
それぞれの仲間とともに、楽し気に談笑している。

「え、まさか全員幽霊なの?」
「おおお恐ろしいイイイイイ」
フランキーは両手を伸ばして、客達に触れようとした。
いずれもその身体を通り抜け、腕が空を切る。
「もしかして、ここは幽霊ばかりの島なの?!」
「いや、違う」

ゾロは青ざめた表情で、仲間を振り返った。
「こいつらが幽霊なんじゃねえ、幽霊なのは俺たちだ」










next