Call me
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違和感の正体もわからぬまま、主にウソップが情報を仕入れて宿へと帰る。
ナミやロビン達は先に戻っていて、持ち寄った情報をまとめてああだこうだと話し合っていた。

「お帰り、首尾はどう?ウソップ」
「ああ、俺んとこは『赫足の呪い』についてぐらいしか、わからなかった」
「あら」
ナミは形の良い眉を引き上げて、皮肉気に笑う。
「その着眼点はなかったわァ」
「偶然、3つのグループがそれぞれ別のことを調べてきたことになるわね」

ナミは、ジェルマ66について徹底的に調べたらしい。
科学の力で無敵となった、土地を持たない王国“ジェルマ”
王女と王子、4人の戦士が悪役として活躍した物語はノースの絵本として語り継がれているとのことだ。
「海の戦士ソラが主人公なんだけど、悪役のジェルマ66がかっこいいらしいの。読者の4割はジェルマファンだって話よ」
「悪名高いが人気も高いってことか」
「ノースでは有名なんだな、俺は聞いたことなかった」
「うそつきノーランドみたいなもんか」
懐かしいなァと、経験してきた冒険を顧みる。

「でも、肝心のお宝情報は全然。ジェルマは科学力や資産もろとも海の藻屑に消えたってのが史実だし、宝を遺すにしてもこんな、何のゆかりもない辺鄙な島に隠すメリットがないのよねえ」
やっぱり無駄骨だったかなあと、ひとりごちる。

「それで、ロビンの方は?」
ウソップが問えば、ロビンはフランキーとブルックを仰ぎ見て微笑んだ。
「私たちは、丘の上の幽霊さんを解き放つ方法がないか考えたわ。もしジェルマに関わっているとしたら、いずれにしろあの場所から離れて自由になる方法がないとダメでしょう」
「え、そんなのできるのか?」
「百数十年、ずっとあの場所に留まっていたのだから今さら自由になれるかどうかはわからないけれど、方法はないわけではないかもしれないと思って」
「あのお喋り幽霊が自由の身になって、ジェルマのお宝がある場所へ私たちを案内してくれれば万々歳なのよね」
何はともあれお宝第一でブレないナミは、いっそ頼もしい。

「それで、なんか幽霊を助ける方法が見つかったのか?」
チョッパーのキラキラとした目に見つめられ、ロビンは少し首を傾けた。
「確証はないのだけれど、古来より呪から解き放つ方法として有効とされていることの一つに、真名を呼ぶものがあるわ」
「真名?」
「彼の名前、よ。名前というのは力を持っていて…例えば、ルフィ!」
「ん?なんだ」
外出時におやつとして買ってきたパンをもしゃもしゃ食べていたルフィが、首を伸ばしたまま振り返る。
「ね、このように名前を呼ぶとルフィが振り返ったわ」
「え?そんなの当り前じゃないのか」
「だって名前呼ばれたもんよ」
「ねえ、フランキー」
「あ、ああそうだな」
「ナミはどう思う?」
「え、あたし?」
ロビンは、仲間の顔を見つめながら名前を呼び、問いかける。
その度に仲間達はそれぞれ反応を示した。
「こんな風に、顔を見て名前を呼ばれると答えたり応じたりするでしょう。これが名前の力であり、言葉の力でもある」
「なんか、わかったようなわからないような…」
「でもおっしゃる通り、名前を呼ばれると自分のことだとすぐわかって反応しなきゃならないと思ってしまいますヨホホ〜」
「名前に、縛られるんだな」
「これが言葉の呪縛ってものかしら」
「ああそうだ!」
ぽんと、ウソップが手を打つ。

「それが、ゾロがあの幽霊に対して呼びかけたのに反応した…ってのと、繋がるかな」
「それはそれ、これはこれって気もするけど」
「いずれにしろ、あの幽霊の名前を呼んで『一緒に行こう』とか言えば、上手いこと行くんじゃねえかと」
弾む会話の中で、一人置いてけぼりを食らわされているゾロに自然と皆の視線が集中した。

「なんだ?」
「だから、あんたが彼の名前を呼んであげればあの場所から解き放たれるかもしれないって、言ってんのよ」
「なんで俺が」
「この期に及んで、めんどくさそうな顔見せるんじゃないの」
ナミにずばりと指摘され、ゾロは口をへの字に曲げる。
「そもそも、あいつの名前なんてわかるのかよ」
「そこよねー」
「あら、それはナミが調べてくれたジェルマの情報でわかるのではなくて?」

ロビンに話を振られ、ナミはう〜んと中空を睨む。
「ジェルマ、ジェルマねえ。確か戦士は王族で、しかも姉弟なのよ。なんて言ったかな、ポイズンピンクと、スパーキングレッド…」
「それは本名か?」
「違うっぽいなあ」
「桃ちゃん赤君でいいんでね?」
「いや、これはちゃんと調べた方がいいですよ」

そこでロビンが腕を交差させ、目を閉じる。
部屋の中に幾本もの手が生え、どこからか本が運ばれてきた。
「これはどこの?」
「この島の市庁舎にあった本棚から、拝借したわ今」
「便利だなあ」
「ねえ、その能力で金庫の中とか入れない?」
「ナミ!」

ナミの戯言に見せかけた本音には答えず、『海運歴』と書かれた分厚い本をパラパラとめくる。
「あった、これね。ジェルマ王国はヴィンスモーク一族により統治され、移動する島で構成されていた」
「ヴィンスモーク!」
「それが苗字ですね」
「でも、それであの幽霊の名前がわかるとは、とても思えねえぞ」
「あの眉毛が共通していることから、血縁ではないかと思えるんだけど」
「血縁でもさあ、名前の関連性とかわかるか?」

ページをめくり、小さく注意書きされた部分を読む。
「スパーキングレッドはイチジ、デンゲキブルーはニジ」
「それ、本名?」
「ウィンチグリーンはヨンジですって」
「――――・・・」
「ちなみに、王女は?」
「ポイズンピンクは、レイジュですって」

「―――――・・・」
「どうしよう…名前、わかっちゃったかもしれない」

ははっとナミが渇いた笑いを立てると、仲間たちもつられたように忍び笑いを漏らす。
「まさか」
「そんな、ね」
「そこまで単純じゃねえ、よなぁ」
お互いに探るように視線を交わし、半笑いのまま顔を上げる。
「ま、試してみる価値はあるか」

そうして全員で、またあの丘の上に登ることにした。






丘へ向かう道すがら、自然と仲間たちはゾロを囲んでぞろぞろと移動していく。
歩きづらいことこの上ないと思いながら、ゾロはふと湧いた疑問を口にしていた。
「ナミ、そのジェルマとやらの話は誰に聞いたんだ?」
「港の市場よ。物知りなおじいさんとかいて、ちょっと聞いたら詳しい人に尋ねてみるって、島の人が親切に情報を集めてくれたわ」
「ふうん」
ゾロは懐手をして、なんとはなしに思案している。
「ロビンは、その名前がどうたらってのは誰に聞いたんだ」
「これは図書館で呪詛の解き方を調べたの、この辺の事例も参考にして」
「あと、市庁舎で聞き込みもしたぜ」
「尋ねられるのに慣れているのか、どなたも親切に教えてくださいましたヨホホ〜」
そうだよな、とウソップも頷く。
「俺も、赫足の呪いについて尋ねたらみんな親切に教えてくれたよ。さすがお宝伝説がある島っていうか、聞かれることに慣れてる感じだった」
「ふむ」
「な、ゾロだってそう思っただろ」
「ああ」

どこか気もそぞろで、ゾロは歩いている。

もう日も暮れかけていたが、丘にたどり着くと樹の上には相変わらず男がぽつんと座っていた。
金色の髪が夕日を浴びて、朱色に染まって見える。
片方の耳を飾るピアスが、チカリと光った。

「おい、降りて来い!」
ゾロがそう声を掛けると、男ははっとしたように振り向いてから薄く笑みを浮かべた。
「また来たのか、懲りねえやつだ」
悪態を吐きながらも、まんざらでもない表情で降りて来る。
ゾロの後ろに並び立つナミ達を見て、くなんと身体をくねらせた。
「またお会いできましたね、麗しいレディ達〜!」
「今日こそあなたに、自由になってもらうわよ」
ナミの唐突な宣言に、目をぱちくりと瞬かせた。

「さ、ゾロ、言ってやって」
「なんで俺が―――」
「最初に彼を見つけたのは、あなたでしょ」
両方から促され、ゾロは渋々といった風に幽霊に向き直る。

「おいお前、俺らと一緒に来い」
「お前じゃ、ないでしょ!」
ナミに叱咤され、コホンと咳ばらいをした。

「ヴィンスモーク・サンジ。俺と一緒に来い、船に乗って旅に出るぞ」
「―――――・・・」



ここでなにか、劇的な風景が見られるのかと誰もが期待した。
だが、何の変化もない。

男は相変わらず半透明だし、先ほどよりもいっそう悲壮な表情をして、切ない眼差しでゾロを見つめている。
「おい、違うのか?」
ゾロは思わず、男の肩を掴んだ。
その手は当然のように男の姿をすり抜けて、空を掴む。

「お前の名前、違うのか?」
それとも、名前を呼んだくらいじゃ解き放たれないのか。

「お前はヴィンスモーク・サンジで、ジェルマの一族で、赫足の養い子だ。そうじゃねえのか?」
ゾロの言葉が、詰問調になっていく。
男は悲しげに眼を萎め、瞬きを繰り返すうちにその姿が薄れていった。
「お前、待て!おい!」

ゾロの恫喝のような声を最後に、男の姿は消えてしまった。










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